6-5
「……ラザさん」
「ん?」
「もう、眠いです……」
「まだいけるだろ」
「いけませんよぉ……」
ノエルは、半分閉じかけた目をこすった。
目の前では、ラザが相変わらず天体観測の日記を広げている。
あれから、どのくらい経ったのだろう。
消えてしまった星についての話は、思っていた以上に長引いていた。
最初に見つけた日のこと。大きく見えるようになった時期。日によって明るさに違いはなかったか。
ラザの質問は尽きなかった。
「……もう、日が変わってますよね?」
「とっくに変わってるな」
「じゃあ、僕はそろそろ……」
「いや、ちょっと待て。もう一個だけ、最後だから」
「……さっきもそう言ってましたよぉ」
「そうだっけ?」
「そうです……」
ラザは笑いながら日記をめくった。
「この日なんだけどな。前の日と比べて星の位置はどうだった?」
「ええと……」
ノエルは日記を覗き込む。
文字が少しぼやけて見えた。今夜も夜目の魔術のおかげで暗くてもよく見えるはずなのに、眠気にはどうやら勝てないらしい。
「……多分、あまり変わってなかったと思います」
「多分?」
「すみません……そこまでは、はっきり……」
「いや、覚えてねえならいい。勝手に補う方が困るからな」
「……はい」
ラザは何かを考えるように日記へ目を落としたが、隣でノエルがあくびをすると、ふっと笑って視線を向けた
「限界か」
「……はい……ずっと、そう言ってます」
「ははっ、悪い悪い。つい楽しくなっちまった。今日はこの辺にしとくかね」
「すいません、その言葉を……まってました」
「続きはまた明日な」
「明日もですか……」
「なんだよ、嫌なのか?」
「嫌じゃないですけど……せめて、解散の時間は決めませんか」
「考えとく」
「絶対、考えるだけですよね……」
ラザは答えず、日記を閉じた。
それから、ふと空を見上げる。
「……お」
「……?」
「もうすぐ明るくなるな」
「えっ?」
ノエルも顔を上げる。
星々の輝きはまだ残っているものの、東の空にはわずかに夜明けの気配があった。
「…………」
ノエルはしばらく無言で空を見つめた。話をして夜を明かすなんて、いつぶりだろう。
「また明日……じゃなくて、もう……今日ですね」
「ああ、そうともいう」
何でもないことのように頷くラザに、ノエルは小さくため息を吐く。
完全にペースを飲まれてしまった。結局、約束していた夜目の魔術の使い方も教えてもらえていない。
言いたいことはあるが、今はそれより眠気が勝った。
「とりあえず……少し寝ましょう……」
「おう。お疲れさん」
ラザがひらひらと手を振る。
ノエルは立ち上がり、日記を受け取った。
暖かい魔術のおかげで身体は冷えていなかったが、とにかく眠い。
「……ラザさんも、休んでくださいね」
「おう」
返事だけは実にいい。
……多分、休まないだろうなあ。
ノエルはそれ以上何も言わず、支部へ戻った。
◇ ◇ ◇
「ふわぁ……」
数時間後。
ノエルはあくびを噛み殺せないまま、遅めの朝食を口へ運んでいた。
オリバーが気を利かせて、少し寝かせてくれたらしい。
「随分と眠そうじゃの」
「すみません……」
「謝ることはないが、昨夜は遅かったのかね?」
「ええと……夜が明けるまで、星の話をしていて……」
「……朝まで?」
「あはは……」
オリバーは呆れたように笑った。
「それはまた、熱心なことじゃな」
「ラザさんが興味のあることを見つけると、いつもあんな感じなんです」
「ほう……そういうものかの」
ノエルは頷き、残っていた朝食を食べ終えた。
そういえば、ラザの姿が見当たらない。
「所長殿は、まだ寝ておるのかの?」
「どうでしょう。ちょっと見てきますね」
ノエルは立ち上がり、ラザが使っている部屋へ向かった。
扉の前に立つと、微かに何かを呟く声が聞こえる。
「いや……こっちだと辻褄が合わねえな……」
どうやら起きているらしい。
こんこん、と扉を叩く。
「ラザさん、入りますよ?」
「おう」
ノエルは扉を開けた。
「…………」
部屋の中が、紙でいっぱいだった。
机の上には何枚もの図面が広げられ、細かな文字や計算式がびっしりと書き込まれている。
椅子にも紙。床にも紙。
何枚かは壁に貼られ、星の位置を示す図が描かれていた。
その中心で、ラザが腕を組んでいる。
「……いや、光度の変化だけじゃ説明できねえし……」
紙を一枚持ち上げ、別の図と見比べる。
ノエルは足元の紙を避けながら、室内へ入った。
「ラザさん」
「ん?」
「朝ごはん、どうしますか?」
「んー……」
「もうお昼に近いですよ」
「そうかぁ」
返事はあるが、こちらを見ない。
ノエルは苦笑した。
「お昼までに一区切りしてくださいね」
「おう」
「ちゃんと食事に来てくださいよ?」
「わかったわかった」
あまりわかっていなさそうな返事だった。
それでも、ノエルはそれ以上邪魔せず、そっと扉を閉めた。
昼になったら、もう一度声をかけよう。
食堂へ戻ると、オリバーが顔を上げた。
「どうじゃった?」
「起きてはいらっしゃいました。今は研究中みたいです」
「……大丈夫なのかね?」
「お昼にもう一度声をかけるので、大丈夫だと思います。具合が悪いということでもないので」
「うむ、そうじゃな」
今日、オリバーは明日の出発に向けて旅支度を進める予定だ。そのため、支部の通常業務はノエルが中心となって進めることになっている。
「……さて」
眠いからといって、仕事を後回しにはできない。
ノエルは軽く頬を叩き、書類を広げた。
◇ ◇ ◇
昼頃。
ノエルは再びラザの部屋へ向かった。
扉の前では、朝と変わらず何かを呟く声が聞こえている。
「ラザさん、入りますよ」
「おう」
扉を開ける。
「…………」
紙が増えていた。
机の上はもちろん、床の空いている場所にも新しい図面が広がっている。
壁に貼られた紙には、複数の線が引かれていた。
その真ん中で、ラザが二枚の図を見比べている。
「……でもなあ、こっちの条件じゃ……」
ノエルが入ってきても、視線は紙に向けられたままだ。
足元に気をつけながら近づき、その手元を覗き込む。
星の位置を記した図。
日付ごとの観測結果。
複雑な計算式。
魔術式らしいものも混ざっている。
「何か、わかりましたか?」
「……ん?」
ラザの呟きが止まった。
ゆっくりと顔が上がる。
普段はどこか気だるげな目が、きらりと光った。
「おお、ノエル! ちょうどいいとこ来たな!」
「はい?」
「ちょっとこれ見ろよ」
ラザが勢いよく一枚の紙を持ち上げた。
「お前の日記の星なんだけどな。まず、出現した時期と位置が妙なんだよ」
「そうなんですか」
「おう。ここに描いたのが現在の星図。アルネシア座の第三星と、ルディエルの尾星の間だ。お前の記録だと、この辺りに見えてたんだろ?」
「ルディ……? あ、はい。そうです。位置はこの辺りです」
「で、ここには本来、肉眼で見える恒星はねえ。星図に載ってない暗い恒星がある可能性は否定できねえが、それだけじゃ説明がつかねえ」
ラザは別の紙を引き寄せた。
「こっちが日付ごとの光度変化。正確な数値はねえから推定だが、増光した後に急減光したとすると、変光星の一種とも考えられる。ただ、それにしちゃ変化の周期がおかしいんだよな」
「……周期、ですか?」
「そう。例えばフェルナ型の脈動変光星なら、増光と減光には一定の規則性がある。けど、お前の記録にはそれがねえ。そもそも、この短期間で見かけの大きさまで変わったってのが引っかかる」
「ああ……」
ノエルは頷いた。
……半分くらいしか、わからない。
「だから超新星みてえな突発的な増光も考えたんだが、それなら今度は光度曲線が合わねえ。まあ、観測条件が揃ってねえから断定はできねえけどな」
ラザは別の図を指さした。
「それに、消失の方も気になる。減光じゃなくて掩蔽だったとすると、遮蔽天体の見かけの移動速度と、お前の観測した期間が噛み合わねえんだよ」
「……ええと、何かに隠れた可能性もある、ということですか?」
「お、そうそう。そういうこと。ただし、その場合は何が隠したんだって話になる」
「なるほど……」
「で、ここからがもっと面白いんだけどな」
ラザは、机に広げた大きな紙へ指を滑らせた。
「仮にあれが恒星じゃなくて、惑星の反射光だったらどうだと思う?」
「……惑星、ですか?」
「おう。見かけの移動量と光度の変化を組み合わせると――」
そこから先は、ノエルにはほとんど理解できなかった。
未知の天体。
見かけの角度。
光度と距離の関係。
さらに魔術的な観測誤差の可能性まで加わり、話は複雑になっていく。
それでも、ラザがいくつもの仮説を立て、それぞれに矛盾がないか検討していることはわかった。
「……あの、ラザさん」
「ん?」
「結局、どの可能性が一番高いんですか?」
「わかんねえ」
即答だった。
「……ええ?」
「いや、どれも一長一短なんだよ。今ある情報だけじゃ決め手がねえ」
ラザは笑いながら、紙の上を指で叩いた。
「ただ、普通の恒星の変化として考えるには、いろいろ妙だってことはわかった」
「なるほど」
ノエルは広げられた図を見回した。
それだけのことを調べるために、夜通し計算していたらしい。
「もう一つ聞いてもいいですか?」
「おう」
「もし、あの星がまた見えるようになったら、何かわかりますか?」
「そりゃあ大助かりだな。少なくとも位置と光度をもう一回測れる。スペクトルまで取れりゃ、もっといい」
「すぺくとる……?」
「ああ、光を波長ごとに分けて調べんだよ。温度や組成の手がかりになるしな。まあ、正体次第じゃ普通の方法じゃ測れねえかもしんねえが」
「そうなんですね」
「だから、もしまた見つけたらすぐ教えろよ」
「わかりました」
「それと、観測した時間はできるだけ正確にな。周りの星との位置関係も記録しとけ」
「はい」
「あと、できれば光度も比較対象を決めて――」
「ラザさん」
「ん?」
「そろそろお昼ご飯、食べましょうか」
ノエルがそう言うと、ラザは瞬きをした。
「……もう昼か?」
「はい。とっくにお昼ですよ」
ラザはようやく窓の外へ目を向けた。
明るい日差しが差し込んでいる。
「……全然気づかなかったわ」
「でしょうねえ」
「そういや、腹減ったな」
「ふふ。じゃあ、まずは身支度をして、ご飯を食べましょう」
ラザは少し考えてから、広げていた紙を机へ置いた。
「……そうだな」
意外なほど素直な返事だった。
「お前、先に行っててくれ。すぐ行く」
「はい。待ってますね」
ノエルは頷き、部屋を出た。
◇ ◇ ◇
「……なるほどのぉ」
昼食の席で、ノエルから話を聞いたオリバーは感心したように頷いた。
「それにしても、ノエル君は扱いがうまいのぉ」
「そうですか?」
「優れた研究者ほど、熱中すると他を忘れるもんじゃが……所長殿にしっかり食事をとらせておる」
オリバーがラザへ目を向ける。
ラザは何でもない顔で昼食を食べていた。
「昔、エルヴェスター様に……ラザさんのお兄様に教えていただいたんです」
「ほう」
「あ?」
ラザが顔を上げる。
少し不満げなラザの顔を見て、やっぱり仲が良い兄弟だなと思いつつ、ノエルは言葉を続けた。
「夢中になっている時に無理に引き離すと、意固地になってかえって長引くから、ああいう時は話を満足するまで聞いてあげた方が早いって」
「……あいつ、わかったふうな口を」
「実際、よく理解しておられるのではないかの」
「僕もそう思います」
「たまたまだっての」
ラザはそう言って、また食事へ戻った。
「しかし、星の研究というのも大変なものですな。夜通し観測したうえ、昼まで考え続けるとは」
「好きでやってるだけだからな。大変なことなんて一個もねえよ」
「そういうもんかのぉ」
「大変なのは周りの方だろ」
ははっと悪びれなく笑う姿に、ノエルは小さく笑いながら温かい飲み物を口にした。
そういえば、夜目の魔術は結局まだ教わっていない。
そろそろ約束を思い出してもらおうか。
そう考えた時だった。
「ノエルにいちゃーん!」
玄関の方から、元気な声が聞こえてきた。
「……あれ?」
続いて、何人かの子供たちの声がする。
「ノエルにいちゃん、いるー?」
「いるよー。どうしたの?」
ノエルが返事をすると、玄関の扉が開いた。
顔を覗かせたのは、昨日ラザと遊んでいた子供たちだった。
そのうちの一人が、片足を少し引きずっている。
「あれ、大丈夫?」
「転んだ!」
男の子が元気よく答えた。
ただ、膝の辺りは雪と泥で汚れ、差し出された手のひらと頬には血が滲んでいる。
「走ってたら転んじゃったの」
「結構血が出てたからさぁ、手当してやってほしくて……」
「そんなに出てねえし!」
怪我をした本人は、どうやら元気らしい。
ノエルは膝をつき、傷を確認した。
「ちょっと見せてね」
「うん」
そっと手を取り、頬と合わせて傷口を見る。どちらも皮が擦りむけていたが、幸い深い傷ではなさそうだった。
「足も引きずってたけど、痛さはどう?」
「別に、ちょっとぐきってなっただけ。もうそんな痛くないよ」
ぶんぶんと脚を振ってみせた。念のため足首を見てみたが、目立った腫れはなく、骨折を疑うような様子もなさそうだった。
「うん、ひとまず大丈夫そうだね。じゃあ擦りむいたところを少し洗って、手当てしようか」
「……痛くない?」
「ちょっとしみるかもしれないけど、すぐ終わるよ」
「んー……わかった」
ノエルは手当ての道具を取りに行った。
その間、ラザが子供たちへ声をかける。
「おいおい、何やってんだよ、お前ら」
「あっ、昨日の魔術師!」
「おう。覚えてたか」
「今日も魔法やってよー」
「お前ら、怪我人連れてきて最初に言うことがそれか?」
「だって〜」
「まずはそいつの膝だろ」
「……あ、そっか」
子供たちは慌てて怪我をした男の子を振り返った。
そこへ、ノエルが戻ってきた。
「お待たせ。じゃあ、ここに座ってね」
「うん」
男の子を椅子に座らせ、傷の周囲についた泥を丁寧に洗い流す。
「……いって!」
「ごめんね。もう少しだから」
「うう……」
「頑張れー!」
「痛そう……」
「べつに、痛くねぇし!」
付き添いの子供たちが口々に声をかける。
ノエルは手際よく処置を進め、最後に傷を保護した。
「はい、おしまい」
「ん……ありがと、ノエルにいちゃん」
「どういたしまして。足は今のところ大丈夫そうだけど、あとから痛くなったり腫れたりすることもあるからね。しばらくはあんまり走り回らないようにして、痛みが出たらすぐ教えてね」
「……はぁい」
「えー、ぜったいまた走るよねぇ」
「おい、言うなよ!」
くすくす笑うおさげ髪の女の子に、男の子は口を尖らせながら声を上げる。仲のいいやり取りにノエルも自然と目が細まった。
「無理しないか、見ててあげてね」
「うんっ」
「べつに見てなくていいし!」
そんなことを言いながら、少し表情は嬉しそうだった。
「ガキはわかりやすいねぇ」
「からかっちゃダメですよ」
「そりゃあ残念」
◇ ◇ ◇
手当てが終わると、子供たちはすっかりいつもの調子に戻った。
「ねえ、ノエルにいちゃん」
「ん?」
「白星草、まだ咲いてるかな?」
「ああ、この前行ったとこの?」
ノエルは振り返った。
怪我をした子の付き添いで来ていたアッシュが、少し期待した目で見つめてくる。
「どうだろう。もう雪も本格的に降ってるし、今は見られないかもしれないね」
「えー、そっかあ。また見たかったのに」
「春になったら見に行こうか」
「うん!」
そのやり取りを聞いていたラザが、顔を上げる。
「白星草?」
「はい。村の近くの森に生えている草なんです」
「へえ。どんなの?」
「小さな白い花が咲くんですよ。形が星みたいで」
「星の形……ああ、あれか。この辺りにも咲いてんだな。どの辺に生えてんだ?」
ノエルが答えようとすると、アッシュをはじめ数名の男の子が横から口を挟んだ。
「秘密の場所!」
「そうそう!」
「ノエルにいちゃんには教えたけどな!」
「へえ?」
ラザが少し身を乗り出した。
「なんだよ。俺には教えてくんねえの?」
「だって秘密だもん」
「そうか。じゃあしょうがねえな」
ラザがあっさり引くと、アッシュたちは少し拍子抜けした顔になった。
「……え、もういいの?」
「秘密なんだろ?」
「そうだけど……」
教えてと言われれば秘密にしたくなる。でも、あっさり引かれるとなんだか悔しい。微妙な表情をするアッシュたちに、ノエルは少し笑った。
「アッシュ君、仲間外れは可哀想じゃない?」
ノエルが少し助け船を出すと、アッシュは仕方ないなとでも言いたげな、少し得意げな表情を浮かべた。
「んん、まあ……ノエルにいちゃんの知り合いだしな! どーしてもって言うんなら、教えてもいいよ」
周りの子供たちも頷き、同じように得意げな顔をした。
それを見ながら、ラザはニヤニヤ笑ってノエルに耳打ちをした。
「……なあこれ、別にいらねって言ったら泣くか?」
「やめてください、大人げないですよ」
なんのために助け船を出したと思ってるのか、と視線を向けるとラザは肩を震わせて静かに笑う。
「わかったわかった……んん、そうだなぁ、秘密の場所、俺も知りてぇなー」
「んふ……じゃあいいよ! あのさ、森の中にさっ、ひろい場所があってー」
「おう」
「で、その近くに石のやつがあって!」
「石のやつ?」
うんうん、と話半分くらいで聞いていたラザが、不意に出てきた単語に首を傾げた。
「近くに古い祭壇があるんです」
「祭壇……森の中にか?」
「はい。石造りの、かなり古そうなものなんです」
「ふうん……」
ラザは少し考えるような顔をした。
「どんな形なんだ?」
「ええと……」
ノエルが説明しようとすると、子供たちが競うように話し始めた。
「大きい石がある!」
「丸いところもあるよ!」
「あと、変な模様!」
「ほう。模様?」
「うん! ぐるぐるってなってる!」
「へえ、面白そうじゃん」
ラザは頷いた。
「ちょっと見てみてえな」
その言葉に、子供たちが顔を見合わせた。
そして、小さな声で相談を始める。
「……どうする?」
「でも、秘密だよ?」
「昨日一緒に遊んだじゃん」
「ノエルにいちゃんの知り合いだし、仲間外れはだめって」
「……じゃあ、いいかな」
「うん」
どうやら、話がまとまったらしい。
アッシュが代表するように胸を張った。
「……そんなに見たいならさぁ、案内してやってもいいけど?」
「お、いいのか?」
「でも、ほかの人には教えちゃ駄目だからな」
「おう。秘密な」
「それと、ちゃんとオレたちについてくること! 森で迷子になったらあぶないからな!」
「ははっ、わかったよ」
ラザが笑う。
ノエルもつられて笑いかけたところで、食堂の奥から声がした。
「いやいや、それはいかんぞ」
それまで話を聞いていたオリバーだった。
「えー、なんで?」
「近頃、森の方で魔獣の気配があると聞いておる。今は子供たちだけで入ってよい場所ではないぞ」
「えーっ!」
「でも、オレたち何回も行ったことあるよ!」
「そうじゃの。だが、今まで無事だったからといって、次も大丈夫とは限らん。アッシュはよーく知っとるな?」
「うう……」
アッシュたちは不満そうに顔を見合わせた。
「それに、雪も積もっておる。道も滑りやすかろう。今日だって転んだ子がおるではないか」
そう言われて、子供たちの視線が一斉に怪我をした男の子へ向いた。
「……オレのせいじゃねえし!」
「いや、そういう話ではないのじゃが……」
オリバーは困ったように笑った。
ノエルも頷く。
「オリバーさんの言う通りだね。森の中は村の道ほど整備されていないし、今は危ないから、みんなで行くのはやめておこうか」
「……ちぇー」
「せっかく案内してやろうと思ったのに」
アッシュたちはすっかり残念そうだ。
ラザはそんな子供たちを眺めてから、肩をすくめた。
「ま、しょうがねえな。別に急ぐ話でもねえし」
「でも……」
アッシュはまだ少し納得がいかない様子だった。
ノエルはそんな様子を見て、ふと思い出した。
「……あ、そうだ」
「ん?」
「僕、今日は午後から森の様子を見回る予定だったんです」
「ほう?」
「近頃の魔獣の気配について、周辺の様子を確かめておこうと思っていたので」
ノエルはラザへ目を向けた。
「祭壇の場所は僕も知っていますし、そのついでにラザさんをご案内しましょうか?」
「お、そりゃ助かるな」
「もちろん、途中の様子を見て、危なそうなら引き返しますけど」
「おう。それで構わねえよ」
そのやり取りに、アッシュたちが顔を上げた。
「……ノエルにいちゃんが案内するの?」
「うん。僕なら場所もわかるしね」
「そっか……」
アッシュは少し考え込んだ。
それから、周りの子供たちと顔を見合わせる。
「……まあ、ノエルにいちゃんならわかるか」
「うん」
「ちゃんと案内できるもんな!」
「ふふ。任せて」
ノエルが笑うと、アッシュは大きく頷いた。
「じゃあ、しょうがないな! 今回はノエルにいちゃんを案内隊長に任命する!」
「にんめーってなに?」
「しらなぁい」
小さな子たちがこそこそ囁き合っている中、アッシュは胸を張りながらノエルを見た。
「はい、謹んで拝命いたします」
「でもさ!」
「ん?」
「春になったら、ぜったいまた一緒に行こうね!」
アッシュがそう言うと、ほかの子供たちも口々に声を上げた。
「オレも行く!」
「白星草も見たい!」
「今度はみんなで行こうよ!」
ノエルは子供たちを見回し、微笑んだ。
「そうだね。春になって、森が安全になったら、またみんなで行こうか」
「やったー!」
「約束だからな!」
「うん。約束」
アッシュたちは満足そうに笑った。
その様子を見ていたラザが、小さく吹き出す。
「ははっ、すっかり懐かれてんなあ」
「みんな人懐っこいので、仲良くしてくれるんですよ」
ノエルは笑ってから、子供たちへ向き直った。
「じゃあ、今日はみんな村で遊んでね。それと、怪我したところはちゃんと気をつけること。いい?」
「はーい」
「わかってるって」
「本当かなあ」
「ほんとだし!」
子供たちは元気よく返事をすると、支部を出ていった。
玄関の扉が閉まり、静けさが戻る。
「……で、その祭壇ってのはいつ頃のものなんだ?」
ラザが尋ねた。
「さあ……僕も詳しいことはわかりません。リディアさんも一緒に見たんですけど、かなり古いものとしか」
「なるほど」
ラザは顎に手を当てた。
「ま、行ってみりゃわかるか」
「そうですね」
「ノエル君も、魔獣の気配には十分気をつけるのじゃぞ」
オリバーが念を押す。
「はい。無理はしません」
「俺もいるんだし、心配すんなって」
「所長殿は何かに夢中になると、周りが見えなくなるそうじゃからのぉ……むしろノエル君より心配じゃよ」
「おい」
オリバーの言葉に、ノエルは思わず笑ってしまった。
「大丈夫ですよ。僕がちゃんと見ていますから」
「頼もしいことじゃ」
「お前らなあ……」
ラザは呆れたように笑った。
ノエルは窓の外を見る。
昼前まで晴れていた空には、少し雲が出始めている。
ただ、今すぐ雪が降りそうな様子ではなかった。
午後もこの天気が続けば、予定通り森の様子を見に行けるだろう。
「……あ、そうだ」
ノエルはラザを振り返った。
「ラザさん」
「ん?」
「今夜こそ、魔術を教えてもらう時間も取ってくださいね?」
「おう。覚えてるって」
「本当ですか?」
「本当本当、昨日も教える気はあったんだがな」
ラザは笑いながら手を振った。
多分……本人が言ってる通り、その気はあるんだろうな。その時に思い出せるかは、また別の話ってだけで。
そう思いながら、ノエルは午後の仕事の準備を始めた。




