第21話 グランディエルの本気
正直、俺は胸の奥が熱くなっていた。
ヴァイオレット以外の六魔将は、これがアルクロでの初戦闘のはずだ。
それなのに――
ギガ林の鋭い剣撃。
虎徹の正確無比なパリィ。
獅音の途切れないコンボ。
ぴろこの苛烈な魔法攻撃。
ショコラの寸分違わぬ狙撃。
そしてヴァイオレットの堅牢な障壁魔法。
自分が何をすべきかを理解し、それぞれの役割を噛み合わせながら、見事な連携を築き上げている。
六魔将のレベルは、今はまだ1のはずだ。
純粋なステータスだけを見れば、決して高いとは言えない。
そんな状態で、ボスであるグランディエルを相手に、互角以上の戦いを繰り広げている。
そして今、目の前にあるのは、そんな皆の連携が生み出した、最大のチャンスだ。
ここで決めなければ、罰が当たる。
「【魔王剣・鏖花】!」
全身の魔力を刃へと叩き込むと、刀身から魔力が爆ぜる。
……絶対に決めてやるぜ!
俺は、そのままグランディエルの胸元へ向けて剣を振り抜くと、亀裂の走った胸元へ、魔王剣が深々と突き刺さった。
『ガァァァァァァァァァァァァァァァ!!』
山脈を震わせるほどの絶叫が響き渡る。
巨竜の体が大きく仰け反り、白銀の鱗が砕け、鮮血が雪原へと降り注ぐ。
やがて、グランディエルの巨体が、ついに地面へ崩れ落ちた。
よし、勝ったぞ。
しかも……完封じゃないか!
確かな手応えを感じた俺は、小さくガッツポーズをしてしまった。
それくらい完璧な勝利だった。
そう、その場にいた誰もがそう思っていたに違いない。
――ドクン。
低い鼓動のような音が響く。
グランディエルの体表を覆っていた白銀の鱗が、ゆっくりと色を変え始めた。
白銀が、漆黒へと変化していく。
まるで墨を流し込まれたかのように、全身の鱗が次々と黒く染まっていく。
「……なんだ?」
思わず呟いた、その直後。
ドクンッ!と鼓動が一際強く鳴り響いた。
砕けていた鱗が、みるみるうちに再生していく。
抉れていた肉が盛り上がり、傷口が塞がる。
完全に、元通りになった。
黒く染まった鱗は、先ほどよりもさらに禍々しい輝きを放っている。
そして、巨体がゆっくりと起き上がった。
先ほどまで確かに倒れ伏していたはずのグランディエルが、まるで何事もなかったかのように立ち上がる。
その瞳は、先ほどよりも深く、暗い光を宿していた。
『……ふん、よくぞ……ここまで我を追い詰めたものだ、人間ども』
全身を漆黒と化し、復活したグランディエルが、ゆっくりと翼を広げた。
「第二形態か……」
いや、まあ……確かにゲームのボスに第二形態は付き物だ。
ガッツポーズまでして喜んだのに、ちょっとやるせないけどな。
そんなことを考えながら、俺は再び剣を構えた。
『我が真の姿の恐ろしさ、その目に焼き付けながら死ぬがよい!』
咆哮とともに、グランディエルが再び襲い掛かってくる。
その動きは、先ほどまでとは明らかに違っていた。
巨体からは想像もできないほどの俊敏さ。
まるで別の生き物のような速度で、雪原を蹴って迫ってくる。
明らかにスピードが数段階は上がっているのがわかる。
鋭い爪による連撃。
牙による噛み付き。
さらに巨大な尾による薙ぎ払い。
凶悪な攻撃の乱舞が、雪原を削りながら次々と襲い掛かってくる。
「くっ……!」
俺たちはそれぞれ散開し、必死に回避するが、第二形態となったグランディエルの速度は、想像以上だった。
「ぐっ……!」
先頭に立っていた虎徹が、大盾を構えて攻撃を受け止めるが、先ほどよりも速く、そして重くなった攻撃を、すべて防ぎ切ることはできない。
衝撃の一部が盾越しに伝わり、虎徹の体にも確実にダメージが入っていた。
「ヴァイオレット! 頼む!」
「わかったわ! 【ハイヒール】!」
俺の声に応じるように、ヴァイオレットが即座に杖を掲げた。
柔らかな光が虎徹の体を包み込むと、受けていたダメージがみるみるうちに回復していく。
「ありがとうございます! これなら……いけます!」
回復を受けた虎徹が、力強く盾を構え直すと、深く足を踏み込んだ。
「【連山富嶽】!」
その瞬間、虎徹の体が、眩い光に包まれた。
【魔戦将軍固有防御術】の一つ――【連山富嶽】
それは、その場から動くことはできなくなる代わりに、自身の防御力を大幅に上昇させることが出来るスキルだ。
そこへ、グランディエルの鋭い爪が振り下ろされるが……ガギィィン!!と重い衝突音が雪原に響くだけで虎徹は一歩も退かない。
続け様に繰り出される猛攻も、その全てを大盾で受け止めていた。
「っしゃあ! 今のうちだぜ!」
「ニャー!」
その瞬間、虎徹の両脇を、二つの影が駆け抜けた。
ギガ林と獅音だ。
二人は盾の壁をすり抜けるように前へ飛び出すと、そのままグランディエルへ一直線に突っ込んでいく。
「俺もスキルを使う……【冥王輝刃】!」
ギガ林の剣が、黒い闘気に包まれた。
それは【黒騎士専用剣術】の一つ、自らの剣へ闇の力を纏わせる、黒騎士ならではのスキルだ。
闇の闘気が刃へ凝縮されていき、黒い炎のように揺らめく力が、刃の輪郭を歪ませる。
「我輩もスキルを使うニャー! 【ヴァジュラ】!」
獅音が拳を構えると、両拳が黄金の輝きを放った。
それは【獣魔闘士固有体術】の一つ、自らの拳を、金剛石のごとき硬度へ変えるスキル。
獅音の拳が、まるでダイヤモンドのような光沢を帯びる。
「いくぜぇ!」
「ぶっとばすニャー!」
二人は同時に跳躍し、グランディエルの巨体目掛けて一直線に突っ込んだ。
ギガ林の斬撃と獅音の拳撃。
漆黒の刃は、グランディエルの肩口を鮮やかに斬り裂き、金剛の拳は胴体へ容赦なく叩き込まれる。
『グォォォォッ!!』
グランディエルが怒号を上げながら大きく仰け反る。
超越職である六魔将、それぞれの固有スキル。
その凄まじい威力の前では、第二形態となったグランディエルであっても、ただでは済まないらしい。
――だが、グランディエルも、ただでは終わらない。
仰け反っていた巨体が、ぐいっと前へ戻る。
竜の長い首が弧を描くように振り戻された、その瞬間。
『ガァァァァァァッ!!』
口腔が大きく開き、横薙ぎにブレスが吐き出された。
それは先ほどまでのものとは明らかに違う。
禍々しい黒い光を纏った、濁流のようなブレス。
まるで闇そのものが奔流となって噴き出したかのような一撃だった。
「うぉ!?」
「ニャー!?」
スキルを放った直後の、わずかな硬直。
その一瞬を、グランディエルは見逃さなかった。
ギガ林と獅音は咄嗟に回避動作に入るが――間に合わない。
黒いブレスが、二人へ向かって一直線に薙ぎ払われる。
「させるかっての!」
タンクである虎徹は【連山富嶽】の影響で動けない。
この場合、フォローするのはバランサーである俺の役目だろう。
左腕の盾を正面に突き出しながら、ブレスの射線へ飛び出す。
万全を期すなら【絶界】を使いたかったが――そんな暇は無い。
ここは、ステータスで押し切る!
覚悟を決めた次の瞬間、黒い奔流が、真正面からぶつかった。
ドォォォォォォォォン!!
凄まじい衝撃が、全身を叩きつける。
「うぉおおおおオオオオオッ!!!!」
まるで巨大な壁に押し潰されるかのような圧力。
だが――踏み込んだ足は退かない。
盾を押し出し、全身の筋肉を総動員して耐える。
黒い奔流が盾に叩きつけられ、左右へと弾け飛ぶ。
雪原が爆ぜ、黒い魔力が霧のように散っていく。
そして――やがて、ブレスは止んだ。
「……っはぁ……!」
ブレスを防ぎ切った俺は、力なく盾を下ろす。
体のあちこちから、ブスブスと焦げた煙が立ち上っており、視界の端で、HPゲージが大きく削れているのが見えた。
だが、その直後――
「【ハイヒール】!」
柔らかな光が降り注ぐ。
ヴァイオレットの回復の魔法が体を包み込み、削れていたHPがみるみる回復していく。
「すまねぇ、助かった!」
「恩に着るニャー!」
後ろから、ギガ林と獅音の声も聞こえた。
どうやら二人とも無事らしい。
『……我が、ブレスを耐えきるとは……』
グランディエルが低く唸り、巨大な瞳で俺を睨みつけた。
『貴様は……まさか……本当に魔王……』
その声が、次第に荒れていく。
『……いや、そんなはずはない……そんなはずが有るはずが無いのだァァァアアアア!!』
怒号と共に、グランディエルの口腔に再び魔力が集まり始めた。
再びブレスを放つつもりだ。
「させへんで!【ヘル・ブリザード】!」
ぴろこが両手を掲げると、グランディエルの頭上に巨大な魔法陣が展開される。
凍てつく魔力が一気に収束し――吹雪が、爆発した。
地獄の名に相応しい極寒の嵐が、グランディエルへと叩きつけられる。
氷の刃を含んだ暴風雪が竜の顔面を直撃し、集めていた魔力を強引にかき乱した。
『グヌゥッ! 邪魔を……するなぁアア!!!!』
凍てつく暴風の中で、グランディエルが咆哮を上げる。
ぴろこの魔法によって、全身の鱗には霜が張り付き、翼も脚も白く凍り付いている。
だが、それでも竜は諦めていなかった。
ぎりぎりと顎を開き、再び口腔へ魔力を集中させようとする。
まだ、ブレスを撃つつもりのようだ。
「……【ニトロバレット】」
パァンッ!と乾いた銃声が、戦場に響いた。
一直線に飛んだ弾丸が、グランディエルの右眼へと吸い込まれる。
ショコラだ。
この距離、この混戦の中で、竜の眼を正確に撃ち抜くとは。
……本当に、とんでもないスナイパーだ。
『わ、我の神聖なる眼を射抜くとは……貴様、貴様ぁア……』
グランディエルが怒りに満ちた咆哮を上げかけた、その直後。
――ボンッ!!
右眼が、派手に爆ぜた。
『グハァッ!!?』
黒い血と鱗の破片が飛び散る。
ショコラが使ったのは、超越職【魔弾射手固有狙撃術】の一つ――【ニトロバレット】。
これは、着弾した弾丸が数秒後に内部から爆発し、二重のダメージを与える恐ろしいスキルだ。
自らの右眼を撃ち抜かれ、さらに爆破までされたグランディエルは、巨体を大きくよろめかせた。
『グォォォォォォォォォッ!?』
巨体がバランスを崩し、もんどり打つように転がりながら、ついに地面へ倒れ伏した。
「よっしゃ! チャンスやでぇ! 【シェオル・ライトニング】!」
ぴろこが杖を掲げると、空に展開された巨大な魔法陣から、凄まじい雷光が迸った。
ドゴォォォォォォォォン!と太い稲妻の束が、倒れているグランディエルへと降り注ぐ。
雷撃は一本では終わらない。
次々と連なり、まるで天から落ちる雷の柱のように竜の巨体へ叩きつけられていく。
『グァァァァァァァァァァァァ!!』
グランディエルの絶叫が、山脈へ響き渡った。
超越職――【魔導元帥固有魔法】、その威力は、やはり桁違いだった。
雷の嵐の中で、グランディエルの黒い鱗が次々と砕け散っていく。
――完全に、押しているな、やはり俺たちは……強い!
今なら、決められる。
俺は剣を握り直し、雷光に包まれる竜へ視線を向けた。
『グゥ……こ、こんなところで……』
雷光を受けながらも低く、震える声が響く。
怒りとも、憎悪ともつかない感情が滲んでいる。
『最後の切り札まで……見せることになるとはなぁあアア!!』
その咆哮と同時に――グランディエルの体から、凄まじい魔力が噴き上がった。
――バキィッ。
鈍い音が響くと、グランディエルの眉間が、まるで内側から押し広げられるかのように裂け始めた。
鱗が割れ、肉が裂ける。
そして、そこから、何かが突き出した。
「……角?」
眉間から生え出たそれは、やがて完全な形を現す。
天を貫くかと思うほど長く、鋭く、禍々しいただ一本の、巨大な角。
漆黒の光を放つその角は、周囲の空気を歪めるほどの魔力を帯びていた。
グランディエルの巨体が、ゆっくりと立ち上がると、片眼を失いながらも、残った眼がこちらを睨みつける。
『――これが、我が真の力だ』
漆黒の角が、妖しく脈動しながら、まるで生き物のように、魔力を吐き出し続けていた。
『覚悟するがいい……人の子よ』
グランディエルの体から、さらに膨大な魔力が噴き上がった、戦いはまだ終わらない。
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