最終話
☆
「42点。キャラクターの属性を盛り過ぎだし、内容が現実的にあり得ない。小太刀を持つヤンデレ少年と箱崎に付き纏う正義(笑)のストーカーって。白昼に起こる出来事じゃないぞ。でもまあ、話の構成事態はまあまあ良かった。よって、赤点にはしないでおこう」
「いやいや、ホントの話なんだって」
「怪談を語る人間も箱崎と同じことをいうんだ。ゆえに君の近況報告とやらは絵空事さ」
「あんまりだ……」
季節は梅雨。どんよりと重い雲が空に浮かぶ6月中旬のこと。博多駅近くの珈琲チェーン店にて。
今まで聞き手に徹していた僕の友人、姪浜メイはそう言って珈琲をすすった。
厳しい評価に僕はがっくりと肩を落とすことしか出来なかった。
――あれから後日、久々に旧友である姪浜との約束を取り付けた僕は、近況報告として、この前起こった一連の出来事を彼女に話した。
あるがまま、起こったことを率直に。嘘偽りなくすべてを告げた。
しかしながら、姪浜はソレを作り話としか思っていない。
姪浜は幼少期からの友人で、中学まで日々遊んでいた仲ではあったが、高校からは別々の進路を歩んでいる。僕は高校に進学したのち、鮮烈なイメージチェンジを遂げたのちに中退し、専門学校に編入した。その流れでファッション誌のモデルにもなったわけだ。
けれど、姪浜は僕が高校を中退した以降に起こった出来事をすべて絵空事と一笑するのだ。
そして、彼女に言わせれば、僕は実は中卒ニートの引きこもりで近況報告の一切は自身のプライドを保つための方便に過ぎないというのだ。暴論にも程がある。
たしかに、普通の人間が送るような青春とはかけ離れているかもしれないけれど……
現実は小説より奇なりっていうだろ?
なので、今回の近況報告で彼女の認識をどうにか修正しようと試みていたのだが、結局失敗に終わってしまった。小さくため息をついて、アイスココアをごくり。
「それで、その後はどうなったんだい?」
「落第寸前の作り話なのに、続きが気になるんだ」
「尻切れトンボのままでは終われないだろう。結局、ハルトがその少年とやらとホテルへ向かったという解釈でいいの?」
「いいわけないだろ。バカ野郎」
男色を否定する訳じゃないけど、あいにくそちらの世界とは縁がないようで。
いくらその少年が華奢であどけない顔つきをしていて、女装が似合いそうでも、わざわざ手をつけたりしない。……そう否定しても、姪浜は「おや、ひきニートヲタクのくせに、男の娘は守備範囲外だというのか?」といって煽ってきそうだけど。
「その後、気絶したそいつを起こして、そのまま街でナンパした。お互いに厄介な女に好かれたものだと励まし合いながらね」
「ナンパしたのは男の娘?」
「いいや、女の子」
そこで知り合った女の子が今の彼女である。
香椎カナエちゃんといって、これまた可愛らしい中学三年生。
人懐っこくて、技量の広い女の子。
「ふ~ん、たしか三十八人目か。君の妄想カノジョとやらは」
「妄想じゃない。現実だ」
そう言ってカノジョのSNSアイコンを姪浜に見せつけるも、「どうせ出会い系のサクラだろ?」と言って聞かない。……強情なやつめ。
しかし、姪浜はふと思い出したかのようにこう切り出した。
「だが、舞台に親不孝通りを選んだのは評価に値するね。ときに箱崎くん、君はこの通りの由来を知っているかい?」
「……不良や族が集まっていたとか? ほら、そういうやつって総じて親不孝っぽいし」
「間違ってはいないが、そもそもの由来はそこじゃない」
「……というと?」
「もともと、あの辺りには地元の予備校があったんだ。その周辺に不真面目な学生が遊び呆けていたのを皮肉ったのが始まりなんだ」
フフンと鼻を鳴らして、笑みを浮かべる姪浜。
彼女はおおよそこの世に生きる際に必要のない雑学においては他者の追随を許さなかった。
しかし、その親不孝通りの由来と、僕の体験した物事がどのように関係するのだろうか?
「なに、君の作り話に登場する人物はみな誰しもが親不孝者だというだけだ。それ故に由来を語りたくなった」
どうやら雑学を披露したかっただけらしい。
でもまあ、姪浜の言い分もあながち間違ってはいない。
千早チトセは、親と離縁している。
件の少年は、もし僕を殺傷するようなことがあれば親に迷惑をかけただろう。
赤坂アカリのストーカー行為も本来警察沙汰である。
けれど、僕の場合はどうだ。
一応、雑誌のタレントとして収入を得ているうえに現在は一人暮らし。親不孝とは言い難いのでは。
「君はヒキニートだろう? 究極の親不孝者だ」
「……だから違うんだけど」
反論するが姪浜はやはり聞く耳を持たない。
本当、絶対に信じてくれないよなぁ。
「しかし、今回の君の作り話に題名をつけるとすれば、親不孝四重奏といったところか」
「うまいこと言ったつもりか」
「ああ、君のそのつまらない顔に比べれば随分と」
姪浜は流れるように僕を罵倒した。
そんなにモテそうにみえないのか、僕。
「見えないね。君のような蛆虫がモテる時代が訪れているなら、日本は少子高齢化に苦しんでいない」
「酷いな」
「だが、君の作り話はそこそこ好きだぞ。ラジオペンチの次には」
「まったく、手厳しいったらありゃしないぜ。姪浜は」
これは当分、事実とは思ってもらえないだろう。
僕は降参の意を両手を上げて示した。
すると、姪浜はふと面白いことを思いついたようで、表情を明るくした。
そして、こちらを向き、二シっと笑ってこう言った。
「……もし、私たちが二十五歳まで余っているのならば、付き合うのもやぶさかではないぞ」
こりゃ参った。僕の完全敗北だ。
多分だけど、僕はこれからも多くの女の子に「君のことが世界で一番好きだ」と囁き続けるのだろう。それは僕のDNAにしみついて離れない。
なので、これからも今回みたいな厄介ごとに巻き込まれ続けるのだろう。(九割は自業自得なのだろうけれど)
それを近況報告として姪浜に伝えるんだ。まあ、信じちゃもらえないだろうけど。
こんな感じに数年間を過ごし、あっという間に二十五歳となってしまうのだろう。
その時に僕はきっと姪浜にこう言うのさ。
そして、ソレがその言葉を口にする最後の一回となる。
――君のことを世界で一番愛している、と。