第16話 魔王軍登場
ステータスの確認がすべて終わった後、玉座の間には妙な静けさが残っていた。
俺は玉座に深く腰掛けたまま、ずっと引っかかっていた疑問を口にすることにした。
「なあ、アストラル君」
俺が呼びかけると、いつも通り完璧な所作で一歩前に出る。
背筋は真っ直ぐ、微笑みは崩れない。
だが、その奥に何かを秘めているのは分かる。
「何故、こんな大変なことを始めてる?」
玉座の間の空気が、わずかに変わった。
ギガ林が腕を組み、ぴろこが目を細め、ヴァイオレットが静かに息を飲む。
全員が、同じ疑問を抱いていたはずだ。
トッププレイヤーを各タイトルから引き抜き、魔王軍を作る。
しかも、人類を敵に回す立場でなんて、どう考えても普通じゃない。
何か人智を超えた力が働いているのは確実だった。
「……すべては運営の意思にございます」
アストラル君は、静かにそう言った。
やっぱりな、と内心で頷く。
「今は詳細な理由を申し上げることは出来ません。しかし、いつか必ずわかる時が来ます」
その声音は穏やかだが、嘘は感じない。
「大まかに申し上げますと……このアルクロの世界を救うため、でございます」
世界を救う……魔王軍が?
意外な言葉に俺は思わず口元を歪めた。
えーと、設定が矛盾してるような……
「ラグナ様を始め皆様には、これより先は通常のプレイをしていただくことが出来ません。それは運営として、心より申し訳なく思っております」
そう言って、アストラル君は本当に深く頭を下げた。
形式だけじゃなく、執事としてではなく、一人の意思としての謝罪だ。
「どうか、力をお貸しください」
数秒の沈黙の後、俺は息を吐いた。
頭を下げたアストラル君には申し訳ないが、俺個人の正直な本音を言えば――面白そうだ。
普通のプレイが出来ない?
有象無象に埋もれる日常?
そんなもの、もう十分やった。
レイドで数字を競い、ランキングで位置を争い、効率を追い求める毎日。
それも悪くはないが、確実に刺激は薄れていたのは事実だ。
「ははっ、世界を救う魔王軍か!悪くねぇ……どうせやるなら、大きいことの方が面白いしな」
「ええやん、どうせなら主役級の舞台で暴れた方が目立つやんか!」
「強い奴らと戦えるニャ?世界を相手にするなら、強敵だらけニャ!その方が燃えるニャー!」
「……強敵、たくさん撃ち殺せる」
「確かに、世界が相手だとそれだけ守り甲斐がありますね」
「魔王軍という立場で世界を救う……わけわからないけど、その方が色々と吹っ切れるかもね」
やっぱり、全員楽しそうだ。
俺は立ち上がり、玉座の前に降りて、アストラル君の前まで歩く。
まだ頭を下げたままの執事に、俺は言った。
「アストラル君、顔を上げてくれ」
俺の言葉にゆっくりと、アストラル君が視線を上げる。
「世界を救う……か。正義の味方や勇者がやるより、よっぽど面白い」
六魔将の方を振り返る。
全員の目が、熱を帯びている。
「魔王軍は世間から見れば悪役かもしれない、だから、どうせ悪をやるなら……中途半端は無しにしよう」
玉座の間の空気が震える。
「世界から恐れられ、震え上がらせ、名前を聞いただけで戦意を失うような存在になろう」
皆の方を向いて、俺は最後に言った。
「そんな俺たちが、最後に世界を救う――」
最高じゃないか。
わけがわからな過ぎて、逆に燃える。
「魔王軍、やってやろうぜ」
その言葉に、六人が同時に頷くのが見える。
こうして俺たちは、悪役として世界を救う道を選んだ。
……とは言ったものの。
俺はふと、現実的な疑問が頭をもたげる。
世界を相手にするということは、勇者だのプレイヤーだの、数えきれないほどの強敵とぶつかることを意味する。
それを……たった七人で?
いやいや、さすがにそれは無理ゲーだろ。
俺は軽く手を上げた。
「ところで、魔王軍って、他にどれだけいるんだ?……まさか俺たち七人だけってわけじゃないよな?」
さすがにそれはブラック企業すぎる。
以前、六魔将以外にもAIを積んだ軍勢がいるって聞いた気がしたんだが……
あれは気のせいだったのかしら?
六魔将が顔を見合わせる中、アストラル君だけが、穏やかに微笑んでいた。
「ご安心ください」
その一言に、ほんの少しだけ肩の力が抜ける。
頼むぞ、本当に頼むぞ。
俺たちは世界を敵に回す予定なんだ。
モブ兵ゼロとか、笑えないからな。
「魔王軍は、既に相当数の戦力を有しております」
「……ほう?」
俺は身を乗り出す。
さあ見せてみろ。
世界から恐れられる軍勢ってやつを。
「では、ご覧に入れましょう」
アストラル君は静かに一礼すると、玉座の背後にある巨大な扉へと向き直った。
重厚な黒鉄の扉、これまで背景の一部としか思っていなかったが、よく見れば装飾は禍々しく、中央には魔王の紋章が刻まれている。
「開門」
低く告げられたその一言と同時に、轟音が響いた。
ギギギギ……と、地鳴りのような音を立てて扉が左右に開いていく。
思わず目を細めた。
その先に広がっていたのは――
……は?
思考が一瞬止まる。
玉座の間のさらに奥。
そこには、とてつもない空間が広がっていた。
大広間なんて言葉で片付けていい規模じゃない。
何とかドーム何個分だ?
テーマパークの屋内施設を丸ごとぶち抜いたみたいな広さだ。
床は磨き上げられた白大理石。
壁は重厚な石造り。
天井は……高すぎて見えない。
もはやイベントスペースとかそういうレベルを超えている。
そして、その巨大空間を、埋め尽くす影。
整然と列を成し、微動だにせず控える、無数のモンスターたち。
最前列にはゴブリンやオークの歩兵部隊。
その数は、えーと、数えきれない、何百なんてもんじゃない、何千……何万ってレベルなのかこれ?
その後方には、オーガやゴーレムなどの大型モンスターが控えている。
大型モンスターの列は、まるで要塞の壁だ。
そして上空では、天井が見えないほどの高さを、グリフォンやハーピーの群れが旋回している。
翼の音が低く唸り、空気が震えている。
そのさらに奥。
……ドラゴンまでいる。
何体いるのかわからないが、巨大な影がいくつも、ゆったりと羽ばたいている。
赤鱗、黒鱗、蒼い光を纏う個体までいる。
おいおいおい、規模がおかしくないかこれ。
「これが、我が魔王軍の全容です」
アストラル君の声が、広大な空間に静かに響いた。
その瞬間、ドンッ、と地鳴りのような振動が走り、フロア全体に一斉に咆哮が響き渡る。
空気そのものが震え、胸を直接殴られるみたいな圧が、肌を叩く。
……すげえ。
体が興奮で震えるのがわかる。
圧倒的な大軍勢。
これ全部が――俺の軍勢?
「はは……」
喉の奥から笑いが漏れる。
止まらない。
「すげえ……」
咆哮の嵐を浴びながら、俺は思わず一歩前に出る。
視界いっぱいに広がる怪物たち。
その全てが、こちらを見ている。
「すげぇ!!!!」
気が付けば腹の底から叫んでいた。
こんな光景、見たことがない。
ああ、なるほど。
これは確かに、普通のプレイなんてしていられない。
こんな軍勢を率いられるなら、世界を敵に回すって言われても。
むしろ――望むところだ。




