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第2話 奈落に落ちたら悪魔がいた件

  

 「おお……生きてるわ俺……いやいやまじで走馬灯が見えるかと思った……まあゲームだからそんなもん見えるわけないんだけどね」


 グラヴィオスによる自爆攻撃で【黒晶の魔渓谷】の谷底へ突き落とされたが、何とか死は免れた。

 落下中はさすがに諦めかけたが、崖下に生えていた木がクッションとなり、かろうじて命を拾ったのだ。


 「落下中、完全にあきらめてたのに、木で助かるとか……いやぁ、俺は前世でどんな徳を積んだんだろうね」

 

 HPはほとんどゼロに近かくなるほどのダメージを受けたが、何とか生きている。

 回復アイテムのポーションを口にしながら、顔を上げた俺の目に映ったのは、闇の中にぽっかりと口を開けた謎のダンジョンの入り口だった。

 谷底の断崖に貼り付くように存在し、黒晶が絡みついた入り口は、まるで長い年月をかけて外界から隠されてきたかのようだ。

 普通の探索ルートでは絶対に気づけない――いや、気づかせないように造られている。


 「ええぇぇ、なにこの展開? 転落死を免れたら隠しダンジョン発見とか……俺、神様から愛されすぎじゃない?」


 こんな断崖絶壁の底に、ひっそりと口を開けているダンジョンが隠されていたなんて、誰が想像できるだろう。

 陽光も届かない暗がりの中、黒晶の欠片が壁に突き刺さるように光を反射し、その奥は一切の侵入者を拒むように沈黙している。

 そして俺が発見したこの場所は、当然ながらどこの攻略サイトにも載っていない。

 プレイヤーたちが調べ尽くした地図にも、ヒントの一文字すら存在しない――まさに隠しダンジョンと呼ぶにふさわしい代物だ。


 いやぁ、正直、鳥肌が立つほど興奮したね。

 だって、世界中で数千万人がプレイしているアルクロの広大な世界で、新ダンジョンを最初に発見できるなんて……普通は一生に一度あるかどうかの大事件だ。

 古参プレイヤーとしての誇りが震える。

 名誉……いや、それを通り越して、存在そのものを世界に刻み込むような快感だった。

 

 【金輪奈落の魔宮】


 崖下にひっそりと存在していることから、その名がついたのだろう。

 さて、このダンジョンに今から挑むかどうか……うーん……そんなもん悩むだけ無駄ってもんですよ。

 もちろん迷う余地などなく、俺はほぼノータイムで突入した。

 モンスターやトラップが待ち受けるダンジョン、俺が初めての挑戦者のため、前情報は全く無いが、勢いでクリアしてやるぜ! 


 ……というわけでダンジョンの難易度は高かったが、持ち前のプレイスキルをフルに発揮し、どうにか最奥へ到達する。

 苦労はしたし、貴重なアイテムもかなり消費したが後悔は微塵もない。

 前人未踏のダンジョンを切り拓くことはこのゲーム内では何よりの名誉だし、この上なく幸せだったからね。


 そして、最奥で待っていたのは――


 「お待ちしておりました、初訪問者様……ようこそ、金輪奈落の魔宮へ」


 白手袋に執事服、品のある微笑みを浮かべた少年だった。

 頭上に表示される名は――アストラル君。

 名前の色は白色ではなく黄色ということは、つまりプレイヤーではなくNPCだ。


 「……え、誰? ボス?  いや、NPCか? 」


 何でこんなところにこんな少年が?

 普通に考えると、何らかの重要キャラクターか……それともボスか……その場合は変身したりするのか?

 思わず距離を取る俺に、アストラル君は朗らかに首を振る。


 「私はこのダンジョンの管理者でございます。 それ以上は……規約的に秘密、です」


 軽くウインクまでしくるぞ、このNPC……変なところが妙に人間臭いな。


 「さて、初訪問者様には特別なご案内があります。 どうか……心してお聞きください」


 そう言うと、彼はゆっくりと俺へ手を差し伸べた。


 「あなには……【アルティメットクロニクル】に降臨する魔王となって頂きたいのです」


 アストラル君の言葉に、思わず俺は眉をひそめた。

 えーと……ま……魔王?

 聞き間違えじゃないよな?魔王ってあの魔王?そもそもこのアルクロに魔王とかっていたっけ?

 えーと、ストーリーあんまり追ってないんだよなぁ……でも確か、いたよな、魔王……

 この世界のモンスターたちを操る悪者ーって感じで君臨してたような気がする。

 スタート当初は打倒魔王!なんてクランに所属したりもしてたような……

 まあ、馴染めなくて辞めたんだけどね……

 って危ない危ない、聞いた言葉が突拍子も無さ過ぎて全然違うこと考えてたわ。


 「……いやいや、急に何言ってんの? そもそも魔王ってなんだよ……ジョブなのか?」


 アストラル君は微笑を深め、丁寧に一礼した。


 「その質問には後ほどお答えします。 それよりも、まずはお名前をお伺いしてもよろしいでしょうか? 魔王候補としてお呼びするために必要ですので」


 「名前? まぁ、別にいいけど……俺の名前はラグナだ」


 「――ラグナ様ですね……ありがとうございます。 では、改めてお尋ねいたします」


 彼は胸に手を添え、舞台俳優のような優雅な仕草で言葉を続けた。


 「ラグナ様、あなたは魔王としてアルティメットクロニクルに君臨する役目を……お受けになりますか?」


 「――面白そうじゃないか……答えは、もちろんイエスだ!」


 まあ、稀に見る即答だったね。

 アストラル君の顔が一瞬キョトンってなってたわ。

 はっきり言って俺の中ですぐに答えは決まってた。

 前人未踏の隠しダンジョン発見からの、最奥で未発見NPCからの勧誘イベントなんて熱すぎる。

 魔王という物騒な響きには一瞬戸惑いを覚えたのは事実だが、好奇心の方が遥かに勝る、こんな展開で興奮しない方が無理だ。


 一瞬、キョトンとなっていたアストラル君の表情が、ふっと柔らかくほどける。


 「……承知しました。では私の申し出をお受けいただけるとのことですので――」


 そして、彼は目を閉じた。


 「これから試練を開始いたします……」


 えーと、試練?誘っといて試練とかあんの?

 何て俺の甘い考えを尻目に、アストラル君の体の周囲で、闇のオーラが渦を巻き始める。

 彼の影が床に広がり、黒い霧となって立ち上がり、アストラル君の身体を覆い尽くしていく。


 「……試練は必要なのです、あなたが魔王として立つにふさわしいかどうか――」


 優しい声音が、異質な響きを帯びていく。


 「私はその是非を判断するための存在……決して手加減はいたしませんので全力で挑んできてください!」


 影が一瞬で爆ぜ、姿を現したのは、身の丈十メートルに及ぶ巨躯。

 黄金の鎧、禍々しい黒い翼、金銀の双剣を構えた異形。

 それは――少年、アストラル君の面影をどこかに残しつつも、まったく別の姿だった。


 「禁忌の守護者――【アストラル・シェイド】これより魔王誕生のための試練を開始します」


 その宣告とともに、ステータスウィンドウが自動で開く。


 名前:闇夜の悪魔 アストラル・シェイド

 種族:禁忌種

 HP(体力): 2176

 MP(魔力): 1265

 STR(筋力): 1200

 DEX(器用): 1020

 AGI(敏捷): 1044

 TEC(技量): 1030

 VIT(耐久力): 1059

 LUC(幸運): 1010


 「……ステータス、全部四桁だと!?」


 まず驚いたのは、その恐ろしい程に高いステータスだった。

 今までプレイしてきた中でステータスが全て四桁を越えているモンスターなんて見たことが無かったからだ。

 そして、その種族名、【禁忌種】なんて種族は見たことも聞いたことも無い。

 ネットの情報を探しても、そんな種族はどこにも載っていなかった。

 そのことからしても、目の前のモンスターがどれだけ特殊で稀少なモンスターなのかがわかるだろう。

 

 「それに禁忌種だって?どう考えても普通のボスじゃないよな……」


 俺の想像通り、巨大ボスモンスターへと変身したアストラル君には、圧倒されるものがあるが……

 さっきから鼓動の高鳴りが止まらない、戦闘のイメージも含めて準備は万端だが、これから戦おうとしているボスは、アルクロ史上誰も戦ったことが無く、何一つ情報を持ち得ていない状態なのだから緊張するのも無理はない。

 アルクロを初めてから約三年間、ここまで緊張したことは思い返しても数えるほどしか経験したことが無いと思う。


 「っしゃぁ!」


 自らを奮い立たせるように気合を入れる。

 間もなく、アストラル君……いや【禁忌の守護者・アストラル・シェイド】が動き出し戦闘開始となるだろう。

 【金輪奈落の大魔宮】と同じく、前情報は全く無い中でのボスへの挑戦。

 ステータスでは叶うはずもなく、ここへ来るまでの道のりで、アイテムもまあまあ消費してしまっている……

 だが、ここで負けるわけにはいかない。

 俺の予想だが、負けてリスポーンしたとしても、再挑戦は難しいかもしれない。

 このイベントがそれだけ特殊だということは、さすがに理解できる。

 今までの、俺の全てをぶつけるつもりで、勝利をもぎ取ってやるからな。


 『……それでは、試練を開始させて頂きます、ラグナ様の力、覚悟、このアストラル・シェイドが拝見させて頂きます……』


 アストラル・シェイドが戦闘開始のセリフを吐くと同時に、巨体が動き出す。

 それと同時に俺は相手へ向かって弾けるような速度で素早くダッシュする。


 「先手必勝、初撃はこっちがもらう……速攻で仕留めてやるぜ!」


 見る限り、相手の動きは鈍そうだ。

 それならば、鍛えに鍛えたこのプレイスキルを発揮すれば、ノーダメージで倒すことも容易いのでは……そんな俺の甘い考えは一瞬で砕かれた。

 

 「嘘やん……」


 足下に潜り込み、アストラル・シェイドの膝の辺りへ思いっ切り斬り付けた一撃は、素早く反応した相手の双剣により阻まれる、と同時にパキィン!と嫌な音が鳴り、俺の剣が無惨に砕け散ってしまった。

 今まで見たことが無かった現象に、背筋に寒いものが走るのを感じる。


 さすがに、今の行動は迂闊すぎたか。

 見るからに動きが鈍そうな巨体に似合わない素早い反応を見せたアストラル・シェイドが、鋭い踏み込みでこちらを追撃してくる。

 それを側面へ回り込みながら避けつつ、アイテムボックスから新たな剣を取り出し装備する。

 さっきまで装備していた剣もなかなかの性能を誇るが、実はこちらの剣の方が本命。

 

 【不浄の魔剣】


 とあるダンジョンの最奥で入手した伝説の魔剣。

 ランクで言えば間違いなくSSSランクであり、その威力は他の武器とは比較にならないこの剣こそ、俺と共に数々の修羅場を乗り越えてきた相棒と言える。

 さっきまであれだけ出し惜しみ無しで戦うという決意を抱きながら、この武器を温存していた自分を恥じながら、漆黒の光を放つ魔剣をアストラル・シェイドの脇腹の辺りに叩き込む。

 確かな手応えを感じながら、相手のHPゲージが僅かにではあるが減少したのを確認する。

 

 「……通る!ダメージはちゃんと通るぞ!」


 四桁のステータスを見た時は、倒せる実感は全く湧かなかったがこうして普通に戦える存在ということがわかったので、今の一撃の効果はかなり大きなかったと言えるだろう。


 「こうなったら……とことんやってやるからなぁ!」


 ここでスキル【孤軍奮闘】を発動、これは一人で戦闘に挑む際に、全ステータスを上昇させるという、俺のためにあるようなスキルだ。

 そして、アイテムボックスからSSランクのアイテムである【鬼神の秘薬】を取り出す。

 これは、自らの攻撃力を飛躍的に向上させるアイテムだが、使用すると、仲間への回復や補助行動が一切不可能になるというデメリットが存在する。

 まあこれもソロ専門の俺には元から関係の無い話だ。


 「いくぞぉ!」


 ステータスが上昇した証となる真っ赤な闘気のようなエフェクトを、全身に纏いながら一気に駆け出す。

 敵は膨大なステータスを元に、素早くそして力強い攻撃を繰り出してくるが……


 ……まあ、相手が悪かったな。

 いかに素早く動こうが、その攻撃が凄まじい威力を秘めていようが、所詮はAI、動きが単調過ぎる。

 【孤高の魔剣士】の名は伊達じゃない、幾多のPVPを経て練りに練られた俺の対人スキルを相手するには百年早かったな。


 「お前の敗因は……人型だったことだ!」


 サイズが大きかろうが、挙動が人の動きを踏襲している限り関係ない。

 最早、お前の行動パターンは見切った。

 アストラル・シェイドが繰り出す攻撃を全て回避し、的確に攻撃を叩き込む。

 【孤軍奮闘】と【鬼神の秘薬】で上昇した攻撃力も後押しし、HPゲージが見る見る減少していく。


 「このまま、一方的に削り切……ってぇえ!?」


 ……正直に言おう。

 俺はこの時、完全に調子に乗っていた。

 だって、あいつの攻撃パターンがやけに単調だったんだもの。

 いやいや、今思えば、それもあいつの作戦だったのかもしれないな。

 単調な行動を繰り返し、こちらが油断し始めた段階で、切り札を出して一気に殺し切る。

 いやあ、そんなことが出来るAIがいるなんてなぁ、驚いたよもう……


 いきなりあいつの翼が黄金に輝き出して、全方位の衝撃波を放ってくるなんてさあ……

 不覚にも俺はまんまと誘導されてしまったらしい。

 行動が単調単調と馬鹿にしながら、最終的に一番単調な動きをしてしまったのは、俺だった。


 一直線に突っ込んでしまった俺に、カウンターを合わせるかのようにぶっ放された衝撃波。

 全方位に放たれただけあって、回避する隙間や余裕などあるはずもなく直撃でもらってしまったのだった。


 「ぐわぁぁぁぁ!AIのくせにフェイントかますんじゃねぇぇぇ!」


 見事なカウンターをまともに喰らい、即死級のダメージを叩き込まれた俺の体が粒子と化して消滅していった。

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