第4話 インポッシブル
Dr.ナイジェルと彼の特患ジミー・オースティンとの
最初の出会いは、今から22年前のことだった。
当時、ジミーは、アメリカ合衆国の陸軍大将として
イラク戦争へ出征したが、大怪我を負い帰還。
陸軍病院へ搬送されてきた際、
彼の右腕は、見るに堪えがたいほど赤黒く腫れ上がり、
切り裂かれたような傷口から、骨が顔を出しており、
そこから流れ出した膿がまるで、真珠のように
担架の真下へ、滴り落ちていた。
「オースティンの容態は? 」
軍医のジェラルド・マグナが身を乗り出すと聞いた。
「意識はありますが、ご覧の通り、右腕は、再起不能かと存じます」
付き添って来た部下のトマス・コルデリアが答えた。
「切断するしか他にない」
Dr.マグナが冷静に告げた。
「それでは、任務に戻るどころか、
普通に、日常生活を送れなくなります」
コルデリアが強い口調で反論した。
「壊死が始まっているように思える。
もし、切断しなかったら毒が体中に駆け巡った末、
命を失うことになりかねない」
「もう、手遅れだと言うことですか? 」
「恐らく、粉砕した骨の周りに、砂や埃がまとわりついたのだろう。
それが、菌の餌となって、思った以上の速さで増えたと言うわけだ」
「‥‥ 。本人には告げないのですか? 」
そのとき、ジミーが、2人の話し声に反応したように目を開けた。
「やめてくれ」
ジミーが小さく声を上げた。上体を起こそうとしたが、
まるで、自分の体ではないように自由が利かない。
「どうやら、目を覚ましたようです」
コルデリアが安堵のため息をつくと言った。
「今まで、この状態で、温存したことは前例がない。
悪いが、あきらめてくれ」
Dr.マグナが、ジミーから目を背けると告げた。
「オーマイガー! ありえない! どうか、撤回を! 」
ジミーが、男泣きをしながら懇願した。
「もし、Dr.ナイジェルがここにいたら、何と言うでしょうか? 」
コルデリアがハッとしたようにつぶやいた。
「誰だ、それは? 」
Dr.マグナが振り返ると、コルデリアに言い迫った。
「たしか、出身はインドだと聞いています。
現在は、州立の大学病院の留学医学生です。
専門は再生医療だったと存じます」
コルデリアが言った。
(助かった! 完全に終わったわけじゃない)
ジミーの心に一筋の光りが差し込んだ。
それからまもなくして、州立の大学病院へ問い合わせがあった。
次世代の再生医療を担う若手医師として期待されている
インド系日本人医師が、ジミーの救世主として現れたのだった。
翌日の午後。Dr.マグナの元に、Dr.ナイジェルが訪れた。
次の瞬間、西日が差し込んだカンファレンスルームが一気に、
緊迫した空気に包まれた。
「わたしならば、大丈夫です」
Dr.ナイジェルの言葉には、一瞬の迷いすら感じさせない
自信が見え隠れしていた。
「どんな術式を考えている? 」
Dr.マグナが不満気に聞いた。
「マスカレ法を施すと同時に、創外固定器を駆使して機能温存を目指します」
Dr.ナイジェルがはきはきと答えた。
この患者は、医療環境が、十分に整っていない
紛争の最中の野戦病院の手荒い応急処置により、
骨折治癒不全の上に、血流不足による骨髄炎を発症している。
もし、このまま、放置しておくと、軍医の言う通り、
切断するしか、命を守る道はないだろう。
「何より前例がない。許しは出ないだろう」
「患者の命を救うのに、他の誰かの許しがいるのか? 」
「はあ? 」
「民間とは違う。軍人たるもの、皆が、軍の命令に従わなければならない」
Dr.マグナがそう冷たく言い捨てるとその場から立ち去ろうとした。
「待ってください! 」
突然、勢い良くドアが開くと、コルデリアと共に陸軍士官生たちが、
カンファレンスルームへ駆け込んで来た。




