1-6 超人
武が白狼に連れられてきた場所は先祖である物部康彦の屋敷だった。
康彦は神楽殿のような建物の脇を通り奥へと武を導いた。
その先には、奥行き十メートル、幅三十メートルほどの真っ平らな石畳が広がっていた。
一対のテーブルと椅子だけが置かれている。
康彦は腰に下げていた刀をテーブルに置き椅子に腰を下ろした。
その刀が右腰にあることを武は不思議に思った。
康彦が武の前に手をかざすと武の目の前に康彦が座るものと同じ椅子が現れる。
「これは……?」
武は思わず声を上げた。
「私が持つ空間に収めていたものだ。
物質を収納するための空間にな」
武は促されるまま椅子に座った。
白狼は縁側にあぐらをかいて頬杖をついてその様子を眺めている。
よく似た顔立ちの二人が向かい合って座る光景がよほど面白いらしい。
康彦が語り始めたのは愛と真心を人に与えた姉妹神の神話だった。
それを語らずして武の置かれた状況を説明することはできないからだった。
姉妹神の結末まで語り終えた康彦は静かに本題へ入った。
「これからも慣れない言葉が続く。
だがお前に分かるよう説明してやろう。
まず話さねばならないのは『ククリの力』だ」
「ククリ……?」
「この世の現象を実現させる力だ。
そして、空間と呼ばれる空間を創る力でもある」
康彦は淡々と続ける。
「神々はこの力を使い世界を創り万物を生み出した。
だから植物も動物も人間にも、生きとし生けるものすべてにククリの力が流れている。
世界はその力によって構成され保たれている。
同時にそれは悪神や黄泉軍と戦うための力でもあった。
姉妹神を守る戦いの中で人よりも多くククリの力を取り込んだ者たちが現れた。
人の能力を超えた存在それが超人だ。
超人は神々に近い力を宿し空間を操ることができる」
呆気に取られた顔をする武をよそに康彦は説明を続ける。
「人間が超人に至る条件は大きく二つある。
一つはククリの力を知る、あるいは接触し認知すること。
もう一つは超人との血縁が近い場合だ」
武は胸の奥がざわつくのを感じた。
「……じゃあ、僕の体の変化は」
「お前は無意識のうちに超人として目覚めつつある」
「無意識のうちに……」
「鬼を見た時、恐怖を感じただろう。
その無意識だ」
康彦の言葉に武の中で散らばっていた疑問が少しずつ形を持ち始めた。
「人の心は、意識と無意識で構成されている。
五感は意識に含まれるが意識は全体の一割ほどに過ぎない。
あとは本能や個人的無意識、普遍的無意識、それらが九割を占めている」
鬼に襲われた瞬間、武の無意識は生き延びるために力を解放していた。
「そして本題だ。
なぜ鬼どもがお前を狙ったのか」
康彦は、世界の構造を語った。
「高天原、お前の住む葦原の国、根の堅洲国、黄泉の国。
それぞれが黄泉比良坂で繋がれている。
葦原の国の人間がこの世界の成り立ちを知らないのは八人の原始超人たちの意向だ」
「原始超人……」
「姉妹神を守るために戦った、最初の超人たちだ。
彼らは転生を繰り返し前世の記憶を引き継ぐ。
輪廻転生と言えばわかるだろう」
輪廻転生。
宗教で語られてきた概念が現実として告げられ武は言葉を失った。
「魂は死後、和魂と荒魂に分かれる。
和魂は高天原へ、荒魂は黄泉へ向かう。
だが荒魂が増えすぎればイザナミノミコトの復活に繋がる。
原始超人たちは文明を管理し荒魂が増え過ぎるなら文明を滅ぼしてきた」
「そんな……。
なぜそこまでしてその人たちは文明を滅ぼすんですか……」
「神もまた、転生する」
康彦は静かに言った。
「原始超人たちは姉妹神の転生を待っている。
それを観測するために葦原の国には組織を置いている。
今はヤマト機関と呼ばれている」
そして康彦は休む間を与えずさらに事実を告げていく。
「お前の幼馴染、鬼塚一郎。
彼は原始超人の一人だ」
「一郎が……?」
かつて聞き慣れた懐かしい名前が武の胸を強く打った。




