2-8 現れない姿
日曜の正午過ぎ。
武はおのごろ島に来る三上と伊藤を出迎えるため寮を出る準備をしていた。
自室を出ると先に錠が出かけようとしている。
「錠も出かけるの?」
「え、うん! じゃあね!」
錠は足早にドアを開けそのまま出て行ってしまった。
リビングでは赤松がソファに座り本を読んでいる。
「錠はどこに行くのかな?」
「……わからん」
赤松はそっけなく答えたが武は気にせず寮を出た。
錠や赤松たちと乗った同じ路線バスに乗り街へ向かう。
窓の外の景色を眺めながら武の胸には楽しみとわずかな緊張が入り混じっていた。
━━今の俺と会ってどう思うだろう……。
話したいことは山のようにある。
だが、それ以上に今の自分を二人がどう見るのかが気にかかっていた。
そして異世界へ転移させる動画の存在をどうにかして二人に伝えなければならなかった。
バスが終点に到着する。
学院側から見た街の玄関口であるロータリーに降り立った瞬間に武は視線を感じた。
振り返るが誰もいない。
━━気のせい……か。
武は気にせず歩き出した。
「おいおいおいおい、今こっち見たじゃん!」
「そりゃ視線くらい感じるだろ!」
「まあ行き先はある程度わかっているのだから慎重に行きましょ」
武が見た方向の建物の陰から四人の姿が現れる。
錠、村椿、瑛理子、瑛美だった。
「そう何度もやらされたら本当に大変だからな……」
村椿 和馬は自身と自身に付随する人間や物品の視覚情報を消す能力を持っている。
ただしその能力を使うためには呼吸を止め続けなければならなかった。
「村椿君、無理しないでね」
「ありがとね、橘さん……」
武がさらに進むのを確認してから四人はその後を追う。
武はそれに気づくことなく二人を出迎える橋へと向かっていく。
錠は瑛理子に聞こえないように小声で村椿に話しかけた。
「なんで姉さんのお願いを引き受けちゃったんだよ……!」
「お前の姉さんのお願いを断ったらどうなるかわからないだろ……!
お前の姉さんはクラスどころか俺たちの期の女子の総大将みたいなもんだろ……!」
村椿は自分の保身も考えこれを引き受けていた。
錠はそれ以上村椿を責めなかった。
武が内地とおのごろ島を結ぶ橋に到着すると橋の向こうからはまばらに車両が行き来していた。
この橋は許可された車両のみが通行でき現在はモノレールの建設も進められていた。
三上と伊藤はヤマト機関が管理するシャトルバスで来る手筈になっている。
橋の手前にはロータリーがあり海と橋を望む形で設けられていた。
武に少し遅れて四人も建物の物陰に身を潜める。
ロータリーに入るためには武との距離まで近づくので村椿には相当な負担がかかっていた。
「今のさすがにきつかったぞ……!」
「村椿君、ごめんね……」
瑛美が労わるが瑛理子は建物の角から身を乗り出すように武の様子を見ている。
「姉さん、もし伊藤さんって子が可愛かったらどうするのさ?」
「そういうのじゃなくてただ見たいだけよ」
錠は呆れた顔をして村椿を見る。
村椿は何も言わず小さく首を振った。
「来ないわね……」
瑛理子が呟く。
錠が腕時計を見る。
「確かに武から聞いてた時間は過ぎてるね……」
瑛理子の表情が徐々に心配へと変わっていった。
時間は静かに過ぎていく。
武は三人のメッセージグループにメッセージを送った。
だが、既読はつかない。
──何かあったのかな……?
電話をかけてみると三上も伊藤も繋がらない。
電源が切れているようだった。
──圏外……?
武の中で嫌な記憶が蘇る。
かつて自分が襲われた時の状況。
「まさか境界線空間に……!?」
武は急いで松岡へ電話をかけた。
──物部か、どうした?
「松岡教官! おのごろ島に来るはずの二名が時間のバスに乗っておらず連絡もつきません。
そして携帯は圏外のようなんです……!」
「……なるほど。わかった。
空間出入管理機構に問い合わせる。
返答あり次第私から物部に連絡するから待っていてくれ」
「了解しました……! お願いします!」
武が松岡に連絡している様子は瑛理子たちにも見えていた。
「何かあったみたいだね……」
声をかけることもできずただ見ているしかない。
武の背中に今までとは違う緊張が伺えた。
瑛理子たちはその後ろ姿に居た堪れなさを感じていた。
武は松岡からの連絡を待ちながら橋の向こうの内地の景色を見つめ続けていた。




