act.1
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どういうことなのか、と聞かれても私には皆目見当もつかない出来事だった。
最初から最後まで、事件の種まきからそれがどれほどの期間を置いて芽吹き、地上に芽を出し、日光を浴びて水分を得て栄養を確保して、どんな蕾を宿し、このような花を咲かせてしまったのか。異変と呼ばれてしまうほどの現象になってしまったのかを、私は答えることができない。
その成長過程を、一から知ることはきっと、この先私には不可能だろう。
私が知っていることは二つだけ。
むしろ二つしか知らない、と言うのが正しい表現の仕方なのかもしれない。
意図せず「異変」という単語を用いてしまったが、そもそもその表現さえ正しいのか分からないし、そもそも私が今回の出来事――異変、と呼ぶしかないかもしれない、一連の事の顛末を語ることを許されるのかさえ、判断しかねてしまう。
赦されていいのか、判別つけることはできない。
それでもきっと、私は語らずにはいられないのだ。
そこに許しが存在しようと、しなかろうとも、これは誰かが語らなければならない「異変」であり、誰もが知らなければならない「異変」でもあると私はそう、感じているし感じさせられている。
もちろん、これから先記述されていることは語り手であり書き手である私の主観が盛大に参入しており、壮大に、絶大なまでに混入してくることだろうけど、それは言わば私から見た事実であり真実でもあるのだ。
すべて信じてほしいわけでも、すべて疑ってほしいわけでもなくこんな前置きを行っているのは、話半分でも伝われば上々である、というのが目的であるということを先に述べておこう。
これは冗談のような話であり。
創り噺のように冗談臭い代物だ。
冗談のようではあるが一切の嘘はない。
そんな一連の「異変」であった。
私はきっとあの存在を忘れることはできないだろう。
あれはいつだって私たちの隣人であり、友人であり、恋人であり。
また、最悪で、害悪で、絶対悪で、必要悪でもある。
そんな存在、なのだから。
きっと現在もここにいて、ここにいなくて、どこかにいて、どこにもいない。過去も未来もそれ以外でも同じことなのだろう。
そして私たちがそれに抗うことなんて、何一つ存在でしないしできないだろうけど。




