第24話 決着
たった今、目の前で完全に圧し折られたグランディエルの巨角。
角から放出され、周囲を覆っていた黒い光は、一瞬だけ強く明滅したかと思うと、そのまま完全に消滅した。
同時に、身体をじわじわと蝕んでいたスリップダメージの感覚も消える。
「……消えた?」
先程まで絶えず感じていた不快な感覚が消え、思わず呟く。
じわじわと削り殺される最悪の展開は回避でき、全滅の可能性は、大きく減ったはずだ。
それにしても――
俺は、ヴァイオレットの方へ視線を向ける。
ヒーラーであるはずの彼女が放った、あのラストの一撃はあまりにも見事な破壊力だった。
思わず唾をゴクリと飲み込む。
狂乱の聖者か……
うん、怒らせないようにしよう。
一方で、自らの切り札とも言うべき角を失ったグランディエルは、しばらくの間、茫然とその場に立ち尽くしていた。
まるで、自分の身に起きた出来事を理解できていないかのように。
だが、次の瞬間、その双眸が、ギラリと光る。
『……キサマラァァァアアアアアアアア!!!!』
天を震わせるほどの咆哮と共に、グランディエルは我に返った。
そして、誰の目にも明らかなほどの激昂……わかりやすく言えば、完全にブチ切れている。
先ほどまでは、激昂しながらも僅かに垣間見えていた冷静さが、今はまったく感じられない。
理性を失った獣のように咆哮を上げながら、再びこちらへ襲い掛かってくる。
「来るぞ!」
荒れ狂う巨体が、一直線に突っ込んでくる。
その姿は満身創痍、焼けただれた鱗、裂けた翼、そして失われた角。
それでもなお、グランディエルの戦意は衰えておらず、むしろ、追い詰められた獣のような凄まじい迫力を放っていた。
「正真正銘、ラストフェーズだ! とどめを刺すつもりで戦うぞ!」
俺の声に、仲間たちが応じる。
――ここからのグランディエルの動きは、まさに手負いの獣そのものだった。
ダメージが響いているのか、ブレスの威力は明らかに落ちている。
だが、その代わりと言わんばかりに、矢継ぎ早に連射してきた。
黒光の奔流が次々と戦場を焼き払う。
さらに爪が振るわれ、尻尾が薙ぎ払われる。
休む間もなく、狂ったように攻撃を繰り出してくるが、その度に、グランディエルの体から、夥しい量の血が迸った。
動くたびに傷口が裂け、鱗の隙間から赤黒い血が噴き出す。
限界は、確実に近づいているが……もちろん、俺たちも油断などしない。
俺も、六魔将も、それぞれが自分の役割を全うしながら、全力でグランディエルを追い詰めていく。
虎徹が正面で攻撃を受け止め、ヴァイオレットが回復を飛ばし、ギガ林と獅音が隙を突いて攻撃を叩き込み、ショコラの銃撃が正確に弱点を撃ち抜く、MPがある程度回復したぴろこも戦列に復帰し、魔法攻撃で援護を行っている。
やがて、グランディエルにも、ついに限界が訪れる。
『ガァアアアアアア――!!』
大きく顎を開き、ブレスを吐こうとしたその瞬間、噴き出したのは炎ではなく――
大量の血だった。
『グッ……ガァ……!?』
巨竜の口から、ドバリと吐血が溢れ出す。
そのまま、グランディエルの巨体がぐらりと傾いた。
ドォォン、と地面を揺らしながら、巨体が地に伏す。
もう、立ち上がる力は残っていないようだ。
「……終わったか?」
俺はゆっくりと歩み寄る。
そういえば、確か、配下に加えるには一度倒す必要があるんだったな。
地に伏したグランディエルが、苦しげにこちらを睨み上げる。
『ぐ……ぐぅううう……!』
巨竜は血を吐きながら低く唸り、そして俺へ向けて言い放った。
『人間よ……一思いに殺すが良いわ!』
……うーん、どうしよう?
俺は思わず頭を掻く。
配下に加えるには、一度倒さなければならない。
アストラル君からは、確かにそう聞いている。
しかし、こうして満身創痍になっている姿を見ると、今さらとどめを刺すのも少し気が引ける。
……さて、どうしたもんか?
俺が剣を手にしたまま悩んでいる、その時だった。
不意に、目の前の空間が歪み始めた。
「な……?」
次の瞬間、戦場の中央に、誰かが転移してきた。
「お待ち下さいませ、魔王様」
それは、落ち着いた聞き覚えのある声、転移してきたのはアストラル君だった。
「どうしてここへ?」
俺が問いかけると、アストラル君は静かに一礼した。
「グランディエルを配下にするお手伝いに参りました、魔王様」
「手伝いだって?」
思わず聞き返す。
アストラル君は、地に伏しているグランディエルへと視線を向けた。
「【八神獣】を配下にするには、一度『倒す』必要がありますが……相手が敗北を認めた場合でも、例外ではありません」
その言葉に、俺は改めてグランディエルを見る。
巨体は地に伏したまま動かない。
荒い呼吸だけが、かろうじて命を繋いでいる証だった。
『……ぐ……』
グランディエルは俺を睨み上げているが、もう立ち上がる力は残っていない。
「現在、グランディエルは自らの敗北を認めつつあります」
「ということは、つまり?」
アストラル君が静かに告げる。
「……つまり、勝敗はすでに決しております。ですので、無理に殺す必要はございません」
なるほど……
俺はてっきり、グランディエルを一度きっちり倒してしまう必要があるものだと思っていた。
だが、そういう場合もあるらしい。
正直なところ、とどめを刺すのには少し気が引けていた。
だから、それはそれで有難い話ではある。
俺は腕を組みながら、アストラル君へ視線を向けた。
「でも、ここからどうするんだ? スキルを使う必要があるって言ってたよな?」
ちらりと、地に伏しているグランディエルを見る。
「その前に、あいつはどう見ても俺に対して敵意しかないように見えるんだが……それでも大丈夫なのか?」
するとアストラル君は、まるで最初から想定していたかのように、穏やかに頷いた。
「はい。 それに対しては、私に考えがございます」
そう言うと、彼はゆったりとした所作で前に進み出る。
真っ直ぐに、地に伏したグランディエルの方へと歩み寄っていった。
巨竜は血に濡れた瞳でその姿を捉え、警戒するように低く唸る。
『……ぐ……何だ……』
しかし、アストラル君はまったく臆する様子もなく、その場で足を止めた。
そして、まるで旧知の相手に挨拶でもするかのように、丁寧に一礼する。
「お久しぶりです、グランディエル様。 私のことを覚えておいででしょうか?」
その言葉を聞いた瞬間だった。
グランディエルの瞳が、わずかに見開かれる。
『……? お、お前は……まさか……』
巨竜の声に、明らかな動揺が混じった。
『造物主の……!?』
その反応に、思わず俺は目を瞬かせる。
……今、なんて言った?
俺の聞き間違いじゃなければ『造物主』って言ったか?
それにしても、グランディエルの様子がおかしい。
まるで、アストラル君のことを、以前から知っているかのような反応だった。
そんなグランディエルの様子を前に、アストラル君は柔らかく微笑む。
「はい。覚えていただいていて、光栄の至りでございます」
その言葉を聞いた瞬間、グランディエルの瞳がさらに大きく見開かれた。
『お前が……ここにいるということは……』
巨竜は苦しげな体を震わせながら、ゆっくりと俺へ視線を向ける。
そして、何かに思い至ったかのように、低く呟いた。
『……まさか……』
次の瞬間、その黄金の瞳が、はっきりと見開かれる。
『……魔王……そうか……わかったぞ!』
まるで、すべてを理解したかのようなグランディエルの様子を見て、アストラル君は穏やかな笑みを浮かべる。
「どうやら、ご理解いただけたようですね」
そして一歩だけ前へ出ると、丁寧な声音で言葉を続けた。
「そこで、ひとつ提案がございます……あなたには、魔王であるラグナ様の配下となっていただきたいのです」
『……何?』
グランディエルの瞳に、一瞬、わずかな驚きが走るが、すぐにアストラル君の表情を見つめ、何かを測るように黙り込む。
しばらくの間、グランディエルは黙したままだった。
まるで、長い年月をかけて積み上げてきた何かを、内側で整理しているかのように。
やがて、巨竜は静かに口を開いた。
『そうか……それが造物主の意思というわけか……』
その視線が、再び俺たちへ向けられる。
『突然この者たちが現れたのも……その一端というわけなのだな』
アストラル君は深く頷いた。
「はい。その通りでございます」
その答えを聞いたグランディエルは、小さく息を吐く。
『良かろう』
巨竜の声から、先ほどまでの敵意が消えていた。
『そういうことならば――お前たちの思惑に乗ってやろう』
その瞬間、周囲に満ちていた張り詰めた殺気が、ふっと消える。
さっきまで確かに存在していた敵意が、嘘のように霧散していた。
それを確認したアストラル君が、満足そうに微笑み、ゆっくりと俺の方へ振り返った。
「さあ――次はラグナ様の出番です」
いきなり振られて、俺は思わず目を瞬かせる。
「俺は、一体何をすればいいんだ? 確か、何やらスキルを使う必要があるって言ってたよな?」
するとアストラル君は、当然のことのように頷いた。
「はい。今のラグナ様であれば、使用可能なはずでございます……【八神獣】を配下にするためのスキル――【繋絆の儀】を……」
その言葉を聞いた瞬間、俺は反射的にステータス画面を開いた。
「……あれ?」
思わず声が漏れる。
スキル欄を見た瞬間、違和感に気付いた。
「いつの間に……?」
そこには、さっきまで存在しなかったはずのスキルが、ひとつ追加されていた。
――【繋絆の儀】
どうやら、準備はとっくに整っていたらしい。
少しでも面白いと思って頂けましたら、評価をお願いします。下にスクロールすると評価するボタン(☆☆☆☆☆)があります。
ブックマークも頂けると非常に喜びますので、是非宜しくお願い致します。
良ければ、感想もお待ちしております。
評価や、ブックマーク、いいね等、執筆する上で非常に大きなモチベーションとなっております。
いつもありがとうございます。




