第8話 サイレント・インフェクション
どんなに有名な病院であろうと、どんなに、優秀な医師であろうとも、
失敗があるし、不可能なこともある。
来日前。およそ、22年ぶりにアメリカ合衆国の
とある大学病院の整形外科を受診したジミー・オースティンは、
どういうわけか、何かにいら立っていた。
「再発と言うのは想定内です」
担当医師のマイケル・チェンが冷静に告げた。
「Dr.ナイジェルの手術は完璧だったはずだ。
それなのに、大事な時に限って‥‥ 」
ジミーが、左手で右腕を抱え込むと告げた。
(新政権で、ようやく、長年、夢を抱き続けて来た
ポジションにたどり着いたのだ。これからという時に、
何故、古傷が邪魔をするんだ!? )
「Dr.ナイジェルという人物のことはよく知りません。
ですが、ひとこと言わせてください‥‥ 」
「はあ‥‥ 。」
Dr.チェンが、「あくまでも、わたしの考えですから‥‥ 」
と前置きをした上で、彼が考えていることを語った。
医学業界では、Mr.オースティン。
あなたの右腕に起きている状況を
「バイオフィルムの反乱」と呼んでいます。
手術時に、死滅しきれなかったごく少数の菌が、
インプラントの表面に、
バイオフィルムという強固な膜を作り休眠。
22年後。環境の変化による様々な原因が重なり、
免疫力が低下したことにより増殖した。
「つまり、老朽化した家と同じと言うわけですか? 」
ジミーが思わず皮肉を言った。
「そうですね。老朽化して、所々が痛んでいると考えれば、
リフォーム工事が必要になりますね」
Dr.チェンが苦笑すると言った。
「あの。専門医としての意見を聞きたいのですが、
あえて、セメントを体内に残したのは何故なんでしょうか? 」
ジミーが身を乗り出すと聞いた。
「カルテを拝見しましたが、Dr.ナイジェルが
選択した方法は正しいかと存じます。
当時、Dr.ナイジェルが、
抗生剤含有骨セメントを体内に残したからこそ、
あなたは、紛争地帯において
過酷な任務をこなすことが出来たわけです。
当時のあなたが置かれていた環境を考えると、
良いドクターに巡り合えた事は奇跡です! 」
Dr.チェンがにこやかに言った。
ジミーは、Dr.チェンの妙に説得力がある
医者ならではの返答を受けて返す言葉がなかった。
「Dr. あなたに、わたしの右腕を診ていただきたい! 」
ジミーが頭を下げると告げた。
「申し訳ありません。わたしではお力不足です」
「それは、いったい、どういうわけなんですか? 」
(国内の有名な病院だ。Dr.チェンは優秀な専門医だ。
お力不足とは何事だ! )
「アメリカ合衆国の医学法では、広範囲切除術になるわけなんです。
完全に治癒させる為には、長期の治療が必要になります。
その間、休暇を余儀なくされますから、
重要な任務を担う大臣だけでなく、
多忙な代議士の政務を続けるのは困難です」
Dr.チェンが強い口調で説得した。
「長期の休みが必要? 大臣だけでなく、代議士もあきらめろと?
そんな選択ありえない! 」
ジミーが思わず興奮気味に叫んだ。
「セカンドオピニオンという制度はご存じですか? 」
ジミーが、診察室を出ると駆け寄って来た
秘書官キャサリン・ヘンドリックスが告げた。
「立ち聞きしていたのか? 」
ジミーがすかさず言い返した。
「すみません。実は、主治医から電話が入っていまして‥‥ 」
ヘンドリックスが言い訳がましく言った。
「もしもし。診察ならば終わりました」
ジミーが、携帯電話を受け取ると告げた。
「今すぐ、オフィスにいらして下さい。
以前、ご相談を受けた件についてお知らせしたい事があります」
「わかった」
ジミーがそう言うと、その足で、Dr.ナイジェルのオフィスへ急いだ。




