治療
温泉ダンジョン3巻が5月20日に発売します。
書き下ろしでトウジ隊長の若い頃のエピソードが1話分ほどあります
https://amzn.asia/d/0e1yGbAA
「……お嬢様は、結核を患ってしまわれたようです」
お医者様がそう私に告げます。
何でしょうか、とてもよく知っている病名のはずなのですが、私の頭の中にうまく意味が入ってきません。
「それに、これまでに工場で汚れた空気を吸っていた影響なのでしょうか……進行も相当に早い様子……」
「ええ……それで、その……どのくらいで……?」
「通常1年から半年ほどなのですが……お嬢様の体力と、今の急速な進行具合だとおそらく2か月から1か月……」
私はどのくらいで治るのですか? と質問したのですが?
どうして普通の人より体力のないお嬢様なら、そんなに早いのですか?
「治る病気ではありません、覚悟は、しておいてください」
覚悟? 覚悟ってなんですか、2か月から1か月って……そんなことって!
何が何だかわかりません、結核という病名は知っています、その症状も……その末路も知っていますが、頭が理解を拒みます。
「嘘です! 嘘です! そんなの嘘です!!」
取り乱して声を荒らげても、お医者様は神妙な顔で黙っているだけでした。
翌晩、お嬢様に直接会いました。
出来る限り、不安を顔に出さないように静かな笑顔を努めなくてはなりません。
お嬢様は、真っ白い顔に赤みのかかった顔で、苦しそうな呼吸をしておりました。
「ゴホッ……ヴィヒ…タ」
「しゃべらないでくださいお嬢様、飯困らずダンジョンから集めてもらった果物を持ってきましたよ、栄養を摂ってお休みください」
「どうして……せっかくこれから面白いことが……始まりそうなゴホッ……」
「お嬢様! 安静に……!」
「いやだよ、ヴィヒタ、私まだ……死にたくないよ」
死んだりなんてしませんと言おうとしましたが、お嬢様の咳に血が混ざっているのを見てしまった瞬間に、私の心も決壊してしまいました。
うわべだけの作り笑顔なんて保てるはずもありません。そもそもあらゆる知識の深いお嬢様がご自身の病状を死病だと理解しておられないはずもありません。
ごまかすために取り繕ったうわべだけの表情など崩れ去り、大粒の涙が大量に流れてきて止まりません。
「お嬢様っ! お嬢様は助かります! 助けますっ! 温泉ダンジョンの18階層へ今すぐ向かいましょう!」
お嬢様の顔が、え? といった顔になりました。
「体力がないから助からないのでしょう? 体力が奪われていくから治癒しないのでしょう? だったら無尽蔵に体力が回復し続けられる場所にいれば! いずれ自己治癒が勝るでしょうっ!? 今すぐユーザ陛下に許可をいただいてきますっ!」
そうです! 医療で治しようがないのであれば、医療を超えた超常現象に頼るしかありません!
少なくとも、お嬢様の体力不足という面だけはあの温泉で解消できます!
少々の後遺症は残れど結核から立ち直ったというケースは、全くの皆無というわけでもありません!
ならば体力さえ無限にあれば、治癒する可能性は高いはずです!
一刻一秒を争いますので、お嬢様の返事も待たず部屋を飛び出しユーザ陛下の下へ駆け出します!
事を伝えるとユーザ陛下はあっさりと承諾してくださいました。
陛下は「ここまで国を好き勝手に揺るがすだけ揺るがしておいたまま勝手に死なれてたまるか! 責任を取らせてやるから早く治療してこい!」と言われました。
ユーザ陛下も口ではああ言っておられますが、アウフお嬢様の容態を心からご心配なさってくださっておられるのですね。
……いなくなったら研究現場が大パニックになることが確定するからではありませんよね? いえ、すでに研究班の統率が取れなくなって現場が混乱していましたし……。
ありがとうございますユーザ陛下、陛下の寛大な御心に感謝します。そういうことにいたします。
さっそく部下を大勢連れて、柔らかな布団を敷いた大型の担架にお嬢様を乗せて温泉ダンジョンへと出発します。
出発して、温泉ダンジョンに向かっている最中に、後ろからトウジ隊長がおいかけてきました。
「おいヴィヒタ、私も参加するぞ、いいな」
「トウジ隊長!?」
「歪みが治る湯や、歯が治る湯、11階層のあの肌の湯、それらの何かが少しでもいい影響をもたらすかもしれないからな。
お前はまっすぐ18階層の湯までアウフ様をお連れしろ、私たちは遠くの湯を汲んで18階層まで運んでいってやる。
モンスターに苦戦して足止めを食らうなどもってのほかだからな、私の部下も数人連れていけ」
「は、はいっ! ありがとうございます!」
トウジ隊長も全力で支援をしてくださるそうです。
ユーザ陛下がきっと気を回してくださったに違いありません。
アウフお嬢様、そうですよ、あなたはこんなところで死んでいいはずがありません。
だって、王国中のあらゆる方々があなたの回復を望んでいるのですから。
「急ぎますよ! 今日1日で、不眠不休で18階層の湯まで駆け抜けます!」
人払いをしてもらった道を、ほぼ全速力で駆け抜け続けます。お嬢様に負担をかけないように気を使いながら、全速力で。
1階層、2階層、3階層と進んでいきます。
5階層の効果不明の湯、8階層の傷跡が消えるお湯には浸かっていってもらいます。もしかすると何か病気への効果があるかもしれません。
実際傷跡が消える湯は少々効果があったようで、咳で傷ついた喉が修復されたのか少し楽になったと言ってくれました。
傷跡消えの湯は18階層でも入れるように、樽いっぱい分汲んでいきましょう。
9階層の広い階層にたどり着いたとき、お嬢様が突然止めてと、か細い声で声をかけられました。
「いかがなさいましたか! 振動が苦しかったですか?」
「ハア……ハア……ゴホッ、ああ、9階層の広い階層……見てみたいわ。……少し見せて、ゴホッゴホ……ゼーゼー」
激しく咳き込みながらお嬢様が9階層を見たがっております。
「お元気になられてから好きなだけ見てくださいっ!!」
お嬢さまの願いを無視して、進みます。
悲しそうな顔をするのはやめてください。無理してタンカから首を伸ばしてみようとしないでください。
安静にしていてくださいっ! こんな状況でも知的好奇心を優先させないでくださいっ!
「じゅ、11……階層のアスレチックエリア……は? 鏡の部屋も見たい……ゴホッ」
「そちらも元気になられたら好きなだけ見てくださいっ! あ、10階層のトレーニング強化湯は道中入っていっていただきます。治癒力が少しでも上がったら儲けものですからね」
そんなこんなで、大急ぎで走り続けて18階層の温泉までたどり着きました。
お嬢様をここに入れさえすれば、体力は必ず持つはずです。
丸一日ぶっ通しで走り続けましたので、私たちも一緒に入ります。
青白い顔で、うつろな目をして苦しそうだったお嬢様が、温泉に入れた途端に目が元気になりました。
「うわっ? す、すごいわ、本当に体力が全快して……ゲホッ! ゲホゲホ!」
「病気が治る湯ではないのですから、安静になさってください」
ついでに病気も治ってくれることを少しは期待していたのですが、さすがにそこまで都合よくはなかったようです。
しかし、久しぶりに体力が全快したお嬢様は本当にうれしそうです。
ものすごく目をキラキラさせながら、温泉からお湯が噴き出す噴出口を確認しています。
体力が回復した喜びより、報告で聞いていただけの浴槽を実際に見られた喜びが勝っておられるようですが……。
「ああ、これが……これが夢にまで見た温泉ダンジョンの噴出する浴槽の仕掛け、ここの作りはこうなっていたのね、ゴホッ! ゲホゲホッ!」
少しは安静にしていてくださいと思うのですが、久しぶりにお嬢様が楽しそうにしておられるのですから、この程度は目をつむっていましょう……。
「この噴出口の話を聞いたから、蒸気機関が完成したのよね……」
愛おしそうに水の噴出口を見ながらそんなことを言っておられます。
一体どう考えを巡らせれば、それからあれが出来上がるのかわかりかねますが……。
とにかくお嬢様は、体力面では一時的に元気になられました、うれしいことです。
「体力が戻られましたら、まずは滋養のとれる食事をしっかりなさってください」
いくら体力回復の湯とはいえ、ずっと全身浸かっているとのぼせますので、お湯に足先だけ浸かっていただきながらお食事は摂っていただきます。
18階層の湯で療養を続けて数日、トウジ隊長が各階層の少しでも健康によさそうなお湯をすべて運んできてくださいました。
9階層の湯では、長らく座り続けて痛んだお尻や腰の痛みが消えたと言って笑ってくださいました。
調理の湯で作られた精神が落ち着く料理で、気力も多少なり回復します。
11階層の湯に漬かると、青白くやつれた肌が美しく戻り、もしかして治ったのかと一瞬思いましたが、顔色や肌が美しく健康的になっただけで病気はそのままのようでした。
しかし、希望的観測ではありますが、こういった小さな積み重ねは多少なりとも効果があるようにも見えてしまいます。
ここで療養していれば……いずれお嬢様は元気になられるはずです。
そうして……10日ほどの療養生活をつづけた頃。
咳き込むお嬢様の口から出てくる血の量が、明らかに増えていくのを見て絶望にさいなまれました。
まるで病気は治っていません、それどころか病状の悪化は留まることなく進行しています。
これでは体力がいくら持ったとしても、苦しみを長引かせる結果にしかなっていません。
私には、このまま弱っていくお嬢様を見ているしかできないというのですか? 嫌です! 嫌です!
「ああああああああああああ!! 温泉ダンジョンッ! 温泉ダンジョンの意思ッ! あなたは! あなたは今、私たちを見ているのでしょう!?
病気を治す湯を! 病気を治す湯を作ってください! お願いします!
目的はなんですか! あなたの望みはなんですか!? あなたの希望することはダンジョンの奥底を探索してもらうことなのですよね!?
だったら私が! 私が20階層でも30階層でも探索を続けます! そのために必要などんな鍛錬でも好きに課してください!
だからお嬢様を、アウフお嬢様を助けてください!!! お願いします!!!」
泣きながら大声を上げ、血が出るほどに壁を叩きながら懇願しても、ダンジョンからは何の返答もありません。
叫び終えた後に残るのは、周りの誰も何も言えず、全員が押し黙ってしまった静寂の空間。
無機質に温泉から噴き出し続ける水流の音だけが、むなしく響いています。
その時、少し遠くからズズウウゥンと、地滑りがおこったかのような音が聞こえてきました。
「……今のは?」
今の音は何かと思った時にはすでに、トウジ隊長が音のなった方へと素早く駆け出していました。
そして、数分もしないうちにトウジ隊長は駆け戻ってきてこう言いました。
「アウフ様。新しい階層を作ってもらえたようですよ。
ヴィヒタ、18階層の湯ごとアウフ様をお運びしろ、モンスターは私たちが絶対に近寄らせん」
え? 19階層の湯の効果や場所の確認もせずにお嬢様をお運びする気なのですか!?
……いえ、トウジ隊長もすでにわかっているのでしょう。
次の階層で作られた湯が病気治療の湯でなければ、もう希望はないと。
そして、もう時間の余裕すらあまりないということが。
新しい階層ができたという報告を聞いても、今のお嬢様は胸を押さえて苦しそうに血に溺れているかのような息をしているだけなのです。
「20階層でも30階層でも探索をつづけるというお前の言葉にダンジョンが呼応してくれたんだぞ、ちゃんと守れよ!?」
トウジ隊長がそういって、先導してくれますが。
それ、私を元気づけるためのジョークのつもりなのですか?
え、えらいことを口走ってしまいました、どうしてそんなことを……という絶望が追加されただけなのですが??
そういうトウジ隊長も、よく見るとあまり顔色がよくありません。
おそらくは、温泉ダンジョンが先ほどの私の言葉に呼応して、我々の希望する温泉を作ってくれているはずだと無理やりにでも信じ込もうとしているのかもしれません。
「……行きましょう、お嬢様」
私はお嬢様を、樽に入ったお湯ごと背負って歩きます。
いいでしょう、お嬢様の病気が治るのでしたら、20階層でも30階層でも回りますよ。
だから必ず治してくださいよ、温泉ダンジョン。







