第6話 ネバーモア
どこのコミュニティにおいても、住人同士のトラブルは日常茶飯事。
都心の森の片隅に建つ築20年の古いマンション。
住人の多くは若い頃、いわゆるカタカナ職業に従事して、
派手で裕福な生活を楽しんでいた老人たち。
当時、都心のど真ん中のマンションの部屋を買うことが、
一種のステータスでもあったはず。
今やもう、昔のセレブな姿は影を潜めて、
物価の高騰や老いが襲う中、息をひそめるように暮らす人ばかり。
「カラスを何とかして下さい! やつらは、カーカーうるさいだけじゃなく、
うちのベランダに、大量のフンをまき散らしやがったんだ! 」
その日の午後。このマンションの古い住人、鎌倉朔太郎が、
証拠写真を手に、最寄りの区役所の窓口へ押しかけていた。
「拝見させていただきます」
応対に出た区役所職員の友田純が写真を受け取ると、
虫眼鏡を使って、カラスの姿を確認した。
この老人が言う通り、一羽のカラスが、
マンションのベランダの手すりの上に止まっていた。
カラスの生態には詳しくないが、
電線の上に止まっているところはよく見かける。
「何かのテレビ番組で聞きかじったんだがね。
カラスは光るものが好きで、それに向かっていく習性があるらしい。
うちには、光るものなんてないしさ‥‥ もしかしたら、
隣のホテルから、何だかの光りが反射したのではないかと思うんさ」
鎌倉が、知ったかぶった様子でうんちくを語った。
「隣のホテルですか? この写真は、どこから撮影したんですか? 」
友田が身を乗り出すと聞いた。
「そりゃ、決まっているだろ。隣のホテルの下にある庭園でさあ」
鎌倉が答えた。
カラスの姿が見えたその瞬間、家の中からだったら、
警戒心が強いカラスが人影に気づいて逃げてしまう。
マンションの敷地内の真下から撮影すると、
死角ができてしまい、写しにくい。
そうなると、隣のホテルの庭からが、距離的にも適していることになる。
「今回が初めてのことですか? 」
「前々から、騒音被害はあったけどねえ。
フンをされたのは、今回が初めてだ」
「じゃあ、たまたまってことはないですか? 」
「とにかくさ、カラスなんて縁起の悪いいきものが、
うちに寄りつくと言うのは困るんだよ。
そのせいか、急に負けが続くようになったし、
立て続けに、こう不幸が続くと、気味が悪いわけさ」
友田の愛想の良さがかえって、鎌倉の機嫌を損ねたらしく、
鎌倉が、声を荒げていら立ちをあらわにした。
何事があったのかと、近くにいた人たちの好機の視線が、
2人の方へ一気に注がれた。
「あれ? これはいったい、なんだ? 」
友田が思わず、あることに気づいて小さく声を上げた。
「ん? 」
鎌倉が聞いた。
「カラスの羽に、不審な人影が映っています!
おじいさん、ナイスです! 光の正体がわかりました!
カラスが、身をもって真犯人を示しているんですよ!
証拠写真を預かり、検討させていただきます」
友田が興奮気味に答えた。
鎌倉は、友田の「確認して検討するとの返事」に
証拠写真を提出した後、スッキリした様子で帰って行った。
(黒い目撃者。カラスだけが知っている事件の真犯人!? )
「課長。警視庁の刑事さんが、近所のホテルで発生した
事件の事で聞きたいことがあるそうです」
友田が、鎌倉から預かった証拠写真をPCに取り込み
カラスの羽を拡大していたところ、
捜査途中の刑事が、区役所へ聞き込みに訪れた。




