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第29話 ノクティルカの森


 【ノクティルカの森】――


 その奥地では、クラン【碧大(へきだい)アルクロ同好会】のメンバーたちがレベリングに励んでいた。

 その名の通り、リアルに存在する【碧山(みどりやま)学院大学】の学生たちで構成された中堅クランであり、連携力の高さと安定した立ち回りで着実に実力を伸ばしてきた集団だ。

 手慣れた動きでモンスターを狩り続け、戦闘は終始安定している。

 経験値も順調に稼げており、収穫としては上々だった。


 「よし、この辺りで一旦戻るか?」


 クランリーダーである同好会の会長が、軽く肩を回しながらそう声をかける。


 「お、もうそんな時間か?」


 「今日めっちゃ稼げたくない?」


 「課題やらずにこれやってる時点で終わってるけどな」


 「あーそれ言うなって!」


 どっと笑いが起きる。

 リアルの大学仲間同士ということもあり、戦闘中こそ連携は的確だが、それ以外は終始こんな調子だ。


 雑談を交えながらも自然とフォローが飛び、危なげなくモンスターを処理していく。

 楽しみながらも結果を出す――それが【碧大アルクロ同好会】の強さだった。


 「よーし、これだけやれば十分だな!」


 会長が満足げに頷く。


 「いやー、これで【蒼大アルクロ同好会】の連中にも、だいぶ差つけられたんじゃないか?」


 その言葉に、メンバーの何人かがニヤリと笑う。

 蒼海(そうかい)大学と碧山学院大学。

 リアルでも何かと張り合う両校は、このアルティメットクロニクル内においても例外ではない。


 ――【蒼大アルクロ同好会】


 同じく中堅クラスの実力を持つ、最大のライバル。

 レベリング、ボス討伐、攻略速度、あらゆる要素で競い合い、ことあるごとに火花を散らしてきた相手だ。


 「この調子なら、次のボス攻略もこっちが先だな」


 「向こうの連中、悔しがるだろうなぁ」


 軽口を叩きながらも、その目には確かな自信が宿っていた。


 「じゃあ、あと一戦だけやって帰るか?」


 「賛成ー!」


 そんな軽いノリで進もうとした、その時だった。


 「……ん? 何だあれ?」


 先頭に立っていたメンバーが、不意に足を止める。


 「どうした?」


 「いや……今、あそこで何かが動いたような……」


 さっきまでの軽い空気が、わずかに揺らぐ。

 指差されたその先――


 木々が密集するその隙間に、確かに何かの気配があった。


 「んー?」


 他のメンバーも目を凝らす。

 薄暗い木陰の奥に、ぼんやりと浮かぶ影が見える。


 「……あれは、モンスターか?」


 だが、その正体を確かめようと一歩踏み出した瞬間、それは唐突に動き出した。


 「な――っ!?」


 その瞬間、影が弾けるように飛び出してくる。


 「全員、構えろぉ! 奇襲だ!」


 咄嗟に、先頭のタンク職が大盾を構え、仲間を庇うように前へ出る。

 しかし、次の瞬間、黒い閃光が走った。


 「……は?」


 鋭利な刃のような影が迸り、大盾ごとプレイヤーの身体を、いとも容易く切り裂き、光の粒子へと変えてしまった。


 「なっ……何だと!?」


 一瞬の沈黙の後、誰かが叫ぶ。


 「くっ……全員、総攻撃だ!!」


 その場にいたプレイヤーは十人。

 統制の取れた動きで、一斉にスキルを叩き込む。

 魔法、矢、斬撃とあらゆる攻撃が、モンスターへと殺到する。


 『ウォオオオオオオオン!!!!』


 大気を震わせる咆哮が響くと同時に、地面から溢れ出すように影が広がる。

 それは渦を巻き、壁のようにモンスターの周囲を覆い尽くすと、全ての攻撃を遮断してしまった。


 「……は?」


 誰かが、呆然と呟く。

 直撃したはずの魔法も、矢も、剣撃も、まるで最初から存在しなかったかのように、影に呑み込まれて消えていった。


 「馬鹿なっ……強すぎる……!」


 絶望が、じわりと広がる。

 その時、影の奥から、低く嗤う声が響いた。


 『くだらねぇな……』


 ゆっくりと、闇の中から姿が浮かび上がる。


 『せっかく、こっちから出向いてやったってのによぉ――この程度か?』


 それは――漆黒の狼だった。

 闇そのものを凝縮したかのような巨躯。

 全身から溢れ出す影が、ゆらりと揺らめきながら地面を侵食している。

 ただそこに立っているだけで、周囲の空気が歪む。


 並のモンスターではない。

 誰の目にも、それは明らかだった。


 その名は【八神獣】が一柱――【魔影黒狼・アビスハウル】


 「に、逃げろぉお!!」


 誰かが、悲鳴のように叫ぶ。

 【碧大アルクロ同好会】の面々は、一斉に背を向けて駆け出した。


 『くそが……』


 低く、唸るような声が響く。


 『逃がすわけ、ねぇだろうがぁ!!』


 その瞬間、影が爆ぜるように広がっていく。

 地面を這う黒が一斉に広がり、逃げるプレイヤーたちへと襲いかかる。


 「うわぁっ!」


 足元から伸びた影が、一人の脚を切断する。

 別の一人は、影の渦に呑み込まれ、そのまま消えた。


 「やめろっ! 来るな、来るなぁぁぁ!!」


 叫びも虚しく。

 逃走経路はすでに影に支配されていた。

 斬られ、砕かれ、呑み込まれる。

 抗う間もなく、次々と身体が光の粒子へと変わっていく。


 わずか、数分でその場に、生き残っているプレイヤーは一人もいなくなった。

 静まり返った森の中、ただ一匹、アビスハウルだけがそこに立っていた。


 『……ちっ』


 不機嫌そうに舌打ちを鳴らす。

 紅い瞳が、次の獲物を探すようにゆっくりと細められた。


 『ここに来ればよぉ……存分に強ぇ奴と戦えるって聞いたんだがなぁ……』


 低く唸るような声が、森の奥に響く。


 『雑魚ばっかじゃねぇか』


 吐き捨てるような一言と共に、影が地面を這う。


 【魔影黒狼】アビスハウル――


 強敵を求め、己の本能のままに“場違いな狩場”へと現れた【八神獣】の一柱により、プレイヤーたちにとっての良狩場として知られる【ノクティルカの森】は地獄へと変わろうとしていた。

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