自信の根拠
「あああ、なんて罪深い……。ウイスキー1本をこれほど少量の液に変えてしまうなど……」
シルド団長が、水だけ抜き取る魔法のピッチャーを使って、ウイスキーを丸々1本、水分を抜いた濃い液に変化させてそう言う。
その液をほんの一匙食べると、強烈に濃縮された酒の香りとアルコールに喉と鼻を貫かれるように刺激され、強く目を閉じ口を大きく開いたような顔でシルド団長が固まる。
「ぐああああああっ、濃いっ……濃すぎるっ……ああ、さすがにこのままでは駄目ですね。
しかしここまで濃縮されても、なお香りは淀むことなく上質なまま、素晴らしい品質です。……これをチョコレートの上にほんの少し塗って食べれば……」
それを1つ食べたシルド団長が天を仰ぎ、感激し、感涙する。
ウイスキーの上質な香りとチョコレートの甘さと強烈なアルコールが融合し、神のような食べ物が完成してしまった。
「うーん、しかしチョコの甘さが先に口に広がった後で、この酒の味は感じ取るべきですかね? 1度チョコを溶かしてから中に包み込むべきでしょうか」
シルド団長はさっそく湯煎でチョコを溶かし、その中に高濃度ウイスキーの液を封じ込めるように包み込み、自然乾燥で固めていく。
超高濃度アルコールウイスキーボンボンの完成である。
そうして出来たウイスキーボンボンのような何かを多数作り上げたシルド団長は、ワクワクしながら食べた。
美味い、美味すぎる。あまりの美味しさにすかさず2つ目のチョコに手を伸ばし、ゆっくりとその美味しさに舌鼓を打つ。
そして3つ目に手を出そうとした時、すでに自身の顔がほんのりと赤く熱を帯びているのを感じた。
……このチョコを1つ食べるのは、濃いめの酒を1杯飲みほすのと同じくらいのアルコールを摂取しているのかも知れない。
「うっ……これは、いけませんね。美味しい……美味しいのですが、一気に酒が入りすぎてしまうようです。
こんなものを甘い物好きな淑女に好き勝手に食べさせたら、あっという間に酔いつぶれて倒れてしまうかもしれません」
シルド団長は鋼の精神で、3つ目のチョコに手を伸ばすのを止めた。
手を引っ込めるまでにたっぷり30秒はかかったかもしれない。
「さて、他に良い使い道は……」
「シルド団長!! 休息中すいません! 今すぐ緊急で出動願います!」
部屋の外から、部下の声がした。
今日は久しぶりの休日で、ようやくこの水分分離の魔法の水差しも手に入り、待ちに待った趣味のお酒を大いに楽しむ日だというのに何だというのか。
部下もそんなことは十分にわかっているはずなのに、お忙しい所本当にどうもすいませんといった、気まずそうな雰囲気を一切感じない緊迫感のある口調での出動願い……。
シルド団長は、その異常性を一瞬で察知する。
「何があったというのですか?」
扉を開けると、緊迫した様子の部下が周囲を気にするようにしながら小声で伝えてくる。
「ドルピンス王国がセパンス王国に攻めこんでくる可能性が高いそうです。
傍観するにせよ、どちらかに付くにせよ、私達が今セパンス王国に留まっているのは非常にマズい状況なのです。
マーポンウェア本国に戻り、ソド王の判断を仰ぎに参りましょう」
「……情報源は?」
「ドルピンス王国に忍ばせている間者からです」
「ですが、元からドルピンス王国のスパン王はダンジョンが急成長してきたセパンス王国を奪い取って、クラプス王国や我が国に対抗する力を付ける野心があることなど、1年ほど前からすでに聞き及んでいる情報でしょう。
なぜ、今なのですか?」
「新しく採れ始めた素材から新兵器の武器が完成したという話……。それだけでしたら、それらの武器の量産が終わるまではさほど大きな動きはなかったかも知れません。
問題は、歯止め役であったフィラメト前国王が病死されたという話なのです」
「病死……?」
少し前に、ドルピンス王国の侯爵が医療の湯に入りに来ていたのを、シルド団長は見ている。
前国王が病死する寸前だったのだとしたら、そんな切羽詰まった病人をなぜ一緒に連れてきていなかったのだろうか?
医療の湯の効果や温泉に行くまでの道のりの危険性を確認してくる。などといった安全確認という理由であるなら、侯爵ではあまりに身分が高すぎる。
あの時からすでに戦争を仕掛ける予定があったからこそ、侯爵は戦争が始まり温泉に入りにいけなくなるよりも先に、自身の持病の治療をしに来ていたということである。
では、なぜその時に病気の前国王も連れてきていなかったのか。
そこまで考えたシルド団長は、ひとつの回答に達した。
「まさかスパン王は、侵略に消極的だったフィラメト前国王を暗殺したというのですか?」
「え?」
シルド団長の出した唐突な結論に、部下が驚きの声を上げる。
「元々前国王のフィラメト殿は、侵略や戦争には消極的というか、交易を重視する穏健派の国王でしたからね。
前国王が生きておられる間は、侵略をかけられなかったのでしょう」
「で、ですが病死してしまったからこそ動き始めたわけでしょう? なぜ暗殺と? ……あっ」
「そう、医療の湯です。おそらくあれができてしまった結果、意見の対立していた前国王を始末せざるを得なくなったのです。
あのお湯に浸かれば、前国王の寿命が何十年伸びてしまうのかわからなくなりますからね。
とはいえ前国王が死の病床にあり、それを治療できる湯があるというのに、死ぬまでずっと連れて行かないなどという選択肢など取れるハズもありません。
そうなると、どうします?
……間に合わなかった、ということにするしかないわけです」
「本来なら自然に病死するまで牙を研いで、侵攻の準備を整える予定だったのに、医療の湯の登場で前倒しにするしかなくなったということですか……。
……だとすると、ドルピンス王国側もそれほどしっかりとした準備はまだ立てられていない?」
「新素材が出てきたことによる新兵器ができたのが最近だとするなら……それの十分な量産はさすがにまだ整ってはいないでしょう?」
「では……シルド団長の読みでは侵攻は今すぐではない……と?」
「いえ……すぐに来てもおかしくはないでしょう。
現国王のスパン王なら……まあ、えーと、その……うむ」
「……まあ、はい。そうですね……」
シルド団長とその部下は、2人して言い淀む。
他国の王とは言え、一応王族のことをあからさまに悪く言うのは、騎士としては憚られるものがあるのだろう。
「……マーポンウェア王国に1度帰国しましょう。
あなたは全団員を集合させてください、私はその間、ユーザ陛下にこの旨を伝えてきます」
「ユーザ陛下に伝えてしまうのですか? セパンス王国側に肩入れする判断をシルド団長がされてしまって大丈夫なのでしょうか?」
「構いません。初めからクラプス王国かドルピンス王国がきな臭い動きを始めた場合、セパンス王国側に利するように動けと命じられていますから」
そう言うとシルド団長は、自分の口と鼻を塞ぐように手を当てて息を吐き、自分の息の臭いを嗅いだ。
……酒臭い。
ユーザ陛下に謁見しに行くには非常に不適切な状態なのだが、緊急事態なので仕方があるまい。
シルド団長は服装を整え、セパンス王国の王宮へと向かった。
♨♨♨♨♨
「うむ、あいわかった。シルド団長は立場上ここに留まるのはまずかろう。取り急ぎ帰国の準備をされるがよい」
事態を伝えられたユーザ陛下は冷静であった。
驚愕も驚きもないその様子は、すでに掴んでいた情報を別の組織からも知らされて、裏とりができたといったような様子である。
セパンス王国は一体どのような連絡方法を使っているのかわからないが、恐ろしいほどに各国との情報伝達が早い。
「ご配慮痛み入ります。すでにユーザ陛下も情報は掴んでおられてたようで」
「うむ。しかし、シルド団長からも早急に伝えてもらったという情報は、それそのものに値千金の価値がある。
マーポンウェア王国は、この件に関しては明らかにセパンス王国寄りの立場を取っておられるということじゃからのう」
「なるほど」
つまりドルピンス王国とマーポンウェア王国が手を組んで襲ってくる可能性はほぼないということ。
むしろセパンス王国を攻めているドルピンス王国を、後方からマーポンウェア王国が仕留めにかかる可能性のほうが高い。
たしかにセパンス王国にとっては、値千金の情報だろう。
しかし、それにしてもである。
ユーザ陛下の不自然なまでの冷静さが妙に気になった。
国力が5倍以上はありそうな相手が攻めてくるという情報を知らされて、これほど冷静でいられるものなのだろうか?
セパンス王国には、例の温泉ダンジョンの湯で鍛え上げた兵士が大量にいるという強みはあるが、それでも5倍近い兵数の差を覆すことは至難の技である。
並の兵士相手になら無双できるだろうが、ドルピンス王国にも糸ダンジョンの攻略で日々鍛え上げられた常軌を逸した精鋭が大勢いるのだ。
「はー……、それにしてもあの馬鹿王は何を考えておるのやら。
ダンジョンが欲しくて侵略するのはわかるが、我が国のダンジョンの性質を考えたらそんな理由で侵略を仕掛けるのは愚かにもほどがあるじゃろう……」
「仮に国を落とせたとしても、最後はその目的であるダンジョンに籠城されて膠着してしまうから、でしょうか……?」
「ふん、ちゃんと攻め込む想定もしておるようじゃな。
そうじゃ、食料が無尽蔵に湧いて出てくるダンジョンは誰もが欲しかろう。だが、そこに籠城されてしまった場合それをどうやって奪う気なんじゃ……」
そう、その気になれば国民を丸ごと収容して、永久に籠城し続けることが可能なセパンス王国のダンジョンは、力ずくではまず奪えないという結論に達している。
マーポンウェア王国がセパンス王国と事を構えず友好関係を続けているのもそこが大きい。
敵対してどれほど追い込んだとしても、最終的に目的のダンジョンは奪うことが出来ず。今後一切、温泉ダンジョンと飯困らずダンジョンを使えなくなるだけだからである。
しかも復讐を誓った国民すべてがダンジョンの中で凶戦士化していき、いずれは殺意を持ってまとめて飛び出してくるであろうおまけつきだ。
絶対にそんな状況にはなりたくない。
しかし、ダンジョンでの籠城生活というそれは、セパンス王国にとっても、最悪中の最悪に切羽詰まった状況に追い込まれた想定の話である。
今のユーザ陛下の妙な落ち着きとはなんら関係はない。
ユーザ陛下は戦の天才、内政の天才といった具合の尖った王ではないが。
武力に内政に商才、そして王としての器、そのすべてが高水準でバランスがいい賢君の部類だ。
欠点らしい欠点は、なまじ何でも出来るがゆえに、案件を大量に抱え込みすぎてパンクすることが多いくらいである。
そんな陛下が、現状をまともに把握していないとか、敵と自分の戦力差を大幅に見誤っているなどといったお粗末なことはありえない。
つまり、温泉ダンジョンで強化されたトウジ隊長率いる集団にも匹敵する、別の隠し玉があるのだろう。
「それでは我々は失礼させていただきます。……ご武運を」
「うむ。それにしても戦をするのは久々じゃなぁ、衰えておらぬとよいのだが」
ユーザ陛下はマーポンウェア王国に援軍も支援も要求してこなかった。
……これは、ソド王に進言しておくべきでしょう。
この戦いの様子は、必ず確認しておくべきだと。
両国の勝敗を見極めるためではない、セパンス王国の自信の根拠を確認するために、だ。







