噂とフェアリーフラワー栽培
翌朝、アルナは登校の準備中、手にある小瓶をじっと見つめ、悩んでいた。
「見ためが悪いのよね…作り直す?けど、薬草使い切っちゃったしな…。効果は確かだし、もうこれでいいや!鞄に入れたし、朝ごはん食べに行こう」
食堂に入ると、いつも以上に視線を感じ何とも居心地が悪かった。
落ち着いて食べられそうにないと、アルナが朝食を自室で食べようとした時、肩を叩かれた。
「アルナ、おはよう。一緒に食べよう!」
「リナ、おはよう。そうしたいけど、何か居心地が悪くて…」
きょろきょろと周りを見渡すアルナを見たリナは何かに気がついたようで、人気の少ないテーブルを指さした。
「あーなるほど。理由教えてあげるから、あそこのテーブルで一緒に食べるのはどう?」
「理由を知ってるの?それは聞いときたいな」
2人は朝食を持ってテーブルに座った。
「昨日の魔法実技が原因だね。あの授業でアルナ挟んでエドガー様とルイス様が派手に揉めてたでしょ?あれを見てた人達がアルナをめぐる三角関係を疑って、その噂が流れてるみたい。放課後にその話で盛り上がってる集団、私見たよ」
「そんな噂が立ってるの?みんな騙されやすいんだから。そんなわけないのにね」
「あれ?意外と冷静だね。もっと慌てると思ってたのに」
リナは驚いた表情でアルナを見た。
「だって、公爵家の子息が子爵家の娘を恋愛対象としてみるなんで、身分差を考えたらあり得ないでしょ。あと、私自身がハーストン一族の娘って社交界で騒がれ慣れてるせいで、噂になることには慣れっこなの。『箱入り娘』とまで言われているのは驚いたけど」
朝食のサンドイッチを平然ともぐもぐ食べるアルナはため息をついた。
「噂って案外長く続かないものだし、気にしたら負けだよ。好奇の視線を浴びるのは居心地悪くて、いまだに慣れないんだけどね」
「アルナってメンタル強いのね。すごい冷静だし、心配してたけど大丈夫そうだね」
「それでこそ私の親友ね」
嬉しそうな声が背後から聞こえ、アルナは後ろを振り返った。
そこには朝食を抱え、にこにこ笑うシェリーが立っていて、アルナの隣の空いた席に座った。
「シェリー、おはよう!話、聞いてたの?」
「2人を見つけて来てみたら聞こえてきたのよ。アルナが噂なんて気にしないのは予想通りね。それでいいと私も思うわ。噂に振り回されるなんて、時間の無駄だもの」
「思ってたんだけど、アルナはあんな美男子達に迫られてドキドキしたりしないの?」
「ドキドキ?寒気がするのはあるかな?」
「アルナ…それは絶対ドキドキじゃないわ。あの2人でこれとは、この子が顔でなびくことはなさそうね。まあ、アルナの周囲が恵まれすぎてるものね」
「待って!『不滅の騎士』以外にもイケメンがいるの?」
「二人とも!その話は絶対長くなるから今度にしよう。一限目まであまり時間がないよ」
3人は朝食を食べ終わると教室に向かった。
教室に入ると、空気がなんだか重くアルナは寒気を感じた。
アルナは嫌な予感がして教室を見渡すと、教室の窓際の椅子にエドガーが座っており、背中からは瘴気が漏れ出始めていた。
(昨日言ったばかりなのに、早速感情のコントロールができてないじゃない!苛立ちの原因はもしかして…。)
アルナ達は教室の入り口で教室の異様な空気に固まっていた。
ロナウドとリオはエドガーから少し離れたところで話をしていたが、アルナ達に気が付くと近づいてきた。
「シェリー達、おはよう。教室の空気が悪いでしょ?原因はあいつ。例の噂の件でエドガーの機嫌が悪いんだよ。アルナ嬢は…平気そうだね」
「私は噂とか気にしないので、平気です。」
「俺が朝に噂の話をしたらこれだぜ?エドガーもアルナ嬢みたいに気にしなきゃいいのに」
「リオ!あんたがエドガー様に話したの?面倒なことになるから黙っときなさいって言ったのに!」
リナはリオの頭を叩き、叱りつけた。
「痛え!リナ、ストップ!けど、こんだけ噂になってたら、俺が黙ってても気が付くだろ」
クラスメイトには瘴気は見えてないようだが、エドガーの不機嫌さが伝わっており、萎縮している者もいる。
(このままでは良くないよね?クラスの雰囲気もだけど、呪いの進行も進んでしまうし、苛立ちをなんとか抑えないと。私もこの寒気が続くのは耐えられないし。)
アルナがどうしようか悩んでいると、ロナウドがじっとアルナを見ていた。
「アルナ嬢、お願いがあるんだけど、あいつを宥めてきてくれない?」
「噂の渦中の私が?こういうのはロナウド殿下が適任じゃ…」
「いや、今回はアルナ嬢がいいと思う。お願いできない?」
「うう…悪化しても知りませんよ」
アルナはゆっくりエドガーに近づいた。
「エドガー様、おはようございます」
「お前か…。体調は大丈夫なわけ?」
「おかげさまで大丈夫です。エドガー様は…荒れてますね。瘴気が漏れ出てますよ。苛立つのはわかりますけど、落ち着いてください」
エドガーの背中を指さして、アルナはため息をついた。
エドガーは瘴気のことは理解しているようで、ちらりと自分の背中を見ると眉間にしわを寄せた。
「分かってる。けど、あんな噂流されたらたまったもんじゃねーよ」
「あんな根も葉もない噂を気にしたら負けですよ。エドガー様って意外に繊細なんですね」
「なっ…お前も当事者だろ!なんでそんな平気なんだよ」
「もー仕方ないですね。こんな直ぐ渡すつもりはなかったんですけど、これあげます」
アルナは鞄から可愛くラッピングされた小瓶を取り出し、エドガーに差し出した。
小瓶には、歪んだ楕円や四角の形をした飴が詰まっていた。
エドガーは小瓶を受け取り、飴を一つ取り出すと、いぶかしげに飴を見つめた。
「なんだ?このいびつな形の飴は?」
『いびつ』という言葉にピクッと反応したアルナは恨めしそうにエドガーを見た。
「な、なんだよ」
「『いびつ』で悪かったですね。貴重な私の手作り飴ですよ。精神を落ち着かせる効果のある薬草を配合した飴です。昨日の様子をみてエドガー様のためにわざわざ作ったんですよ」
「…俺のために作ったわけ?」
エドガーは驚いた表情でアルナを見て、飴に目線を戻した。
「そうですよ。薬ももらったから、お返しも兼ねて頑張ったんです。昔ヴァンと一緒に作ったときは綺麗にできたのに、今回はこんな形になっちゃいましたけど…。文句があるなら、あげません!返してください!」
アルナが小瓶を奪おうと手を伸ばすと、エドガーは避けて小瓶を自分の手元に寄せた。
「…『いびつ』な飴はいらないんじゃないですか?」
「お返しなんだろ?それならもらっとく」
エドガーは取り出した飴をなめ始めた。
アルナは納得のいかないを顔していたが、エドガーを見てあることに気が付いた。
(瘴気がでなくなった!機嫌が直ったみたいね。飴の効果がでるのが早すぎる気がするけど、これで大丈夫ね。)
クラスの雰囲気も良くなったようで、萎縮していた生徒も笑顔で友人とおしゃべりを始めている。
安心したアルナが自分の机に戻るとロナウドがやってきた。
「さすがアルナ嬢。ありがとうね」
「いえ、私もこれで落ち着いて授業受けられますから。けど、お菓子で機嫌が直るなんてエドガー様は単純なんですね」
「渡してたのお菓子だったんだね。多分だけど、アルナ嬢があげたことに意味があったんだと思うよ」
「え?私じゃなくても、ロナウド様が何かあげても宥められたと思いますよ?」
「そうじゃなくて…。いや、僕が言うことではないね。まあ、エドガーとは仲良くしてやってよ。口が悪いけど悪い奴じゃないからさ」
そういうと、ロナウドはエドガーに話しかけにいった。
アルナが不思議そうに去っていくロナウドを見ていると、鞄の中にある魔法通信機が振動で通知を知らせた。
魔法通信機を手に取ると、ヴァンからメッセージが届いていた。メッセージを見たアルナはボソッと呟いた。
「もう手配できたの?これは放課後バタバタしそうね…」
**********
放課後、通信機のメッセージを見たアルナは1冊の本をカバンに入れて保健室に来た。
「失礼します。ヴァン先生いますかー?」
アルナは保険室のドアを開けて部屋を見渡した。
部屋の奥ではヴァンが何か作業をしているのが見えた。
「お嬢様、早いですね。呪解薬『妖精の救済』の材料になる、フェアリーフラワーの栽培に必要なものが揃ったので、ハリス院長に頼まれて持ってきました」
「メッセージありがとう!仕事が早いのね。もしかしてこの木箱に入ってるのがフェアリーフラワーの球根?」
ヴァンは土の入ったガラス製の植木鉢を抱えており、鉢を置こうとしている机の上には、聖水と鍵穴がついた小さな木箱があった。
木箱を手に取ったアルナは鍵をヴァンから受け取り、鍵を慎重に回した。
「そうです。ハリス院長がこの花を栽培するのは、お嬢様が適任だと言われていましたが、どういうことでしょうか。花を栽培するぐらい、方法さえ分かれば誰でも出来そうですけど…」
不思議そうに花の栽培セットを眺めるヴァンにアルナは持ってきた本を開いて、ある部分を指さした。
「この部分を読んだら、きっとお父さんの言った意味が分かるよ」
「この本はお嬢様のお母さま、マリア様の遺したものですよね?私が見てもいいんですか」
「お父さんからもヴァンならいいって許可もらってるから大丈夫!読んでみて」
「では失礼しますね。
『フェアリーフラワーの育て方
①球根を植える土壌は浄化したものを用意する。
土壌は1週間に1回は浄化する。
土壌が乾燥しないように適宜聖水をかける。
②満月の光にあてる。
花びら1枚開くのに1晩かかるので、花びら6枚全て開ききるのは半年はかかる。
*もし、分からないことがあったら、はなちゃんに聞いてみて!教えてくれるよ』
これは…なるほど。浄化魔法が使える人じゃないと栽培は無理ですね」
「でしょ?あと、この栽培方法は本当に信頼できる人にしか教えちゃダメってお母さんに言われたの。そうなると、栽培する人は家族内で浄化スキル持ちに絞られるわけ。そうなると、私かお父さんだけど、お父さんは多忙だし、私しかいないの。」
「そんな極秘情報を私が知ってよかったのですか…?」
「ヴァンは私達家族がみんな信用している人だから問題ないわよ?」
満面の笑みを見せるアルナをみたヴァンは顔を背け、耳赤くして片手で顔を覆った。
「ヴァン、もしかして照れてるの?」
「…お嬢様は少し黙ってください。私は放っておいて、先にフェアリーフラワーを植えてください」
ニヤニヤと笑うアルナは植木鉢に入った土壌に浄化魔法をかけ、木箱からフェアリーフラワーの球根をとりだして、植えた。
落ち着いたヴァンは作業中のアルナのところに戻ってきた。
「お嬢様、ひとつ気になることがあるのですが、本の最後の1文にでてくる『はなちゃん』って誰ですか?」
「私も知らないよ。お父さんとも話してたんだけど、最後の文の意味は分からないの」
「そんな状況で植えるの進めて大丈夫なんですか?」
「まあ、知らなくても何とかなるでしょ!最後は聖水をかけてっと!」
アルナが聖水を掛けた時、植木鉢の中が光り、アルナ達は眩しさに目をつぶった。
光が消えてアルナが目を開けると、あるものが見えて固まった。
ヴァンも遅れて目を開けた。
「さっきの光は何だったんでしょう?植木鉢は…変わりなしですね」
「…ヴァン、何を言ってるの?植木鉢の中にいるじゃない!」
「お嬢様こそ何を言ってるんですか?」
「見えてないの?植木鉢の中に妖精がいるのよ!」
アルナが指さす植木鉢の土の上には、虹色の羽がついた妖精が寝ていた。




