危険な薬草園見学①
「なあ?この飴なくなったんだけど?」
シェリー達とのお忍び王都散策から数日経ち、アルナはエドガーの瘴気の浄化を終えて自分の部屋に帰ろうとしていた。
そんなアルナにエドガーは空になったガラスの小瓶を見せた。
アルナはエドガーから小瓶を受け取り、驚いた。
「え?私があげた飴、もうなくなったの?なくなるの早くない?」
「お前が言ってた1日になめる個数は守ってたが?」
「それでもなくなるペースが速い気が…。そんな頻繁に苛立ってるってこと?噂は収まってきたし苛立つことも少なくなってきたと思ったのに…」
「もう飴くれねえわけ?」
「…『いびつ』な飴と言ってたのは誰だっけ?」
アルナがじとりとエドガーを見ると、エドガーはばつの悪そうな顔をした。
「お前、まだ根に持ってもってたのかよ…。見た目は置いといて、その飴の効果は実感できたから、また欲しいんだよ」
「ふーん。飴の質の良さを分かってくれたようだから、許してあげようかな。けど、この飴に依存しちゃうのも良くないし、薬草の配合量を調整するか...。あ!」
「何だ?どうしたんだよ?」
「それなら明日の治療の時間なんだけど、遅らせてもいいかな?」
「別にいいが…。またルーカスとおしゃべりじゃないだろうな?」
突然エドガーの背後から出始めた瘴気にぶるりとアルナは震えた。
「ち…違うよ!この飴用の薬草のストックがないから薬草をとりに行きたいの」
「...それならいい」
エドガーはどかっとソファーに座り直した。
(ルイスと昔探してた女の子の話はエドガーの前では禁句ね。だってすぐ不機嫌になるんだから。不機嫌になると何されるか分からないしね…。)
寒気が収まり、ほっとしたアルナはそそくさと部屋に戻った。
**********
「失礼しまーす。ヴァン先生いますか?あ、作業中にごめんね」
次の日の放課後、アルナは保健室に向かった。
保険室の奥では、ヴァンが調剤台で薬の調合をしていた。
「その声はお嬢様ですね。何かトラブルですか?」
「違うよ!ヴァンは私がトラベルメーカーみたいに思ってない?薬を作りたくて、薬草をもらいにきたの」
「いいですよ。そこの薬草棚から持っていってください。持ち出した薬草は棚に置いてある在庫表に記録してくださいね」
「分かったわ。あれ?欲しい薬草がもうない?」
アルナは薬草棚の引き出しをのぞき込み、残念そうな声をあげた。
ヴァンはアルナの声を聞き、薬草棚に近づくと、置いてある在庫表を確認した。
「もう在庫切れですね。他にもこの薬草も…。そろそろハーストン大病院の薬草保管庫に取りにいかないといけませんね」
眉をひそめたヴァンと作業中の調剤台を見たアルナは何かを思いつき、ヴァンの白衣を引っ張った。
「ヴァンは今薬づくりで忙しそうだし、私が今から代わりに取りに行ってこようか?私も私用で薬草欲しいし、転移ゲート使えばすぐ病院にいけるでしょ?」
「お嬢様が…?しかし…」
「久しぶりに病院のみんなにも会いたいのよ!ねえ?いいでしょ?」
「...じゃあお願いしてもいいですか?このリストに載っている薬草をもらってきてください」
ヴァンは記録表を見ながら、紙に薬草のリストを書き込むとそれをアルナに渡した。
「薬剤室に行って、薬草保管庫の管理人のノエルにこのメモを渡して薬草をもらってきてください。お嬢様の欲しい分も伝えればもらえると思いますよ」
「今はノエルが管理人になってるんだ!了解!私に任せて!」
「お嬢様、ひとつ注意です。ノエルだからと言って我儘を言って困らせてはいけませんよ。」
「わ、分かってるよ!じゃあ行ってくるね!」
アルナは転移ゲートを通り、ハーストン大病院へ着いた。
通りすがりに会う病院スタッフはアルナを見ると嬉しそうに笑顔で挨拶をしてくれた。
スタッフとゆっくり話がしたかったものの、エドガーの治療の約束の時間もあったため、足早にアルナは挨拶で済ませる。
アルナは目当ての薬剤室を見つけると、勢いよくドアを開けた。
「ノエルはいますか?薬草をもらいに来ました!」
「あら?アルナお嬢様!ノエルですね。少し待ってくださいね」
カウンター近くにいた女性のスタッフは薬剤室の奥に消えていった。
しばらくすると、部屋の奥からダークレッド色の髪の青年が1人やってきた。
長髪を一つにまとめ、目鼻立ちの整った顔はアルナを見ると驚いた表情を見せた。
「本当にアルナお嬢様じゃん。何でここにいるわけ?学園に通ってるんじゃなかったっけ?」
「ノエル!お嬢様と幼馴染だからといって、職場ではその口調は駄目と何度言ったら分かるの?」
ノエルを呼んでくれた女性スタッフはアルナ達のところに近づいてくると、眉をひそめてノエルに注意した。
「いいのよ。ノエルのこの態度には慣れっこだもの。急にかしこまられたら違和感だよ。もしかしてだけど、まさか患者さんにもこんな態度取ってないよね?」
「一応は敬語は使ってますけど、時々素が出ちゃうんです。けど、ノエルは顔がいいし立ち回りがうまいから、逆にそれが患者さんにうけてるみたいですよ。診断も的確で仕事もできるから、最年少で薬草保管庫の管理人になりましたしね」
「ノエルって仕事できるんだ。意外だね。」
「お嬢様、それどういう意味なのさ?そんなこと言うなら、俺対応しないよ?」
アルナは不貞腐れたノエルの機嫌をとり、事情を話した。
すると、ノエルは納得してアルナから薬草のリストを受け取った。
「ランドル学園の保健室用の薬草ね。すぐ持ってくるから、待ってて。ん?もう1枚リストがあるけど、これは?」
「それは私が欲しい薬草のリスト。ペンドルトン公爵家の子息の治療関連で薬を作りたくてね」
「このリストだと…主な薬は精神安定剤に魔力回復薬?」
「ノエル、大当たり!魔力回復薬は私用だけどね」
ノエルは薬草保管庫の薬草棚から薬草を集める手をピタリと止めてアルナを見た。
「…薬草渡すけどさあ、魔力回復薬は乱用しないようにね。お嬢様の多い魔力量でも足りないほど魔法を使ってるってことだよね?それ良くないよ?」
「浄化魔法を使うと魔力消費が激しくてね。自分の部屋で薬や『結界石』作ってると、魔力が足りなくなるときがあるのよ」
「魔力の使いすぎば命を削ることになるからね。ほどほどにしなよ」
ノエルが渋い顔をして薬草をまとめていると、どこからか、タイマーの音が聞こえた。
ノエルは白衣のポケットを探ると、タイマーを取り出して時間を確認した。
「あーこんな時間か。あいつに餌やらないとな」
「あいつって何?」
「病院の裏にある薬草園で育ててる『ケトリア』だよ。最近は国のお偉いさんが違法栽培していないか、確認しに来るし、手がかかるんだよね」
「『ケトリア』って、もしかして今王都で出回って問題になってる『ケトイン』の原料だよね?」
「そうだよ。『ケトイン』にはまるなんて俺には到底理解できないね。『ケトリア』を世話してたら、絶対『ケトイン』なんて使いたいって思わないからね」
「え?図鑑で見たけど、『ケトリア』って紫色の綺麗な花を咲かせるんでしょ?別に嫌がる要素ないと思うんだけど…」
「お嬢様は分かってないね。『ケトリア』が綺麗なのはほんの一面で、あれは雑食で獰猛なの。だから、薬草の中でも扱いにくくて…。あ、やべえ…話しすぎ?」
ノエルはアルナの方を恐る恐る見た。
そこには目をキラキラさせるアルナがいた。
「ノエル!私『ケトリア』見てみたい!魔法医として薬草には詳しくないといけないよね?」
「あーお嬢様の知識欲を刺激しちゃったか。さっきの話は忘れて。ほら、リストにあった薬草はここにまとめてあるから、お嬢様は学園に早く帰りなよ」
「ノエル、私も一緒に薬草園に連れてってよ。久しぶりに他の薬草も見たいし!ねえ、お願い!」
「えーだってヴァン様の許可なしにお嬢様を薬草園に入れたら怒られるの俺じゃん?嫌だよ」
「ヴァンは今薬作ってて忙しいから、ここには来れないしバレないよ。ノエル、本当に駄目?」
アルナはキラキラとした眼差しをノエルに向けるも、ノエルはすぐに目をそらした。
アルナは諦めず、ノエルの目線の先に移動する。
ノエルはアルナと目が合ってしまい、数秒アルナを見つめると、顔を赤くして唸りカウンターに突っ伏した。
「あー俺の負けだ…。お嬢様のその目には弱いんだよ。ヴァン様にばれないように祈るしかないか…」
「ノエル、ありがとう!私、『ケトリア』の餌やり手伝うからね!」
顔を上げたノエルは嬉しそうに笑うアルナに向き直った。
「仕方ないから連れて行くけど、絶対俺の言うことは聞いてよ。『ケトリア』は取り扱いを間違えると、洒落になんないからね」
アルナは笑顔でうなずくとノエルと一緒に薬草園は向かった。
薬草園に着くとアルナは目を輝かして薬草達に見入っていた。
「前来た時よりも薬草の種類が増えてるね!こんなことになるなら、薬草図鑑を持ってこれば良かった!」
「このエリアにある薬草は栽培するのに安全なやつ。ここから奥に見える温室では『ケトリア』のような栽培が特殊な薬草を栽培してんの。俺達は今からあの温室に入るよ」
アルナがノエルが指差す温室を見た時、背後から何かが近づいてくる気配がした。
アルナが後ろを振り返ると、アルナの足元に黒い毛で覆われた犬がじゃれついていた。
「クロ!久しぶり!元気にしてた?」
アルナはクロを抱き上げると、クロは嬉しそうに尻尾を振っていた。
「この薬草園の番犬クロもお嬢様の前ではただの犬だね。最近元気がなかったのはお嬢様が来なくなったからかもね」
「クロったら寂しかったの?いつもみたいにブラッシングしてあげたいけど、あまり時間がないからまた今度かな。クロ、ごめんね」
アルナがクロを地面におろすと、残念そうに尻尾を下げた。
「クロはここで待っとけよ。温室内には入ってきちゃ駄目だ」
ノエルはそう言うと、クロの頭をなでた。
クロをその場に残し、アルナとノエルは温室の中に入って奥へと進み『ケトリア』の前で止まった。
『ケトリア』の周辺には円状に赤い石が置いてあり、『取扱い注意』と赤文字で書かれた看板が置かれていた。
「これが『ケトリア』?想像より大きいのね…。私の背よりかなり高いわ」
「野生のやつだともっと大きく育つこともあるらしいよ。うちの病院では、この1株だけ国に栽培登録してんの。この1株がだす蜜を採取し煮詰めて、加工して薬にする。薬は主に精神疾患の治療のために、向精神薬として処方してるね。蜜をそのまま使用する場合もあるけど…これは物好きしかしないから言わなくていいか」
「蜜をそのまま?それは効果がまた違うの?」
「…お嬢様はお子様だからまだ知らなくていいよ。ほら、観察したかったんでしょ?見るなら今のうちだよ」
アルナはノエルの態度に疑問を感じたものの、温室入れてもらえるのは滅多になく、貴重な機会を逃すまいと、目の前の植物の観察に集中した。
「なんかイメージと違ったな…。太いつるに大きな袋はあるけど、図鑑でみた綺麗な紫の花がないね。花はどこにあるの?」
アルナがもっと近くで見ようと『ケトリア』に近づいたとき、ノエルが片腕をアルナの前に出してアルナを止めた。
「お嬢様、これ以上は近づいちゃ駄目。赤い石で赤い円が描かれてるでしょ?食べられたくなかったらこの円の中には入らないでね。」
「え?『食べられる』?雑食って言ったけどもしかして…」
「そう。こいつは植物も動物もなんでも食べて栄養分にして成長する。物騒なことに、文献には人を食べたっていう報告もあるんだよ。ほら、あそこに大きな袋があるだろ?あの袋には蜜と消化液が溜まっていて、獲物を甘い蜜で酔わせて、つるで捕えてあの袋に落とす。袋に獲物が落ちると袋は閉じて獲物を溶かして栄養分にするのさ」
アルナは青ざめて『ケトリア』から後ずさりした。
「『ケトリア』の恐ろしさに気が付いた?俺が『ケトイン』なんて絶対使いたくないっていう理由も分かったでしょ?」
「人も食べちゃうなんて…。単純に水をあげれば育つものだとばかり思ってた…」
アルナが不安そうにしているのを見たノエルはアルナの頭を撫でた。
「この大きさだと、こいつの攻撃範囲は半径約4メートル。ちょうどこの赤い円内が攻撃範囲を示してるんだよ。円の外のここだと蜜特有の甘い匂いもしないでしょ?この円に入らなければ蜜に酔って食べられることはないから安心しなよ」
「うん。ちなみに今日の餌は何をあげるの?」
「鶏肉1匹分…あ!鶏肉持ってくんの忘れてた!すぐ取ってくるからお嬢様はここで待ってて。絶対に円の中には入らないでよ」
そう言うとノエルは駆け足で温室を出て行った。
残されたアルナは『ケトリア』以外の珍しい薬草にも興味がでて、観察していると、温室の入り口から黒い塊が走ってこちらに近づいてくるのに気が付いた。
「え?クロ!温室に入ってきちゃったの?駄目じゃないの!」
クロは尻尾をふり、アルナに飛びついてきた。
アルナはクロを抱きとめると、ため息をついた。
「温室の入り口の鍵、締め忘れたかな?仕方ないから温室の外に連れていこう。ん?なんかクロの様子がおかしい…?どうしたの?」
クロは尻尾を上げたまま、『ケトリア』の方をまっすぐ見つめ、息を荒くしていた。
突然暴れだして、クロはアルナの腕から抜け出すと、『ケトリア』に向かって一目散に走り出し赤い円内に入っていく。
すると『ケトリア』の大きな袋のふたが大きく開いたかと思うと、数本の太いつるがうねうね動き出した。
つるは獲物を捕まえようと無作為に暴れている。
(クロ、どうしちゃったの?『ケトリア』も動き始めちゃった!このままじゃクロがつるに捕まって食べられる!言いつけを破ることになるけど…仕方ない!)
アルナは蜜の匂いに酔わないように、持っているハンカチを鼻と口にあてると、赤い円内に飛び込み、クロを捕まえた。
もがくクロを片手で抱きかかえ、急いで円の外に出ようとしたとき、左足につるが巻き付いてきた。
(しまった!捕まっちゃった!つるを魔法で切る?燃やす?いや、栽培してる『ケトリア』を傷つけるわけにはいかないし、どうしたら…。)
アルナが『ケトリア』への攻撃を躊躇していると、別のつるがアルナの目の前に向かってきた。
つるの先には蕾があり、蕾が開いたかと思うと、紫の花が咲き、同時に花の中心部から蜜が勢いよく飛びだしてきた。
アルナは飛んできた蜜が体にかからないように、体を傾けて避けた。
(危なっ!今回は避けられたけど、この蜜が体にかかったらどうなるの?ノエルは効果をぼかしてたけど聞いとくべきだったかも…。とりあえず効果が分からないのだから、体にかからないようにしないと!蜜を浴びず植物を傷つけず円外に逃げるには…そうだ!転移魔法!)
アルナは転移魔法を発動しようとしたとき、複数のつるがアルナ達を狙って襲ってきた。
(嘘でしょ?つるの動きが早くなった!これじゃあ転移魔法の発動が間に合わない!しかも、左足が拘束されたままだし、この数のつる全部はとても避けきれないよ!)
アルナは青ざめて声にならない悲鳴を上げた。




