第9話 オーバー ザ ハンプ
「Dr.ナイジェル。あなたを信じて良かった。
あなたはいつも、わたしの人生にとって、
最良の道へ導いてくれる灯台のような存在だ」
帝都大学病院の個室に落ち着くと、
ジミーが改めて、感謝の意を伝えた。
「あなたが起死回生を叶える舞台がまた、
この国だとは、あなたは、この国と縁があるようだ」
Dr.ナイジェルが告げた。
次の瞬間、なつかしい人たちが部屋の中へ入ってきた。
「ご加減はいかがですか? お久しぶりです。大佐」
現地で執刀医を務める帝都大学病院整形外科医、
天堂亮太郎が颯爽と、ジミーの横へ歩み寄るとあいさつをした。
「失礼。4年前に、陸軍を退役して、
現在は、アメリカ合衆国の国防長官の任務についています。
Dr.天堂。ジミーと呼んで下さい」
ジミーが言った。
「これは失礼いたしました。では、ジミーさん。
予定通り、明日の午後。再手術を行います。
注意事項は、お渡しした書類をお読み下さい。
何かご質問がございますか? 」
天堂が聞いた。
「入院期間が、スケジュールの都合上、2週間しか取れません。
本当に、大丈夫なんですか? 」
「経過観察次第。何事もなければ可能です」
「さようですか。よろしくお願いします」
「では、明日」
天堂が部屋を出る間際、Dr.ナイジェルに目配せした。
面会時間が終了した後。
Dr.ナイジェルがふらっと、医局へ顔を出すと、
天堂がPCとにらめっこをしていた。
「最終確認がしたい」
Dr.ナイジェルが、天童に声をかけた。
「相変わらず、完璧主義だな。どうぞ」
天堂が席を立つと、Dr.ナイジェルが、PCの前に腰を下ろした。
慣れた手つきでキーボードを素速く叩くと、
明日の手術の概要が画面に表示された。
[CLAP療法]
超速デブリ―ドマンとCLAP療法両方を併用。
骨を温存して、治癒を早める事が期待される。
[3Dシミュレーションによる時短]
術前にタッピング(ネジ切り)の位置や
プレートの角度を1mm単位でシミュレ―トする。
これにより、時間短縮出来て、体への負担を最低限に減らせる。
1.超速デブリ―ドマン
死骨を徹底的に取り除く。
ウォータージェット使用。
バイオフィルムを高速でそぎ落とす。
2.タッピング&ドリリング
刺激を与えて生き返らせる。
タッピングやドリリングで、硬化部に細い穴を開ける。
3.除菌
高濃度の抗生剤を使用する。
4.3Dシミュレーション固定
プレートを固定する。
翌日の午後。Dr.ナイジェルが、
ジミーを手術室へ見送った後、
手術の様子が映し出されるモニター室へ移動した。
執刀医の天堂の神業を一目見ようと、
他の病院の整形外科医や医療スタッフに加えて、
偶然、仕事で居合わせた製薬会社の営業部員たちもいた。
その中で、独特な雰囲気を放つDr.ナイジェルは、
誰とも一切会話することなく、モニター画面を
睨むようにして一心に見つめていた。
今回の手術に、何としてでも参加したかったが、
大学病院側が、よそ者である医者の参加を許可するはずがなかった。
くやしい気持ちがあったものの、
自分以外の優秀な医師の手術が、
今の彼に何だかの刺激を与えるはずだ。
手術開始から1時間たった頃、
ほとんどの医師や看護師たちが出払った整形外科の部屋の中で、
緊急オペ要請の内線コールがけたたましく、鳴り響いた。
「はい。整形外科です」
「救命救急の白川です。患者対応をお願いしたいのですが? 」
「え? 今、先生が出払っているんですが」
「患者は、30代の臨月を迎えた妊婦1名。
産気づいており、出産の可能性があります。
自宅の階段から落ちて、左足を負傷しています」
「‥‥ 」
整形外科の看護師が戸惑っているところへ、
背後から、ニューっと手がのびた。
その看護師が振り向いた先には、驚いたことに、Dr.ナイジェルが立っていた。
「了解しました」
Dr.ナイジェルが勝手に、返事をすると受話器を置いた。
「どちら様ですか? 勝手な真似しないで下さい」
その看護師が困惑顔で言った。
「担当患者が手術中でね。この通り、わたしは体が空いている。
整形外科医のDr.ナイジェルだ」
Dr.ナイジェルが自己紹介した。
「あ、あの。よろしいのですか? 」
「もちろん。たしか、場所は1F北側だったか? 」
「その通りです。よろしくお願いします」
その看護師がドアを開けると、
Dr.ナイジェルがすり抜けるようにしてドアの外へ出た。




