お忍び王都散策②
「お前、待てって言ってんだろ!」
「え!エドガー、なんで私についてきたの?」
アルナはエドガーの怒鳴り声に気づいて、走るのをやめて振り返った。
エドガーはアルナに追いつくと、眉をひそめてアルナを見た。
「あのな...俺の言った事、覚えてないわけ?」
「...あ、私の護衛だっけ?確かに王都は治安が悪いんだろうけど、私護身術を身につけてるから大丈夫だよ!私のミスに巻き込むわけにもいかないし、ロナウド殿下の所に戻って…」
「あーもうめんどくせえ」
エドガーはアルナの言葉を遮ると、ズカズカとアルナに近づき、アルナの腰に左手をまわした。
そのままアルナの体が浮き、気がつくとアルナはエドガーの左脇に抱えられていた。
「ちょ…エドガー!下ろして!この体勢で王都歩き回るのは恥ずかしすぎる!」
「今日護衛してて思ったが、お前ちょこまか動き回るから護衛大変なんだよ。しまいには勝手に走り出すわ、護衛は要らないとか言い出すし…動き回らないように抱えといた方が楽だわ」
「これ周りから見たら護衛じゃなくてただの拉致現場じゃない?」
「もう大人しくしとけ。このまま市場に…!」
アルナを抱えたまま市場に向かおうとしたエドガーだったが、突如襲ったくすぐったさにエドガーは体を震わせて顔を赤くし、アルナを下ろした。
エドガーはそのまましゃがみこみ、アルナはすくっと立ち上がった。
「よし!下ろしてもらえた!」
「お前…いきなり俺の脇腹をくすぐるなよ!」
「だって口で言っても下ろしてくれなかったでしょ?それにしても、エドガーって脇腹弱いんだね。そんなくすぐったつもりなかったんだけど…。あれ?エドガー怒ってる…?」
エドガーから漂い始めた瘴気に寒気を感じたアルナは後ずさりするも、立ち上がったエドガーに距離を一気に詰められ、両手を掴まれた。
「お前は素直に護られるのもできないわけ?なんなら、お前を大人しくさせる方法は他にもあるけどやってやろうか?」
「何それ…嫌な予感しかしない!」
アルナが冷や汗を流したとき、魔法通信機の通知音が鳴り始めた。
通知音はエドガーとアルナ両方の通信機から鳴っている。
「…話の続きは、お互い通信機で話が終わった後だ」
エドガーはアルナの両手を離すと、不機嫌そうに通信機を手に取る。
アルナは黙ってうなづくと自分の通信機をカバンから取り出し、着信を受けた。
「もしもし、シェリーどうしたの?」
「アルナ?エドガー様とは合流できたかしら?」
「うん。ちょっと揉めてるけど…」
「え?揉めてるの?それは大丈夫なのかしら?」
「大丈夫にするから、気にしないで!それより何かあったの?」
「あのね、1つ相談があるのよ。この後のことなんだけど、ロナウド様に2人で少し行きたいところがあるって誘われててね…」
「あ、なるほど!ロナウド殿下がシェリーとデートしたいってことね。それならデート楽しんできて!ロナウド殿下には王都案内してもらって申し訳なかったし、2人っきりのデート楽しんできてよ!」
「じゃあそうさせてもらおうかしら。アルナもエドガー様とのデート、楽しんできてね。後で絶対話聞かせてね!」
シェリーはそう言うと通話がきれた。
(ん?なんでエドガーと私がデート?シェリー達がデートするなら、私はこの後エドガーとはここで解散するつもりなんだけど…?)
不思議そうに通信機を見つめるアルナにエドガーが近づいてきた。
「お前が話してたのはシェリー嬢か?」
「うん。エドガーはロナウド殿下と話してたの?」
「…ああ。ロナウド達はこれからデートだと」
「みたいだね。じゃあみんなで王都散策は終わりってことで、私達はここで解散だね!私はこのまま市場いくから、エドガーは気をつけて帰ってね!」
アルナがにっこり笑って市場に行こうとしたが、手をエドガーに掴まれた。
驚いたアルナは掴んできたエドガーの手を見つめた。
「え?なんで?」
「さっきの話忘れたか?俺はロナウドにお前が学園寮に帰るまでは護衛するように言われてんだよ。勝手に解散すんな」
「ロナウド殿下はもういないし、真面目に護衛こなさなくてもバレないよ。エドガーには寮まで護衛はしっかりしてもらったって私がロナウド殿下に言っとくから、エドガーは先に帰っていいよ?」
「そう言って、お前本当は1人で散策したいだけだろ?」
「…そんなわけないよ?」
「あのな…嘘バレバレなんだよ!もういい。大人しく護衛されるか、俺の肩に担がれて運ばれるか、どっちか選べ。」
「担がれる?脇に抱えられるよりも嫌だな…。ねえ、選択肢に『解散する』を加える気はない?」
「…よし、担ぐか。お前もっとこっちに来い」
「ひぃ!顔が怖い!分かったよ!大人しく護衛されます!」
「本当に大人しくしろよ。逃げないように手は繋いだまま行くぞ」
「うう…さっき市場で気になるものがあったから、せっかくだし1人でゆっくり見てまわろうと思ったのに…」
アルナはしゅんと肩を落として、エドガーに引っ張られ市場に向かって歩いた。
そんなアルナを呆れた顔でエドガーは見た。
「俺達が今向かってる市場の近くには治安が悪い路地裏があるんだよ。あそこはガラの悪い連中が多くて、もし間違えてそこに行って、お前みたいな女が1人で歩いてたら何されるか、分かんねえぞ」
「さっき市場行った時、そんな場所あるの気がつかなかったけどな…」
「俺達が避けて案内してたんだよ。分かったなら、俺から離れないようにしろよ」
「はーい」
アルナ達は市場に着くと、早速アルナがはちみつを買ったお店に向かった。
「あ、さっきのお嬢ちゃんじゃないか。戻ってきてくれて良かったよ。ほら!はちみつ忘れてたよ」
「やっぱり置き忘れてたんだ!良かったー!おじさん、取っておいてくれてありがとう!」
アルナは嬉しそうにはちみつを受け取った。
「エドガー、はちみつ探しにつきあってくれてありがとうね。これできっとあの子も喜んでくれるわ!」
満面の笑みを浮かべるアルナを見たエドガーは、顔を赤くして目を逸らした。
「…ロナウドに頼まれたからな。そんな大事なものだったのかよ」
「うん。私の大好きな子にあげるの。久しぶりに食べたいって言ってたから、どうしてもあげたくてね」
そう言った時だった。
アルナはゾクゾクと寒気を感じた。
「ふーん、大好きね。それ俺が知ってる奴?」
「知らないと思うけど…。エドガー、なんでそんな苛ついてるの?瘴気がでてるんだけど…」
「…気のせいだろ?それより大好きな子って誰?男?」
「こんなに寒気してるのに気のせいとは思えないんだけど…。そんなに知りたいの?」
「…いいから早く教えろよ」
エドガーに睨まれ、アルナは目を逸らしたが、目の前から感じる圧に負けて渋々口を開いた。
「性別は…あれ?なんなんだろう?そういえば聞いてないかも...」
「性別さえも分かんない奴に贈り物すんのかよ。」
「そもそも妖精に性別ってあるのかな?エドガーは知ってる?」
「...はあ?妖精?」
「そうだよ。フェアリーフラワーを守る花の妖精『はなちゃん』だよ。すごく可愛いいの!はちみつが好きらしくて、早く食べさせてあげたくて…。あ、瘴気出なくなったけど、イライラおさまったの?」
「人じゃねえのかよ。それならいい」
(大好きな子が人は駄目で妖精はいいって何?エドガーの考えてることがよく分かんないな…。まあ、瘴気もでなくなって寒気も感じなくなったし、良かったかな。)
アルナははちみつをカバンに入れて、満足すると何かを思い出して、きょろきょろ周りを見た。
「勝手にどこか行くなよ。今度はどうしたんだよ?」
「さっき市場に来た時、鉱石を売ってるお店を見たんだけど、エドガーは覚えてない?」
「…鉱石?あったような気もするけど分かんねえな。お前そんなの欲しいのか?」
「うん。ちょっと作りたいものがあって必要なの。さっきのお店のおじさん知らないかな?ちょっと待ってて!聞いてくる!」
アルナは店員に聞きにいくと、すぐに戻って来た。
「場所分かったよ!エドガーさえ良ければ、もう少し買い物付き合ってくれない?」
キラキラした目で見つめてくるアルナにエドガーは顔を赤くするとため息をついた。
「…しゃあねえな。ほら、行くぞ」
「やった!エドガー、こっちだって!」
「だから手を離すな!はぐれんだろうが!」
エドガーに怒鳴られつつ、アルナは目当てのお店に着いた。
そこには様々な鉱石が木箱に分けて置かれていた。
アルナはある石を見つけると、近寄って手に取った。
「『トラウ石』発見!今月分はこれぐらい作っとこうかな?」
アルナは石を複数手に取っていると、エドガーはその内の1個を取ってじっと見た。
「お前、この石で何しようとしてるわけ?」
「エドガー、この石知らないの?貴重な魔道具の主材料なのよ」
「お嬢さん、お目が高いね。その石を欲しがるってことは魔法使いかな?」
突然話しかけられ、アルナ達は後ろを裏返ると、片眼鏡をかけた男性が立っていた。
「いきなり声をかけてごめんね。俺はここの鉱石店の店員だよ。この石の用途は限られているから、買う人は珍しくて声かけちゃったんだ。もしかして、君『結界石』作れるの?」
『結界石』の言葉にピクリとエドガーが反応した。
「『結界石』だと?」
「おや?そっちの子はその石のこと知らなかったのか。『トラウ石』は『結界石』の主材料なんだよ。持っておけば攻撃されても結界で攻撃を跳ね除けられる『結界石』は冒険者や騎士から需要が高いんだけど、作る時に複雑な魔法操作が必要で作るのが難しくて、希少で高価なんだよ」
「確かにお母さんに教えてもらって初めて作った時は時間がかかったけど、慣れれば作るの簡単ですよ。製作作業は結界魔法の訓練にもなるし、魔法を極めるにはいいんですよね」
「お嬢さんの作る『結界石』は質が良さそうだね。その石達なかなか売れなくてたたき売りしようとしてたんだ。まけてあげるよ」
「本当?お兄さん、ありがとう!」
アルナが会計を済ませると、エドガーは『トラウ石』の入った木箱を見つめていた。
「エドガー、お待たせ!って、なんでそんな難しい顔してるの?」
エドガーは顔を上げてアルナをじっと見てきた。
「お前、『結界石』作れるって言ったよな?」
「うん、作れるよ。私の領地を守る兵士や珍しい薬の材料の調達のために魔物がいる森に行くこともあるうちの病院の魔法医にとっては、『結界石』は重宝するの。だから、お守り代わりに『結界石』を定期的に作って兵士や病院の魔法医にプレゼントしてるんだ。お母さんがやり始めたことだったんだけど、評判よくて今は私が引き継いでるの。私の作った『結界石』は質が良いらしくて、結構喜ばれるのよ」
「それなら…俺にも1つ『結界石』作ってくれねえ?材料費とかはだすから」
「なんで?エドガーなら結界魔法使えるだろうし、『結界石』いらないんじゃない?」
「...確かめたいことがあってな。俺の苛立ちの原因も分かるかもしれねえし」
真剣な眼差しで見てくるエドガーに驚いたアルナは
腕を組んで考え込んだ。
「作ってもいいんだけど...私の領地の人達に渡す分もあるから、完成に時間かかるけどそれでもいいかな?」
「ああ。別に急がねえからそれでいい」
「じゃあ作ってみるね。あ、それだと石の数足りないかな…」
「それなら俺の分の『トラウ石』買ってくるから、そこで待っとけ。勝手に動くなよ」
アルナは言われた通り、おとなしく市場の人混みを眺めてエドガーを待っていた。
そこにやんちゃそうな少年が1人走ってきた。
その少年がちょうどアルナの横を通った時、素早く手を伸ばし、アルナのカバンの中に手を入れ何かを持って、走り去っていった。
突然の出来事に驚くアルナは一瞬固まったが、急いでカバンを確認した。
(財布がない!さっきの子に盗られたのね。)
「こら!私の財布返しなさい!」
アルナは財布を盗んだ少年を追いかけた。
しばらくして戻ってきたエドガーはアルナが見当たらず頭を抱え、呟いた。
「あいつ…やっぱり担ぐべきだったか?」




