act.2
1
人形はいいわ、喋らないもの。
確か、そんなことを言ったような気がする。
その時質問に対する答えとしては、随分と不適切――と言っても質問の意図もはっきりとしない訊かれ方だったから不適切かどうかは定かではないけれど、あまり納得してはいないような顔をされた事実だけははっきりと憶えている。
彼女の目的や意志に沿えない残念な回答をしてしまったのかもしれないけれど、それはそれで構わないという思いがあったのもまた同様に事実だった。
ふわふわと浮遊に似た動きを私の周りで行う人形――上海人形と名称しているけれど、数多くいる私の人形たちの中でも頻繁に連れて行く子だ。元々は一つの技名だっったけれど、そのまま定着してしまったため、呼び名として使用している。
「こら上海、自分の役割は果たしたの?」
「トックニオワッテルッツーノ」
本当かしら……?
疑いの眼差しで上海を凝視する――、とはいっても人形なのであからさまに動揺する素振りはおろか、素気なく相手にする気もさらさらないようなので、気にしても仕方がないことなのかもしれないが。
「他の子たちは?」
「カジヤッテルゼ、モウスグオワルンジャネーノ」
「そう、わかったわ、すぐに戻るから面倒見てて頂戴」
「ヘイヘイ」
相変わらず口が悪い子ね……。
いつからあんな風になったのかしら。
ちらりと家の中へ視線だけ送る。慌ただしそうに動き回る人形たちと、ふらふらしている上海。やっぱりもう一度調整が必要かしらねえ。他の子たちより連れまわし過ぎたかも。
推測は尽きないし、原因は突き止められる気もしないけれど。
家事を全うしている人形たちを観察してみる――どうやら、ほかの子たちも同様に個性がある、のかもしれない。
いつだったか半人半霊の白玉楼庭師が言ってたっけ。
糸、か……。
心があって、形があって、それを結び繋ぐ糸がある。
それはきっと、人も妖も、人形たちも同じかもしれない。
夕日がもう見えなくなって、あっという間に夜の帳が降りてくる。
とりあえず今日はここまで、かしら。
森に背を向けて帰路を歩みだす。そろそろあの子たちの支度も終わっていることだろうから、タイミング的には問題ないと思うけど、何もなければ、という前置きがついてしまうが。
「オッセーヨ、ムカエニキテヤッタゼ」
「あら殊勝な心がけね、素敵な紳士にでも教わったのかしら?」
ふるふると首を左右に振り、否定の合図をした上海。
「あら、じゃあ誰に?」
「ドロボウマホウツカイ」
「……へえ、いい影響も与えてくれてるじゃない」
意外な答え――というのも失礼にあたるのかもしれないが、まあ、相手が相手だし問題ないだろうけど、正直なところ心底驚いていた。何度となく足を運ぶ彼女が上海と二人っきりになることがどれほどあったかのかはわからないけど(迎えいれてもてなした後、自室にこもったこともあったが)、どうやら何かしらの化学反応があるらしい。
魔法使いが化学、なんておかしいのかもしれないけど。
根本的にも表面的にも性質は似通っていることだから勘弁してもらいましょう。
閑話休題。
「さ、意外なところでの可能性も発見することができたし、早く家に入りましょう」
「ソレハムリダナ」
「え?」
「ナニカチカヅイテクルゾ」
「……!!」
上海に言われてはっと気づく。何かがものすごい速さでこちらに近づいてくる気配。
その速度は一定を保たずに、一秒ごとに速さを増して向かっている。
加速。加速。加速。加速。
確実に、ここが目的地みたいね……。
一体何者かしら?
こんな時間に襲撃してくるような恨みを買った覚えはないはずだけれど。
まあ、いいか。
ここは幻想郷。全てを受け入れる理想郷。
そう、襲撃者さえも受け入れる。
そして、蹴散らす。それだけだ。
「上海、来るわよ!」
コクリと頷き、迎撃態勢を整える。傍らには人形。自作の人形。
幾度となく戦闘を共にし、戦い抜いてきた、人形。
大丈夫、と空を見上げる。
紅い月が、何かを訴えかけるかのように輝いていたけれど、そんなことはどうでもいい。
ピタリ。
高速で移動する物体の気配が急停止した。
今、目の前に――。
「よう、アリス。今日も来てやったぜ!」




