20階層の水差し
「どりゃああああああああ!!!!」
3人横並びになった第1部隊の怒号と共に、人力の投石機により虹の鉱石が一斉に放たれる。
うち1発が小ぶりのイタチのようなモンスターに命中し、モンスターは跡形もなくはじけ飛んだ。
外れた2発は、ダンジョンの壁と床にクレーターを作って深くめり込んでいた。
そんな様子を見ていた後ろの護衛対象の貴族たちはドン引きである。
「あ、あの……3階層のモンスターに、そんな攻撃は不要では?」
飯困らずダンジョンの美食に舌鼓を打ちに来ている貴族や、美容のため、持病の療養のために温泉に入りに来ている他国の貴族たちが当然の疑問を投げかける。
「ただの練習ですからね、深い階層のデカいモンスターでは、逆に的がでかくてこういった特訓には不向きです」
「いやぁ浅い階層のイタチを相手に、今更ためになる訓練ができるなんて思いませんでしたよ」
「くっそ~、あと数メートル近かったら俺も命中させる自信あんだけどなぁ~」
「もっと訓練しろ」
そういって笑いながら、打ち込んだ虹の鉱石を回収しつつ第1部隊の面々がそう言う。
岩壁におもいっきりめり込んだ、何十キロもある虹の鉱石を、まるで畑のジャガイモでも拾うかのように容易に引っこ抜く光景には、周囲も乾いた笑いを浮かべるしかない。
周囲の淑女たちからも、セパンス王国の護衛は実に強靭で頼もしい限りである。などといった一般的な感想が出てこない。
頼もしいを通り越えて、異常すぎて怖いのである。
特に、19階層の医療の湯に入れる場所までついてきた貴族たちはさらに恐ろしい光景を目にする。
モンスターが姿を現したと思ったその瞬間に、3発の虹の鉱石が素早くモンスターの肉体に叩きこまれる。
投石を放つ騎士の後ろに立っている騎士が、素早い連携で投石機に虹の鉱石を補充し、間髪入れずに次弾が放たれる。
さらに立て続けに次弾が装填されて、また放たれる。
モンスターは一瞬で合計9発もの異常な威力の投石を食らった結果、さきほどまでモンスターの形をしていたひき肉になり果て絶命した。
戦いになっていない。
一般的な兵士ならば命がけで戦うことになるであろう19階層のモンスターを相手に。
ここの騎士たちは、モンスターが倒れるまでに、素早く正確に何発の石を叩きこめるか。といった練習台にしかしていなかった。
「あっ、珍しく宝石が出ましたよ、運がいいですね」
「飯困らずダンジョンはモノが出る分、戦いがいがあるな」
「おいおい、酒瓶がひとつ割れちまってるぞ、もったいないな」
「虹の鉱石の連続打ちはドロップ品を壊すことがありますねぇ」
「皆様、病気の治療は終わりましたか? 済みましたら地上へ戻りましょう」
「あー……、一見健康な我が国の騎士や使用人たちも、一応入れる限りは入れておきたいのでな……。今しばらく待ってもらえるか?」
セパンス王国の第1部隊を護衛にして、医療の湯に入りにここに集まっている者たちは、各国の重鎮のような存在の大貴族である。
彼らは祖国に帰国次第、国王に進言することを誓った。
今のセパンス王国にケンカを売るのはヤバいので絶対にやめましょう……と。
「左の方に動く影を発見!」
「よっしゃあああ!」
「次こそ綺麗に頭に命中させてやるぜ!」
「ん? いやいやダメですよ、モンスターではありません。どうやらあれは人間です」
目を凝らすと、それは人間の影であり、シルド団長の部隊のようだった。
向こうもこちらに気が付いたのか、ゆっくりとこちらに向かってくる。
向かってくる最中に、サイのようなモンスターに索敵され襲われていたが、シルド団長はこともなげにモンスターを真っ二つに切り裂く。
「おお~綺麗に割れましたね~」
「真っ二つだよ真っ二つ、いい剣使ってるなぁ」
「シルド団長も温泉ダンジョンで鍛えに鍛えていたからな~」
トウジ隊長達は笑ってシルド団長の剣技を見ているが、後ろで見ている貴族たちはドン引きである。
どちらも、もう人間とは思えない。
「おや、トウジ隊長と……後ろの方々は、クラプスの伯爵殿にケンマの大臣殿にドルピンスの侯爵殿まで……。名だたる方々が大勢いらっしゃるようですね」
「医療の湯に入りに来られた方々だ。ずいぶん腕を上げられたようだな、シルド団長」
「ええ、おかげさまで。
ところでトウジ隊長、飯困らずダンジョンに20階層ができておりましたよ。
この前、ダンジョン内で地震があったのは、20階層の超巨大ダンジョンになる前の兆しだったのでしょうか?」
「20階層が? ……ううむ、今は護衛任務で行きたくても行けん。何か新しいものは見つかりましたか?」
「……ええ、このようなものが」
そう言って、シルド団長はプラスチック容器のピッチャーを取り出す。
「……なんですか? それは?」
「……わかりません、上の蓋が……こう、開くのですが」
「水差し……? っぽい構造ですね」
「お茶を入れて注ぐと美味しくなるとか……でしょうか?」
「まあ、セパンス王国の資料館に収めれば、あとはアウフ様が細かく調べてくださることでしょう」
「そうですね」
すっかりトウジ隊長もシルド団長も、こういうのはアウフに任せておけばいいか、と思うようになってしまっていた。
「じゃあ、我々も探索して、いっぱい持って帰ったほうが良くないっスか隊長?」
「護衛を放棄して20階層には行けんと言っているだろ」
「私達は3日ほど20階層で戦っていたのですが、出てきたのは結局これ1つのみですので。おそらく週1……悪ければ月1単位のドロップ率の品だと思いますが」
「ぬう……湯の輸送と護衛任務の継続を優先するべきか、20階層の探索を優先するべきか……」
「この品の効果次第ですね。マーポンウェアの発展にも寄与する素晴らしい品であることを期待いたします」
シルド団長はそう言うと、地上へと戻っていった。
♨♨♨♨♨
「というわけでアウフ様、こちらが20階層から新しく発見された道具です」
「ふうん? 水差し……みたいな道具ね? 素材はコショウ瓶の蓋の素材に近い感触……。これ……使ってみましたか? シルド団長」
日本の定食屋に置いていそうなプラスチックのピッチャーを、アウフが色々と観察したあとシルド団長に質問する。
「いえ、これ1つしか見つからなかったため、なるべく余計なことはせず、まっさらの状態のまま持ち帰っております」
「……うーん。水差しと水を持ってきてちょうだい。あと透明なグラスをたくさん、それと温度計も」
アウフはメイドにそう言うと、持ってこさせた銀の水差しとダンジョン産のピッチャーに、同じ水を注ぎ、別々のグラスに注ぎ入れ、出てきた水の色や温度を確認する。
出てきた水をメイドに飲み比べさせると、ダンジョンの水差しから出た水は、なんだかクセが減っているような気がするとのこと。
「見た目と温度はどっちも同じね……味の雑味が減ったってことは、不純物が取り除かれているのかしら? 自動浄化機能付きの水差し……とか?」
「じゃあ、今度は紅茶を少し入れて注ぐと……ん? はぁ?」
「えぇ?」
アウフもシルド団長も、同時に素っ頓狂な声を上げる。
紅茶を入れたはずの水差しから、なぜかまっさらな水が出てきたからだ。
水を出し切るだけ出し切ったあと、水差しの蓋を開けて中を確認すると、中にはものすごくドロドロに濃くなった紅茶がほんの少し残されている。
「う、うん。これは、間違いなくダンジョンの超常効果の品……ね」
これは、温泉ダンジョンの意思が住んでいた、未来の世界の製品ではないとアウフは考える。
この入れ物の見た目は温泉ダンジョンの意思の住んでた世界の品なのかもしれないが、水だけを通すなどという意味のわからない挙動は魔法のような超常現象でしかない。
もし未来の世界に存在している製品であるのならば、もう少し科学的に理解できる、ろ過装置のようなモノがどこかについているハズだからだ。
「水だけを抜き取る水差し……ですか。泥水でも汚水でも問題なく飲めるようになりそうで便利そうですね?」
「カエデの樹液……。これを使ったら時間をかけて煮詰めなくても一瞬でシロップに出来そうです……」
後ろで見ていたメイドがそう漏らす。
何時間も何時間も、樹液を煮詰めて煮詰めて煮詰め続ける作業をしている者から漏れ出した発言であった。
「出来そうね……。もしかして、これが船に1つあるだけで、海水から飲み水をいくらでも作り出せるの? 残留物から塩も容易に……?」
「もしかして、お酒をこれに入れたら、あっという間に濃くもできるのでは?」
シルド団長が目をキラキラさせながらそんなことを言い始める。
「……これ、いっぱい欲しいわ」
「我がマーポンウェア軍にも大量に欲しいです! 水の確保が容易になるのは、軍事行動においてあまりにも重大な意味がありますから! ええ!」
熱い熱量を持って、シルド団長が力説する。
軍のため、水の確保が容易になるこの道具を欲しがるのは理解できるが、シルド団長はいろんなお酒を濃くして楽しみたいだけでは? と、アウフは少し思った。
もっとも、アウフはアウフで単純な飲み水の確保や、水溶液の濃縮に便利そうな道具だと思うと同時に。
科学の世界においてもずいぶんと使い所が多そうな道具なので、個人的に所有したいとも考えていた。
うん、これは研究所に数十個は保有したい。
セパンス王国の科学の発展のためにも必ずこれは集めておくべき道具であり、自室にも1つは置いておきたい。
欲しい欲しい欲しい。
そんな具合にアウフも頭の中は欲しいでいっぱいになっていた。
事実この道具は、単純な飲み水の確保のみならず、今後の科学の発展を恐ろしく加速させていく道具となるのだが。
それはそれ、また数十年後の話である。







