第13話 フィクサソルータ
犬山左京が発表した論文
「富士樹海隕石発見による地磁気の逆転の加速説立証」は、
国際的に有名な科学誌に取り上げられた事から、
瞬く間に、犬山左京の歴史的快挙が
世界中の地質学者や科学者たちの間に広まった。
一方、開発を後押ししていた地元代議士
角田晃一を殺害した犯人の逮捕が
数10年にもわたる開発の波に杭を打つ形となった。
富士の樹海と言えば、一度迷ったら二度と出て来れない迷宮。
精神を病んだ人たちの終息の地というダークなイメージが、
いまだに、多くの人たちの中に残っていた。
ところが、隕石が発見されたことがお祭り騒ぎになった。
犬山は素直に、福原との友人関係を認めて警察の事情聴取に応じたが、
福原の方は、犬山とのつながりを全否定した。
昔の友人の名前とは違う。赤の他人だとしらを切り通した。
「犬山先生。何卒、隕石が発見されたこの記念の地で、
先生の講演会を開かせていただけませんでしょうか? 」
警察署から帰宅後。まるで、帰りを待っていたかのように、
開発反対派の団体から、講演会のオファーが舞い込んだ。
講演会の会場は、開発事業本部の近所にある公民館。
まさに、敵の懐に、弾丸をぶち込むのと同じだ。
「どう思う? 」
犬山が真っ先に頼ったのが、実の弟ではなく、
角田晃一の妻、春美であった。
春美は、犬山にとって仕事上では上司の妻であるが、
プライベートでは、友人の妻に変わりなかった。
晃一とは元々、親しい友人だったからだ。
春美は結婚前からモデル活動をしている事から、
犬山よりも、マスコミ対応に詳しい。
窓口となる事務所も決まっていないし、
スケジュール調整を担うマネージャーもついていない。
今後の事はまだ決めていない。雇い主が死去した今、
新たな雇用先を探すか、新しい人生を歩む準備をしなければならない。
「うーん。私個人としては、引き受けた方が良いと言うけど、
角田の妻としては、ことわってほしいと言わなければならないのよね」
春美が言った。
「そっか、わかった。悩ませてゴメン」
犬山がそう言うと、一方的に通話を終えた。
(聞くんじゃなかった。自慢したように思われたかもしれない)
相手の状況を考えないで、どこか浮かれていた自分を恥じた。
それから数日後。犬山が、講演会場に姿を現した。
「どうですか? こんなにたくさんの人たちが、
先生の話を聞きたくて集まったんですよ」
主催者側の責任者が、会場の熱気を見せつけるように言った。
表に飾られていた大きなパネルの写真は、
授賞式の後のパーティーにて、隕石を手に記念撮影した時のものだ。
まるで、太古の森の探検隊長が、宝物を手にしている風に見えた。
(わあ。思ったより、すごいことになっている! )
司会者に促されて、ステージの上に躍り出るとマイクを傾けられた。
「犬山先生から一言、お願いしたいと思います」
そのとき、後ろの方のドアが勢い良く開いた。
会場がどよめいたのと同時に、
スーツ姿のいかつめの男たちが、
開発事業の理解を求めるビラを配布し出した。
「なんなんですか、いきなり? 」
「わしらの本拠地で、しけた講演会を開くとはいい度胸だぜ! 」
「ここは公民館です。ここで何をしようが、文句言われる筋合いはありません」
「じゃあ、わしらが何をしようと、とがめられる筋合いもないだろ? 」
このままでは、乱闘騒ぎに発展しそうな悪い雰囲気になった。
「私の計算によれば‥‥ 」
犬山が意を決したように切り出した。
「あ? 」
ガラの悪そうなスーツのひとりがメンチを切った。
「私の計算によれば、これ以上、開発のメスを入れれば、
地磁気の逆転が加速することになって、地球崩壊が早まると思います」
犬山がきっぱりと言った。
「犬山先生は我々に隕石の発見をもって、
富士樹海を守る意義を再確認させて下さったんです! 」
会場のどこからか、力強い男性の声が響いて聞こえた。
「おい。おまえ、たしか、角田晃一の秘書だろ?
開発推進派を裏切るつもりか? 」
ガラの悪そうなスーツのひとりが怒鳴った。
「どうか、私の話を聞いて下さい。
私は20年前に、開発の波に飲まれた故郷の地を
それこそ、命からがら逃げるようにして捨てたんです。
何も悪いことなどしていない。
おやじが死んだのも関係ない。
最近になって、私の手元に隕石が戻った。
それと同時に、忘れかけていた夢も戻ったんです」
「つまり、元は負け犬だったってわけか? 」
「それはどうなんでしょうか?
そもそも、勝ち負けなんてあったんですか? 」
「今さらなんだ? 土俵を変えて復讐したいのか? 」
次の瞬間、駆けつけた警官たちが、
乱入者たちを囲い込むと、会場の外へ追い出した。
この時の経験が、犬山の未来を切り開く。
4年後の衆議院議員選挙の新潟県の選挙区に、
犬山左京の姿があった。
後に、ふるさとへ凱旋した犬山は、
強引な農地開発に、歯止めをかける為の公約を掲げた。




