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第30話 アビスハウル


 「【ノクティルカの森】か……久しぶりだな」


 アストラル君の展開した転移魔方陣を抜け、俺たちは森の中へと降り立つ。

 目的はもちろん、【魔影黒狼・アビスハウル】の討伐、そして――【繋絆の儀】による魔王軍への加入だ。


 今回のメンバーは六人。

 俺を筆頭に、ギガ林、虎徹、獅音、ショコラ、ヴァイオレット。

 なお、ぴろこは魔王軍の育成を優先したいとのことで、今回は不参加となっている。

 後衛からの主力火力である彼女がいないのは正直痛いが、魔王軍全体の強化も重要だ。

 そのため、今回はぴろこの判断を尊重し、不在のまま作戦を進めることになった。


 「いやに静かだな……」


 森を見渡しながら、思わず呟く。


 【ノクティルカの森】は本来、プレイヤーで賑わう人気の狩場だ。

 時間帯を問わず、どこかしらで戦闘音が響いているのが当たり前の光景だったが今は違う。

 風が木々を揺らす音だけが、やけに大きく耳に届く。

 人の気配が、まるで感じられない。


 「……嫌な静けさだな」


 思わず呟いてしまった俺の言葉に、その場の誰も否定しなかった。

  周囲を警戒しながら、俺たちは森の奥へと足を進める。


 普段なら、そこら中にいるはずのプレイヤーの姿がない。

 それどころか、雑魚モンスターの気配すら感じられない。


 まるで、この一帯だけが切り取られたかのように――

 生命の気配が、消えている。


 やがて――


 「……ん? 今、何か聞こえたかニャー?」


 獅音の耳が、ぴくりと動いた。


 「いや? 別に何も――」


 そう言いかけて、俺はふと気付く。


 (……そういえば)


 獅音は獣人だ。

 人間とは比べものにならないほど、鋭い聴覚を持っている。


 「いやいや、確かに聞こえたニャー! こっちニャー!」


 獅音が真剣な表情で言い切ると同時に、迷いなく駆け出した。


 「おい、待て――!」


 止める間もなく、その背中が一気に加速する。


 「……チッ、行くぞ!」


 俺たちもすぐに後を追う。

 森の中を駆け抜けながら、徐々に音がはっきりしてくる。


 怒号、衝突音、そして爆発音――間違いない、戦闘だ。


 「……くそっ! くそぉおお!!!!」


 悲鳴にも似た叫びが、はっきりと耳に届いた。


 そして、視界が開けると同時に、俺たちが目にしたのは――


 伸縮する影に、次々と切り裂かれていくプレイヤーたちの姿。

 そして、その中心に佇む、漆黒の狼だった。


 「アビスハウル……」


 思わず、その名を呟く。

 目の前にいるのは、間違いなく【八神獣】の一柱――【魔影黒狼】アビスハウル。

 その姿は、グランディエルと比べれば、かなり小さい。

 巨体を誇る竜とは違い、せいぜい大型の獣といった程度のサイズだ。

 だが、その漆黒の体から滲み出る圧は、全く引けを取らない。

 むしろ、濃密で粘つくような殺気が、肌にまとわりつく。


 (……同格か)


 否応なしに理解させられる。

 こいつもまた、あのグランディエルと同じ――【八神獣】、つまり、規格外の存在だ。


 『ああん?』


 アビスハウルが、気怠そうにこちらへ視線を向ける。

 紅い瞳が、俺たちを品定めするように細められた。


 『また餌が来やがったか……』


 低く、だがどこか気の抜けた声色だが、その奥に潜むのは、明確な殺意だ。


 『さっきの連中よりは、マシに見えるが……俺を楽しませてくれるのかよ?』


 その口調は、グランディエルとは対照的だった。

 威厳に満ちた語り口のグランディエルとは違い、軽薄で粗野――まさにそんな印象だ。

 だが、だからといって油断できる相手ではない。

 むしろ、その無造作さこそが、底知れぬ大物感をより一層際立たせていた。


 『グルルルルルルル……!』


 獰猛な唸り声と共に、アビスハウルの全身に黒い影がまとわりついていく。

 それはまるで意思を持つ蛇のように蠢き、うねりながらその体表を這い回っていた。


 「来るぞっ! 警戒っ!」


 俺が叫んだ、その直後――影が一斉に弾けた。

 無数に分裂した影が、矢のような速度でこちらへと放たれる。


 「っ――!」


 先頭にいた虎徹が即座に飛び出し、大盾を構えて前に突き出した。

 鋭利な刃のような影が、大盾へと激突し、ガキィィン!と鈍く重い衝突音が森に響き渡る。


 「ちっ……数が多い!」


 影は一撃では終わらない。

 幾重にも枝分かれし、無数の軌道を描いて襲いかかってくる。

 虎徹の防御だけでは、すべてを受け止めることは不可能だった。


 「散開しろ!!」


 俺の指示と同時に、全員が即座に動く。

 左右へ、後方へと散り、それぞれが迫る影を紙一重で回避していく。

 影は地面や木々を容易く切り裂き、通過した跡には深い裂痕が残されていた。


 「……冗談じゃねぇ威力だな」


 ギガ林が低く呟く。

 虎徹も歯を食いしばりながら体勢を立て直す。


 「ニャッ! ……まだ来るニャー!」


 獅音の叫びと同時に、再び影が蠢いた。

 ばらけていた影が、ぐにゃりと不気味に収束していく。

 やがてそれらは一本の塊となり、螺旋を描きながら高速で回転し、そのまま弾丸のように突っ込んできた。


 狙いは、正面でヘイトを稼いでいる虎徹。


 「くっ………… どっこいしょぉおお!!!!」


 迫る黒の奔流を前に、虎徹は一歩も退かない。

 気合いの咆哮と共に、大盾を正面に構え、真正面から迎え撃つ。


 ドゴォォォン!と凄まじい衝撃が炸裂し、地面が大きく抉れる。

 回転する影が盾に食い込み、火花にも似た黒い粒子が四散する。


 「ぐっ……うおおおおおお!!」


 激しく、押し込まれる。

 足が地面にめり込み、靴底が滑り、じりじりと後方へ押し下げられていく。

 だが、それでも虎徹は踏みとどまった。


 「……ナイス虎徹! 今度はこっちの番だ!」


 俺の声が響く。

 その間に、既に全員が次の一手の準備を終えていた。

 虎徹が耐えている時間――それは、俺たちにとって最大の攻撃準備時間だ。

 ギガ林と獅音は左右へと展開。

 挟み込むようにポジションを取り、攻撃の間合いへと入り込んでいる。


 そして俺は、正面から……


 「……行くぞ」


 この辺りの連携は【グランディエル】との死闘を経て、かなり練度が上がってきている。

 誰がどのタイミングで動くか。

 誰が隙を作り、誰が叩き込むか。

 すべてが、身体に染みついている。


 「いくぞぉ! 【魔王剣・禍儘(かじん)】!!」


 剣に濃密な闇の魔力を纏わせ、俺は正面から一気に斬り込む。


 「【冥王輝刃・天穿(あまうがち)】!!」


 ギガ林もまた、膨れ上がる魔力を剣へと叩き込み、必殺の一撃を振り抜こうとする。


 「【ヴァジュラ・イグニッション】ニャー!!」


 獅音は全身から黄金の光を、迸らせながら突進する。


 『ウォオオオオオン!!!!』


 それに応じるかのように、アビスハウルが高らかに咆哮を上げた。

 次の瞬間、足元から影が噴き上がる。

 それは竜巻のように渦を巻き、瞬く間にアビスハウルの全身を覆う障壁へと変貌した。


 「くっ……構うかよぉ!」


 止まらない。

 俺たちはそのまま、影の障壁ごと叩き斬る覚悟で突っ込む。

 三者三様、それぞれの必殺スキルが、影の障壁へと激突する。


 ――だが、その感触は、明らかに異質だった。

 まるで、分厚い硬質のクッション。

 表面は鋼のように硬く、だが内部は衝撃を吸収するように柔らかい。


 「……っ!?」


 手応えが、鈍い。

 三人の攻撃は確かに障壁を削り取り、ついには影を霧散させ、その奥のアビスハウル本体へと届いた。


 だが――


 「……浅い!」


 確かに当たったが、削れたのはほんのわずか。

 アビスハウルは一瞬だけ身を揺らし、わずかに怯んだものの、決定打には程遠い。


 (……威力を、殺された……!)


 明らかに、障壁によってダメージの大半を削ぎ落とされている。


 『……ふん、少しはやるじゃねえか』


 低く、嘲るような声が響いた。

 軽減されていたとはいえ、それはアビスハウルにとって初めて経験した、ダメージだった。

 そして、その事実に漆黒の瞳が愉悦に歪む。


 『……いいねぇ、ようやく……楽しめそうじゃねぇか』


 ここにきて初めて、自分を満たせる戦いの相手が現れた――

 そう確信したかのように、獲物を見定めるように、ゆっくりとこちらを見据えながら明確な喜びを滲ませていた。

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