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第31話 地獄門

 

 『次は、もう少し……本気でやってやろうか、精々俺を楽しませろよ? ウォオオオオオオオン!!』


 アビスハウルが再び遠吠えを放つと、その咆哮に呼応するように、影が怪しく蠢き始めた。

 しかし、先ほどまでとは明らかに様子が違う。

 影は収束し、やがていくつもの球体へと形を変えると、アビスハウルの周囲を不規則に旋回し始めた。


 「来るぞ! 警戒!」


 次の瞬間、影の球体が一斉に射出された。

 それぞれが、まるで意思を持っているかのように複雑な軌道を描きながら迫ってくる。

 同時に、アビスハウル自身も地面を蹴り、弾丸のような速度で突っ込んできた。


 ……は?

 思考が一瞬、止まる。――同時攻撃も出来るんかい!


 さっきまでは、影を操っている間、本体はほとんど動かなかった。

 だからこそ、無意識にどちらか一方しか来ないと思い込んでいたが、違ったようだ。

 要するに……今まで手を抜いてたってことかよ……!


 「……しかも速いな、ちきしょう!」


 目で追うのがやっとの速度、漆黒の残像を引きながら、爪と牙による連撃が容赦なく叩き込まれる。

 狙いは当然、前線でヘイトを稼ぐ虎徹だった。


 「ぐっ……!」


 さらに、影の球体が四方八方から飛来する。

 直線、曲線、跳弾まるで意思を持つかのように軌道を変えながら、次々と襲いかかってくる。

 虎徹は大盾を構え、必死に球体を弾き、受け止める。


 「くっ、くそ……!」


 その防御の隙を縫うように、アビスハウルの連撃が叩き込まれる。

 高速すぎる攻撃に対処しきれず、爪が鎧を裂き、牙が肩口に食い込んだ。


 「ぐあっ……!」


 タンクである虎徹ですら、このスピードには完全には対応しきれない。

 それでも何とか踏みとどまってはいるが――


 「このままじゃ、削り殺されるぞ……!」


 じりじりと押されているのは明らかだった。


 「援護する!」


 俺とギガ林、獅音が同時に動くが――


 『遅ぇんだよ』


 アビスハウルは嘲るように低く呟き、その瞬間にはもう別の位置へと跳躍していた。

 影の球体を撒き散らしながら、森の中を縦横無尽に駆け回る。

 その動きはまるで捕らえどころがない。


 「くそっ……!」


 俺たちの援護は、あと一歩届かない。

 圧倒的な機動力と自在に動き回る影の球体との連携の前に、戦線は確実に崩され始めていた。


 「このままじゃ、まずいぞ!」


 焦燥が、胸の奥を締め付ける。

 だが、その時だった。

 再び、アビスハウルが動き始め、影の球体が不気味に舞い、次の襲撃へと移ろうとした、その瞬間――


 ――ドンッ!乾いた銃声が、森の静寂を切り裂いた。


 「――っ!?」


 視界の端で、影の球体の一つが弾け飛ぶ。


 『な、何だと?』


 アビスハウルが、明確に動揺を見せた。

 直後、ドンッ!ドンッ!ドンッ!と連続する銃声が響き渡る。

 次々と、正確無比に撃ち抜かれていく影の球体。

 数瞬のうちに、宙を舞っていた影は、完全に消滅する。


 「【ニトロバレット】……」


 静かに呟く声、間髪入れずに放たれた銃弾が、一直線にアビスハウルへと迫る。


 『ちぃ!』


 咄嗟に回避行動を取るアビスハウル。

 だが、間に合わない。

 弾丸は肩口を正確に捉え、その瞬間――


 ドォンッ!と激しい爆発が巻き起こり、衝撃がアビスハウルの身体を大きく揺らした。


 『ぐっ……!』


 「ナイスだ、ショコラ!」


 俺は思わず叫ぶ。

 距離を取りながら銃を構えるショコラの姿が視界に入る。

 無駄のない動き、ブレのない照準。

 あの高速で不規則に動く影の球体を、全弾撃ち抜く――まさに神業だ。


 「……ちっ」


 しかし、当の神業を披露した本人は、小さく舌打ちを零した。

 確かに命中はしているが、その表情にはわずかな悔しさが滲んでいる。


 『……はっ』


 爆煙の中で、アビスハウルが低く嗤う。


 『いいじゃねぇか……今のはちょっと面白かったぜ?』


 ゆらりと立ち上がり、こちらを見据える紅い瞳が細められる。


 『だがよぉ――そんなちゃちい花火、いくら喰らっても効かねぇんだよ!』


 吐き捨てるように言葉を吐く。

 実際、その言葉は強がりではない。

 ショコラの狙撃は、確かに命中し、ダメージも与えている。

 だが――決定打にはなっていない。


 その理由は明白だ。


 ……あの影か。


 アビスハウルの全身には、常に薄く影が纏わりついている。

 まるで膜のように身体を覆い、外部からの衝撃を受け流しているのだ。

 遠距離からの攻撃では、その影に威力の大半を削がれる。

 結果として、削れるのはごくわずかなHPのみ。

 

 「やっぱり、近距離でいくしかないか……」


 あの防御を貫くには、中途半端な攻撃では足りない。

 やはり、至近距離の攻撃で削りきるしかないらしい。

 覚悟を決めたその瞬間、ふわりと俺たちの身体を、淡い紫色の光が包み込んだ。


 「【邪神の加護】……回復は任せて!」


 後方から響く、ヴァイオレットの声。

 ヴァイオレットのスキルによって、俺たち全員に継続的なHP回復が付与された。


 「助かる!」


 思わず声が出る。


 この戦いにおいては、ヴァイオレットはバーサーカーモード(この呼び方に関しては本人は激怒していたが……)は封印し、本来の回復役に専念してくれている。

 アビスハウルの猛攻の中で、何とか戦況を維持できているのもヴァイオレットの尽力の賜物に他ならない。

 ちらりと後方を見ると、ヴァイオレットは杖を構え、真剣な表情でこちらを見据えていた。


 「……頼りにしてるぞ」


 そう呟き、アビスハウルの方へ向き直る。


 『いいぞ! どんどん来いよ、こらぁ! グルルルルルルッ!!!!』


 アビスハウルが獰猛に唸り声を上げると、それに呼応するように、影が再び蠢き始めた。

 空中には、あの厄介な影の球体が飛び回り、そして地面からは、触手のようにうねる影が無数に伸び上がってくる。

 ――今度は二段構えでくるらしい。

 

 「……マジかよ」


 思わず、舌打ちが漏れる。

 回避に専念すれば球体に削られ、足を止めれば触手に絡め取られる。

 明らかに、こちらの動きを制限するための構成だ。

 その上で、アビスハウル自体も攻撃に回ってくるのならば、これほど厄介な攻撃も無いだろう。


 さて、どうしたもんか……


 状況は、正直言って厳しい。

 仮に、この飛来する影を何とか掻い潜れたとしても、肝心の本体には、あの鉄壁の影の障壁がある。

 あれを突破しない限り、致命的なダメージは与えられない。


 「ぴろこがいればな……」


 思わず、本音が漏れる。

 グレネーディアであるぴろこの広域殲滅魔法なら、あの影ごとまとめて吹き飛ばせる。

 この膠着状態を、一発で打開できるはずだ。

 だが、いないものは、どうしようもない。

 そして、それは俺だけが感じているわけではないらしい。


 「くそ……まとめてあの影を吹き飛ばせればな……」


 ギガ林が歯噛みする。


 「ラグナ、魔王の力であれ消し飛ばせないかニャー?」


 「……いや、今の俺のスキルじゃ無理だ」


 獅音の期待交じりの問い掛けに対して、即座に首を振る。

 確かに魔王としての力はあるが、ぴろこほどの広域・高火力を同時に満たすスキルは、まだ使えない。


 何か……手はないか……?

 高速で思考を巡らせる。


 必要なのは、広域を一気に吹き飛ばせる手段だ。


 そんな手段を持っている味方は……


 ……待てよ?


 脳裏に、一つの可能性が浮かぶ。

 俺が持つ手札でそれが可能な存在……


 「……いた!」


 思わず、声が漏れた。

 そうだ、一つだけ手段がある。


 「何か思いついたのか?」


 「ああ、しかし、これは……」


 しかし、これは……まだ実戦で使うには、あまりにも時期早々なのかもしれない。

 下手をすれば、パーティーのバランスが崩れて、事態を悪化させることになるかも……


 いや、違うか。

 せっかく入手した強大な力、この局面で眠らせておいて良いはずがない。

 

 そうだ、俺は……魔王。

 そんなみみっちい考えでやってられるかよ!


 迷いは最早消え去った。

 俺は、精神を集中し魔力を練り始める。

 

 「さて……いきなりの大仕事だがいけるか? まあ、無理でも頑張ってもらわなきゃならんがな!」


 そこで一気に魔力を解放し、使用する魔法は――


 「【召喚魔法・地獄門】! 出番だ……グラン!」


 その瞬間、頭上に巨大な魔方陣が形成され、その中から何かが出現してくる。

 そう、それはもちろん……【天空竜王・グランディエル】


 白銀の鱗を纏う竜王が、天を裂くようにして【ノクティルカの森】へと降臨した。

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