36 手毬草ー12
「ベアトリーチェ様、ご覧になってくださいませ」
言われて視線を向けられた先を見ると、ティオル殿下が1人の令嬢とダンスを踊っているのが見えた。
「ティオル殿下がどうかなさいましたの?」
「いえ、問題はダンスのお相手のご令嬢ですわ。ジュベット伯爵家の1人娘であるケーティア様です」
「そうですわね」
「あの方以外にお子様がいらっしゃらない以上、ジュベット伯爵家を継ぐしかありませんのに、未練がましく王族の皆様に粉をかけていると評判ですよ。愛妾か愛人狙いなのではないかと思います」
「愛人はともかく愛妾はないのではありませんの? 神殿で子供を産めない処理をされてしまったらそれこそ養子をとる以外はお家が続かなくなってしまいますわ」
「そこがあのご令嬢の狡猾なところなんです。主家筋から婿養子を取る算段が付いていて、その方の愛人の子供を跡取りにする……なんて話もありますからね」
「まあ……」
それはなんとも計算高い。
主家筋の家督を継ぐ予定のない子息を婿養子に貰って伯爵位を継げば、夫の家に恩も売れるし、夫になった者の愛人を認めその間にできた子供を養子として引き取るとなれば、夫の首に縄を付けたも同然だ。
そして自分は家の諸々を夫に押し付け、王族の愛妾として悠々自適に暮らす。
なんとも小賢しい。
もし本当にそのような事を考えていたとしても、陰口こそ言われるだろうが法律上何の問題もないところがあえて言えば問題だろう。
血統を大事にしている家であっても主家や分家からその血を貰えばある程度の問題は解決する。
特に主家から血を分けてもらうのであれば、分家から養子を貰うよりよほどスムーズに事は解決しやすいのだ。
「けれどもあのご令嬢はデビュタントしてまだ間もないのでしょう? 魔術学院ではお見掛けしたことがありませんわ。まだ将来の相手を見つけるには早いのではありませんの?」
「それはそうですが、先ほどから王族の皆様に順番にダンスの申し込みをしているんですよ」
「このような舞踏会ですから、それも仕方がないと思いますわ」
「いいえ。あれはどうしても下心が見え透いてしまいます。品位に欠けるったらありません」
「あのようなご令嬢を愛妾にしたら、選んだ殿方の品位まで問われてしまいますよ」
「そんなにあからさまなのですか。それは確かに良くありませんわね」
下心が見えるのはある程度は仕方がないとはいえ、あまりにもあからさまなのは品位に欠けるとされるのが社交界だ。
つまり、飢えていようとも表面上は平然としていなければいけない。
本心を隠してなんでもないと微笑んで、搦手を使って、周囲を抱き込んで虎視眈々と獲物を狙う。
今こうしてわたくしと話している中の何人が、ただ側妃になりたいがためにわたくしと親しくしているのかわかったものではない。
だがそれでもかまわない。わたくしだって悪役令嬢にならないように、もしなってもいざという時に彼女たちを利用できるように親しくしているのだから、どっちもどっち、もしくは持ちつ持たれつというものなのだろう。
ばれない程度に観察しつつレモネードを飲んでいると曲が終わり、注目されていると知らない令嬢は次のダンスの相手にジョセフ様を選んだようで早速ダンスを申し込む輪に加わる。
本日の主役であるジョセフ様は挨拶を受け入れる立場でもあるから、本当に余程の事がない限りダンスの申し込みを断ることが出来ない。
この舞踏会はジョセフ様の婚約者候補の選定も兼ねているのだ。
「あのご令嬢はティオル殿下以外とはどなたと踊りましたの?」
「ファーストダンスはエスコートなさっていた父親と踊ったようですが、その後はまずアルバート様にダンスの申し込みをしに行き、断られても踊ってもらうまで曲が変わるたびに申し込んでおりました」
「その次がティオル殿下ですね」
「あらまあ。年の順かと思えばそうでもないのですね。ゲオルグ殿下は好みではないのでしょうか?」
「いえ、ティオル殿下にダンスを申し込む前はゲオルグ殿下に申し込んでいましたが、その……」
「どうしましたの?」
「彼女、失言をしてしまったんです」
「失言ですか……どういうものでして?」
「その……踊ってくれないのなら無駄な時間を過ごすよりティオル殿下に踊ってもらうからいいと、そのようなことを……」
「まあ……」
友人の言葉に思わず眉をひそめてしまう。
ティオル殿下と比べられるのはどうしようもない事ではあるが、それでも表立ってあからさまに比べたり贔屓にしたりするのはマナー違反だ。
くだらないことで比べられる対象になっている2人としては、お世辞にも気分のいいものじゃない。
「それは確かに失言ですわね。そのような事を言ってよくティオル殿下にダンスの申し込みが出来たものですわ」
「彼女も後に引けなくなったのだと思います」
「くだらないですわ」
バッサリと切り捨てるように言えば、自分の事ではないのに友人たちがわずかに顔色を悪くしてコクコクと頷いた。
あの令嬢が王族の誰かの愛妾になることはないだろう。
何の実権もない愛妾であっても、最低限のマナーや品位は必要になるのだ。
人間というのは良くも悪くも染まりやすい。
王もしくは王太子が個人の裁量で決める事が出来る愛妾であっても、躾が行き届いていないのならそれは王宮深くに隠される。
貴族が愛人を迎えるのは自由とはいえ、その間にできた子供を正式に引き取るかは夫婦の間だけの話ではなく、各両親にも許可を得た上でさらに神殿に申し込み許可を得なければいけない。
そこまでして初めて愛人の子供は庶子ではなく嫡子として認められる。
さらにそこから養子に出す場合もまた同じ手続きをする。
ここまでしても、元の出生の片親が平民であれば、どんな高貴な家の養子になったところで嫡子にはなれても伴侶は限定される。
義兄であれば、もしわたくしや弟が生まれずに家を継ぐことになっていたとしたら、分家の中で最も我が家と血が濃い娘が本人たちの意思に関係なく伴侶に決定し、子供を成さなくてはいけなくなる。
もしそこで子供を成せない場合は、王族から血を分けてもらわなければいけない。
これは、王家を支える貴族としての恥であり、王族に莫大な貸しを作ってしまう事と同義だ。
だからこそ本来は叔父が婚姻して子供を成し、その子供を養子に取れれば両親としては一番安心できたのかもしれない。
それが叶わなかった以上、わたくしや弟が生まれた事は、両親にとっては幸いだっただろう。
義兄にとっては不幸な事だったかもしれないが……。
レモネードでのどを潤しつつおしゃべりをしながら時間を潰していれば曲は終わり、噂の的の令嬢がいったんダンスの申し込みを止めることにしたのか、何事もなかったように一度ダンスホールから離れてこちらに向かってくる。
話しかけられたらいやなので、わたくしは友人たちに少し場を離れるといい残して軽食コーナーから離れ、バルコニーへと向かった。
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