2-2
ザーレンに着いたのは、翌日の昼前だった。
「村までは、この道をまっすぐ行けば着くよ」
「ありがとうございます」
御者へ礼を言い、ノエルは乗り合い馬車から降りた。
王都を出発してから三日目。
ようやく目的地へ到着――と言いたいところだが、正確にはまだ少し手前だった。
ザーレンは北へ続く主要街道からわずかに外れた場所にあり、乗り合い馬車が直接村まで入るわけではないらしい。
とはいえ、御者が指した先には細い道が続いており、その向こうには小さな集落が見えている。
「あれがザーレンかぁ」
ノエルは目を細めた。
王都を出た時とは、空気がまるで違う。
風は冷たく、遠くに連なる山々の頂にはすでに雪が積もっている。平地に雪が降り始めるのも、そう遠くないだろう。
ノエルはリディアから貰ったマフラーを巻き直した。
「それじゃあ、気をつけてな」
「はい。お世話になりました」
御者へ頭を下げ、再び走り出した馬車を見送る。
ノエルが街道を離れてザーレンへ続く道へ入ると、辺りは急に静かになった。
王国北端にあり、魔獣の被害や冷害、過疎など事前に聞いていたザーレンの話は、あまり明るいものではなかった。
けれど。
「いいところだなぁ」
思わず、そんな言葉が出た。
少なくとも今のところは、静かで綺麗な土地だった。
もちろん、まだ村にすら入っていないのだから、これだけで判断するのは早いだろうが。
荷物を持ち直し、ノエルはいくらか軽い足取りで村へ向かって歩く。
しばらくすると、村の入り口が見えてきた。
「……ん?」
その少し手前。
道から外れた草地に、何人か人がいる。
老人が一人。その周りに、小さな子どもが三人ほど。
老人は道端に腰を下ろして休んでいるらしく、子どもたちはその周囲に集まっていた。
「じいちゃん、もう一回!」
「次、こっち!」
「仕方ないのぉ」
楽しそうな声が風に乗って聞こえてくる。
老人が笑いながら杖を持ち上げた。
軽く一振り。
その瞬間、老人の足元で小さな花がいくつも開いた。
「わぁ!」
「咲いた!」
子どもたちが歓声を上げる。
白や黄色の花を嬉しそうに摘み、それぞれ手元で繋ぎ始めた。
どうやら花冠を作っているらしい。
「…………」
ノエルは少しだけ足を止めた。
今のは間違いなく、草を扱う自然魔術だ。
土の中に残っていた種へ魔力を与え、成長を促したのだろう。魔術師の心得があれば、それは決して難しい魔術ではない。
けれど、それで十分なのだということは、楽しそうな子どもたちの表情を見れば明らかだ。
「綺麗だなぁ」
ノエルは小さく笑った。
そのまま歩き出してから、ふと思う。
ザーレンのような辺境の村では、魔術を使える人間そのものがそう多くない。
そして、現在のザーレン支部長はかなり高齢だと聞いている。
場所。
年齢。
魔術師。
(もしかして、あの人が支部長さんかな)
そう考えれば辻褄が合う。
ノエルは少し歩調を緩めながら、老人たちへ近づいていった。
「すみません」
声をかけた瞬間。
「!」
子どもたちが一斉にこちらを見た。
そして。
「知らない人!」
さっと老人の後ろへ隠れる。
「あ」
驚かせてしまったらしい。
「ごめんね。驚かせるつもりはなかったんだけど」
ノエルが困ったように笑う。
すると子どもたちは老人の背中から、ひょこ、と顔だけを出した。
三人揃って、じっとこちらを見ている。なんだか小動物のようで可愛らしい。
ノエルはそんな子どもたちを怖がらせないように、柔らかく笑みを返した。
一人が顔を引っ込める。
けれど少しすると、またひょこ、と出てきた。
「ほっほ。珍しい人間が来たもんだから、警戒しとるんじゃよ」
老人が楽しそうに笑った。
「この辺りでは、余所の人は珍しいんですか?」
「商人や騎士なら来るがの。君のように若い魔術師は珍しい」
「ああ」
やはり、こちらが魔術師だということには気づいているらしい。
それなら話は早い。
「では、改めまして」
ノエルは老人へ向き直った。
「宮廷魔法局から来ました、ノエル・アルヴェインと申します。ザーレン支部へ一時的に赴任することになっています」
「ほう」
老人の眉が少し上がる。
「君が王都から来るという魔術師か」
「はい。ということは、やっぱり――」
「ああ」
老人は穏やかに頷いた。
「オリバー・セント。ザーレン支部長をやっとる」
「やっぱりそうでしたか」
「わかったかね?」
「魔術がお上手でしたので」
「ほっほ。爺の数少ない特技程度の腕だがね」
オリバーは愉快そうに笑った。
支部長歴、四十年以上。
ザーレンで生まれ、若い頃からずっとこの土地を守ってきた地方魔術師。
事前に資料で読んだ経歴から、ノエルはもう少し厳格な老人を想像していた。
実際に会ってみると、随分印象が違う。
「じいちゃん」
「ん?」
「この人、誰?」
老人の後ろから、子どもの一人が尋ねる。
「わしの代わりに仕事をしに来た人じゃよ」
「じいちゃん、仕事やめるの?」
「そうじゃなぁ」
「なんで?」
「爺になったからじゃ」
「まだ元気じゃん」
「そう言ってくれるのはお前さんらくらいじゃよ」
オリバーが笑いながら、子どもの頭を撫でる。
「それで、ノエル君だったか」
「はい」
「アルヴェイン、と言ったな」
「ええ」
オリバーが少し考える。
「オズワルド・アルヴェインとは、何か関係が?」
「ああ。祖父です」
「…………」
オリバーが止まった。
「……祖父?」
「はい」
「オズワルド先輩の?」
「先輩?」
今度はノエルが首を傾げた。
しばらくの沈黙。
そして。
「なんじゃとぉ!?」
「わっ」
大声に、ノエルだけでなく子どもたちまでびくりとする。
「オズワルド先輩の孫!?」
「はい。そうですけど……」
「本当に!?」
「たぶん……?」
「たぶんとはなんじゃ!」
「いや、そこまで驚かれると思わなかったので……」
オリバーが勢いよく立ち上がった。
先ほどまで杖をついていた老人とは思えない動きだった。
「そうか! そうかそうか! あのオズワルド先輩の!」
「お爺様をご存じなんですか?」
「知っとるも何も! わしはアカデミーでオズワルド先輩の二年後輩じゃ!」
「えっ」
今度こそ、ノエルが目を丸くした。
祖父のアカデミー時代。それはさすがに、ノエルも詳しく知らない。
「同じ時期に通ってたんですか?」
「三年もな!」
オリバーの目が、急に少年のように輝き始める。
「いやぁ、目立つ人じゃったぞ。入学した時にはもう、知らん学生がおらんくらい有名じゃった」
「そんなに?」
「そりゃあもう。魔術は抜群に上手い、顔もいい、度胸もある。友人連中と馬鹿をやる時まで全力じゃった!」
「最後のは褒めていいところなんでしょうか」
「青春じゃよ、青春!」
オリバーはからからと笑う。
「実技演習で教師と大喧嘩した翌週にアカデミーの壁を吹き飛ばした時なんぞ、そりゃあ大騒ぎでなぁ」
「…………」
ノエルは遠い目をした。
今でこそ《アルヴェインの至宝》などと呼ばれ、王国を代表する大魔術師として名を知られている祖父である。
その祖父が、学生時代にアカデミーの壁を吹き飛ばしていた。
まぁ、やるかやらないかなら、やるだろう。
「……初めて聞きました」
「そりゃ本人は孫には話さんじゃろうなぁ」
オリバーが実に楽しそうに笑う。
「教師陣に大目玉を食らったうえ、リシャーナ嬢にもこっぴどく叱られとったからのぉ」
リシャーナ。
それは、いまは亡き祖母の名であった。
「お婆様に?」
「そうじゃそうじゃ。リシャーナ嬢といえば、わしら世代で有名なアカデミーの花! それはそれは美しく聡明なご令嬢でなぁ、あの時のオズワルド先輩ときたら――」
そこでオリバーは、はっとした。
「……待て」
「はい?」
「君、オズワルド先輩の孫ということは、当然あのリシャーナ嬢の孫でもあるのか」
「そうなりますね」
「おお……言われてみれば目元のあたりに面影があるような」
オリバーが何やら感慨深そうに、うんうんと頷きながらノエルを見る。
そして次の瞬間、嬉しそうに身を乗り出した。
「ということは、わしが知っとる昔話をいくらしても問題ないな?」
「その結論になるんですか?」
「なにせ四十年以上、話せる相手がおらんかったからの!」
「四十年……」
随分と長い間、溜め込んでいたらしい。
「いやぁ、懐かしいのぉ。オズワルド先輩がリシャーナ嬢に叱られて廊下で正座させられた時の話も――」
「お爺様、学生の頃から正座させられてたんですねぇ……」
父に正座させられて説教を受けている現在の祖父が脳裏に浮かぶ。
どうやら、あれは最近始まったことではないらしい。
「ほっほ! 変わっとらんか!」
「変わってないですねぇ。でも、結局のところ、最後はお爺様の望む通りになっている気がします」
「はっはっはっは!」
オリバーが今日一番の笑い声を上げた。
「そうか! 相変わらずじゃなぁ、オズワルド先輩!」
あまりにも嬉しそうなので、ノエルまで笑ってしまう。
どうやらこの人が知っているのは、《アルヴェインの至宝》と呼ばれる大魔術師ではない。
まだ学生だった頃の、オズワルド・アルヴェインだ。
魔術の腕に目を輝かせ、派手な失敗に驚き、教師に叱られる姿を遠巻きに眺め。
友人たちと馬鹿をやる姿まで含めて、格好いい先輩として憧れていたのだろう。
「お爺様に会ったら、オリバーさんのことを伝えておきますね」
「いや、いや、覚えとらんじゃろ。二学年も下じゃし、直接話したことなんぞ数えるほどしか――」
急に弱気になった。
「聞いてみますよ」
「ううむ……ま、まぁ、そうじゃな。そうしてくれ。覚えとらんかったら……まあ、それはそれで仕方ない!」
そう言って、また笑う。
「まあ、立ち話もなんじゃ。支部へ案内しよう」
「はい。お願いします」
「道すがら先輩の話をしよう!」
「引き継ぎの話じゃないんですか?」
「それは支部に着いてからでいいじゃろ」
「そうですかねぇ」
「四十年待ったんじゃぞ。少しくらい付き合いたまえ」
「ふふ。わかりました」
オリバーは満足そうに頷くと、杖をついて歩き出した。
◇
ザーレンは、想像していたよりも小さな村だった。
オリバーに案内されて村へ入ると、まず目についたのは木造の家々だった。
石造りの建物が多い王都とは違い、どの家も分厚い木材で造られている。屋根には傾斜がついており、軒先には薪が高く積まれていた。
「雪が多いと聞きました」
「平地は、あと二週間といったところかの」
オリバーが遠くの山へ視線をやり、頂上付近の白く染まっている辺りを指差す。
「本格的に降り始めたら、あの辺りから全部真っ白じゃ」
「全部……」
「腰まで積もる日もあるぞ」
「それは大変そうですねぇ」
「ほっほ。年寄りが多い村じゃ。若者には期待しとるぞ」
「ふふ、頑張ります」
ノエルが穏やかに微笑むと、オリバーも嬉しそうに頷いた。
「後任が正式に決まるまでの一時的なものにはなろうが、ノエル君のように前向きな者が来てくれたことはザーレンにとって幸運なことじゃ」
そんな言葉をもらいながら村の中を歩いていると、途中で何人もの村人から声をかけられた。
「オリバーさん、その人は?」
「王都から来た新しい魔術師じゃよ」
「ああ! あんたが!」
「初めまして。ノエル・アルヴェインです」
そのたびに足を止め、頭を下げる。
どうやら新しい魔術師が来ることは、すでに村中へ伝わっているらしい。
ある者は「若いねぇ」と驚き、ある者は「王都からご苦労さん」と労い、また別の者は「何か困ったらうちに来な」と、赴任してきたばかりのノエルに逆に声をかけてくれた。
「皆さん、とても気さくな方ばかりですね」
「一人では生きていけない地だ。助け合い、時に肩を寄せながら暮らす大切さを皆よぉく知っておるのさ」
「失礼かもしれませんが、逆に外部からの人間に対しては排他的になっても仕方がないものかと思っていました」
「そうさなぁ、そんな時代も確かにあった。だがね、それではこの村はただ失われていくばかりだ。いやいや、苦労したものだよ。昔は魔術を学ぶことさえ否定的な石頭がそこらにごろごろおってな」
「そうだったんですか」
「全員黙らせてやったがの」
オリバーは口を開けて豪快に笑う。
四十年以上、たった一人。
数字だけで聞くのと、こうして実際に見るのとでは印象が違う。
この人は、自分が生まれるよりずっと前からここにいたのだ。
この村で生まれ。
この村で魔術師になり。
この村の問題に向き合い。
ずっと、この土地を守ってきた。
その覚悟と生き様は、簡単に「すごい」の一言で片付けていいものではない。
だからノエルは何も挟まず、ただ静かにオリバーの話を聞いていた。
「あとは……この辺りでいうと、魔獣には気をつける必要があるな。まぁ、境界を越えなければどうということもないが」
オリバーが村の北側へ目を向ける。
「村には結界を張っとるし、騎士も定期的に巡回しとる。そうそう中まで入ってくることはない」
「じゃあ、村の中は比較的安全なんですね」
「結界がきちんと働いとればな」
「なるほど」
「厄介なのは冬じゃ。餌が減ると森から出てくる魔獣が増える。それに雪で痕跡が隠れることもある」
「これから忙しくなる時期なんですね」
「そういうことじゃ」
だからこそ、支部を無人にはできないのだろう。ザーレンに常駐する魔術師が一人だけだとしても、その一人がいるかいないかでは大きく違う。
そんな話をしながら村を歩き、やがて一軒の家の前でオリバーが立ち止まった。
「着いたぞ」
「ここが?」
「ザーレン支部じゃ」
「…………」
ノエルは建物を見上げた。
二階建ての、小さな一軒家だった。
入り口には確かに《宮廷魔法局北部ザーレン支部》と書かれた看板が掛かっており、その隅には子どもが描いたと思われるオリバーの似顔絵のようなものがあった。
「ご自宅のようですね」
「うむ、わしの家じゃな」
「支部の看板があります」
「うむ、支部でもあるぞ」
何一つ間違ったことは言われていない。
ノエルはもう一度、建物を見上げた。
王都にある宮廷魔法局とは比べるべくもない。もっとも、所属する魔術師が支部長一人だけなのだから、大きな建物を用意する必要もないのだろう。
「一階が仕事場。二階が住居じゃ。歴代の支部長は自宅を支部と兼用にしとる」
「ああ、なるほど」
「今日から君もここを使うといい」
「オリバーさんはどうなさるんですか?」
「む? あぁ、言うとらんかったな。引き継ぎが終わるまではわしもここに住むが、ある程度終わったら後任の打診をしに地方を回るんじゃよ」
「後任探しも大変なんですね……」
「王都の方でも探してくれとるらしいが、ザーレンまで来てくれる者はそうおらんからの。こっちでも当たれるところには当たっておこうと思ってな」
まずはザーレンに近い比較的大きな村や街を回り、それでも後任が見つからなければ、さらに遠方の主要都市まで足を延ばして声をかける。
これが王都に近い村や街であれば特に問題なく後任も決まるのだが、こうした辺境の過疎地はなかなか難しいのが現実だ。すでに高齢のオリバーにとっては、長距離移動も楽ではないだろう。
「立ち話もなんじゃ。詳しくは中で話そう。さぁ、入りなさい」
オリバーが扉を開ける。
「お邪魔します」
「ほほ、今日からは君の家でもあるんじゃから、お邪魔しますも何もなかろう」
「あ、そっか」
中へ入る。
一階には机と椅子、書棚。
壁際には薬品や魔道具が収められた棚が並び、奥には小さな台所も見えた。
窓際には小さな鉢植えが並び、棚には使い込まれた茶器まで置かれている。
四十年以上ここで働いてきたオリバーにとっては、職場であると同時に家でもあるのだから、生活の気配がするのは当然だ。
「二階の部屋は空けてある。荷物はあとで置けばよかろう」
「ありがとうございます」
「さて。まずは仕事の話じゃな」
「お願いします」
オリバーは慣れた様子で椅子へ腰を下ろした。
ノエルも向かいに座る。
「と言っても、基本はそれほど複雑じゃない」
「そうなんですか?」
「まず、ここにいること」
「ここに?」
「うむ」
オリバーが頷く。
「何か困ったことがあれば、村の者がここへ来る。魔道具の調子がおかしい、畑に妙なものが出た、見慣れん魔獣の痕跡があった。まあ、色々じゃな」
「なるほど」
「自分で対処できるなら対処する。無理なら騎士や領主、場合によっては王都へ話を通す」
「はい」
「何でも一人で解決しようとは思わんことじゃ。それをやると死ぬ」
「わかりました」
随分簡潔だが、重要な話だ。
魔術師が一人しかいないからといって、一人ですべてを解決しなければならないわけではない。
むしろ一人しかいないからこそ、自分の手に負えるかどうかの判断を誤ってはいけないのだろう。
「それから、定期的に村を歩く」
「見回りですね」
「そんなところじゃ。村の様子を見て、ついでに結界も確認する」
「さっき言っていた、魔獣対策の?」
「そうじゃ。村の周囲に張ってある。古いもんじゃから、定期的に綻びがないか見て回らにゃならん」
「ああ」
ノエルは頷く。
結界そのものを一から構築するとなれば話は別だが、既存の術式に異常がないか確認し、簡単な補修を行う程度なら問題ない。
「異常があれば補修する。大きな破損なら王都へ報告。あとは季節によって多少仕事が増えたり減ったりするくらいじゃ」
「なるほど」
ノエルはもう一度頷いた。
村人から相談を受ける。
必要なら自分で対処し、難しければ騎士団や領主、王都へ話を通す。
定期的に村を見回り、魔術的な異常がないか確認する。
宮廷魔法局で行っていた仕事とは、確かに随分違う。
けれど、一つ一つを取り出してみれば、不思議と馴染みのあるものばかりだった。
「王都とは随分勝手が違うじゃろうから、慣れるまでは大変かと思っとったが」
「宮廷でも、騎士団との調整をしたり、頼まれごとを聞いたりすることはありましたから。魔道具を見ることもありますし」
「ほう、そうか」
「あとは部屋を片づけたり、お茶を淹れたり」
「そうかそうか」
特に疑問を挟むこともなく、オリバーは頷いた。
四十年以上ザーレンで地方魔術師をしている彼にとって、宮廷魔法使いが普段王宮で何をしているのかなど、いまひとつ想像がつかないらしい。
ノエル自身も、話を聞きながら少し意外に思っていた。
宮廷魔法局本部第三室と、北部ザーレン支部。
まったく違う場所だ。
仕事内容も違う。
けれど、一つ一つを取り出してみると、不思議と馴染みのあるものばかりだった。
誰かの話を聞く。
何が必要なのかを確かめる。
自分にできることなら対処する。
できなければ、できる人間へ繋ぐ。
それなら今までもやってきた。
「うん……これなら、お役に立てそうな気がします」
「それはなにより」
ノエルは小さく笑った。
王都を離れることが決まった時には、自分がザーレンで何をすることになるのか、ほとんど想像もできていなかった。
けれど、少なくとも。
ここでも自分にできることは、ちゃんとありそうだった。
「では、荷物を置いたら一度村を回るかの」
「はい」
「結界も実際に見せた方が早いじゃろう」
「お願いします」
ノエルは立ち上がった。
すると、オリバーが何かを思い出したように振り返る。
「そうじゃ、ノエル君」
「はい?」
「オズワルド先輩は今も甘い物が好きか?」
「好きですよ」
「やっぱりか!」
「……引き継ぎの途中ですよね?」
「大事な確認じゃ」
「そうですかねぇ」
「そうとも」
妙に真剣な顔で頷く老人に、ノエルは小さく笑った。
どうやら、新しい職場では。
仕事以外にも、祖父について随分いろいろ聞かれることになりそうだった。




