宿命
鬼塚一郎は武の父の友人の子でありその縁で武とは幼馴染であった。そして10歳の時に遠くに海外に引越してしまったと武は聞かされていた。
「父からは一郎は確か海外に引越したと聞いていましたが、その後に原始超人として目覚めたということですか?」
「武よ。一郎が行ったのは根の堅洲国だ。真実を言われなかった理由は先ほど説明したが親を恨むなよ」
武は康成の口から親の事が出てきた事に疑問を持ったが、康成の説明は続いた。
「鬼塚一郎は根の堅洲国に行った後、鬼塚一郎が原始超人であることを知った悪神たちの配下の者に鬼塚一郎を囚われてしまった。その事実は一郎が捕らえれる直前に原始超人として目覚め、すでに目覚めている原始超人に思考の交信によって伝えられたが、その後の交信は途絶えてしまい鬼塚一郎の消息はわかっていない」
「一郎が囚われる直前に原始超人として目覚めたなら抵抗をできなかったんですか?!」
幼馴染の安否がわからない状況に驚き武は勢いよく問いかけた。
それに対して康成は少し間をおいてから説明した。
「一郎が囚われた時に葦原の国で起きた事は5年前の地殻変動だ。悪神の配下たちはお前の命を人質にとり、一郎を捕えたようだ。一郎の消息がわからないのは残念だが、一郎の選択でお前はあの時に生き残る事ができた」
それは武が地殻変動によるバス事故の事であった。あのバス事故が偶然起きたものではなく、悪神たちの配下によって起こされそしてクラスメイトたちが殺されてしまっていたのだ。
あまりにも衝撃的な真相に武は言葉を失ってしまった。あの事故が悪神たちによって引き起こされ、自分の命が一郎によって助けられていた。
康成は武が鬼たちに襲われた理由の核心を説明をはじめた。
「ヤマト機関も、そしてこの私もあの地殻変動の際にはお前を守る事ができなかったが、あの地殻変動以降、ヤマト機関もこの私もお前守るために監視をしていた。悪神たちは何かの理由で鬼塚一郎を捕えたようだが、その消息がわからない以上、再びお前が襲われる可能性があった」
「そしてヤマト機関とご先祖様は助けてくれたんですか…?」
「そうだ。だが、私はヤマト機関とは協力関係には無い」
「え?」
「康成さんよ、そろそろ自分の存在を教えてやったらどうだ? 幽霊じゃないんだからよ」
白狼が割って入ってきた。
「説明する事が多すぎるのだよ」
白狼に答えてから康成が武に説明をした。
「私はかつて葦原の国に生まれて超人として目覚めたが、文明を滅ぼそうとする原始超人と戦ったのだ。そして、ククリの力を取り込み過ぎた私は神となってしまった」
「か、神にですか?!」
「神は人間を造ったが、人間はククリの力によって超人になり、超人からさらに神へと昇華する。言い伝えには聞いていたが初めは自分でも驚いたよ」
「そして元々、康成公に仕えていた俺と影康って奴が死んでも神の力で神使としてそのまま仕えているんだわ」
また白狼が間に口を挟んだ。
「神様になったご先祖様が戦った事で原始超人たちは文明を滅ぼすのをやめたんですか…?」
「実際には原始超人たちとの戦いの中で神になった。過去の話だが、文明が始まった当初からククリの力や超人の存在が人間社会に秘匿されていたのではない。原始超人が目覚めて集結する地点の地域、国にはククリの力に触れる社会を作る。今回はそれが日本だった。昔の言い伝えに呪術や妖怪などの現象があるのはそのためだ。
原始超人たちは今回の文明に見切りをつけようとしたが、私はそれに従おうとしなかった。まだ、諦めるべきではないとね。諦めが悪過ぎて神になった私に免じて原始超人たちは猶予を与えた。
ただ、私もここから葦原の国を監視するだけで、ククリの力のバランスを乱してしまうために直接的な介入はできなかった。もちろんそれは神使である白狼も同様だったが、そのバランスが葦原の国で起きたあの5年前の地殻変動以降に乱れて始めた。そして、神使として白狼を遣わしてお前をここに連れてきた」
「僕をここに…。連れてきた理由は何ですか?」
「こんなところに連れてこられて酷な運命を言うようだが、このバランスの乱れはおそらく黄泉の悪神たちがバランスを顧みず葦原の国に迫ろうとしているからだと思われる。今起きている無差別殺人の騒動に関してもそうだ。そして、お前は葦原の国に戻ればまた襲われるだろう」
「戦うしかないという事ですか…?」
「ただ戦うのではない。お前に望むのはこの高天原でタケミカズチノカミの力を宿し葦原の国に戻り、悪神たちと戦うことだ」
「悪神と戦う?!」
「そうだ、私の望みは戦いの神、タケミカヅチノカミの力を宿し葦原の国に帰還し、そして鬼塚一郎を救い出せ。私はあやつと因縁もあるがお前の幼馴染だろう。それにその命は鬼塚一郎が救ってくれた命でもあるのではないか」
そして、人間はこの高天原で夜を迎えることはできない。夜が来るまでの残された時間は、人間の世界の時間にしてあと10日間。その間にお前は目覚めつつある超人としての能力の術を私から学び葦原の国に帰らなくてはならない」
「の、残り10日間ですか……?」
「そうだ。武、理不尽に思うかもしれないが超人となった以上は、鬼と戦わなくてはならないのだ」
武は襲いかかってきた鬼の形相を思い出し息を飲んだ。
「選択は二つに一つ。このまま夜を迎えて命を失うか。それとも私から鬼と戦うための術を10日間教わり、タケミカヅチノカミの力を宿して葦原の国に戻り鬼と悪神と戦う。そのどちらかだ」
5年前の事故から始まった武の周辺で起きた不思議な現象は、5年の歳月をもってここに集約していた。悪神たちに命を狙われる不幸に遭う宿命であったが、二度も危機的状況から脱した幸運の持ち主だった。
鬼と戦うことは超人の宿命であり、また超人の血統を持つ人間が超人になる可能性もその宿命。それは武が、無意識の中では知っていても意識の中では答えがなかった疑問の解答だった。
そして武はあの地殻変動の日、そして鬼塚一郎との思い出を思い出した。
「ご先祖様……。僕は、葦原の国に帰ります。僕のことを助けてくれた一郎を助けます! 超人として鬼と戦う術を教えてください!」
少年の顔に先ほどまであった暗さはもうなく、顔色は明るく、光を浴びている鼻翼につやがでていて、透き通った表情になっていた。
「鬼に対する恐怖の情動をコントロールしたか……。超人の起源は、愛とまごころを与えた姉妹神であり、超人は善良な精神を有し、良知へと至らん」
「は、はい?」
「姉妹神から愛とまごころを与えられた人間は、善良な精神を持った。その精神が姉妹神を黄泉軍から守ろうと決意させ、その人間を超人にさせた。つまり超人は愛とまごころの姉妹神から生まれたのだ。姉妹神から与えられた穢れなきククリの力は、起源である姉妹神と繋がらなくてはならない。姉妹神の精神へと近づいた良知を持たなくては超人にはなれない。ただ肉体的に超越した存在ではない」
「超人は精神的にも……」
「いや、その精神が肉体も能力も超越させるのだ。お前のその勇気は確かにものであるし、至誠を感じることができる」
康成の表情に自分の子孫の言葉を嬉しく思う気持ちが溢れている。それは武にも白狼にもわかった。
「ならば、芦原の国に帰る前に鬼との戦い方、ククリの力の使い方、そしてコントロールする方法を習得しなくてはならない。それをこの私がとことん教えてやろう! 体内のククリの力を自在に使えるようになればこの空も飛び、駆けることができるのだ!」
「あの、気になることがあるんですけど聞いても良いですか?」
「なんだ?」
「ご先祖様は、英語をご存じなのですか? それにご先祖様が生きていない頃の日本語も使っておりますけど?」
「私は、ここに住んでから葦原の国を見てきた。お前に説明してやるのだからお前がわからない言葉を使っても意味がない。だから私はお前にわかりやすいように言葉を選んで説明しているのだ。Do you understand?」
武はその厳格な姿に対照的な言葉にぽかんとした顔をしてしまったが、康成の言葉で思い出したことがあった。
「そういえば、鬼たちは日本語を話していましたが、彼はなぜ日本語を?」
「それは、鬼を創ったのがイザナミノミコトだからだ。そのために人間と同じ言語を持っているし、人間と同じ技術を持っている。ちなみに鬼たちは禊の力を『むすびの力』と呼んでいる。結局は同じ技術に行き着いているのだよ」
武を襲った鬼たちが、日本語を話したのはそれが理由だった。情報統制がされるまでの間、ククリの力を知り根の堅洲国との交流のある地域が日本であるが、日本語の源泉は根の堅洲国であった。
「でもご先祖様はなぜ刀を右腰に差していたのですか? 武士はふつう左腰に差すのではありませんでしたか?」
「左手は神聖さを持ち、神聖な場では左手を利用する。そして鬼は右利きが多い。だから超人は有利に闘うために利き手が左手になる努力や両利きになる努力をしてきた。またかつての人間社会では右腰に刀を下げている者が超人であるという常識があったのだ。まあ私は元来左利きだが」
武はその言葉に納得し、自身が左利きであることが遺伝であるとの確認ができた。
「それとお前の両親のことだが心配はない。白狼が仕留めた鬼の死体を確認したヤマト機関の人間たちがお前の両親に事の事情を説明しているはずだ」
「両親にですか?」
日常からかけ離れた環境の中で両親や現実的な問題を武は忘れてしまっていた。
「ですが両親に事情を話しても理解できないと思いますが」
「武よ。お前の両親も超人だ」
「……え?」
「20代後半から30歳頃に超人として戦う力を失う者は多い。そのため両親ともに引退をしたが兵だった。そして引退し、ヤマト機関を離れた人間は子供にも禊の力のことを話すことはできない。仕方がないことだ。さっきも言ったが親を恨むなよ」
武は、父は右が主体の両利きで母は左利きであったことを思い出した。
納得ができようも無い事を康成は淡々と説明し続けた。それに対して最大の疑問を武はぶつけた。
「では、ご先祖様が神になったとはどういうことなんですか? 今は生きているのですか? それとも……」
武の質問に康成は大きく息を吐いてから応えた。
「ごもっともな質問であるな。よかろう」
この宙を浮く屋敷に向かって風が流れ込んできた。
「おーい、武坊。こっちに来な」
察した白狼が武を縁側の方に来るように呼んだ。それに従って武は白狼の側に向かった。
康成は武が十分に距離を取った事を確認して目を閉じた。
やがて一瞬の光が起こり、武は思わず目を瞑った。
そして目を開けてみると、そこには大きな白い龍の姿があった。
それは龍の姿へと変わった康成であった。
「龍?!」
武は思わず声に出した。
「そうだ。これが神、すなわち龍となった私だ」
その堂々たる姿は人間を超人を超えた存在である事を武にわからせた。
神は人間の姿も持つが、真の姿は太く長い胴体、輝く眼持ち、大きな口、力強い腕と脚を持つ姿だった。生物としての形状が存在を分けるものであるなら神の姿こそが龍だった。神は二足で立つ姿のみを存在として人間を造った。大空を飛び、空間を作り出す能力は神の能力であり、その能力を超人は使うことができた。
そして天に構えるこの屋敷が龍=神のための屋敷である事を理解させた。