第28話 異変の気配
魔王城内部、会議室――
「あれ? 何か変じゃない?」
不意に、ヴァイオレットが声を上げた。
「どうした?」
俺が問い返すと、彼女は少し眉をひそめながら指を伸ばす。
「いや、ちょっと……あれを見て欲しいんだけど」
その指先が示していたのは、魔王城に表示されている全域マップだった。
そこには【八神獣】の位置を示す光点が表示されている。
そのうちの一柱――【天空竜王・グランディエル】は、先日俺たちが討伐し、魔王軍に加えることに成功している。
そのため、現在地図上に存在する光点は七つ、本来であれば、それで何もおかしくはない。
「えーと、それがどういう……?」
ぱっと見では、違和感はないように感じるが……
「気付かないの? あの真ん中辺りの光点の場所――何か変じゃない?」
ヴァイオレットに言われて、視線を地図の中央付近へと向ける。
そこに表示されている光点、その位置は――
「……あそこは……確か【ノクティルカの森】か?」
初心者から中級者まで、多くのプレイヤーがレベリングに利用する有名なダンジョン。
常に人の出入りが絶えない場所だ。
そして、その光点の上には――【魔影黒狼】アビスハウル。
その名が、はっきりと表示されていた。
アビスハウル……。
グランディエルと同格と見ていい、【八神獣】の一柱。
そんな存在が、よりにもよって【ノクティルカの森】にいる。
「……あれ?」
思考の途中で、ふと違和感が引っかかる。
「……確かにおかしいな」
思わず、低く呟く。
「何でそんなところに【八神獣】がいるの? ……そもそも、前はあんな場所に光点なんてあったかしら?」
ヴァイオレットの言葉に、周囲の空気が一変し、ざわりと緊張が走った。
「あんなプレイヤーだらけの場所に……【八神獣】なんて出現したら……」
そんなこと、想像するまでもない。
伝説級モンスターをあの密集地帯に放り込めば――結果は地獄だ。
「前に確認した時、【ノクティルカの森】に光点なんてなかったはずだ」
「ということは、【八神獣】が移動しているのか?」
その事実が、じわりと背筋を冷やした。
「……一体、何が起こってるんだ?」
誰に向けるでもなく呟く。
だが、この場で推測を重ねても埒が明かない。
「とりあえず、アストラル君に事情を聞くか。おい、アストラル君はいるか?」
「はい、ラグナ様。お呼びでしょうか?」
間を置くことなく、すぐ背後に気配が現れる。
振り返れば、いつも通りの落ち着いた様子でアストラル君が一礼していた。
「これは一体どういうことだ? 何故、【八神獣】を示す光点が移動している?」
問いかけに対し、アストラル君は一瞬だけ視線を地図へと向けると――
「……申し訳ございません。現時点では原因は不明です。少なくとも、私には把握できておりません」
「原因不明かよ……」
ギガ林が低く呟く。
アストラル君が分からないということは、現時点で俺たちに原因を把握する術はないということだ。
場の空気が、さらに重く沈んだ。
「さて、どうする?このまま放っておくのか?」
その問いに、俺はすぐには答えなかった。
視線は、地図の中央――【ノクティルカの森】に浮かぶ光点へと向けたままだ。
「……」
暫し、思考を巡らせる。
確かに、放置するのはよくないのかもしれない。
あんな初心者だらけのダンジョンに、ラスボスクラスの【八神獣】が出現したら――それこそ地獄だ。
だが――
(……待てよ?)
ふと、別の考えが頭をよぎる。
俺たちは魔王軍だ。
プレイヤーたちに対して、特別な義理があるわけじゃない。
仮にあそこにいる連中が全滅したとしても――
それはゲームとしての結果に過ぎない。
むしろ、それこそが魔王として正しい在り方なのかもしれない。
そこまで考えて、小さく息を吐く。
(……いや)
もう、答えは出ている。
この感情はそんな、理屈から出てきていない。
もっと単純で、本能的な理由――それは、あいつと戦ってみたいという感情だ。
【八神獣】が通常のダンジョンへ。唐突に移動する。
突発イベントか、それとも未知のフラグか。詳細は分からないが――
そんな想定外が目の前に転がっているのに、無視する理由があるか?
(……せっかく、魔王になったんだ)
胸の奥が、わずかに熱を帯びる。
こんな面白そうなところに顔を出さないなんて――あり得ない。
「……行くか」
思わず、声に出していた。
その直後に、ふと我に返る。
少し独断が過ぎたか――そう思ったが。
「面白そうだな」
即座に、ギガ林が短く呟いた。
「やっぱりそうくると思いましたよ」
虎徹は苦笑しながらも、どこか楽しげに肩をすくめる。
「戦ってみたいニャー!」
獅音は尻尾をぶんぶんと振り回している。
「……影の狼、撃ち抜いてみたい」
ショコラはいつも通り、既に臨戦態勢だ。
「ほんと、戦闘好きなんだから……まあ、付き合ってあげるわよ」
ヴァイオレットも呆れたように言いながら、完全に乗り気だった。
「お前ら……」
思わず、口元が緩む。
魔王軍の訓練でこの場にいないぴろこを除けば、全員が同じ方向を向いている。
(……やっぱり)
このメンバーは、最高だとつくづく実感する。
こんな唐突な事態にもかかわらず、誰一人として躊躇しない。
むしろ、その状況すら楽しもうとしている。
危険だとか、リスクだとか、そんなものは二の次で、ただ純粋に目の前に転がってきたイベントを楽しむ。
アルティメットクロニクルというゲームを、全力で遊び尽くそうとしている。
その姿勢が、何よりも頼もしくて――そして何より、心地よかった。
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