2 飯テロ ー魅惑の記憶石ー
その日、リアーネの街の探索者ギルドはお祭り状態だった。
午後も少し遅く、髭面のおっさん探索者ゲイルが獲物である少し小さめの尾長鳥を肩にぶら下げて探索者ギルドの扉を潜ると、中は人でごった返していた。
いつもなら近場の依頼を終えた探索者がパラパラと帰ってきて受付で報告を終え、手にした報酬で併設の酒場で一杯始めてるのがまばらにいる程度である。
それが今日は日もまだ落ちない内から、あっちでこっちでテーブルを超えて酒盛りが始まっている。
目の前には向こうから乾杯。あっちでも乾杯こっちではダハハハ笑い声が飛び交い一気に酒を飲みほしていくと言う阿鼻叫喚の世界が繰り広げられている。
「で、何がどうしてこーなってんだ?」
いい加減出来上がっている顔見知りの探索者に声をかけると
「ワイルドイーターが未踏破区域の単独突破に成功したんだってよ。昼ちょっと前に大騒ぎになってたぜ。」
「それを聞きつけたヤツがどんどん集まって鑑賞会が始まったんだが、なんか旨そうなもの食ってる記憶が混ざっててな・・・流れでこーなってる」
人類は国を作り街をつくり、いくつもの街や村が街道で繋がり合って繁栄してきたが、全体から見ると人が把握している地域はほんの一部であった。世界はまだまだ未踏破区域だらけだ。
未踏破区域に踏み込み人の領域を広げていく探索者は冒険者と呼ばれ人々の尊敬と憧れを集めていた。
ワイルドイーターもそんな冒険者パーティのひとつである。
この世界は魔石に溢れている。
すべての生物は体内に魔石を持ち、その生物が特化している能力がある場合その特性が反映した色付きの魔石となって、特化した能力がなければ無色の魔石として産出される。
そういった魔石の持つ力を人々は大いに活用し、情報を記憶できる無色の魔石は記憶石と呼ばれ、他人の体験を自らの疑似体験として経験できる庶民の娯楽として普及していた。
中でも高ランク冒険者の旅の記憶は大人気のコンテンツである。
見知らぬ土地を歩き、心を奪われる壮大な景色を眺め、ある時は危険なモンスターと戦いスリルを肌で感じて楽しむのである。もちろん美味しいものを食べたり飲んだりも人気ジャンルだ。
ところで記憶石は大きさによって記憶の鮮度が変わってくる。
大きいものだとまさに自分の体験したのと区別が付かないような追体験として自分の中に入ってくるが、とても高額である。
手軽に楽しめる程度のお値段の魔石だと記憶の鮮度としてはちょっと物足りないかもしれない。
よく見ると、どいつもこいつも同じ肉食ってんな・・・
どんな味か気になっちゃうよな、そーゆーのは。
冒険者PTワイルドイーターは実力もさることながら、時々飯テロすることでも有名だ。
そこへ給仕係のリタが例の肉を持ってきた。
「はい、お待ちどーさま。猪鹿の揚げ焼きだよー。なんかすっごいでっかいの出たってー。
ちなみにあれね」
肩越しに指した親指の先には・・・厨房の中に巨大な肉の塊がいた。
「そのまんまかよ・・・」
もっとこー小分けとかしないの?
「それがねー、みんな待ちきれなかったみたいでねー押し寄せてきてね」
「早く食わせろって圧がすごかったんです。目が血走ってて・・・」
厨房の下っ端の坊主がちょっと涙目だ。
しかしデッケー肉だなおい。
こんなのは流石に町の近くじゃお目にかかれないな。
こんなのが近くに居たら大騒ぎになるし。
例の肉は真っ黒い鉄のプレートに乗っかってジュッワァァァッと音を立てている。
わかってるね、こーゆーのは皿じゃなくて鉄プレートだよなーやっぱ。
「なーエド、これ一切れもらってい・・・」
「やだよ自分で頼めよ!ってかお前はまずあっちいって記憶見て来いよ。」
しゃーない、記憶観にいくか。
そのあとの方が肉も楽しめそうだし。スパイスみたいなもんだな。
魔石の売買ブースにも結構人が居た。販売カウンターには5人くらい並んでいる。
棚から出すのも面倒なのかカウンターの脇に同じサイズの魔石が積みあがっていた。
これが多分噂の飯テロ入り未踏地域突破の記憶石なんだろう。
一つ買って視聴用スペースへ移動する。
魔石を使用するにはマナを流せばいい。
世界はマナで満たされていて、生き物はみんな無意識にマナを活用している。
そして使ってるマナが結晶化したものが魔石ではないかと言われている。
記憶石の観方にも色々ある。
魔石を浅く活性化すると自分の感覚を保持しながら同時に薄く被さるような感じで記憶の展開ができる。
旅慣れた者は地図が記憶された魔石を薄く展開し、場所や方角を確認しながら歩いたりする。
逆に娯楽として楽しむ時は、たくさんマナを流し込み自分の五感は手放してどっぷり潜り込む。
短時間なら椅子に座ったり寝転がったりして観るし、長時間楽しむ為の鍵が掛かる個室スペースもあったりする。
・・・一応スタッフも常駐してて気をつけてくれてるんだが、長時間なら個室の方が安心だし落ち着くってもんだ。
後でゆっくり観るとして、今はハイライトの猪鹿のとこだけでいいな。
軽く起動して・・・あーこれ猪鹿関連の記憶だけか。
多分そこだけ切り抜いたんだな、探さないで済んだ。
ちょっとだけ深く潜ってみる。
樹の陰に隠れてるアニータちゃんが見える・・・ってことはニーチャンの方の記憶だなこれ。
ほんとにやるのか確認してくるアニータちゃんにサムズアップを決めると、アニータちゃんがすっごいジト目でこっちを見てきた・・・ちょっと癖になりそう。
アニータちゃんがすっと弓を構え・・・
矢が猪鹿の角の付け根あたりに吸い込まれて行く。
なにあれでけぇ。
カーンと良い音がした。
と、思ったら猪鹿が一瞬で距離詰めてきた。
ぎょぇええええ、こええええええ。
ちょっとちびりそうになった。
手にした大剣を叩きつけ・・・るのかと思ったらヒットした瞬間絶妙に力を抜いて斜めに突進を逸らし、サッと右に回り込んだ。
目の前を猪鹿の巨体が物凄い勢いで通り過ぎていく。
間髪入れずにダッシュして通り過ぎようとする猪鹿についていくと目の前にある後ろ脚の脛下あたりに矢が突き立った。
この速度で動いてる生き物に末端狙えるんかよ・・・ビビったわ。
一瞬歩調が乱れたすきに追いついて、前足付け根のあたりに大剣が吸い込まれた。
と、思ったらすごい量の血が噴き出した。
猪鹿は一瞬こっちを見た後、数歩走って倒れ込み起きようとして失敗し少し移動したあと力尽きた。
たぶん心臓いったな。ほとんど一撃だったなこのサイズのを。
ちょっとこれは真似できんな、おじさんには。
はー・・・さすがっすわ。
いつの間にか野営の映像に切り替わっていた。
鍋にぶち込まれた猪鹿肉がそれはもうトロトロになっている。
ぷるんぷるんである。
鍋の向こうでアニータちゃんが、おあずけ食らった犬みたいになっている。
催促してくるアニータちゃんを放っといて、荷物をゴソゴソし、おもむろにスキレットを取り出した。
溶かした油でジュワァアアアアするお肉の向こうで・・・
アニータちゃん涎でてるよ?可愛いのにちょっと残念なとこあるよね。
まーおじちゃんはそーゆーとこも好きだけど。
名のある冒険者は、芸能人や有名配信者みたいな立ち位置でもあります。




