2-7 約束の日は
課業後の夕方。
武たちの自室のリビングには、武の補習テキストが広がっていた。
ヤマト機関やスサの国で使われている文字を学習するための教材で、錠は当然のように読み書きができ、赤松もすでに十分に習得しているものだった。
武は他の学生に追いつくために配布されていた補習用の教材を自室に持ち帰り、二人に相談するのが習慣になっていた。
武が自習をしているところに、錠が入ってきた。
「そういえば、お友達の申請はちゃんとできた?」
「うん、できたよ」
武は補習テキストへの書き込みを続けながら答えた。
「いつ会うの?」
「今週末の日曜日だよ」
錠はそれを聞くと、自分の部屋に入っていった。
武のスマホが小さく震えた。
画面を見ると、三上からメッセージが届いていた。
━━ありがとう! それじゃあ日曜日に!
三上のメッセージは、三上と伊藤と三人で作っているグループに送られてきていた。
武が返信をしようとすると、伊藤からもメッセージが届いた。
武は二人への返信を書いてからスマホを置いた。
思い出したかのように錠の部屋のドアが開き、錠が聞いてきた。
「その女の子って可愛いの?」
「……それ、瑛理子さんにも聞かれたよ」
「まあそうだろうね。
写真ないの?」
武はスマホのアルバムを遡った。
中等部の頃、三上と伊藤と一緒に撮った写真を見つけると、錠に画面を差し出した。
「え! 可愛いじゃん」
「だけど、そんなんじゃないんだよ」
武は、先日瑛理子にも同じ説明をしたことを思い出した。
「本当、二人は姉弟だよね」
「けど、これまずいな」
「何が?」
狐につままれたような武の表情を見て、逆に錠が唖然とした。
「これは人を困らせるお方だね。
こんな可愛い子とお友達でさー」
錠はそう言い残して自室に戻っていった。
武は錠にそう言われ、伊藤のことを思い浮かべた。
伊藤は社交的で、校内でも人気があり、男女隔てなく接することのできる女子だった。
━━確かに可愛いけどさ。
その気持ちがよぎった瞬間、武は小さく首を振った。
自分の友達への感情が、他人の言葉で揺らぐのが嫌だった。
翌日。
武は補習に向かうため、教室を出た。
その後を追うように瑛理子が教室から出てきて、武を呼び止めた。
「武君、ちょっといいかしら?」
武は足を止めて振り返った。
「瑛美と三人で街に出かける日だけど、今週の日曜日はどう?」
「日曜日か……。ごめん、予定があるんだ」
「あら、そうなの……。予定って……」
瑛理子の言葉を遮るように武を呼ぶ声がした。
教師の野澤だった。
「ちょうど私も研究室に戻るところでね。
一緒に行こうか」
「はい。瑛理子さん、またね」
「うん……」
瑛理子は武が野澤に連れられていくのを見送ると、すぐに教室へ戻り、錠の席まで歩いていった。
錠は面倒なことになりそうだと直感した。
「い、いやあ。どうしたの?」
「武君の日曜日の予定、あなた知ってる?」
「……はい」
「もしかして前の学校の人と会うの?」
「そ、そうですね」
錠は視線を逸らしながら答えた。
自分の予感が当たっていたことを感じていた。
「その女の子の顔、ジョーは見せてもらった?」
「……はい」
凛とした瑛理子の目がさらに大きく開く。
「可愛いの?」
「可愛いかって言われても……」
「あなたの感想を聞いてるの!」
二人のやり取りを見て、瑛美が近づいてきた。
「瑛理子……? どうしたの?」
「武君、今週の日曜日は前の学校の子と会うんだって」
「そうなんだ……」
瑛美は落ち着いて聞いていたが、少し気を落としたようにも見えた。
耐えきれなくなって、錠が口を開いた。
「そんなに気になるなら武に言って、姉さんも見せてもらったらいいじゃないか」
「それは……」
「なになに、どうしたの?」
「盛り上がってるけど……」
錠の席の騒ぎが気になって、早奈美と美優も近づいてきた。
錠は助けを求める視線を赤松に向けた。
赤松もそれに気づいたが、何も言わず静かに目を閉じた。
「まあ向こうにはもう一人男子もいるみたいだし……」
錠はなんとかこの状況を打開しようとした。
「だったら自分で確かめるわよ」
「……確かめる?」
「ジョーも日曜日は空いてるの?」
「空いていますけど……」
「あと、村椿君と仲良かったよね?」
「そうだけど……。
え? まさかそのために?」
瑛理子は錠の言葉には答えず、教室にいない村椿を探しに行った。
錠には、面倒な週末になることが容易に想像できた。




