第11話 【邪教神官】 ヴァイオレット
【神の理】というクランがある。アルクロ内でも有数のトップクランとして知られ、ゲーム内で作られた『宗教団体』という特異な形態を取りながらも、信徒は増え続け、今や巨大勢力と呼ばれるまでになっていた。
その本部で、ひとつの問答が行われている。
「どうして、私が追放なんですか!?」
紫の法衣を揺らしながらヴァイオレットが声を荒らげる。彼女の瞳には怒りと悔しさが滲んでいた。
「どうしたもこうしたもあるか! お前は聖職者としてあるまじき破壊行為ばかりではないか! 【狂乱の聖者】などと呼ばれおってからに!」
円卓の向こうで教団幹部が激昂する。彼は机を叩き、周囲の信徒たちも重苦しい空気の中で沈黙していた。
ヴァイオレットは拳を握り締める。
神官でありながら破壊力にも優れ、仲間を守るために敵を殲滅する。
その苛烈な戦いぶりが、いつしか異名となって広まっていた。
「私は、ただ仲間たちを守りたかっただけです! 納得いきません!」
必死に訴えるヴァイオレットに、幹部は冷たく言い放つ。
「とにかく、この件は教主様の了承も得ている。 お前は、追放だ!」
その一言で、場の空気が凍りつく。
「そんな、教主様まで……」
ヴァイオレットは力なく呟き、視線を落とした。信じていた存在に切り捨てられた事実が、胸に重くのしかかる。
やがてシステムメッセージが表示される。彼女は【神の理】から正式に追放された。
大聖堂の外に出たヴァイオレットは、一人立ち尽くす。
自分はただただ仲間を守りたい一心で最前線で必死に戦い続けた。
しかし、その結果として彼女に突き付けられたのは、仲間たちからの追放だった。
悲嘆にくれる彼女の背後から、落ち着いた声がかけられた。
「お困りのご様子ですね、ヴァイオレット様」
振り返ると、一人の少年が静かに一礼する。
その少年、アストラル君は穏やかな微笑みを浮かべていた。
「突然のことでお心が乱れておいででしょう。 しかし、貴女の力は決して誤りではございません」
彼は丁寧な口調で続ける。
「もし行き場をお探しでしたら、ぜひ私どもにお力をお貸しください。 貴女の才能を、正しく活かせる場所をご用意いたします」
ヴァイオレットは驚いたように目を見開き、少年を睨みつける。
「あなたは一体何者? モンスター?」
彼女は反射的に構えを取る。
唐突に出現した謎の少年に対して、露骨に警戒心を露にしていた。
「いいえ、私はただの執事で御座います……魔王軍の」
少年は穏やかな微笑みを崩さぬまま、静かに答える。その声音には焦りも敵意もない。
「魔王軍ですって!?」
ヴァイオレットが一歩退き、明確に戦闘態勢へ入る。
魔王といえば、【神の理】が滅すべき仇敵として教義に掲げてきた存在。
その名を聞くだけで、信徒ならば剣を抜く対象だ。
「落ち着いて下さい」
アストラル君は両手を軽く広げ、敵意がないことを示す。
「私はあなたを害しに参ったわけではございません。 むしろ逆です。 あなたをお迎えに上がりました」
ヴァイオレットの視線は鋭いままだが、彼の言葉を待つ。
「あなたを魔王軍の幹部【六魔将】その第六将【邪教神官】として勧誘しに参りました」
静かな宣言だった。
六魔将。それは魔王軍の中枢を担う最高幹部クラスの称号。
単なる加入ではなく頂点に近い地位への勧誘だった。
「……私が、魔王軍の幹部?」
ヴァイオレットは困惑を隠せない。
つい先ほどまで、聖なる教団の神官だった自分が、今度は魔王軍、しかも幹部として誘われている。
「はい、あなたの力は、既存の枠には収まりません。 守るために敵を殲滅する。 その覚悟と実力、実に見事でございました」
アストラル君は一歩だけ近づき、恭しく頭を下げる。
「我らは正義の看板を掲げておりません。 ゆえに、力の在り方を否定することもございません。 あなたの信念を、そのまま貫いていただければよろしいのです」
【神の理】を追放された理由……その戦い方を否定しない場所。
ヴァイオレットの胸中で、何かが軋む。
「……どうして私を?」
彼女が低く問うと、アストラル君は即答した。
「あなたが追放されたからではございません。 あなたが選ばれなかったからでもございません。 我々が、あなたを選んだのです」
その言葉は静かで、しかし確かな重みを持っていた。
広場に落ちた沈黙の中で、ヴァイオレットの胸に迷いが宿る。
リアルの彼女は明るく、明朗活発で、人望も厚い少女だ。
クラスでも中心にいるような存在で、理不尽とは縁遠い人生を歩んできた。
だからこそ、ゲームの中とはいえ、一方的に断罪され、居場所を奪われた事実は深く心に刺さっていた。
仲間を守るために戦っただけだった。
結果も出した。
それでも切り捨てられた。
悔しさが、胸の奥で燻っている。
魔王軍に加わることは、かつての信仰の真逆に立つ行為だ。
だが同時に、理不尽な仕打ちをしてきた者たちを見返したいという感情が、ほんのわずかに芽生えているのも否定できなかった。
守りたかっただけなのに……
それならば、守れる場所へ行けばいい。
しばしの逡巡の後、ヴァイオレット一つの決断を下した。
「……わかりました」
彼女はまっすぐにアストラル君を見る。
「私、もう一度やり直したい。 ここじゃない場所で、自分の力を証明したい」
その瞳に迷いは残っている。それでも、前を向こうとする意志があった。
アストラル君は深く一礼する。
「ご決断、感謝いたします。ヴァイオレット様」
そして静かに告げた。
「我々はあなたを歓迎いたします。 ヴァイオレット様はこれより生まれ変わるのです」
その言葉と同時に、彼が指先で空間をなぞる。
魔法陣が足元に展開し、柔らかな光がヴァイオレットの体を包み込んだ。
光は次第に強まり、彼女のシルエットを塗り替えていく。
やがて光が収まったとき、そこに立っていたのは、どこか雰囲気の変わった少女だった。
肌はわずかに浅黒く染まり、耳は細く尖っている。
神官の法衣も、どこか妖しげな意匠へと変化していた。
その姿は、亜人のエルフタイプのアバターにも似ている。
「これは……エルフ?」
戸惑いながら自らの耳に触れるヴァイオレットに、アストラル君は穏やかに答える。
「あなたは、魔族のダークエルフとして転生なさいました」
その声は祝福のように静かだった。
「神に仕える神官ではなく、己の信念に従う存在として……魔王軍【六魔将】第六将【邪教神官】ヴァイオレットとして」
ヴァイオレットはゆっくりと拳を握る。
体の奥から、以前とは異なる力が満ちてくるのを感じていた。
破壊と祝福を併せ持つ、歪で、しかし確かな力。
守るために壊す。その信念は変わらないが、立つ場所が変わっただけだ。
ここに、新たな【六魔将】が誕生した。
【邪教神官】ヴァイオレット。その名は、やがてアルクロ全土に轟くことになる。




