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5/8

契約すれば救える

 翌日、しらほは教官に呼ばれ、久那岐と一緒に観測室へ入った。

 机には近郊の図が広げられていた。これまで印のなかった道にも、細い線が引かれている。


「昨夜から今朝にかけて、こちらでも逆流が確認された」


 教官が示したのは、異常地点を避けるために使っていた道だった。

 しらほは椅子へ座る前に、昨日までの観測範囲を確かめた。新しい線は、その外にある。


「もう一件、高位神獣に変化が出ている。移動中、契約者の呼びかけに応じず、指示とは別の方へ歩こうとしたそうだ」

「どのくらい続いたのですか」

「短い間だ。道を離れさせると応答が戻った。怪我はない。今朝の確認でも、普段と変わりはないという」


 しらほは渡された報告書を読んだ。

 異常を抑えるために力を使ったわけではない。これまで安全だとされていた道を、通っていただけだった。


「主契約を結んでいても、影響はあったのですね」

「ああ。主契約だけで防げるとは考えられない。ただ、契約者が繰り返し呼びかけると足を止めた、ともある。離れたことと、どちらが回復に関わったかは、これから確かめる」


 久那岐は報告書より、図を見ていた。


「俺も、現場へ行かなければ済むとは限らぬな」

「はい。学院の敷地内ではまだ確認されていませんが、今の範囲のまま止まるとは言えなくなりました」


 同じ道を通った下位の神獣には、目立った変化がなかったという記録もあった。しらほはその時刻を見比べる。通過した時刻も、留まった長さも違うので、強いほど影響されると決めるには足りない。

 けれど、久那岐だけの問題として扱うこともできなかった。


 教官は別紙を二人の間へ置いた。


「先日の候補とは、追加の適性確認を進めたいと思っています。継続して力をやり取りした場合にも安定するか、無理のない範囲で確認します。主契約についての記録も、引き続き集めます」

「異常の中で試すのではないな」

「それはしません。安全な場所での確認です」


 久那岐が頷いた。

 教官はそこで一度言葉を切り、しらほにも顔を向けた。


「危険が高まった場合には、三十日より前の契約も選択肢に入れていただきたい。今すぐ決めてほしいという話ではありません。ただ、異変が再発した場合、残りの日数を待つことを、学院として積極的には勧められません」


 しらほは机の縁から指を離した。

 三十日は、二人で決めた日数だった。調べて、会って、自分の変化を確かめる時間として置いていた。その間に久那岐の状態が変わることまでは、決めたときには知らなかった。


 教官が別の観測記録を取りに出ると、部屋には二人だけになった。

 久那岐は椅子へ座り直した。しらほも隣に腰を下ろしたが、背もたれには体を預けなかった。


「あの方との追加確認は、お受けになるのですね」

「うむ。今の状態を知ることにもなるだろう」


 しらほは頷いた。

 次に言うことは、報告を聞いている間から分かっていた。口にする前に、息を一度吐く。


「状況が変わったのであれば、あの方との契約も、以前より真剣に検討された方がよいと思います」


 久那岐は図から目を上げた。

 しらほの顔を見て、すぐには返事をしない。彼女は説明を足そうとしたが、何を足しても同じことになるので待った。


「あの者に不足があるとは思っておらぬ。確認も受ける」

「はい」

「ただ、俺の魂を安定させるためだけに、誰かと結ぶつもりはない」


 しらほの指が、膝の上で揃った。


「ですが、安全に関わることです」

「分かっている。だから異常地点へは行かぬし、状態も調べてもらう。安全策を捨てたいわけではない」


 久那岐は、追加確認の項目を指した。


「これは受けようと言っただろう。それと、相手を選ぶ理由まで安全だけにすることは別だ」


 しらほは彼の指先を見た。

 自分が断る可能性は残しておきながら、久那岐には早く別の相手を選んだ方がよいと言っている。その不揃いは分かった。けれど、返事をしなくなる彼を思い出すと、今のまま待つことにも頷けない。


「契約して安定するなら、そのあとにも、一緒に過ごす時間はあります」

「うむ。だからこそ、その時間を共にしたいと思う相手を選びたい。異常が収まれば用が済む関係ではなかろう」


 しらほは顔を上げた。

 別の方でもよかったとは思いたくない。以前、自分が説明したときと、どこか似ている。

 ただ、今は久那岐の安全を考える話をしていたはずだった。


「おまえなら、俺を安定させるためだけに、主契約を結ぶか」


 久那岐は静かに尋ねた。

 しらほは答えようとした。自分に十分な適性があるかは、まだ分からない。それを先に確かめるべきだと思ったが、尋ねられたのは数値ではなかった。


 自分と結べば、久那岐がほかの相手を選ぶことはなくなる。

 そこまで考えた途端、膝に置いていた手を引きたくなった。安全の話へ、自分の都合が混ざっている。


「今は、分けて答えられません」

「分ける?」

「久那岐様が安全である方がよいとは思います。それだけでお答えしているかどうかは、まだ分かりません」


 久那岐はしらほを見ていた。

 答えを促すことはせず、やがて机の紙へ視線を戻す。


「俺も、今日ここで決められるほどには分かっておらぬ。あの者にも、安全のために選ばれればそれでよいか、考えがあるだろう」


 候補の側にも、生涯が続く。

 しらほは書類に並んでいた実績を思い出した。久那岐を安定させる方法として読んでいるうちに、相手自身が何を望むかは、考える外へ置いていた。


 教官が戻り、観測範囲を調べ直す手順が決まった。しらほたちが使っていた地点は一度外し、異常の届いていない場所から境界を確かめる。久那岐は引き続き直接調査を控え、追加確認の日時は候補側と調整されることになった。


「変化があれば、場所にかかわらず知らせてください」

「承知した」


 久那岐の返事を聞きながら、しらほは新しい図を受け取った。

 次に観測へ出る前にも、範囲を確認し直す必要がある。昨日安全だった道が、今日も同じとは限らない。


 三十日目の日付は変わっていなかった。

 しらほはその日まで待つ予定とは別に、久那岐の状態を確かめる項目を、明日の分へ移した。何も起きなければ続けられる約束になったのだと、書き終えてから気づいた。


 二日後、しらほは学院の中庭で、久那岐へ観測の結果を伝えていた。

 調べ直した範囲の外では、今のところ逆流は確認されていない。ただ、安全だと記すのではなく、観測した時刻には異常なし、と残している。


「昨日の追加確認は、いかがでしたか」

「値は前と同じくらい高かった。長く続けても、揺れは少なかったそうだ」

「力を戻したあとにも、違和感はありませんでしたか」


 返事がなかった。

 久那岐は校舎の向こうを見ていた。しらほもそちらへ顔を向けたが、窓が開いているだけで、人が呼んだ様子はない。


 久那岐が立ち上がった。

 本を長椅子に残したまま、庭から外門へ続く道へ向かう。


「久那岐様」


 足は止まらなかった。

 しらほは長椅子から立った。別の神獣が、指示とは違う方へ歩こうとしたという報告を思い出す。


「こちらを見てください。そのまま止まってください」


 追いすがらず、顔の見える位置へ回った。

 久那岐の歩幅が狭くなった。最後の一歩を置いたあと、爪先は外門へ向いたままだが、顔が少しこちらへ動く。


 琥珀の目は開いている。けれど、しらほを見ているのか、まだ分からなかった。


「一歩だけ、私の方へ戻れますか」


 久那岐の指が動いた。

 視線がしらほの肩から顔へ上がり、そこで留まる。


「……しらほ」


 名を確かめるような声だった。


「はい。中庭です。今、外門の方へ歩かれました」


 久那岐は道を見て、足を引いた。一歩戻ってから、長椅子に置いた本へ目をやる。


「向こうへ行かねばならぬ気がした」

「何かを感じられたのですか」

「分からぬ。何をしに行くつもりだったかも、今は出てこない」


 久那岐は外門から体の向きを変えた。しらほが示した長椅子へ戻ったが、座る前にもう一度足元を確かめていた。


 回廊を通った教官が、二人の様子を見て足を止めた。しらほは手を上げて呼び、起きたことを順に伝えた。


「現場には近づいていないのだな」

「今日は、ここへ来ただけだ」


 久那岐の返事ははっきりしていた。ただ、いつものように次の話へ進もうとはしなかった。


「行くと決めた覚えはない。だが、足は動いていた。前のように、少し返事が遅れただけでは済まぬな」


 教官は外門と、回廊にある結界札を見た。


「学院の観測値も確認します。範囲が広がったのか、高位神獣への影響が強まったのか、まだ分かりません。まず、内側の検査室へ移っていただけますか」

「うむ。一人では動かぬ方がよいだろう」


 しらほが本を持ち、三人で校舎へ入った。

 検査室は結界が重ねられている。ここなら絶対に影響されないとは言えないが、状態を確かめる器具があり、近くに人もいる。


 久那岐が座ると、教官はしらほへ尋ねた。


「呼びかけには反応したのだな」

「最初にお名前を呼んだときは、返事がありませんでした。こちらを見て止まるように伝えると、歩幅が狭くなりました。そのあと、一歩戻るようお願いしています」


 名を呼び返されたのは、そのあとだと添えた。


「最初にはっきり分かったのは、しらほだった」


 久那岐が言った。


「声が聞こえたので顔を見た、という順だったと思う。それより前は、うまく説明できぬ」

「異常の方が弱まった可能性もあります。結界の内側だったことも含めて調べます」


 教官は、しらほの声で必ず戻るとは扱わなかった。

 しらほも頷く。呼びかけへ応じたことは記録できるが、それだけが理由とは言えない。


「その上で、しらほとの適性も確認しておきたい。会話や調査の連携は取れている。今の反応もあるので、候補から外して考える必要はないだろう」


 しらほは久那岐を見た。

 彼は椅子へ座ったまま頷いた。


「今の状態で無理がないなら、受けよう」

「私もお願いします」


 まず久那岐の霊力を測り、短い間隔で値が変わらないことを確かめた。それから教官が確認用の盤を用意する。

 主契約ではない。途中で手を離せる量だけを渡し、受けた側が保ってから戻す。それを何度か繰り返す手順だった。


 しらほは盤の片側へ手を置いた。向かいで久那岐も手を下ろす。


「初めは、この目盛りまででお願いします」

「分かった」


 盤の針が上がった。指定した位置で止まり、ほとんど揺れない。

 しらほは流れてきた力を受け、保つ量を確かめた。少量なのに、気を緩めてよいものではないことが分かる。息を止めず、手順どおり戻した。


「次は少し減らしてください。私が戻す間は、そのままで」

「うむ」


 久那岐の調整は、言葉が終わる頃には済んでいた。

 教官は数値を読みながら、受け渡しの境目も確かめている。


 終わって手を離すと、しらほの掌には少し熱が残った。


「十分に高い。特に、渡す量を変えたときの揺れが少ないな」


 教官は結果を二人へ示した。


「前の候補も高い値を保っている。どちらも有望だ。ただし、この確認だけで異常への耐性までは分からない」


 しらほは説明を聞き、値を見た。

 今まで、久那岐を安定させる主契約の話は、経験のある使い手へつながっていた。自分は記録を集め、その選択を勧める側だった。


 自分との契約も、検討できる。

 それなら、ほかの相手を勧めなくてもよいかもしれない。


 そう思った直後、掌を膝へ伏せた。

 安全策が増えたことと、久那岐をほかの相手へ勧めずに済むことの、どちらを先に喜んだのか分からなかった。


「細かな調整も、問題はなかったな」


 久那岐は結果からしらほへ目を移した。少し笑っていたが、彼女が黙っているのを見ると、先を急がなかった。


「だから、今日ここで契約を決めろとは言わぬ」

「はい」


 教官は、先の候補と硝野しらほの双方について、主契約を早めに結ぶ場合の確認事項を揃えると言った。しらほは未登録なので、手続きも確かめる必要がある。

 それまでは久那岐の単独行動を避け、学院内の観測も増やすことになった。


 教官が手配に出たあと、しらほは自分の手を見た。

 この手で力を受け渡せた。役に立てる可能性が、数値になった。それを理由に申し出れば、話は進められるのだろう。


 けれど、久那岐が名を呼んだときの声が、先に戻ってきた。


 しらほ。


 あのとき、次にどこへ動かすかを考えながら、顔がこちらへ向いたことを確かめていた。自分を認めた目を見て、もう一度呼ばずに済んだことにも、ほっとした。


 安全のための候補、という説明には、その部分をどう入れればよいのか分からない。

 しらほは長椅子から持ってきた本を、久那岐の手が届くところへ置いた。彼が礼を言って受け取るまで、手を引かずに待った。


 翌朝、しらほと久那岐は、教官から二つの書類を示された。

 一枚は主契約を早める場合に必要な確認事項で、もう一枚には、学院が管理する結界施設への道順が記されていた。


「現状では、三十日が終わるまで何も決めずに待つことは勧められません」


 教官は、二人が読み終えるのを待ってから続けた。


「適性の高い相手との主契約を検討するか、契約を急がないなら、異常の確認されていない土地へ一時的に移っていただきたい。そちらの施設は結界を重ねており、状態を確かめる者もいます」

「移ったあとも、範囲は調べ続けるのだな」

「はい。結界だけに頼るつもりはありません」


 久那岐は道順を見た。

 しらほも距離を確かめる。学院から毎日通える場所ではなかった。


「どのくらいの期間になりますか」

「異常の範囲と、影響を避ける方法が分かるまでだ。今、何日とは言えない。連絡は取り次げるが、往来は安全を確かめてからになる」


 しらほは紙の端から手を離した。

 明日の予定も、その次に借りる観測記録も、もう決めてある。久那岐へ見せながら説明するつもりで、図を一枚にまとめていた。


 教官は、答えを急かさずに席を外した。

 久那岐は二枚を並べたまま、何も言わなかった。


 しらほは適性確認の結果を見た。自分の名の横にある値は、昨日から変わるはずもない。

 足りないのは、経験だけだった。そこは教官へ相談し、学びながら補うこともできる。


「でしたら、私と主契約を結んでください」


 久那岐の顔が上がった。

 しらほを見る目が、紙を読んでいたときとは違った。返事をしかけた唇が閉じられ、そのあと、机に置かれた彼女の手へ視線が落ちる。


「おまえから、そう言ってくれるのか」

「はい。適性は十分にあります。調査でも連携は取れていますし、昨日は私の呼びかけに反応されました」


 それだけで必ず安定するとは言えない。しらほはそこも付け加えた。

 確かめられていないことを、契約の理由にはできなかった。


「ただ、候補として検討できるなら、私でもよいはずです。久那岐様が、ほかの相手を急いで選ぶ必要もなくなります」


 言い終えたあと、指先を揃えた。

 離れた施設へ行かずに済む。明日も会える。その言葉は、まだ出さなかった。


 久那岐は椅子の背から体を起こした。

 しらほの方へ伸びかけた手が、机の上で止まる。


「それでは、結ばぬ」


 しらほは、止まった手を見た。

 もう一度顔を上げる。聞こえなかったわけではないのに、返事の意味を確かめるまでに時間がかかった。


「理由が足りませんか」

「おまえが初めに望んでいた理由とは違う」


 久那岐はゆっくり言った。


「生涯を結ぶ相手だけは、別の者でもよかったと思いたくない。選ばなければ後悔するほど求めてみたいと、そう話していただろう」

「覚えています」

「俺も覚えている。今ここで頷けば、その答えを待たずに済んでしまう」


 しらほは膝へ手を戻した。


「ですが、久那岐様にまた異変が起きるかもしれません」

「ああ。だから、移ろうと思う」


 彼は結界施設の書類へ目を向けた。


「契約を今決めぬための方法も、用意してもらっている。危険を承知でここに残るつもりはない」

「私と結ぶより、離れる方を選ばれるのですか」


 言ってから、しらほは自分の声を聞き直すように口を閉じた。

 どちらも安全のための選択肢だった。比べているのは効果と危険であるべきなのに、施設までの距離ばかりが目に入っていた。


 久那岐はすぐには答えなかった。

 しらほも待てずに、次を尋ねた。


「私では、不足ですか」

「違う」


 今度の返事は早かった。


「不足なら、初めから申し込んではおらぬ。今も、おまえの申し出を嬉しく思っている」


 久那岐はそこで視線を外した。閉じた書類の角を一度揃え、またしらほを見る。


「だから、すぐに受けたいとも思った。だが、安全のために必要だという理由で、おまえに選ばせたくはない」

「私が、考えて申し上げています」

「うむ。軽く言ったとは思っておらぬ」


 久那岐は頷いた。


「ただ、異常が収まったあとにも同じ答えになるかは、おまえ自身にもまだ分からぬだろう。分からぬままでも結べる。だが、俺は今、その結び方を選びたくない」


 しらほは返事を探した。

 安全のためだけではないと言えば、伝わるだろうか。ほかの人を選ばれるのが嫌で、離れた土地へ行ってほしくない。それも理由に入れれば、今度は頷いてもらえるのか。


 けれど、契約してほしくて理由を足しているのか、自分の望みを説明しようとしているのか、それさえ揃わなかった。


「危険が迫っていることと、おまえの答えが出ることを、同じ日にせずともよい」


 久那岐の声は穏やかだった。

 しらほは、それを正しいと思いたくなかった。


 教官が戻ると、久那岐は一時保護を受けると伝えた。候補の女性との話も、今ここで進めるのではなく、状態を確認してから改めて考えることになった。


 移動は今日のうちだった。

 道の安全が確かめられており、受け入れ先の準備もできている。久那岐は経路と、途中で異変が出た場合の対応を尋ねた。しらほも記録を渡し、呼びかけたときの順序を説明した。


 必要な話はできた。

 それでも、帰り支度をする久那岐を見ていると、ほかに何か伝えていないことがある気がした。


 学院の玄関で、しらほは鞄から本を出した。

 長く共に暮らす二人の話だった。まだ半分も読んでいない。


「こちらを、お返しします」


 久那岐は表紙を見たが、受け取らなかった。


「まだ途中だろう」

「はい。ただ、いつお返しできるか分からなくなりましたので」

「急いで戻す必要はない。持っていてくれ」


 しらほは本を引き寄せた。

 読み終えたら、いつもの時刻に続きを話すつもりだった。そのために借りたものが、返す日の決まらない本になった。


「三十日の取り決めは、どうしますか」

「毎日会えぬなら、同じようには続けられぬな。一度止めよう。再開できるかは、向こうの様子が分かってから相談したい」

「分かりました」


 久那岐は、しらほが鞄へ本を戻すまで待っていた。

 いつもなら、ここで明日の時刻を確かめる。その代わりに、教官から出発の声がかかった。


「では、行ってくる」


 しらほは頷こうとして、少し遅れた。


「着かれたら、状態を知らせてください」

「うむ。道中のことも伝えよう」


 彼はそう答え、玄関を出た。

 しらほは見送るために一歩進んだ。もう一歩、敷居を越えたところで止まる。同行する予定はない。久那岐を遠ざける判断が必要であることも、分かっていた。


 契約は断られた。

 けれど、それより先に、明日の中庭へ彼が来ないことを考えた。観測記録を見せても、隣から別の変化を指摘する声はない。本で分からないところがあっても、その場では尋ねられない。


 しらほは鞄の口を開けかけた。

 読む時間なら、これからもある。今、欲しいのは本の続きではなかった。


 教官に、今日の午後の資料整理を別の時間へ移せるか尋ねた。急ぎではないので構わない、と返ってくる。


「結界施設へ連絡する方法と、面会を許可する条件を確認したいです」


 教官は一度、久那岐が去った門の方を見た。それから、分かっていることを伝えようと頷いた。


 しらほは校舎へ戻った。

 三十日目まで何日あるかは数えなかった。次に会える日が決まっていないことの方を、先にどうにかしたかった。


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