第三章 価値
三年に一度。
その日は、奴隷管理都市アダー・ブロが一年で最も慌ただしくなる日だった。
朝を告げる鐘が鳴ると、共同生活棟だけでなく、すべての棟の扉が開く。
五歳から三十歳までの奴隷たちが、静かに広場へ集まっていた。
幼い子ども。
働き盛りの男女。
誰もが普段と変わらない服装のまま列を作る。
その様子を、建物の入口から見送る人たちがいた。
三十歳を超えた者たちである。
彼らは競売の対象ではない。
農作業、炊事、洗濯、掃除、建物の修繕。
奴隷区画を維持するための仕事を担い、この街で暮らしている。
自由はない。
けれど、生活は保障されていた。
「行っておいで。」
共同生活棟のおじいさんが、フィオナの頭を優しく撫でる。
「うん!」
フィオナは笑顔で頷いた。
「ララ、行こう!」
「うん。」
二人は肩を並べて広場へ向かう。
⸻
広場には、すでに数百人の奴隷が整列していた。
ざわめきの中、一人の男が壇上へ姿を現す。
灰色の髪を後ろで束ねた五十代ほどの男。
黒い外套を羽織り、無駄のない動きで前へ進む。
その姿を見た瞬間、広場は自然と静まり返った。
男は全員を見渡し、落ち着いた声で告げる。
「本日より、三年に一度の査定を開始する。」
「名前を呼ばれた者から順に検査棟へ向かうこと。」
「以上。」
短い言葉だけを残し、男は壇上を降りた。
「誰なんだろう。」
フィオナが小さく呟く。
近くにいた女性が答えた。
「管理長様よ。」
「この街全体を管理している方。」
「へぇ……。」
フィオナは素直に感心し、その背中を見つめていた。
⸻
査定は朝から始まった。
名前を呼ばれた者が一人ずつ検査棟へ入っていく。
広場では順番を待つ者たちが静かに座り、それぞれ思い思いに時間を過ごしていた。
「ララ。」
「はい。」
ララは立ち上がる。
「行ってくるね。」
「うん!」
フィオナは笑顔で手を振った。
しばらくして、ララが戻ってくる。
「おかえり!」
「ただいま。」
フィオナはすぐに駆け寄った。
「どうだった?」
ララは少し考えてから、安心したように笑う。
「思ってたより、怖くなかったよ。」
「ほんと?」
「うん。」
「よかったぁ。」
フィオナは胸をなで下ろした。
「ララが怖かったらどうしようって思ってたんだ。」
ララは少し驚いたように目を丸くする。
「心配してくれてたの?」
「もちろん!」
迷いなく答えるフィオナに、ララは小さく笑った。
「ありがとう。」
⸻
「フィオナ。」
「はい!」
名前を呼ばれ、検査棟へ入る。
部屋の中は静かだった。
数人の検査官が机に向かい、帳簿へ記録を書き込んでいる。
「氏名。」
「フィオナ。」
「管理番号。」
「二一八四。」
淡々と確認が進む。
身長。
体重。
視力。
聴力。
歯並び。
筋力。
健康状態。
傷の有無。
一つひとつが帳簿へ記されていく。
最後に、透明な水晶が机の中央へ置かれた。
「両手を添えてください。」
「はい。」
フィオナは言われた通り、水晶へ両手を添える。
静かな白い光が、水晶の奥に灯る。
検査官は何も言わず記録を書き込んだ。
やがて、水晶の光はゆっくりと色を変えていく。
白い光の奥に、もう一つの色が浮かび上がる。
深く、静かな黒。
検査官は帳簿を閉じることなく、隣の検査官へ差し出した。
二人は水晶を見つめ、短く頷き合う。
「もう一度、お願いします。」
「はい。」
フィオナは素直に頷き、もう一度水晶へ手を添えた。
結果は変わらなかった。
検査官は静かに帳簿へ書き込み、顔を上げる。
「終了です。」
「ありがとうございました!」
元気よく頭を下げ、フィオナは部屋を出た。
⸻
「フィオナ!」
外ではララが待っていた。
「どうだった?」
「なんかね。」
フィオナは少し首を傾げる。
「もう一回やった。」
「え?」
「なんでだろう?」
ララも不思議そうに笑う。
「きっと確認だったのかな。」
「そうかも!」
二人は顔を見合わせ、くすりと笑った。
そのまま並んで共同生活棟への道を歩き始める。
閉じた扉の向こうで、一人の検査官が静かに立ち上がった。
帳簿を抱え、管理長の執務室へ向かう。
部屋には誰一人として驚く者はいない。
ただ、淡々と手順が進められていく。
それでも、その帳簿だけは。
他の誰とも違う扱いを受けていた。




