第17話 八神獣
大軍勢の咆哮を浴びた興奮から、少し時間は過ぎ、わずかに冷静になってきた俺はゆっくりと腕を組んだ。
「アストラル君、魔王軍に関してはわかった」
視線をアストラル君へ向ける。
たった今、モンスターの大軍勢の咆哮を一身に浴びて、テンションは最高潮に達したが、少し頭を冷やした結果、一番大事なことをまだ聞いていないことを思い出したのだ。
「じゃあ、次の質問だ。俺たち魔王軍は、これから具体的に何をすればいい?」
その質問に六魔将たちも一様に頷いているのが見える。
百戦錬磨の彼らと言えども、見ず知らずのの環境に連れてこられて、次に何をすべきか全く知らされないのは酷というものだ。
彼らも、自分たちがこれから何をすべきかに関しては、興味があるのだろう。
全員の視線を一身に受けながらアストラル君が一歩前へ出る。
「まず、今後の予定をお伝えさせて頂きます。運営側としましては、二カ月後を目処に、大規模なレイドバトルイベントを開催する予定です」
アストラル君の言葉を聞いて、空気がわずかに張り詰めるのがわかる。
レイドバトルイベント……
アルクロで不定期で開催されることがあるが……
「レイドバトルイベントか、それに俺たちがどんな形で絡むんだ?プレイヤー側とレイドボスの討伐時間でも競うのか?」
俺の問いに、アストラル君は柔らかく首を振った。
その仕草は穏やかだが、どこか決定事項を告げる重みがある。
「いいえ……」
その一言で、胸の奥がひやりと冷える。
プレイヤー側との競争形式のレイドバトルイベントでは無い……となれば、俺の頭の中では答えは、一つしか思い浮かばない。
だが、その答えは、俺にとっては最悪といっても過言ではない答えだ。
……まさかとは思うけどな。
胸の奥が、じわりと重くなる。
頼むから、違ってくれ……そう思いながらも、半ば答えは分かってしまっている。
俺は、少しだけ憂鬱な気分になりながら、アストラル君の次の言葉を待った。
「今回のレイドバトルイベントの討伐対象――つまりレイドボスは、ラグナ様、あなたとなります」
ほらやっぱり……
一瞬、言葉の意味が脳に届かない。
俺を中心に、空気が止まった気がした。
「つまり、ラグナ様を始めとする魔王軍は、プレイヤー側の前に立ちふさがる形で参加していただきます」
俺が、レイドボス。
世界中のプレイヤーが、俺を倒しに来るってことか。
……なるほどな。
それを聞いて正直、驚きはあるし、怖くないと言えば嘘になる。
だが、それ以上にむしろ胸の奥が熱を帯びる。
「詳細は、また改めて連絡させていただきますが、一カ月後に、レイドバトルイベントの告知を全プレイヤーに対して行い、そして更にその一カ月後にレイドバトルイベントは開催されます……そして、イベントの告知と同時に……魔王軍の出現も同時に予告させて頂きます」
世界中に告知。
その瞬間、俺たちは表舞台に引きずり出される。
堂々と世界に宣戦布告できるってわけだな。
「そして、皆様にはその時までに、魔王軍としての強さを底上げしておいて頂きたいのです」
アストラル君の声は穏やかだが、そこに揺らぎはない。
「魔王軍全体の練兵、指揮系統の確立と連携強化、そして、ラグナ様と六魔将の皆様の能力向上、これが当面、皆様が為すべきことです」
大広間に、再び静寂が落ちる。
アストラル君の言葉で俺たちがやるべきことは理解できた。
今から二カ月後、世界中のプレイヤーが、俺たちを倒しに来るというなら、俺たちはその全員を絶望させるだけの存在になればいいだけだ。
大広間に落ちた静寂を、俺は一歩踏み出して破る。
「よし、それなら早速、魔王軍強化の作戦を練ろう」
何はともあれ後二カ月。
やることは山盛りだ。
自分たちも成長し、そして、魔王軍も鍛え上げる。
六魔将もそれぞれ戦う顔をしている。
出来る限り効率的に動き、時間の無駄を省く必要がある。
そのために、一度皆で今後を話し合おうと考えた……
その時だった。
「もう一つ、魔王軍に関して重要な伝達事項がございます」
アストラル君の声が、空気を切り替える。
俺は思わず眉をひそめる。
なんだその『もう一つ』ってのは……嫌な予感しかしないんだが。
「……まだ何かあるのか?」
アストラル君はわずかに目を細める。
「はい、皆様には【八神獣】の存在をお伝えする必要があります」
聞き慣れない単語が、広い空間に落ちる。
「【八神獣】?」
俺の口からそのまま疑問が漏れる。
【八神獣】なんて言葉は、アルクロをプレイしてきて聞いたことが無かった。
六魔将もざわめいていると、次の瞬間、パチン、と乾いた音が響く。
アストラル君が指を鳴らすと空間に、淡い光の粒子が集まり始める。
玉座の間と大広間の中間あたりに、空中に巨大な地図が投影される。
それは、アルクロのワールドマップだった。
見慣れた大陸の輪郭に山脈、海、王都、ダンジョン地帯。
だが、その地図には、見覚えのないものがあった。
陸の各所に散らばる、赤く脈打つ光点がある。
その数……八つ。
まるで心臓の鼓動のように、淡く明滅している。
「これが【八神獣】の生息位置です」
辺境の火山地帯、極寒の氷原、天空に近い浮遊山脈。
どれも、普通に行ける場所ではない。
「……つまり?」
嫌な予感が、ゆっくりと形を持ち始める。
アストラル君は穏やかなまま、はっきりと言った。
「皆様には、この【八神獣】を魔王軍の配下に加えて頂く必要があります」
アストラル君の言葉が、静かに大広間へ落ちる。
配下に加える?
俺は投影されたワールドマップを見上げたまま、眉をひそめる。
「それは、一体どうやって?」
素直な疑問だった。
あの光点の位置にいる連中が、ただスカウトすれば仲間になるとは到底思えない。
アストラル君はわずかに頷く。
「【八神獣】を配下にするには、戦って一度討伐していただく必要があります」
やっぱり、簡単に従うタマじゃないってわけか。
「そして討伐後、【魔王】のみが使用可能な専用スキル――【魔王の契約】を行使していただきます」
空中のマップが淡く明滅する。
「その契約によってのみ、八神獣は魔王軍の配下として組み込まれます」
つまり、俺が倒し、俺が契約する。
完全にボスキャラルートだな。
「【八神獣】は、その名の通り八体の伝説級モンスターで構成されています」
マップ上の光点が一つずつ強く輝く。
アストラル君の声が、順にその名を読み上げる。
「【暗黒天竜】グランディエル」
「【魔影黒狼】アビスハウル」
「【氷雪白虎】フロスヴァルガー」
「【輝焔霊鳥】フレイアーク」
「【碧光神樹】エルドラシル」
「【冥毒妖蛇】ハイドヴェノム」
「【轟嵐麗狐】シルフテンペストラ」
「【金獅子帝】ゴルドカイゼル」
アストラル君が読み上げたのは、八体の神獣の名前だった。
……おいおい。
名前からしてヤバい。
まさに伝説級ってわけか。
六魔将の面々も完全に真顔になってしまっている。
「これら八体を魔王軍へ加えることができれば、戦力は飛躍的に向上いたします」
アストラル君の声は穏やかだが、その意味は重い。
レイド前に、さらに伝説級モンスターを従えろってか。
無茶振りにもほどがある。
「つまり、八神獣を全部ぶっ倒して、俺が契約すればいいんだな?」
「はい。その通りでございます。ただし――」
アストラル君が続ける。
「八神獣はいずれも、それぞれ固有の“神域級ダンジョン”の最深部に根城を構えております。通常ルートでの到達は、現状のプレイヤー戦力では極めて困難。魔王軍であっても、移動だけで相当な時間と戦力を消耗するでしょう」
マップが拡大される。
火山の中心部、氷原の裂け目、浮遊山脈の頂、毒霧に包まれた湿地帯――
通常のプレイで辿り着けと言われたら気が遠くなるような場所ばかり。
どれも地形そのものが殺意の塊のような場所だ。
「ですが……」
そこで、アストラル君は指を軽く掲げた。
淡い光の魔方陣が、足元に幾重にも展開する。
幾何学模様が回転し、空間そのものが微かに震えた。
「ダンジョン最深部直前――すなわち、八神獣の目前までは、私の魔方陣による転送が可能です」
「直行便ってわけかよ……」
アストラル君は穏やかに微笑む。
まあ、それはかなり便利なのかもしれない。
強力なボスが待ち受けるとわかっているダンジョンの道中で苦戦することほど、気分が萎えることはないからな。
そんな面倒な行程をスキップできる、このメリットはかなり大きいぞ。
「ただし、転送できるのは精鋭部隊のみ。大軍勢での突入は不可能です。八神獣討伐は、質の戦いになります」
つまり、少数精鋭で、伝説級モンスターを真正面から叩き潰せ……ということだな。
うん、分かりやすい。
モンスターの軍勢を率いて伝説級のモンスターと戦うよりも、よっぽど気楽だし。
俺はゆっくりと地図を見上げる。
赤く脈打つ八つの光点。
どれもが、まるで挑発しているように瞬いている。
二カ月後には世界中のプレイヤーが俺を倒しに来る。
その時には【八神獣】を従えた魔王軍、つまり俺たちがレイドボスとして立ちはだかる。
想像しただけで、胸が熱くなる。
「……期限は二カ月って言ったよな?」
「はい」
それなら、時間を無駄にする理由はない。
どうせやるなら、徹底的に。
どうせなら、世界が震えるくらい派手に。
俺は振り返り、六魔将を見渡す。
「作戦会議も大事だが――」
一拍して、ニヤリと口角を上げる。
「今から、倒しに行かない?」




