1-9 開花へ
高天原の天候は今日も晴れやかだった。
雲は風の流れに身を任せてゆっくりと空を進んでいる。
武が高天原に来てから五日が経っていた。
とはいってもこの高天原では新しい日の出を迎えたわけではない。
この五日間で武は飛行の方法、カゴーの操作、ククリの力を用いた戦闘法を学んだ。
打撃、刀剣、火器による戦闘要領。
そして超人だからこそできる飛行中の戦い。
同世代の超人と比べて不足している技術を補うように康彦は徹底的に教え込んだ。
神世の誕生からイザナギとイザナミによって人間が生まれた遠い過去。
その繋がりを無意識は今も覚えている。
人と神との繋がりを意識が自覚したとき。
人間に愛と真心を与えた姉妹神との繋がりもまた目を覚ます。
その瞬間、人は神々の用いるククリの力を行使できるようになる。
だがそれは誰にでも許されるものではない。
ククリの力を扱えるのは姉妹神から与えられた愛とまごころ━━善良な精神を持つ者だけだった。
超人は飛行や空間の生成といった普遍的能力を持つ。
それは神と繋がりククリの力を扱えるようになった時点で等しく与えられる力だった。
そしてすべての超人が同じ戦い方をするわけではない。
ククリの力には特性があり人それぞれに「向いている力の形」が存在する。
それは血統や精神構造、無意識の在り方によって決まる適性であり鍛錬で伸ばすことができる能力だった。
康彦は武と向かい合った時にすぐに気づいていた。
この少年は自分と同じく電気を扱うことに極めて向いている。
それは単に電気を生み出せるという意味ではない。
ククリの力で静電気を制御し増幅させ雷や稲妻のような電気を起こすことそれに長けていた。
また、生まれ持った資質や境遇によって発現する個人的な能力がある。
それは教えられるものではなく本人の内側から芽生える力だった。
武の場合、その個人的能力は視覚情報を解析する脳の働きを一定時間だけ加速させるものだった。
鬼に襲われた際に敵の動きがスローモーションに見えたのはそのためである。
命の危機に瀕した瞬間に無意識がその力を解放していた。
武が父から教わってきた武道には徒手だけでなく木刀を用いた剣の稽古も含まれていた。
その戦闘術を体系化にしたのは生前の康彦自身であり物部家で代々引き継がれてきた。
その日康彦の使いとしてヤマト機関へ赴いていた神使の影康が二日ぶりに戻ってきた。
影康が高天原を発ったのは武が来てから三日目のことだった。
影康の元の名は影丸だった。
康彦の一字を賜り影康と名を改めている。
屋敷へ戻った影康は庭の方から響く威勢のいい声に気づいた。
神楽殿の奥へ向かうと武と康彦が訓練をしていた。
武は制服ではなく和装に身を包み康彦と向かい合って刀を構えている。
白狼は縁側に寝転びその様子を眺めていた。
「おお、帰ってきたかい」
「あれが……武殿かにゃ……?」
影康が二人の稽古を目にするのはこれが初めてだった。
互いに刀を手にしている。
康彦は左手一本で武は両手で柄を握る。
場を制する気配がぶつかり合い相手の隙を探り合っていた。
康彦は左足を前に出し半身で構えていた。
「武坊のやつ。剣先ばかり見てるな。
あれじゃ気持ちが迷う」
白狼がそう呟いても影康は答えなかった。
「いやあっ!」
武が気合とともに踏み込む。
だが康彦の隙は武を懐へ誘い込むための罠だった。
刃を合わせる間もなく弾き返され二歩、三歩と退く武。
続く突きをかわし刃を横へ弾く。
渾身の直突きを放った。
しかし康彦はそれを止め刃を跳ね上げ右脚で腹を蹴り抜いた。
武の身体が、三メートルほど後方へ吹き飛ぶ。
「情動が乱れているぞ。
一度でも真剣を恐れたなら心は下り坂を転がるだけだ」
着地した武は片膝をつき深く息を吸った。
康彦曰く情動はエスカレーターだと言う。
一度下りに乗れば途中で上りには戻れない。
だからこそ呼吸を整える。
武は腹の底から息を吐き顔を上げた。
影康は息を呑んだ。
━━あの面構え。
康彦さまそして物部の歴代当主たちと同じだにゃ……。
「まあ武坊もずいぶん良くなってきたな」
「……白狼。
武殿を坊呼ばわりするのはやめるにゃ」
「え?」
「武殿は立派な兵になるお方にゃ」
影康は康彦の言葉を思い出していた。
━━きっと、立派な兵になる。
影康はその意味が今なら分かる気がした。




