第32話 【天空竜王】VS【魔影黒狼】
【召喚魔法・地獄門】
超越職【魔王】が持つ【魔王固有スキル】の一つ。
効果は、【繋絆の儀】で配下に加えた【八神獣】を召喚することができる。
俺自身も、もちろん使うのはこれが初めてだが、その威容は、想像を遥かに超えていた。
使用した瞬間、俺の頭上に巨大な魔方陣が出現、その中から雄大な翼を広げたグランディエルが出現したのだった。
改めて、この【ノクティルカの森】という本来はプレイヤーたちの狩場に、
グランディエルとアビスハウルという伝説級モンスターが二体並び立つ光景を見ると、
……場違いにも程があるだろ。
そんな言葉が、思わず脳裏をよぎるほどに、異常な光景だった。
『ふん……我が主、ラグナよ』
悠然と翼を広げながら、グランディエルが低く響く声で言う。
『我の相手は……あの小さい駄犬か?』
その紅い瞳が、明確な敵意をもってアビスハウルを射抜いた。
『ああん?』
対するアビスハウルも、苛立ったように唸る。
『何だこの……無駄にでけぇトカゲ野郎は?』
アビスハウルの言葉に空気が、凍り付いた。
『……おい、駄犬』
グランディエルの声が、一段低くなる。
『まさか我を……トカゲと呼んだのではあるまいな?』
ギチリ、と空間そのものが軋んだような錯覚を覚える。
ていうか、【八神獣】同士、バチバチじゃねぇか。
同じカテゴリー同士、多少はシンパシーでもあるのかと思っていたが……どうやらそんなものは皆無らしい。
……なるほどな、今後のためにこれは覚えておこう。
「ああ、グラン」
俺は軽く肩を竦めながら、アビスハウルへと視線を向ける。
「お前の魔王軍デビュー戦の相手は――あいつで間違いない」
『ふん……』
グランディエルは鼻を鳴らし、ゆっくりと翼を広げた。
「一緒に、あいつを倒すぞ!」
その言葉に応じるように、グランの瞳が鋭く細められる。
その圧倒的な存在感に――
「……すげぇな」
ギガ林が思わず呟く。
他の仲間一様に息を呑み、わずかに身構えている。
頼もしさと、そして同時に抗えない畏れが仲間たちの表情には、はっきりと浮かんでいた。
「行くぞ、グラン――まずは、ブレスだ! あの邪魔な影を吹き飛ばしてくれ!」
『ふん! 言われるまでもない――』
グランディエルが大きく息を吸い込む。
次の瞬間――
『ガァアアアアアアアアアアア!!!!』
轟音と共に、白銀のブレスが解き放たれた。
それは光の奔流となって森を薙ぎ払い、アビスハウルを中心に広がる影を、容赦なく、焼き払う。
空中を舞っていた影の球体も、地を這う触手も、まとめて消し飛ばされていく。
その威力は、まさに圧倒的だった。
「……相変わらず、規格外だな」
「【八神獣】……味方になるとこんなに頼もしいのね……」
「いやはや、圧巻ニャー」
仲間たちが思わず苦笑いを浮かべている。
グランは現在第一段階……あの全身が漆黒の鱗に覆われるジェノサイドモード(ヴァイオレットのバーサーカーモード同様、本人はこう呼ばれるのが嫌みたいだが……)でもないのにも関わらず、この威力……やはり、【八神獣】の力は桁違いだと思い知らされる。
『な!? 俺の影がぁ! この糞トカゲ野郎がぁああ!!!!』
『ほう? 糞駄犬の木っ端如きが何かキャンキャンと吠えておるのか? 我には何も聞こえんぞ?』
グランの煽り性能の高さには少し驚いたが、とにかくチャンスはチャンスだ。
厄介だった影が一掃された今、一気に畳み掛ける。
「今のうちだ! ギガ林、獅音――行くぞ!」
「おう!」
「ニャー!」
三人同時に地を蹴る。
流れるように散開し、アビスハウルを包囲する形で距離を詰めた。
俺が正面、左右からギガ林と獅音。
グランディエル戦で何度も繰り返した、完成度の高い連携だ。
今は邪魔な影もなく、アビスハウルはグランのブレスの余波で体勢を崩している。
――叩き込むなら、今しかない。
「【魔王剣・鏖花】!」
「【冥王輝刃・命断】!」
「【アグニ】ニャー!」
俺たち三人による渾身の波状攻撃は、そのままアビスハウルに命中する。
やはり近接攻撃ならば、アビスハウルが纏う影も貫通し、まともにダメージを与えることが可能だった。
アビスハウルは俺たちの攻撃を受け、弾かれるように後退すると激昂した表情を浮かべている。
いわゆるマジ切れってやつだな。
『糞どもがぁ! ぶっ殺してやるからなぁ! グルゥァアアア!!!!』
アビスハウルが完全にブチ切れた。
激昂のままに咆哮を上げると、地面という地面から影が噴き出すように溢れ出す。
その量は、先ほどまでとは比べものにならない。
球体、触手、さらには巨大な螺旋状の円盤――あらゆる形状の影が空間を埋め尽くし、森そのものを侵食していく。
『死ねぇ! 虫けらどもがぁ!』
怒号と共に一斉に、影が放たれた。
「グラン! もう一度ブレスだ!」
『わかった――ガァアアアアアアアアアアア!!』
グランが頷くと同時に、再び白銀のブレスを放つ。
轟音と共に、灼き尽くすような光の奔流が、迫り来る影の群れへと真正面から叩きつけられた。
『!?』
だが、その先頭に位置していた円盤状の影が、突如として蠢いた。
『……なっ!?』
螺旋を描く影の中心が、不気味に大きく口を開ける。
まるで蟻地獄のように、渦巻く闇が周囲のすべてを呑み込まんと蠢いていた。
轟々と唸りを上げていた白銀のブレスすら、その中心へと強引に引き寄せられていく。
ズズズッ……と嫌な音を立てながら、光は闇に飲まれ―完全に、消失してしまった。
「ブラックホールかよ……」
いや、そんな使い方まで出来るんかい。
防ぐどころか、吸収して無効化とか……どんだけ便利なんだ、その影。
内心で呆れつつも、その危険度は、嫌というほど理解した。
そこへ、影を操りながら、アビスハウル本体が一気に距離を詰めてくる。
「――来るぞ!」
その狙いは――グランだ。
『ちぃ……!』
即座にグランが迎撃に入る。
鋭い爪、強靭な牙、さらには尾を振るい、巨体を活かした圧倒的な攻撃を繰り出す。
だが――
「速い……!」
アビスハウルは、それらすべてを紙一重で躱す。
小柄な体躯と圧倒的な機動力、その差が、如実に表れていた。
次の瞬間、漆黒の残像が走り、目にも止まらぬ連撃を繰り出す。。
グランの鱗に、鋭い爪が次々と叩き込まれる。
『ぐっ……!』
一撃の威力ならば、間違いなくグランに軍配が上がる。
だが、この速度と手数では、分が悪い。
そして追い打ちをかけるように、周囲から影が再び蠢き始める。
球体が空を舞い、触手が地面から這い上がる。
「くそっ……本体と影の同時攻撃かよ……!」
状況は、一気に悪化したが、ここで崩れるわけにはいかない。
「ショコラ! 球体は任せた!」
「……了解」
即座に銃声が響き渡り、空を舞う影の球体が次々と撃ち抜かれていく。
先ほどよりも明らかに数は増えている。だが――ショコラの狙撃は一切の乱れもなく、確実に球体を捉え、その数を着実に削り取っていった。
「虎徹! 触手を抑えろ!」
「任せてください!」
大盾を構え、地を這う影の触手を正面から受け止める。
その数も勢いも、先ほどとは比較にならない。タンクである虎徹にかかる負担は相当なもののはずだが――それでも一歩も退かず、前線を支え続けている。
「防ぎきれねぇ分は各自回避だ!」
「ニャッ!」
「了解!」
「ヴァイオレット! 回復頼む!」
「任せて!」
ギガ林と獅音は、それぞれ迫り来る影へと対処している。
ギガ林は的確な剣筋で触手を次々と断ち切り、進路を確保する。
対する獅音は、その俊敏さを活かし、紙一重で攻撃を躱しながら、時に力任せに触手を引きちぎっていく。
そして後方では、ヴァイオレットが状況を冷静に見極めながら回復魔法を展開していた。
淡い紫の光が戦場を包み込み、削られたHPを着実に押し戻していく。
「俺はグランの援護に回る!」
地面を強く蹴り、一直線に駆け出す。
視線の先には、アビスハウルと交錯するグランの姿。
「待たせたな、グラン……!」
今まさにグランへ飛び掛かろうとしていたアビスハウルの軌道へ、強引に割り込む。
――ガキィィン!と鋭い衝突音が森に響き渡る。
振り下ろされた爪を、剣で真正面から受け止めた。
『別に助けなど……必要ないがなぁ!!』
強がりとも本音とも取れる声を上げながら、俺の背後から、グランの腕が豪快に振り抜かれる。
鍔迫り合いの状態にあったアビスハウルは、回避行動を取る暇もない。
――バチィィン!とフルスイングの平手打ちが、横っ腹に直撃する。
『がっ……!?』
衝撃と共に、アビスハウルの身体が弾き飛ばされる。
そのまま凄まじい勢いで宙を舞い、何本もの木々をへし折りながら、遠方へと吹き飛んでいった。
メキメキメキィッ!と、森林がなぎ倒される轟音が遅れて響く。
「……ナイスだ、グラン」
『ふん……』
だが、グランは手応えに満足した様子ではなかった。
『……あの駄犬、咄嗟に影を纏って勢いを殺しおったな』
たった今振り抜いた自らの腕を見ながら、忌々しげに吐き捨てる。
確かに、激しく叩きつけられたはずのアビスハウルが、既に起き上がりこちらに対して臨戦態勢を取っている。
グランの言う通り、影を展開してダメージを軽減させたのだろう。
既に新たな影を出現させながら、獰猛な唸り声を上げており、今にもこちらに飛び掛かってきそうだ。
『主よ……気を抜くなよ』
「ああ、わかってるさ……」
その様子を見て、気を引き締める。
アビスハウルとの戦いは、いよいよ佳境を迎えようとしていた。
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