欲望
8階層での休憩を終えさらに下層に降り立ち、飯困らずダンジョンの9階層で過ごすこと1週間。
アウフお嬢様は、簡易的に何本も引っ張った小さな鉄道の上を、小型の木箱のようなサイズの列車模型を走らせたり。
木箱の列車を連結させては、また走らせて放置したりといった作業を繰り返しています。
なんでも、列車の振動が鉄道に響くことによるエネルギーで、ダンジョンに鉄道が吸収されたりされなかったりする限度を探っているそうなのですが。
いかんせん暇です。
鉄道に列車模型を数往復させては止めて、数往復させては止めて、重さを変えては止めて、連結させた列車の数を変えては止めての繰り返しです。
止めて経過観察する時間も2日の待機があるため退屈の極みです。
本来は実際に鉄道を建設する予定の温泉ダンジョンの9階層でやるべき実験なのですが、あまりに退屈な待機時間が多いため。
さすがのお嬢様でも、飯困らずダンジョンの方でこの実験は行いましょうとなったのでした。
ここなら一応、待機時間でも襲ってくるモンスターを倒していればドロップ品を集めるくらいのことはできますからね。
9階層ではお酒は出ませんけれど……。
ビールやウイスキーとまでは言いません、せめて日本酒が出るようになる11階層まで行きたいです。
「さぁ~、地上の荷物の荷重もエネルギーに変換されるという計算が正しければ、今日はダンジョン内の石だけ積んだ鉄道と、重りを全く積んでないグループの鉄道が両方同時に消え始めて、この地上の石を積んだ列車を走らせた鉄道だけが残るハズよ。触っちゃだめよみんな」
……こんな退屈な実験でもお嬢様は毎日非常にウキウキと楽しそうです。
なんというか精神性が根本から違うとしか思えません。
「……まだ飯困らずダンジョンにいらしていたのですか? アウフ様」
「あ、トウジ隊長」
鉄道の消滅実験をしているうちに、トウジ隊長が病人を19階層まで運び終わって帰ってきたようです。
降りるときに背負っていた医療の湯が入っていた樽の中には、ビールの缶やウイスキーの瓶やカレーが大量に詰め込まれています。
少しわけてください……。
「トウジ隊長、モロク先生は? ちゃんと治ったのかしら?」
「おお、もしかするとアウフ様でございますか? お久しぶりでございます」
精悍な顔つきの老賢者といった風貌の先生の姿がそこにはありました。
どうやら、医療の湯によってすっかり病気は治ったようです。
医療の湯はとてもすごいです。
何しろここしばらく仕事が詰まりすぎて、イライラしっぱなしだったユーザ陛下も、あの湯に入ったとたんストレスによる精神の病み具合が消えたのか、性急な改革で歪んだ国の状況をこと細かく精査して調整をするようになられました。
あの時のアウフ嬢のように、この医療の湯と体力回復湯の付近で執政を続けてよいか? と真面目な顔で聞いてくるくらいです。
さすがに強烈な体当たりをしてくる大きな熊や、岩を全力で投げつけてくる猿などが当たり前に出てくる場所で陛下に仕事などしてほしくありません。
アウフお嬢様のあれは特別すぎる事情でしたからね?
「いやはや、すっかりアウフ様のお肌も治られたようで。武具までまとってダンジョンに来られるとは見違えるようにお元気になられましたな。
トウジ隊長殿からお聞きしていた通り、わしが寝ぼけておる間にすさまじい効能のダンジョンが出来たものです。
して、それは何をされておられるのですか?」
「ええ、これはダンジョンにおける鉄道の実験で、こちらの設計図を見てください先生」
「これは、水が水蒸気化して膨張する際の圧力を…?」「ええ、ここの圧縮機を介して発生したピストンを回転運動に変換を…」
なにやら、アウフお嬢様とモロク先生が、私たちには理解不能な専門的会話モードに入ってしまいました。
学者がこうなると長いですよ。
数時間ならいいほうで、下手をすれば数日は語り続けますよ。
「あの、モロク殿。休憩はもう1階層上の階層で行う予定のためもう出発したいのですが」
「うおおおおおおおおおおお!! こんな大事な時に、わしは今まで何を寝ぼけて寝ておったのじゃああああ!!
よいよい、トウジ隊長殿は先に帰ってくれたまえ、わしはアウフ様と話がある故しばらくここに残るぞい!」
勝手に残ろうとしないでください。
男の老人の護衛対象が増える状況を想定した準備などしておりませんので困ります。
困りますが、お嬢様のことですのできっと先生もしばらく同行させるようにご命令なさることでしょう。はあ。
「いえいえ、モロク先生。先生はお早めに地上に戻った方がよいかと思います」
え?
「地上ではこの機構を利用した投石機の実験が行われているのですよ、先生」
「何! 兵器!? 兵器じゃと!? もしやこの蒸気の力で岩を飛ばすのですか!? むうう、今の射程は!?」
「河原でいくらでも拾えるすべすべの石を大量に流し込んで遠心力ではじき出す広範囲拡散型と、狙いをつけて形成した砲弾を飛ばす砲台型の2種を作りました。
射程は広範囲型がモロク先生考案の従来の投石機と同等、砲台型は2倍くらいです」
「ぬうう、その拡散力は? 連射性能は? 威力は? 設計図! 設計図はありませぬかアウフ様!」
「兵器の設計図なんて、さすがにこんなところに持ってきていません、しかしゲンセン将軍に話を通せばモロク先生ならすぐに開発に関わっていただくことになるかと」
「トウジ殿! 何をしておられるのですか、早く戻りましょう!」
……そういえばこういうお方でした。すごい賢人ではあるのですが、幼少のアウフお嬢様に兵器のロマンを熱く語って公爵様が苦笑いしていたことを思い出しました。
トウジ隊長も、何だこのジジイといった表情を隠せていないあきれた顔をしております。
「虹の鉱石が加工できるようになりましたから、ぜひトウジ隊長のためにもすごい武器を考案してください」
「なんと、あの鉱石を加工可能になったと? よろしい! 25階層でも戦えるダンジョン探索武器も大量に作ってみせましょう」
「はい! それでは地上へ急ぐことにいたしましょう先生」
トウジ隊長の顔から、何言ってんだこのジジイはといった表情が一瞬で消え。
キリっとした表情で、モロク先生を丁重にお連れ帰りするモードになりました。
ゲンキン過ぎるでしょう、トウジ隊長。
長いこと一緒にいて気が付きましたが、トウジ隊長はストイックというよりただ戦闘欲に正直すぎるだけな気がします。
アウフ様も、そこまで乗り気でもない兵器開発をモロク先生に丸投げすることで、自分のやりたい方の研究に打ち込めると考えているのでしょう?
なんなのですか、みなさま。
誰もかれも自分の欲のために全速力で突っ走っているだけではありませんか、全く。
「ずっと9階層での任務ご苦労だなお前ら。こいつは差し入れだ、業務に差しさわりのない範囲でアウフ様と楽しめ、じゃあな」
そういうとゴキゲンなトウジ隊長は、背中に背負った樽の中から無造作に酒やカレー粉を一部取り出して、私たちに渡して去っていきました。
「は、はいっ! 特別なご配慮、まことにありがとうございます!」
私たち、アウフ様を護衛している部隊は、去っていくトウジ隊長に一同で同時に敬礼をしていました。
……きっと今の返事をした私たちは、しっかり欲にまみれた顔をしていたのでしょう。
いいじゃないですか、人間なんですから少しくらい欲にまみれたって。







