35 手毬草ー11
義兄とのダンスが終わると複数の子息からダンスの申し込みが入る。
しかしながら、ティオル殿下と(一方的に)約束をしてしまっているため、ダンスの申し込みを受けるわけにはいかない。
よって、先ほど義兄に言ったように友人を探しおしゃべりをして時間をつぶすことにしようと思い、会場内を見回っていけば、友人のほとんどはダンスホールで発見でき声をかける事は出来そうにない。
友人たちの中には王太子の側妃を目指している者も居るため、ティオル殿下たちとダンスを踊るまではあの場を離れないかもしれない。
ダンスをしていない友人もいるが、そういった人は婚約者と一緒に居てわたくしの暇つぶしに付き合わせるのは悪い気がしてしまう。
さて、そうなるとどうやって時間を潰すべきか……。
視線だけ動かすとアーシェン様がシャルル様と一緒に、会場の壁際にある軽食コーナーに居るのが見えた。
シャルル様は先ほどまで令嬢たちに囲まれていたように思ったのだが、妹が心配でダンスの申し込みを断ったのかもしれない。
ああいったところがアーシェン様が悪役令嬢化してしまうきっかけになるのだろう。
妹よりもヒロインを大切にするようになっていく事に、アーシェン様の心が耐え切れなくなっていくのかもしれない。
もっとも、だからと言ってアプリゲーム版ですら暴漢を雇ってヒロインを亡きものにしようとか、やる事が他の悪役令嬢に比べて過激で陰湿なのだ。
ディアティア様も招待を受けているのか、ダンスホールで踊っている姿を確認できる。
エメリア殿下が王家の代表として呼ばれていないのは、やはり血が濃すぎてジョセフ様やアルバート様の婚約者になることが出来ないからだろう。
ルーンセイの王族は法律で、4親等以内の者とはよほどのことが無い限り婚姻出来ないというものがある。
これはあまりにも血が濃すぎると心身ともに弊害が出やすいという過去の研究結果と、一部の家に権力が集中することを避けるためである。
だから王族は国内であれ他国であれ、4親等以内の家を避けて嫁入りするのだ。
貴族は3親等以内の婚姻は可能となっている。
とはいえ、王族に倣って4親等以内の婚姻はめったにしないのが現実だし、どこの家も問題児の排出は好ましいところではないため、心身ともに健康な子供を産み育てるために程よい血の濃さを保っているのだ。
そんな事を考えつつ、軽食コーナーに足を進めて行く。
「シャルル様、アーシェン様。ごきげんよう」
「おや、ベアトリーチェ嬢。ごきげんよう」
「ベアトリーチェ様、ご、ごきげんよう」
「お邪魔してもよろしいでしょうか?」
「「もちろんです」」
わたくしは軽食コーナーにいるコックの1人にフルーツをいくつか取ってもらうと、シャルル様たちと並んで食べ始める。
「お2人はもうダンスはなさいませんの?」
「わ、わたしはお兄様ともファルクお兄様とも踊りましたし、他の方とは踊るのは、その……怖いので……」
「自分はアーシェンに付き添っているというのもありますが、少し休憩です。この舞踏会で少しでも将来の相手の目星をつけておくようにと両親に言われましたが、なかなか難しいですしね」
シャルル様の言葉にアーシェン様は不安そうに目を揺らした。
ふむ、婚約者の気配がするだけでこれなら、確かにヒロインがシャルル様に近づいたらブラコンを拗らせて悪役令嬢になってもおかしくない。
「将来の相手ですか……。嫡子は魔術学院在学中に目星をつけておくのが一般的ですものね。中には卒業後にじっくりと探す方もいらっしゃいますけれど」
「そうですね。我が家はアーシェンが跡を継がないと宣言しているので、嫡男の自分が家を継ぐことが決定しています」
「ええ、存じておりますわ」
アーシェン様は優秀ではあるけれども、さらに優秀な実兄をさしおいて公爵家を継ぐほどの上昇志向も権力欲もない。
悪役令嬢にならない場合は家が決めた相手のところに嫁ぐという話をしているシーンがある。
人見知りとはいえ社交術が全くできないわけでもなく、むしろ社交術にたけ過ぎて人の心が見えてしまうために人付き合いが苦手になったパターンだ。
そんな精神状態で公爵家を継ぐというのは難しいだろう。
「自分のことよりもベアトリーチェ嬢はどうするんですか?」
「どうと言いますと?」
「ティオル殿下たちと親しげにダンスを踊っていらっしゃったようですが、お相手は決めたのでしょうか」
「いいえ、まだ決めるには早いと思っておりますわ。ジョセフ様なんて本日初めてお会いしましたもの」
「その割には親しげになさっていたようにお見受けしました」
「気が合いましたのよ」
皆してわたくしとジョセフ様が親しげにしていたのを疑問に抱いているな。
確かに初対面なのに社交辞令抜きであれほど話したのは、『誘惑のサイケデリック』という共通の話題があったからだろう。
しかもお互いに目標は同じというか、目指すべきところが似通っているから余計に話が進んだ。
これからはお互いの情報のやり取りもあるため、接触が増えていくと予想できる。
現時点で必要以上に親しいという噂が広まると、今後の付き合いが難しくなるのであまり妙な噂は広めたくない。
もっともどんな噂が出回ろうとも、ダンスを踊っていた時の周囲の様子を見るに、わたくしはやはりティオル殿下の婚約者候補筆頭と見做されているようなのはわかる。
ティオル殿下とのダンスを踊り終わった後に周囲の人々が拍手をしたのがいい証拠だろう。
わたくしが悪役令嬢にならないルートかつ、どうしても王太子の婚約者にならなければいけない状況になれば、その座に就くこともやぶさかではないのだが、今の状況ではヒロイン登場後にどうなるかわからないためどうにも動きようがない。
「気が合っただけですか? ベアトリーチェ嬢は今までティオル殿下たちを平等に扱っていましたが、今後は誰かを贔屓に見るようになるのでしょうか?」
「そのつもりは今のところありませんが、そのように見えるのでしょうか?」
「どうでしょうね……自分はティオル殿下とは違って、ベアトリーチェ嬢の事をあまり存じ上げておりませんので」
「ティオル殿下がわたくしのことをよくご存じだと思いますの?」
「そうですね。少なくとも自分よりはベアトリーチェ嬢のことに関して詳しいと思いますよ」
「そうですか。……ティオル殿下だけを贔屓にしないようにしなくてはいけませんわね」
「自分としては、ティオル殿下の有利になるように動くべきなのだと愚考しますが……。ティオル殿下もベアトリーチェ嬢の好きにさせたいとおっしゃっておりますので、あまりこうして欲しいと強要は出来ません」
シャルル様の言葉に、どう返事をすべきか迷っているうちにお皿の上のフルーツを食べ終わってしまったため、今度はレモネードを貰ってそれを飲む。
アーシェン様は冷製コンソメジュレを食べているし、シャルル様は様々なカナッペをお皿に盛りつけてもらっている。
「ベアトリーチェ嬢はフルーツだけでいいのですか?」
「それほどお腹は空いておりませんの」
「アーシェンなんてこの舞踏会に来る前は緊張のあまり朝から何も食べられず、今になって食欲が出てきたんですよ」
「お、お兄様っ。ベアトリーチェ様にそんなことをおっしゃらないでください。は、恥ずかしいです」
顔を赤くしたアーシェン様が咄嗟にスプーンをカップに戻す。
「食べ過ぎるのは体に良くありませんが、朝から何も召し上がっていなかったのなら、今からでも食欲が出てよかったではありませんか」
「ええ、舞踏会中に空腹で気絶するのだけは避けられそうです」
「お兄様ったら……」
「はは、ほらまだ残っているじゃないか。おいしいならすべて食べきっておきなさい」
「……はい」
アーシェン様は赤い顔のまま俯いて冷製コンソメジュレを食べるのを再開した。
わたくしも後で食べるのもいいかもしれない。ヨーグルトがかかっていて、中に入っている3色のプチトマトもあって見た目もとてもよい。
流石は公爵家自慢の料理人が腕を振るった料理なだけはある。
その後、水分補給をしつつもシャルル様たちと談笑していると、ダンス休憩に来た友人たちもわたくしの周囲に集まってくるようになり、アーシェン様がシャルル様を連れて距離を取ってしまったため、わたくしは当初の予定通り友人たちと話して時間を潰すことにした。
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