歴代の王
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「侵攻は考え直せだと? ケイトー侯爵」
ドルピンス王国の政務室で。
まだ顔に幼さの残る20歳の若き王に、初老の侯爵が進言していた。
「はい、スパン王。
私はセパンス王国の医療の湯に湯治の申請を経るかたわら、国内の様子をそれとなく確認してまいりましたが、セパンス王国の防衛対策は思いのほか進んでおります。
また、温泉ダンジョンがもたらす恩恵によって強化された兵士たちの力も侮れないものがあります。
実際に目の当たりにしましたが、彼女らは人力の投石武器で、虹の鉱石を数十メートル先のモンスターに気軽に命中させておりました」
「ふん、そうはいっても我が国との単純な兵力差は8倍はあるだろう、何の問題があるというのだ?」
「今は……およそ5倍ほどの想定でございます」
「馬鹿な? 有益なダンジョンができたからといって、たかだか数年でそんなに兵士が増えるものか!」
「身体の歪みや病気が治る湯により、前線に復帰した兵士が大勢おります。
また、温泉ダンジョンの効果のみならず、飯困らずダンジョンの食料改善により、貧民が戦力になる力を持った兵士まで育つ率が加速度的に増しておるようです」
「そ……それでもまだ5倍はあるのだろうが! そして卿の報告が事実なら時間がたてばたつほどその差は危うくなるということでもある、やはり今こそ絶好の攻め時ではないか!
よいか? ドルピンス王国が、この大陸の覇者となるためには、クラプス王国とマーポンウェア王国をどうにかせねばならん!
腰を据えて戦力と兵器の増強に力を入れるのは、兵士の強化と治療、そして無尽蔵の食料が得られるセパンス王国のダンジョンを手に入れてからだろう!
今は多少のリスクは承知で攻めるべき時なのだ!」
「相手国のユーザ陛下は、幾度となく戦争経験のあるお方ですぞ?」
「大飢饉で食い詰めて飢えた小国が、飯困らずダンジョンを奪いにかかったのを数度退けただけだろ。そんなこと誰でもできるわ!」
さしたる大国でもないセパンス王国が、飢えた小国とはいえ、兵士どころか全国民が総力戦で死に物狂いで奪いにかかったものを、冷静に対応し、さしたる被害もなく退けてきた。
それだけで、ユーザ陛下は相当な戦争巧者であることがうかがえるのだが、戦争経験のないスパン王には数字しか見えていない。
目の前の数字しか見えていないから、5倍の戦力差があるのだから簡単に勝てるだろうと短絡的に判断してしまっている。
ケイトー侯爵はため息をついた。
ドルピンス王国の先々代の王は、すさまじいまでの名君であった。
糸ダンジョンという新しいダンジョンから生まれ出た品々を、表向きは便利な道具として商売に利用し、裏では秘密裏に新兵器を大量に開発し続けた。
高所の砦から射程の桁が違う矢を放ち、大国からの侵略を妨げ、周辺の小国を自国の領土として取り込み、交易で富を築きあげ、ドルピンス王国の大国としての基盤を作り上げた。
その大国を引き継いだフィラメト前国王は、他国との交易一辺倒の考えで、戦争は徹底して避ける気質であった。
そんな前国王は、決して温和なわけでも、平和主義者だったわけでもない。
単純に戦いに打って出るほどの度胸がなく、自身の贅沢な暮らしと利権を守り、維持することを至上命題としているような考えをしていただけだった。
しかし、糸ダンジョンがもたらす繊維から作られる豪華な布や服が、その交易一辺倒な考え方とうまくハマっていたため、前国王の政治もドルピンス王国には十分な富をもたらした。
スパン王は、戦って領土を広げようとしないフィラメト前国王を、腰抜けの父として内心軽蔑していた。
スパン王はフィラメト前国王への反骨心から、自身が実権を握った場合、戦争による領土拡大、それに伴うドルピンス王国の覇道を夢見ていた。
そんなスパン王を支持している、屈強な兵士たちも大勢いることもまた事実だ。
前国王は体調を崩されて、スパン王に王位を譲らざるを得なくなってしまったが。
おそらくは野心家のスパン王を担ぎ上げ、戦争をしたがっていた勢力の仕業だろうと侯爵は考えている。
医療の湯が出来たタイミングで、急激に体調が悪化し亡くなられるなど出来すぎている。
フィラメト前国王は特に優秀な国王ではなかった。
優秀な部下に仕事を丸投げして、諍いさえ起こさなければ自身は遊び惚けていられるから、邪魔にならないお飾りの王として問題なく機能していただけの男である。
穏健派にとっては都合の良い王ではあったのだが、野心家たちにとってあれほど邪魔な王もいない。
ただ、そんな男の息子であり、戦わない父に反発心を持ち、覇道の道を歩もうと野心を抱いているスパン王も。
残念ながら特別優秀な男というわけでもなく、戦争経験も全くない。
ケイトー侯爵の見立てでは、野心家のタカ派の貴族や騎士たちから次代の覇王と持ち上げられて育ち、王族意識と野心だけはご立派に育った、微妙な能力の王である。
おそらくセパンス王国の国境最初の砦で攻略につまずいて、セパンス王国との関係を悪化させ。
温泉ダンジョンの美容を得られなくなった貴族の淑女たちから、盛大な突き上げをくらうのではないだろうか、という不安しか侯爵にはなかった。
「王よ、攻め入るべきセパンス王国の国境の砦は、高所に作られた堅牢な要塞ですぞ。
少々高性能な弓ができた程度で落とせるものではありません」
「ふふふ、新素材から作り上げられた弓は、少々高性能な弓などという言葉でかたづけられるモノではない、もはや一方的に相手を蹂躙する恐るべき兵器だ。
どれ、少々心配性なそなたの不安を払拭するためにも、一度あの兵器をお目にかけてやろうか」
兵器の開発所に向かうと、そこには弓というより、糸ダンジョンから出てきた新素材のゴム糸を束ねて作られた、地面に固定された巨大なパチンコのようなものが設置されていた。
大きい岩をハンモックのような編みかごに設置し、屈強な兵士が5人がかりで引き絞った反動で岩を放つと。
遥か遠くに立てられた、砦の壁を模した的に命中しその壁には穴が開く。
地球にはこのような威力を放てるゴムのパチンコなど存在しない。
ゴムというものを本質的によくわかってない糸ダンジョンマスターが、ダンジョン魔力で作った謎の張力と強度を持たせたゴム糸でしかできない芸当だ。
「どうだ侯爵、従来の弓の3倍以上の距離から、一方的に相手の砦を破壊できる威力の投石を放てるのだぞ?
無論、これだけではない。
一方的に砦を破壊され続ける状況を眺めることしかできないことに気づいた奴らは。
当然、この投石機を破壊するため、玉砕覚悟で打って出てくるだろう。そこでこれだ」
もう1つ取り出されたのは、ものすごく長いライフルのような形をしたクロスボウのような弓。
弦の部分が例の新素材で作られており、人間の手では引っ張りきれないほど強く長く伸びるため、二人がかりで引っ張り伸ばして留め具に固定する。
固定した弦に矢を装着して、レバーのような引き金を引き、留め金を外して放つと、これもまた強烈な威力で、従来の弓の3倍ほどの距離まで矢が飛んでいく。
「こいつと、従来のドルピンス王国の正規軍の矢の雨が、この新兵器の周辺を守り抜く。
その雨のように降り注ぐ矢の弾幕を、少々の兵士が健気にも突破してきたところで。
最後は糸ダンジョン最深部を攻略する、ナイロン隊長の率いる最強の部隊に阻まれることになるのだ。
セパンス王国の連中が、一方的に砦を破壊され続ける未来は避けられん」
どうだ、これでも負ける未来は見えるか? と、ドヤ顔で侯爵の顔を見るも、侯爵の顔は全く驚いてもいなかった。
す、素晴らしい! これほどの兵器が開発され、その防衛対策も整っているのならばもはや敵はありませんな! といった反応を期待していたのに。
セパンス王国と戦った場合のシミュレートを冷静に行っているような侯爵の表情を見たスパン王は、なんだか急に不安になってきた。
「ええと、王よ。この新兵器は一体いくつ準備できているのですかな?」
「む、むう……数は20ほどだ……。
欲を言えば数百ほど用意して、戦闘開始と同時に砦を粉砕して、戦意を失ったセパンス王国軍に降伏を迫る予定ではあったのだがな……。
まあ、想定よりも少ないが、それでも時間をかければ砦を粉々に粉砕するだけの威力はある! 降伏を迫るにはこれでも十分だ」
ケイトー侯爵は、頭の中でこの兵器を持って戦った場合の状況を想定する。
確かに新兵器の威力は、自信を持つのにふさわしい程度の威力は備わっていた。
セパンス王国側が砦に陣取り、高所から矢を放てる地の利を得ていることを考慮しても、なお一方的に攻撃できそうな射程がある。
おそらくトウジ隊長も、この新型の投石兵器や、新型の弓の射程に匹敵するほどの距離を、肉体で飛ばしてこられるほどのパワーはさすがにないだろう。
ただ、連射性能と機動性があまりにも違いすぎる。
彼女らは四方八方散らばってあの異常な投石を投げつけてこられるのだが、この投石機はまず地面に固定しなければ使えそうにないのだ。
新型の弓も、二人がかりで引き絞って留め具に固定し、矢を取り付けたあと、狙いをつけレバーを引くことで、ようやく放つことができる。
……あまりにも一発一発の動作が遅すぎる。
こちらに関しては正直な所、気休め程度の武器であり、従来の弓のほうが総合的に見て優れているとすら思えた。
やはり頼みの綱は、ナイロン隊長率いる屈強なダンジョン探索騎士による最強の壁である。
トウジ隊長の部隊に匹敵する力量を持ち、兵数もはるかに勝っている。
弓兵からの後方援護を受けながら、数で大幅に勝るナイロン隊長の部隊が打ち破られるような未来はさすがに見えてこない。
新型の攻城投石兵器までたどり着くことが困難な以上、やはりセパンス王国側に勝機はないのだろうか?
まあ、ある程度一方的に勝てる算段があるからこそ、スパン王もナイロン隊長たちもセパンス王国への侵攻に乗り気なのだろうが。
それは、あのトウジ隊長たちの異常なパワーアップを見ていないからこその想定に思える。
少なくとも圧勝、楽勝とはいかず、思いのほか大きな損害をあたえられることは間違いない。
遠巻きからあの異常な投石で、ナイロン隊長の部隊を飛び越えて、この攻城兵器を壊されてしまう可能性も十二分にある。
しかし20の数を破壊しつくすとなるとさすがに……ううむ。
侯爵は悩む。
「砦だけではないぞ? 海からも一方的な投石が可能だ! 当日は港側からも襲撃し、挟み撃ちにする予定だからな!」
「ほう、港からも……」
海という天然の防壁がお互いに備わっている以上、こちらは攻撃射程が物を言う世界だ。
普通は、用意してある高所から攻撃ができる防衛側が圧倒的に有利なのだが、それを覆せる射程で攻撃ができるのならば話は別だ。
その場合、一方的に城塞を崩され、船を沈められ、港からの兵士の侵入を許すしかなくなる。
「どうだ? これでもまだ侵攻はお考え直しくださいとお前は言うのか?」
「港では圧勝し、砦の攻略の方は、思わぬ痛手を食らう可能性はありますが、そちらも最終的には勝てるでしょうな。
……私があの国で見てきたもの、それがセパンス王国の全てであれば、ですが」
そう、これが私の国の全戦力ですよと、すべてを他国の重鎮に公開してしまうような馬鹿な為政者などいない。
トウジ隊長の異常な筋力や投石能力など、見せてしまってもいい範囲の武力ということになる。
そして、その不安の根拠となるものがケイトー侯爵の胸中にはあった。
「なんだ! まだなにか不安があるのか!?」
「ダンジョンの中に作られていた移動する宿泊施設です……。あれの動力がわかりません」
平民の商隊がダンジョンの中に作っている宿泊施設は、毎朝10人がかりの人力で懸命に押して動かしていた。
しかし、貴族達が寝泊まりする高級な宿泊施設は、人間の力では到底動かせそうもない重たい設備が内部に備わっていたにも関わらず、なぜか建物全体が時折動いていた。
中に数十名の貴族や護衛の騎士を詰め込んだまま、その重さをものともせず、巨大な水車と歯車で動かす大掛かりな仕組みのように、ゆっくりと、力強く。
施設の外で護衛をしていた私の部下たちも、建物が誰にも押されることなく勝手に動いていたことを証言している、決して気のせいなどではない。
「あの動力がなんだったのかをセパンス王国の騎士に問うても、我々はカラクリの仕組みには詳しくないのでわかりかねますとはぐらかされました。
あれが、我々の知らぬ未知の動力で動いているのだとしたら……。そして、その力が兵器に転用できるものだとすれば……」
「うるさいぞ! 先ほどから憶測のみで不安を煽ることばかりいいおって!
貴公も所詮はあの臆病者の父と同じだ! せいぜい安全な国内から見ているがいい、余がドルピンス王国による天下統一を果たし大陸の覇者となる姿をな」
「……それでは、わたくしめは国内でクラプス王国とマーポンウェア王国の背後からの襲撃を警戒し備えておくことにいたしましょう、ご武運を」
スパン王は不機嫌そうに、フンと鼻を鳴らして侯爵の前から立ち去った。
何だというのだ、これほどの兵器を見てもまだ自国よりはるかに規模の小さな国に対し尻込みして勝機を逃せというのか。
どいつもこいつも、一体どれほど臆病なのだ。
それとも何か、……本当にセパンス王国はこの戦力差をひっくり返せるような未知の力を持っているとでもいうのか。
そう一瞬でも考えてしまったスパン王の脳裏に、ゾクッとした悪寒が走り、手先が震える。
本当に大丈夫なのだろうかと。
ただ、いくら不安に思ったところで、いまさらもう引き返すことなど出来はしない。
毒見役がひと口ふた口食べたところで影響のない毒を父に長期的に盛り続け、病死を装わせる計画に乗った段階でもう引き返せないのだ。
医療の湯などという、計画が丸ごとひっくり返る温泉が出来てしまったことは想定外だった。
おかげで戦争の準備は今ひとつ中途半端な段階で、計画を前倒しせざるを得なくなってしまった。
……そうだ、想定外だったのは、ただそれだけではないか。
何も問題はないはずだ。
スパン王はそう自分に言い聞かせ、不安から来る震えも初陣前の武者震いだと思った。そう思い込むしかなかった。







