6話 口約―告白
遅くなって申し訳ありません…
Side:ミレイ
新入生歓迎会……つまり模擬戦闘から数日。ミレイとユウの周りには、平穏が戻ってきていた。
初日からとんでもない自己紹介をし、見た目は超絶美少年でありながら、中身は男勝りな少女。あの生徒会長に勝ち、魔法も剣も超人レベル。麗人、変人、超人と、そのうち1つだけならば、まだ好奇心やその他もろもろで人が寄ってきただろうが、三拍子そろってしまうと、どうして人は恐ろしくなってしまうのか。
ミレイだって、本来まったく関わりがなかったならば、ユウは遠巻きにみておきたい。観賞用におさめておきたい。だが、隣に座る彼女は、それを許さないわけである。
ユウがミレイにくっついている。ユウには誰も近づかない。だからミレイにも誰も近づかない。
見事な三段論法だ。泣きたくなるぐらいに。
(あたしだって……あたしだって、ユウ以外の友達が欲しいのよっ!)
そう叫びたいが、ユウは真顔で「作ればいいじゃん」と言ってきそうだ。首をかしげる様子までもが、目に浮かぶ。
彼女には、とにかく常識がない。そして知識も少ないということが判明している。
もちろん、歴史や地理の授業がわからないのは、農民の子でも同じだ。でも、Sクラスでこんな生徒は初めてらしく、先生も困惑していた。
本人は全く意に介していなかったが。
大陸にある山脈の名前、この国の歴代の王様――そして、魔法。
驚くことに、あれほどの魔法を使用しておきながら、彼女にはほとんどその知識がなかった。彼女曰く、「本をみてテキトーにやったらできた」らしい。どんなフィーリングだ、とミレイは頭を抱えた。そんなことで魔法が使えたら、国民全員が魔法使いになっている。
「えっと……そうだな、ミレイ、その次を読んでくれ」
ぼうっとしていたら、基本魔法の授業担当のデュースにあてられた。隣に座るユウをみると、チロ、と舌を出して笑っている。どうやら彼女は、ミレイの意識が他にとんでいることも、それをデュースがわかっていて、あてようとしていることも、気づいていたらしい。
「2ページの12行目だ」
怒ったようににらんでやると、読む行がわからなくて困っていると勘違いしたようで、小声で教えてくれた。一応感謝の言葉は(心の中で)述べておいて、教本の言われた行を読む。
『古来から、世界は焔、水、風、土に守られてきた。終にて、人々は己の中に魔力をみつけ、世界の理をみつけた。彼らは理にふれ、力を使った。これが魔法の始まりである。
四つのうち、焔の力が最も強かった。人々はその力を使い、争いあった。始まりにして人々は、それを嘆き、自身の力を守るために風の力を使い、戦いの終わりを見守った。
戦いが終わりしとき、人々は傷つきし土地と、自身をようやく知った。自身を癒すために水の力を使い、土地を癒すために土の力を使った。
人々はそれでも足りなかった。彼らは再び戦が起きるのを防ぐため、自身らを見つめなおした。すると、体に元から宿っていた力を発見した。それこそが光である。
だが、光は戦を防ぐことはできなかった』
「はい、ありがとう。いったんそこまででいいよ。
この“魔法のいわれ”は、伝承のようなものだ。この教本は基本の魔法書としては最も有名だし、そもそも、この文章はほとんどの教本に載っているけどね。
だが、終の国にて魔法が発祥したのは事実だし、“世界の理”というのは、終を守る四獣のことだといわれているね。
だから、この伝承は、あながち嘘ばかりではないといわれているんだ。
光は、戦を防ぐことはできなかった――これは、魔法は決して万能ではなく、人々はその力を考えて使わなければならない、そういう戒めだ。
……さて、続けてくれ」
「はい」
『光の力をみつけてからも、戦は繰り返された。その中で、さらに魔法は改良されていった。
人々は魔法を組み合わせて使うことを思いついた。これが現代の応用魔法である』
「はい、ありがとう」
ミレイは教本を机に置いた。隣のユウは、興味津々という様子で文章を読み返している。実は、Sクラスに入る生徒は、この前文を空で言えるようでなければならないのだが、やはり知らなかったらしい。
「えっと、応用魔法については、応用魔法の授業で詳しく学習してもらうことになるよ。とりあえず、基本魔法と応用魔法の実例をそれぞれみて、区別をつけてもらおうかな。
じゃあ、ユウ。それぞれ、代表的な魔法を、得意なヤツでいいから、やってみて。……ああ、そう、前に出て」
席を立って、教卓の横に立ったユウは、困ったように首をかしげた。
「んー……得意なヤツ?は、たぶん光系統だけど、目に見えないし、わかりにくいよな……《記憶の連鎖》とか……まあ、どうせ基礎だし、簡単なのでいいか……」
ぶつぶつ唱えているのが微かに聞こえる……のだが、どうしてそこで、記憶をループさせることで、一時的に記憶を消す《記憶の連鎖》が出てくるのだろう。中級の魔法だし、かなり趣味が悪いのだが。
ユウは無造作に手を出すと、呟いた。
『《炎球》』
ユウの右手に、直径が1mもあろうかという炎の球が現れた。
(ちょ……あれ、 《炎球》の大きさじゃないでしょっ!普通は30cmぐらいでしょ!?それが常識よね!?)
デュースもぽかん、とユウの魔法を見ている。
そして、再びユウが唇を動かした。
『《氷》』
ピキピキ、と音をたてて、今度は左手に氷が形成された。しかも、その氷は羽まで緻密につくられた、美しい白鳥の氷像だった。
右に炎、左に氷。すぐ隣にあるというのに、氷は解ける気配すらみせない。ユウがまだ触れていて、魔力をそそいでいるためだ。
詠唱破棄の上に、両手で同時に魔法を維持するにはかなりつらいはずなのに、ユウは涼しい顔をしている。
「詠唱破棄までやってくれましたねぇ……まあ、この《炎球》が基本魔法、《氷》が応用魔法です」
(詠唱破棄でこの威力って……あれ、ちょっと待って?)
ミレイは首をかしげながら、手をあげた。
「先生、《氷》は水系統の基本魔法じゃないんですか?」
「いや、よく勘違いされるが、これは焔と水を組み合わせた魔法だ。水の魔法そのものは、水を操ったり、治癒をしたりするが、氷をつくる能力はない。
《氷》は、出した水を、焔によって温度を下げることによって、氷をつくるんだ。シンプルだが、よく間違う魔法だ。このような魔法は他にもあるからね。この授業では、応用魔法は詳しくやらないけれど、その授業をとる生徒は、よく復習をしておくように」
「「はい」」
生徒たちの声が重なった。
「じゃあ、今回は授業は進めないことにして、魔法を使ってみようか。そうだね、先ほどユウが使った、《炎球》でいいかな。呪文は焔の章の12に載っているよ」
一斉に生徒が立ち上がり、呪文を呟く声で教室がいっぱいになった。
Side:フォード
「ひっ」
出会い頭に悲鳴をあげられた。
正確には、あげられたのはフォードではなく、彼の前にたつクロスだが。
「……」
クロスの沈黙に、思わずフォードは噴き出してしまう。さらに空気が冷たくなった気がして、「大丈夫、デュース先生?」と声をかけた。
「あ、はい……大丈夫です。ええと、それで、どうしてクロス君がここに?」
ようやく我を取り戻した先生に、クロスが生徒会長の笑みをつくって、にこやかに応対する。
「いえ、このクラスの生徒に用がありまして」
「ああ、Sクラスですからね……もしかして、生徒会役員徴集ですか?今年の生徒はみんな優秀ですよ?」
そう言ってデュースは、ついさっき出てきた教室を振り返った。数分前まで静かだった教室内は、喧騒に満ちている。初めて授業で魔法を使ったことが大きいだろう。
生徒会役員徴集、というのは、生徒会長は生徒会に必要な人員を徴集し、役員に任命することができる、という権利の行使である。徴集された側にも断る権利はあるが、生徒会というのは箔がつくし、生徒会長がカリスマであるため、嫌がる生徒はほぼいないといっていいだろう。
ただ、クロスが徴集しようとしている生徒に、そのような考えが通用するかはわからないのだが。
「あぁっ!クロス・ウィラートじゃん!どうしてこんなトコにいるんだ?」
活発そうな笑顔、整った顔立ち。
(あー、マリラナさんが好きそうな子だな)
近くでみたときの第一印象は、それだった。
まだ開いていた扉から顔をのぞかせた“徴集対象”に、クロスが思わずといった感じで笑みをこぼした。それを見て、デュースがぎょっとしていたのだが、フォードの顔も同じふうになっているだろう。
(マジで……この子に、会長は惚れてるのかな?)
「もしかしたら噂とは別人の生徒かも」なんていう期待は模擬戦闘の日にあっけなく裏切られ、その上目の前には、恋するクロスがいる。嘘だと信じたい……けれど、面白いなあ、と思ってしまう自分がいるのを、フォードは否定できなかった。
「この前は楽しかったぜ!でもさ、避けないから、刺しちゃったんだぞ?」
「ああ、知ってる」
「もう怪我は治ったのか?」
(この人たちは、どうしてこうも非常識な会話を……ッ!)
模擬戦闘の日にも思ったが、外見は活発そうな少年なのに、ユウに常識はないらしい。クロスが気に入るはずだと、フォードは納得した。
ついでに面白そうだったので、会話に参加してみる。
「君が魔法ですっかり綺麗に治したんでしょ?ロッドが驚いてたよ、水属性なのか、って」
「いや、オレに属性はねえよ。てかお前、誰?」
お前、ときた。ロッドが礼儀のなっていない奴だったと話していたのを、フォードは思い出した。彼からすれば、どっちもどっちだと思うのだが。
「僕は生徒会で書記をやってる、フォード。これでも上級生なんだけどなぁ」
「へえ、見えねえな」
「……」
(ばっさりいきやがりましたよこの少年。確かに僕は気にしてないけど……けど、だよッ。言っていいことと悪いことがあるでしょ!?)
隣でクロスが笑いをこらえている。唇の端がピクピク動いているから丸わかりだ。
「……ん、あれ、もしかしてオレ、悪いこと言った?ごめん、そういうの、オレよくわかんねえんだよ」
「そういうのって?」
「んー、だから、怒るとか悲しいとか、そういうの」
感情っていうヤツ?と、ユウは笑った。
(……そういえば)
ユウは模擬戦闘のときから、笑ってしかいなかった。それは、「楽しい」という感情しか持っていないからなのか。
どれだけの目にあえば、そんなことになるのか。
(知りたいな)
怖いとは思わなかった。
場所を生徒会室に移し、フォードは一枚の紙を机の上に差し出した。
ユウはふかふかなソファが珍しいのか、さわり心地を確かめている。
その隣には、明らかに怯えている少女がいた。ミレイといって、ユウの友人らしい。フォードの経験からいって、恋仲ではないと思うが。よくわからんからついてきて、と言われたときは、可哀相なぐらい固まっていた。
本来はそれぐらい、大変なことのはずなのだ。生徒会室に呼ばれるというのも、生徒会役員徴集も。
なのに、クロスもユウも、軽く口を切っていた。
「ユウ。君を生徒会副会長に徴集したい。異議はあるか?」
「生徒会副会長……って、何?」
「つまり、生徒会長のサポートってことだよ。でも、会長はやり手だから、本当は必要ないんだよ。ほとんど仕事はないと思っていいよ」
ユウはフォードの言葉を受けて、首をかしげた。
「それって、オレがいる意味あるのか?」
「うん。だから、学園騎士団や学園魔術団の監督にまわることが多くなると思うよ。楽しそうでしょ?」
「ああ、オレやる!」
即答だった。これならば、話ははやい。
「では、ユウ。君を生徒会副会長に任命する」
「おめでと。会長は真面目だから、気張らずにやっていくといいよ」
「おめでとう、ユウ」
二者からの謝辞を受け取って、ユウは嬉しそうに笑った。
「正式な任命式は、次の集会のときになるだろう」
「わかった。よろしくな、クロス・ウィラート」
ニッとユウが笑う。その無邪気な言動と長ったらしい呼称には、違和感があった。その疑問を同じように感じたのか、隣に座るミレイが尋ねる。
「ユウって、どうして会長のこと、フルネームで呼んでるの?」
「あー……癖?」
(どうして疑問系なんだ?)
一瞬そう思ったが、クロスがすぐに補足…ではなく、言葉を重ねて有耶無耶にする。
「これからはクロスと呼べ」
「ああ、わかった、クロス」
(この子は知ってるのかなぁ。会長の名を呼んでいるのが、この学園で君と、ロッドだけだってこと)
クロスにとってこの少年は、間違いなく“特別”だ。なにせ、目覚めてから最初に、彼を生徒会副会長にする、と言い切ったのだから。
その願いがかなって、クロスは嬉しそうである。……が。
今度は突拍子もないことを言い出した。
「ああ、それから……これは生徒会長ではなく、俺からの願いなんだが」
クロスが意味もなく咳払いをした。フォードはおや、と思った。どうやらクロスは、珍しく緊張しているらしい。ユウが来てから、珍しいことだらけだ。
「オレは全部クロスとしてみてるけど……ま、いいや。何?」
「その……」
クロスはためらいがちに口を開いた。
「俺と付き合ってほしい」
一瞬の間。
「無理」
(おー、空気が固まってる)
フォードは他人事のように、心の中でけらけら笑った。
テーブルをはさんだ向かい側では、とんでもないことに巻き込まれたと、1人の少女が涙目になっていた。
魔法はほとんど英語からつくっています。
あと、単位や時間は日本のものを使っています。
納得できないようなら、「日本語に直されている」っていう考えで…適当すぎますか?(汗
今回は、シリアス少なめにしました
名前だけでてきた「マリラナさん」は、閑話にて登場予定です