第19話 天空竜との邂逅
聖煌峰域――
アルクロ世界に存在する数あるダンジョンの中でも、最高難度と謳われる山脈型フィールドだ。
主峰の標高は一万メートルを超え、現実世界のエベレストすら霞ませる異常な高度を誇る。
環境そのものが侵入者を拒絶するこの地では、生半可なステータスでは立っていることすら叶わない。
高所適応、寒冷耐性、気圧制御――複数の環境系スキルを所持して初めて、ようやく挑戦権を得られる。
さらに厄介なのは、そこに棲むモンスター群だ。
空を裂く雷鳥。
氷刃を撒き散らす巨狼。
そして山肌を泳ぐ岩竜。
雑魚と呼ばれる個体ですら、並のボス級に匹敵する脅威を秘めている。
そして――その山頂付近。
雲海を突き抜け、天空と同化するかのような白銀の断崖に、俺たちは立っていた。
目的はただ一つ。
【天空竜王・グランディエル】の討伐。
聖煌峰域の最奥、天を戴く頂こそが、その黄金の龍の縄張り。
俺たちはアストラル君の魔方陣によって、直接この高度へと転送されてきた。
通常ルートを登攀すれば数日、いや数週間を要する道程を、一瞬で踏破したことになる。
「……さすがに空気が薄いな」
肺に流れ込む冷気が、鋭く胸を刺す。
通常のプレイヤーなら即座に行動制限が入るレベルだ。
だが、六魔将たちは違う。
「いや、高いし怖いし、何やのこのリアルさは!戦う以前に落ちたら死んでまうやないかぁ!」
「ほ、本当に恐ろしい光景ですね……ちょっと足が竦んじゃいますよ、これは……」
「ニャー!本当の雪山に来たみたいだニャー!まあリアルでも行ったことないんだけどニャー!」
「しかし、本当に凄いグラフィックだな。ブレイド・オブ・ファンタズマとも比較にならないレベルだ。本当に同じ【アストラル・インタラクティブ】製か?」
「凄い……ここで戦ったら楽しそう」
ヴァイオレット以外にとって、アルクロの世界に出るのはこれが初めて。
そのリアルなグラフィックに驚くのも無理はない。
いや、俺はもう慣れてるんだけど、別ゲーから来たらそりゃこうなるのも無理はないよな……
しかし、この高負荷環境にもかかわらず、六魔将のステータスバーに異常はない。
寒冷デバフも、高山ペナルティも、発生すらしていない。
並のプレイヤーなら、立っているだけでHPが削られていく環境だが、それを平然と踏み越えている。
やはり超越職。
この程度の環境に対する耐性はデフォで備えているということか。
そんなことを考えていると、吹雪の向こうで、何かがゆっくりと影を落とした。
空がわずかに陰り始める。
「……来たか?」
吹き荒れる白い嵐の向こうで、何かが動いた瞬間……ズン!と空気が押し潰されるような音が響く。
次の瞬間、分厚い雲海が左右に裂けた。
……どうやら、ここがこの聖煌峰域の山頂らしい。
足場は広大な円形の岩盤となっており、雪は不自然なほど薄く、まるでこの場所だけが戦場として整えられているかのようだった。
そして、目の前に出現したのは、白銀の体を持つ巨大な竜、【天空竜王グランディエル】だった。
天を覆うほどの翼、氷晶のように鋭利な角、陽光を反射する鱗は、白銀でありながらどこか黄金の輝きを帯びている。
その双眸が、ゆっくりとこちらを捉える。
瞬間、強烈なプレッシャーが俺たちを襲う。
地面に見えない重力が叩きつけられたかのように、空間そのものが軋む。
威圧スキル、それも、並大抵のレベルではない。
「っ……!」
思わず息を呑むが……
だが、誰一人として膝を折らない。
普通のプレイヤーであれば、これだけで戦闘不能に陥りそうな、桁違いの圧を受けているが、俺も六魔将も、こんなもので戦意を喪失するような弱者ではない。
その様子を見て、グランディエルが、ゆっくりと首をもたげた。
『――人の子よ……その小さき体でこの高みにまで至ったことは認めよう……だが、ここは、王の領域……さっさと立ち去るがよいわ』
声を聞いているだけで、心臓が震えるような気がする。
、この威圧感は、まさしく規格外だ。
……だが、面白い。
胸の奥が、静かに熱を帯びる。
今からこんな化け物と戦えるのか……
恐怖よりも先に湧き上がるのは、高揚だった。
「……行くぞ、六魔将! 戦闘開始だ!」
視線を前に固定したまま、戦闘の開始を告げる。
この世界に、俺たちの名を刻みこむ……これはそのための栄えある第一歩となる。
『ふん、我が姿を見てなお怯まぬか……ならば、一瞬で消し飛ばしてくれるわ』
「あれは……まさか、ブレス!?」
いや待て、開幕ブレスとかありなんか?
グランディエルの口腔に魔力が収束していくのがわかる。
それは、竜族が持つ必殺の息吹。
『滅びよォオオオッ!ガァアアアアアアアアアアアアッ!!!!』
「くそっ!おい、全員俺の後ろに隠れろぉ!」
叫びながら魔力を練り上げ両手を前へ突き出す。
「――【障壁魔法・絶界】!」
その瞬間、半球状の障壁が、俺たち六人を包み込むように展開された。
スキル【魔王固有魔法】の中でも、防御に特化した魔法を使用する。
次の刹那、銀色の極光が凄まじい轟音と共に迫りくる。
だが、障壁に触れた瞬間、銀の奔流は激しく火花を散らしながら徐々に勢いを失っていき、最後には儚く霧散してしまった。
山頂の外周は、まるで隕石でも落ちたかのように抉れており、岩盤は溶け、白煙が立ち上る。
だが、俺たちの足元だけは、無傷だった。
障壁は、ひび一つ入っていない。
「……うそやろ」
ぴろこが、ぽつりと呟く。
「……あれを正面から受け止めちゃうの?」
ヴァイオレットの声にも、隠しきれない動揺が滲んでいた。
アルクロを長くプレイしてきた古参であっても、今のような規格外のブレスを真正面から受け止める場面など、まず経験しない。
そして、俺はその一撃を正面から受け止め、完全に防ぎ切ってしまった。
それだけでも心の底から驚愕したのだろう。
だが、おそらく、この場で最も驚愕しているのは、六魔将たちではなく、目の前の竜王に違いない。
グランディエルの巨大な双眸が、はっきりと変化していた。
『……馬鹿な、我が息吹を……真正面から防ぎ切っただと……?』
「悪いな……いきなり消し飛ばされる趣味はないんだよな」
『お、お前たちは……一体何者だ!?』
「ん?ああ、俺たちか?俺たちは……」
俺は障壁を解き、視線をグランディエルへと真っ直ぐ向ける。
「魔王軍だよ!」
その瞬間、山頂の空気が明らかに変わった。
アルクロ最高峰の頂にて、魔王と竜王、二つの王の激戦の幕が切って落とされようとしていた。
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