86 虫捕撫子ー10(女神官視点)
長かったバスキ伯爵家の調査ターンはいったんこの話で終了です!
SAN値は残ってますか?
「…………待ってください、今の話しだとこの家には同時期に2人の妊婦が居たという事ですね?」
「はい」
「では、ミシェル様はどちらの子供ですか?」
「……ロクサーナお嬢様の子供です」
「アナシア様のお子様はどこに行ったのです!」
「若奥様は、ロクサーナお嬢様の妊娠を知ったショックでお倒れになり、そのままベッドから体を起こすことなく出産をなさいましたが、お子様は死産でした。ですが、旦那様と若旦那様は、一週間後に生まれたロクサーナお嬢様の子供を若奥様の子供として届を出しました」
「子供の出生を偽る事は法に触れる事です。告発すればバスキ伯爵とロベルト様は罪に問われるでしょう」
「その場合バスキ伯爵家はおしまいです!」
「そうとは限りませんが、そうなった場合でもまだ次男のダリオン様がいらっしゃるではありませんか」
次男は当主教育を受けていないが、領地にいる前バスキ伯爵はまだ健在だというのだから、今から補佐をしてもらいつつも当主としての勉強を行えばいい。
次期当主に何かあった時のためにスペアとして育てられているという意味もあるのだから、次男だって当主となる事に反論は出来ないはずだ。
ロクサーナ嬢の産んだ子供がどのような扱いになるかはまだわからないが、アナシア様のお腹の子供は今4ヵ月、状況的に考えて無事に生まれればその子を正式な跡取りとして次男が養子に迎えるという方法もある。
「ダリオン様が当主になってしまったら、奥様と若奥様の身が危険なのです!」
「どういうことですか? 夫人の症状は精霊喰いの結界の代償ということなら確かに今後回復する可能性はありませんが、アナシア様ともども身が危険と言うのは? アナシア様は妊娠なさっているとはいえ、ロベルト様の不正が発覚すれば離縁して実家に戻る事も可能ではありませんか?」
「そんなことはダリオン様が許しません!」
「どういうことですか?」
「もし若旦那様と若奥様が離縁になったとしたら、ダリオン様は嬉々として若奥様を『家族が行った侮辱の責任を取る』『腹の子供はバスキ家の子供だ』と言って若奥様を娶ろうとなさいます」
「それは、貴族ではなくはない話ですね」
政略結婚は家の繋がりを重視するものであるし、特にその家の子供がいるのであれば、責任を取って離縁後も実家に帰さず面倒を見る事はよくある話だ。
「どこの世界に自分を犯した男の嫁になりたがる貴婦人が居るというのですか!」
「……………………は?」
「若奥様と若旦那様は、死産したお子様を妊娠後から性行為はありません。若奥様のお腹の子の父親は、ダリオン様です!」
「ダリオン様とアナシア様は以前から関係を持っていたのですか?」
「ダリオン様は若奥様に薬を飲ませて、旦那様や若旦那様が何も言わないのをいいことに、抵抗できない若奥様を犯しておりました。何度も……」
「貴女がたはただ見ていたというのですか!? アナシア様の身を守る事も貴女達の仕事でしょう!」
「初めに気づいて止めに入った使用人は……殺されました」
「なっ」
おかしい、ここ数年バスキ伯爵家の使用人で死亡した者がいるという記録はない。
まさか、死亡そのものを隠ぺいしている?
「お願いします。どうか、どうか奥様と若奥様を助けてください! 私ども使用人では2人を助けることが出来ないのです!」
メイドの必死の懇願に頭痛がしてきそうになる。
少しでも情報が手に入ればいいと思っていたが、暴露された情報量の多さと内容の濃さに脳内で処理しきれない。
他の調査員が担当した使用人も同じような話をしているのであれば、情報を確実なものにするために話し合って確認する必要がある。
そしてその結果、この話が全て事実であった場合私達だけで判断することは出来ない。
「お話は確かにお聞きしました。この事は他の調査員と精査し、慎重に対応させていただきます」
「どうか、一日も早く奥様と若奥様をお助けください!」
「誠心誠意努力します」
私がそう言うとメイドは入ってきた時と同じように静かに部屋を出て行った。
それを確認して1人になった私はぐったりとソファーに座り込み、今話された内容を頭の中で整理していく。
嫡男の子供であるミシェル様とアレックス様がロクサーナ嬢の子供かもしれないという予感はあった。
しかしながらその子供の父親がバスキ伯爵かもしれないなどと、誰が思うだろうか。
良識を持った人間だからこそ家門の上の者から養子の話しが来たはずなのに、国としても養子に入る前に家族関係のチェックが入ったはずなのに、このような事が起きるなんて想定外にしてもひどすぎる。
しかもアナシア様が次男に薬で抵抗力を奪われて襲われていた? 腹の子は次男の子供? アナシア様を守ろうとした使用人は殺されている?
夫人が精霊喰いの結界の代償で体に異常を発している状況も含め、早急に他の調査員と話を確認し合い神殿と王家に報告して沙汰を待たなければいけない。
ただ、精霊喰いの結界は邪法ではあるものの確かに禁術ではないため、発動しても法に触れるわけではない。
2人の子供の出生届を偽ったことは違法ではあるが、死産で苦しんだアナシア様を救うため、社交界デビューすらしていないロクサーナ嬢の名誉を守るためだと言い訳をされたら情状酌量を認められ、ただ爵位はそのままで当主が交代するだけで終わってしまうかもしれない。
流石に次男が使用人を殺している事については、証拠が揃い提出すればある程度の罰はあるだろうが、その使用人が平民であった場合、騎士の資格はく奪と自宅または領地での蟄居で終わる可能性だってある。
アナシア様の実家の動きも関わってくるだろうが、嫡男と離縁が成立しても腹に次男の子供がいる以上、責任を取るという事で次男と再婚させられる可能性だってあるのだ。
嫡男とバスキ伯爵がその際にどう動くのかはわからないが、最悪の場合、離婚を成立させずにそのまま結婚しているという事実を続け、別邸に次男とアナシア様を移して囲い込むこともあるかもしれない。
表向きはロクサーナ嬢との養子縁組を解除して次男と結婚させたことにすれば、ロクサーナ嬢がこの家に残ってもおかしくない理由になる。
血がつながってはいないとはいえ、抱いて子供までなしている令嬢を簡単には切り捨てないと信じたいし、調査員が聞いたバスキ伯爵のロクサーナ嬢への執着心のようなもの、嫡男とロクサーナ嬢の間にあったあまりにも親しすぎる空気感を考えれば、たとえ罪に問われても離すとは考え難い。
先ほどのメイドはバスキ伯爵家が終わると言っていたが、子供の出生を偽ったことだけでは爵位を下げるまでの罪にならない可能性の方が高い。
確かに社交界にこの事が広まれば築き上げた信用は一気になくなるだろうし、家門からの信頼を裏切ったとなり庇護を失うかもしれない。
そうなれば没落する可能性はあるが、前バスキ伯爵が健在でありこの件を全く知らなかったというのであれば、直系の子供を養子として一時的に当主の座に戻り、子供が社交界デビュー後に爵位を譲って再度引退し、後見として当主の仕事が軌道に乗るまで見守るという方法で家門に許しを請う事だってできる。
ひどい話ではあるが、バスキ伯爵は領地を預かる伯爵家の当主としては、何の問題もないのだ。
義務を果たしている以上、高位貴族は法で守られており、場合によってはどのようにでも言い逃れをして家を守ることが出来る。
法で裁かれるとは言ったが、出生を偽っただけでは重い罰は与えられない可能性が高い。
次男が使用人を殺したことを隠していたとしても、平民だったのであればそれがアナシア様を守るためだったとはいえ、仕える家の次男に危害を加えようとしたため抵抗し、その際に誤って殺してしまった。
その償いとしてこれまで生きているのと変わらない給金を払ったとして家族に渡していれば、そしてそれを家族が知らなかったとはいえ受け取っていれば減刑される可能性の方が高い。
貴族と平民との間にはそのぐらいの格差があるのだ。
とにかく、至急調査員たちと話し合いをして事実確認をし、神殿と王家に報告しなくてはいけない。その報告によって神殿と王家がどう動くかは……バスキ伯爵家がどのように言い逃れをするのかは、今の時点で私には判断することが出来ない。
誠心誠意努力するとは言ったが、所詮は調査員の1人である私に出来る事は限られているのだ。
滞在期間は残り8日間。
ああ、もうすでに気が重い……。
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