危険な薬草園見学③
「2人で抱き合って逢引き中ですか?ここはデートには相応しい場所とは思えませんが?」
「デ…デートじゃないよ!薬草の見識を深めようと思って私がノエルに『ケトリア』への餌やりを見学させてってお願いしたのよ」
アルナは震えながら、ヴァンに返事をした。
「それがなんでこんな状況になってるんですか?2人とも服が乱れた状態で抱き合ってるし、漂ってるこの甘ったるい匂いは『ケトリア』の蜜ですよね?蜜の効果は知っている者がこの状況を見たら変な誤解をするかもしれませんよ。」
「えーっと、こうなったのはクロが温室に入ってきちゃって…」
アルナのしどろもどろの説明にヴァンはため息をつき、見かねたノエルはアルナの説明を遮った。
「ヴァン様、少しいいですか?俺にも責任があるし、変な誤解は解きたいので、事情は俺から説明させてください。」
「…分かりました。ノエル、要点をまとめて話してくださいよ。」
ノエルが事情を説明すると、ヴァンはしばらく額を押さえて俯いていたが、頭をあげた。
「事情は分かりました。あなた達とクロが無事だったのは何よりですが…2人はいつまで抱き合っているんですか?」
「あーこれはお嬢様が力抜けちゃったみたいで支えてたんですよ。お嬢様、もう立てる?」
「ちょっと待って…うん。もう大丈夫!」
「お嬢様。知識欲は悪いことではないですが、今回のように下調べが不十分な状態で知識を得ようとするのは危険が伴うんです。この薬草園で育てている薬草はこの『ケトリア』のように、危険なものが多い。だからこそ、出入りを私の許可制にしてるんです。今回の件で理解できましたか?」
「はい。よく分かりました…。ノエルも我儘言ってごめんなさい。」
落ち込むアルナを見たヴァンとノエルは顔を見合わせて、少し困った顔をした。
「えーと、ヴァン様とお嬢様、俺も今回は餌を忘れてお嬢様を1人にしたり、クロのしつけ不足だったり、すみませんでした。まさか、クロが俺が居なくなった途端にお嬢様を追いかけて温室に侵入するとは思ってなくて…」
「まあ、この温室とクロの管理については改善が必要ですね。そこは管理人のノエルに一任しましょう。お嬢様も反省してるようですし、説教はこれぐらいにしましょう。この状態だと片付けも必要ですしね」
「確かに…。蜜の匂いが充満してるから、温室の換気システム稼働させて、あと一部火で焼けた芝生とかは修復魔法かけないとな」
ノエルは温室を見渡し、ため息をついた。
「そういえば、ヴァンは私達の居場所がよく分かったね」
「お嬢様の帰りが遅いので、嫌な予感がして病院に足を運んだら、薬剤室のカウンターにはお願いした薬草がまとめて置きっぱなし。他のスタッフにノエルの居場所を聞けば、この時間は『ケトリア』の餌やりじゃないかと教えてもらってね。お嬢様の性格だと、ノエルに薬草園に一緒に行くと我儘を言った可能性が高いと思ったら案の定ですよ。」
「すごい!ヴァン、あなた探偵になれるんじゃない?」
「いや、お嬢様の行動が分かりやす過ぎなんだよ。俺がお嬢様に甘いのもバレてるからね。」
「ノエル、自覚があるなら直してくださいよ。」
「…善処してみます。」
ヴァンとノエルが温室の被害状況を確認しているのを横目に、アルナは温室の壁掛け時計を見て、青ざめた。
(エドガーの往診の約束の時間まであまり時間がない!早く学園に戻らないと!)
「ヴァンとノエル、ごめんなさい!温室の片付けを手伝いたいんだけど、エドガーの往診の約束があるから、私一度学園に戻るね!」
アルナは慌てて温室を出ようとすると、ヴァン達に止められた。
「お嬢様、学園に戻るのは少し待ってください。」
「え?なんで?」
「その恰好のままエドガー様に会いに行くんですか?」
アルナは自分の恰好を確認して、固まった。
服は乱れて泥に汚れ、つるに捕まっていたためか、左足首の靴下はボロボロになっていた。
(たしかにこの格好でエドガーのところに行くのは良くないわね…。)
「蜜のにおいも体にうつっていますから、病院の隣のお屋敷でシャワーを浴びて着替えてから学園に戻られてください。温室の片づけは私も残ってノエルと対応しますから、往診に集中してください。」
「…分かった。申し訳ないけど、片付けお願いします。エドガーには往診が遅れることを連絡しないと…」
ノエルはヴァンとアルナをやり取りを聞いて、驚いた表情をしてアルナに詰め寄った。
「お嬢様、さっきから言ってる『エドガー』って、ペンドルトン公爵家の子息のこと?まさか、そのエドガーっていう奴の部屋にお嬢様一人で毎回往診に行ってんの?ヴァン様は付き添ってないの?」
「え?そうだよ。往診は先方の希望だし、私しか治療できないから、複数の魔法医が訪問する必要はないでしょ?ヴァンは保険医以外の業務もあって忙しいからね。」
「それって…。いや、これは俺が言える立場じゃないのか…」
ノエルは複雑な顔をして、アルナを見つめた。
アルナは通信機でエドガーにメッセージを送ると、屋敷に急いで向かっていった。
アルナが去った後、ノエルは考え込むと、ヴァンに真剣な面持ちで話しかけた。
「ヴァン様。前提案された、あの業務の兼任について相談があるんですけど…」
ヴァンはノエルの話に耳を傾けた。
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「お嬢様、着替えのワンピースはここに置いておきますね。制服は綺麗にしておきますから、しばらくは予備の制服を着てください」
「ありがとう。ミーナ、いきなり帰ってきて、いろいろお願いしてごめんね」
「いえ、久しぶりにお嬢様のお世話ができて、メイドとして嬉しいですわ。あまり時間がないのですよね?」
「うん。急いでシャワー浴びてくるね」
屋敷に着いたアルナは急いで身支度を整えて転移ゲートを通り自室に戻ると、エドガーの部屋に転移した。
部屋を見渡すも、エドガーは居らずアルナは首を傾げた。
いつものようにポシェットを机の隅っこに置かせてもらい、耳を澄ますと部屋のバスルームから水の音が聞こえた。
(エドガー、バスルームに居たのね。それにしてもシャワーなんて珍しいな。)
水の音が止んでしばらくすると、上半身裸のエドガーがバスルームから出てきた。
その姿をみたアルナは驚いて目を見開いた。
「え?エドガー、なんでそんなことに…!」
「お前、やっと来たのか。なんだ?男の裸は診察で見慣れてんじゃねーの?」
「いや、裸を見て騒いでるんじゃなくて!瘴気の量がえらいことになってるよ?今日の授業終わりはそんなに瘴気溜まって無かったよね?一体、放課後に何してたの?」
「久しぶりに訓練場で剣の自主練してたんだよ。この呪いのせいで騎士団の訓練も満足に参加できてなくて体がなまってたからな。そしたら、ルイスと鉢合わせて手合わせしてたらお互い本気になって…。お陰で汗かいたからシャワー浴びてたんだよ」
「これだけ瘴気が溜まるって、手合わせでどんだけ魔法を使ったのよ?これは浄化に時間かかるな…」
エドガーの背後の瘴気を見つめ、どう浄化するか思案するアルナをエドガーはじっと見ていた。
「お前、なんで今日私服なんだよ?それは遅刻した理由と関係あるわけ?」
「薬草をとりに病院に行ったら、ちょっとトラブルがあって制服が汚れちゃってね。急遽私服に着替えたのよ」
「ふーん。まあ、俺もルイスとの手合わせで時間くってさっき戻ってきたぐらいだから、今回の遅刻は気にしてねえよ」
エドガーは風魔法で髪を乾かし、シャツを着ようとした時、アルナはエドガーの腕を掴んだ。
「あ?なんだよ?」
「これ…腕怪我してない?剣で切られたの?」
「手合わせの時、ルイスの水魔法の攻撃がかすっただけだ。これぐらい平気だ。それより、体がだるいから早く浄化しろよ」
「この切り傷、結構深いし平気じゃないでしょ?浄化は治癒魔法かけてからね。ほら、あそこのソファー座って!」
エドガーは治癒を渋ったが、アルナに促されて渋々ソファーに座った。
アルナはエドガーの切り傷に治癒魔法をかけていく。
「治してあげるって言ってるんだから、こういう時は素直に治癒されればいいの。これで大丈夫!…って何?こっちをじっと見て」
「お前さ…小さい頃からそんなおせっかいな感じ?」
「おせっかい?」
「『怪我してる人は放っておけない性分』って前言ってただろ?」
「確かに、子供の頃からそうだね。それがどうかした?」
「そういうところも似てんだよなあ…」
ぼそっとエドガーは呟き、切り傷にかざしていたアルナの手をとった。
「ねえ?浄化してほしいんでしょ?早く手を離して?」
「…ほら、離したぞ。で、今日も背中に手を当てて浄化するのか?」
「この瘴気の量だとその方法は時間がかなりかかるし、もっと効率的に浄化したいな…。そうだ!エドガー、ソファーに深く腰をかけて?」
「あ?こうか?」
「そうそう!それで、両足開いたままにして?」
「開いたが…一体なんだよ?」
「エドガーはそのままね。私はここに座って…」
アルナはそう言うと、エドガーを背もたれにして、エドガーの足の間に収まるようにソファーに腰を下ろした。
「エドガーはこのまま後ろから私を抱きしめて。接触面積は大きい方がいいから、なるべく密着するようにきつめに抱きしめてくれた方が良いかも!」
「はああ?いきなりなんだよ!その提案は?」
エドガーは顔を赤くして固まった。
アルナは動かないエドガーを待ちきれず、エドガーの手を握ると、自分の腰に回した。
「よし!これで浄化するね!」
「ちょっと待て!だから、なんでこうなるんだよ!説明しろ!」
「実は座った状態でも、前みたいに後ろから抱きしめてもらった状態で浄化したら、浄化魔法の効率が上がるのか気になってたの!寝ると座るで違いがあるかもしれないでしょ?」
「思ってたんだが、お前、浄化する時は人との距離感がおかしくなるのなんでだよ!恥じらいはどこいった?」
「不思議なんだけど、浄化魔法のデータがとれる機会って貴重で、新しい発見があるかもと思うと恥ずかしさとか、あまり感じないのよね。」
「…そうかよ。俺以外に絶対にこんな状態で治療すんなよ」
「えー治療効率が良ければ、他の人の治療にも活かしていきた…痛い!いきなり抱きしめる力を強くしないで!分かったから!」
アルナはぶつぶつ言いながら浄化魔法をかけ始めた。
エドガーは顔を赤らめてアルナを抱きしめていると、ふと髪の隙間から見えるアルナの首元を見て、眉をひそめた。
(やっぱり浄化速度が速い!座っても寝っ転がっても、接触面積が大きければ浄化効率は上がるのね。
今回も貴重なデータが得られたわ。)
アルナは満足そうににエドガーの手を離した。
「浄化終わったよ!エドガー、もう私を離しても大丈夫だよ」
「…そんなことよりさ、ここ赤いけど何かに刺されたわけ?」
「私の首元?何か変なの?」
「そこの全身鏡で見てみろよ。」
エドガーは不機嫌そうにアルナを抱きしめていた腕を離した。
急に不機嫌になったエドガーを不思議に感じながら、アルナはソファーから立ち上がって鏡の前に立ち、自分の首元を見た。
すると、確かに赤く腫れている場所が2箇所ほどあった。
(なんだろう?虫に刺された記憶はないよね?そういえばノエルに首とか肩にキスされて……ん?もしかしてこれってキスマーク!?ノエルが治癒魔法で消してたのはこれだったのね!今度ノエルに会ったら文句言わないと…)
アルナは首元を押さえて顔を赤くした。
エドガーはソファーから立ち上がってシャツを着ると、アルナの背後に立った。
「その反応やっぱりあやしいな…。それ虫刺されととかじゃないだろ?」
「な、何言ってるのよ。刺されて痒くて無意識に私が引っ掻いちゃったのかも…」
「引っ掻き傷って感じじゃなかったが?何か虫よりも大きい何かに吸われたか?」
疑いの目を向けてくるエドガーに耐えきれずアルナは目を逸らした。
「ただの虫刺されがかぶれただけよ!じゃあ、浄化は終わったから私はもう帰るね!」
アルナはそう言って机の上に置いた自分のポシェットをとろうと机の上に手を伸ばした時、エドガーにポシェットは奪われてしまった。
「ねえ?それ返してくれないと、私帰れないんだけど?」
「渡さねえよ。まだ帰す気ねえからな」
エドガーはアルナをじろりと睨み、背後からは祓ったはずの瘴気が出始めていた。
(エドガーなんかすごく怒ってない?なんで?)
アルナは寒気にぶるりと体を震わせた。




