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褐色の美少年

 5年前に起きた地殻変動によって東京に突如現れた島は、『新夢の島』と呼ばれるようになった。国民的にその新島に注目が集まっていたからその名前は老若男女に知れ渡っていた。

 もともと夢の島とは、都立公園や陸上競技場があった埋め立て地だったが、『新夢の島』と比べるととても小さく、そのうち元からあった夢の島が『旧夢の島』と呼ばれ、正式名称を除いては新島を夢の島と呼ぶようになった。

 近年中に南海トラフ地震が発生すると言われていたが、地殻変動以後、発生する可能性が急激に落ち込み科学者たちは頭を悩ませた。また、活火山もないその島がなぜ発生したのか、その原因がわからなかった。

 新夢の島は、全体に黒い砂岩が広がっていた。いや、そう見えていた。

 その姿は、画像、映像、そして上空や東京湾の海岸線から肉眼で見ることができたが、その黒色の砂岩が広がる島の姿はヤマト機関によって施されたフィルターによって映し出された偽りの姿だった。

 新夢の島の正体は、人間の世界の芦原の国と鬼の世界の黄泉の国の間に存在する世界である根の堅洲国にあった島だった。

 5年前、鬼たちは、芦原の国への巨大な入り口を形成するために根の堅洲国にあった島を芦原の国に出現させた。そのために、出現地である東京湾周辺であの地殻変動が起こってしまったのだ。

 ヤマト機関は島の出現を許してはしまったが、その抵抗によって計画されていた鬼たちによる巨大な入り口の形成を防ぎ、島を鬼たちから奪取した。だが、計画されていた巨大な入り口の形成を防いだものの、根の堅洲国からの入り口は形成されてしまった。その入り口は黄泉軍が使う道であるために黄泉平坂とは分けて黄泉路(よみじ)と呼ばれている。この黄泉路が繋がる先は根の堅洲国で鬼たちの国家が治める地域である。そして島の中にも根の堅洲国に繋がる黄泉平坂があり、この黄泉平坂は人間たちが治めるスサの国に繋がっている。

 この島は黄泉軍による葦原の国への侵攻を防ぐための前線基地として利用することになり、人間社会にこの島の姿を隠す必要があった。

 黄泉路は島の南東の海上にあるため、その海岸線にはいくつもの対黄泉軍との戦闘用の火砲がその方角に向けて並んでいる。島の中心部には基地の施設があり、北東側には滑走路、島の北側には、超人機関の関係者の住居と商業施設が並ぶ街がある。そして島の西側には、超人の子供たちのための学校施設があった。

 そもそもヤマト機関は、超人となった子供たちの身を守るために、各地方に支部とヤマト機関が管理する学校を持っていた。ただ、この夢の島にできた学園にはヤマト機関の関係者、また超人の家系の家族からの希望者を就学させる学校が必要とされ、ここに金鵄(きんし)夢の島学院が誕生した。


 5月の連休を過ぎた頃の陽気は気持ちがよく、この金鵄夢の島学院に流れる潮風は涼しくて気持ちがよかった。この時期になると、制服の上着の着衣は自由になり、シャツだけを着る生徒も見られてきた。高等部の職員室の前に立つこの少年、来栖(くるす) (じょう)も学ランを着ないで登校していた。

 少年は少しはねっ毛ではあるが、綺麗に整えた黒髪の流れはよく光を反射していて、目は大きくて丸く、鼻先は高かった。

 そしてこの少年が他の生徒違うことは、肌が褐色であることだった。二の腕のシャツの端から前腕にかけての褐色の腕が光によってブラウンに輝き、露出している立体的で影のある肌を見るところ、筋肉質であることがわかった。

 廊下の先の階段から一人男子生徒が現れ、それに錠が反応した。

 「ジョー。すまん、遅れた」

 「いいよ、そんなに待ってないよ」

 錠の周辺の人間は、「じょう」という発音ではなく、「ジョー」の発音で彼のことを呼んでいた。

 錠を呼んだ男子生徒の名は、赤松(あかまつ)(ただし)といい、この生徒は少年というより青年というべき顔立ちだった。骨太でがっしりとした体格で胸板に厚みがあり、頭は短髪で、噛む時に使う頬の筋肉の筋が目立っていていた。眉がはっきりとした直線の形であり、そしてその目には目力があった。

 「入るか?」

 「いや~それがなんだか立て込んでそうなんだよね」

 職員室の中の話し声が外にも聞こえたが、二人の聞き覚えのない甲高い声がよく喋っていた。

 顔を見合わせた二人は、ゆっくりと引き戸のドアに手をかけて少しの隙間をつくり、その隙間から中を覗いた。部屋の中では、猫が喋っていた。

 正確にいうと、二本足で立ち衣服を着ていて日本語を話す猫が喋っていた。

 「とにかく、お前は子供たちを教育する役目があるが、康成公の要望には従ってもらうにゃ!」

 二人は、そのよく喋る猫に驚いた顔をしていたが、べつに猫が喋るからではなかった。

 「あの猫の方は根の堅洲国からきたのか?」

 「うーん、でも見たことない服を着てるな」

 「文句を言われているのは、松岡大尉だぞ」

 松岡大尉こと松岡(まつおか) (ひろし)とは、猫に文句を言われている軍服を着ている男の名前で、この学校の子供たちにククリの力のコントロールの仕方を教育する教官だった。松岡は教員でもあるがヤマト機関の軍人でもあったのでこの学校とヤマト機関のパイプ役をしていた。

 猫はやっと話すのをやめ、足早に錠たちが覗き込むドアへ向かってきた。

二人はまずいと思ってドアから離れて、廊下の曲がり角まで走って行き隠れた。

 松岡が外まで見送りをすると言うと、

 「お前がこっちにいると言うから本部から来ただけで、そんな気を遣う必要はないのにゃ!」

 と言って見送りを断って職員室を出てきた。

 廊下に出た猫は、にゃあにゃあと独り言を言っていた。その猫がどこに行くのか気になった錠は、赤松に合図して後をつけた。

 「まったく! 黄泉軍の連中が何を考えているか全くわからないのにゃ! 武殿は助かったが、殺されてしまった者たちは可哀想にゃ。こうなった以上は、ククリの力のことを人間の社会に発表するのは仕方がないことにゃけど、ヤマト機関は対応しきれるにゃろうか」

 猫は大きくため息をついた。

 二人は猫が何を話しているのか断片的にしか聞こえてこなかったために、徐々に距離をつめようとしていた。そんなことも気に留めず猫は歩き続け、やがて玄関を出た。

 「さて、富樫のところはさっき行ったし、もう高天原に帰るにゃ」

 すうっと猫の体が浮き、一呼吸おいた後、一直線に空に上がっていった。

やがて二人の視界から猫は消えてしまった。

 猫が空を飛んでいったことについても、この二人は驚かなかった。錠は13歳の時から、赤松は14歳の時からこの学校に通い始め、ククリの力の使い方を学び続けていた。

 二人は少しの間空を見ていたが、赤松が先に声を出した。

 「行ってしまったな。少し聞こえてきたが、どうやらそろそろククリの力や超人のことを世間に発表するらしいな」

 「うん。あの猫さん高天原に帰るって言ってたから、高天原から来たんだね!」

 「どうやらあれが、神使の方らしいな。というと、やはり口にしていた武とか言う名前が、今度来る転校生のことか」

 「そうみたいだね! 楽しみだなー」

 「やっぱり楽しみか?」

 「だってそうだろ? 鬼に襲われた所を神使に助けられて、しかも高天原から転校してくるんだぞ。そんな人聞いたことがないからね!」

 「そうだな。確かに俺もどんなやつか気になるが」

 「今日のことは姉さんに話してあげよう」

 「瑛理子さんにか?」

 「ああ。転入してくる日が楽しみだな」

 褐色の美少年——来栖錠は、明るく好奇心の旺盛で精悍な少年であり、武がこの学校に転入してくることを楽しみに待っていた。そして、筋肉隆々——見るからに熱血漢——赤松忠もまた、武の転入を楽しみにしていた。

 この二人にとって、特に錠にとっては、超人の存在が超人ではない人間の社会への発表が近づく緊張よりも、武が転入してくることへの楽しみの気持ちが優っていた。

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