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拝啓、プラネット  作者: usa
一章
50/58

6-2

「……というわけで、三日ほどこちらに滞在されるそうです」


「おう。よろしくな」


 ノエルの紹介を受けて、ラザは気軽に片手を上げた。


 その向かいで、オリバーはしばらく無言だった。


「……王宮魔法局、第三室所長?」


「そう」


「ラザ・エルヴェスター殿?」


「おう」


「……なるほどのぉ」


 オリバーは一度頷き、ノエルへ視線を向けた。


「ノエル君のところには、いろんな人が集まるもんじゃ」


「あはは……」


 ノエルは苦笑する。


 ザーレン支部へ赴任して以来、第三室の人間が急に顔を出すのも、なんだか珍しくなくなってしまった。


 オリバーも最初の頃こそ驚いていたが、最近では誰が訪ねてきても、とりあえず話を聞くくらいには慣れている。


「それで、所長殿がわざわざこんなところまで視察に?」


「いや、有給」


「……有給?」


「三日間の休暇」


 オリバーは、もう一度ノエルを見た。


 ノエルは何とも言えない笑顔を返した。


「……こんな田舎にかね?」


「田舎だからいいんじゃねえか。空も広いし、星もよく見えるだろ」


「そりゃあ、星ならいくらでも見えるがの」


「最高じゃねえか」


「……少し、変わった御仁じゃな」


 オリバーはなんとも言えない顔をした。少しではなく、かなり変わり者だと思っているらしいことは表情から察せられる。


 もっとも、これ以上追及する気はないらしい。


 何しろ本人曰く休暇である。


 なにか仕事を押しつけてくるわけでもなければ、支部の運営に口を出されるわけでもない。


 本人が田舎で休みたいと言うなら、それを止める理由もなかった。


「まあ、お好きになさればよかろう。こちらにお泊まりになりますかな?」


「その辺はあとで考えるわ。天気次第じゃ外で寝る」


「冬ですぞ!?」


「あ、オリバーさん。多分大丈夫です。所長、野営は慣れていらっしゃるというか……環境は大抵魔術でどうにかなさるので、あまり関係なくて」


「……そうかの」


 オリバーは深く考えるのをやめた。


 なにせ、ノエルの周りには瞬間移動で突然現れる者や、一年も前に見た棚のことを覚えている者が当たり前にいる。


 それなら真冬に外で野営しても大丈夫な者くらい、まあいるだろう。それが普通かはわからないが。


「ところでノエル君、戻ったばかりで悪いが、引き継ぎたいことをいくつかまとめとる。昼飯を食ったら少し付き合ってくれるかの?」


「はい、もちろんです」


「所長殿は?」


「俺はもう食ってきた」


「そうか。では、ゆっくりしていってくだされ」


「おう、ありがとな」


 ラザは軽く手を振ると、さっそく窓の外へ目を向けた。


「んじゃ、俺はちょっと村を見てくるわ」


「えっ、もう行かれるんですか?」


「おう。せっかく来たんだし」


「でも、まだ何もご案内してませんけど……」


「大丈夫だろ。どうにでもなる」


「まあ……所長なら、本当にどうにでもなりそうですね」


「だろ?」


 ノエルが苦笑している間に、ラザはさっさと支部の玄関へ向かっていく。


「じゃ、またあとでな」


「はい。お気をつけて」


「おう」


 扉が閉まる。


 しばらくして、オリバーがぽつりと呟いた。


「……本当に所長なんじゃな?」


「はい」


「ずいぶん自由な人じゃのぉ」


「ふふ。そうですね」


 否定はできなかった。



 ◇ ◇ ◇



 簡単な昼食を済ませ、ノエルはオリバーから支部の業務について報告を受けていた。


 留守にしていた数日の間に届いた依頼、村の設備に関する相談、処理を終えた案件と、これから対応する必要があるもの。


 どれも特別大きな問題ではなかったが、日々の仕事は案外細かい。


「……と、ひとまずこんなところじゃな」


「ありがとうございます。こちらは明日、僕の方で確認しておきますね」


「うむ、頼む。あと、この前の件じゃが……」


 オリバーが別の書類を取り出す。


 ノエルは頷きながら、その説明を聞いた。


 王宮での二日間は、慌ただしくも刺激的だった。


 しかし、こうしていつもの机に向かい、村の人々に関する報告を受けていると、ザーレンへ戻ってきたのだと実感する。


 どちらも自分の仕事だと、そう思えるのは幸せなことだと思った。


「……うん。これで大丈夫そうですね」


 一通り確認を終え、ノエルは書類を揃えた。


「それじゃあ、僕は村を見て回ってきます」


「うむ。気をつけるんじゃぞ。昨日も雪が降ったからの」


「はい」


 外套を羽織り、手袋をはめる。


 扉を開けると、冷たい空気が頬を撫でた。


「……寒い」


 思わず呟いてから、ノエルは小さく笑った。


 王都も本格的に冬が近づいて寒かったが、ザーレンの寒さはまた少し違う。


 道の端には雪が積もり、家々の屋根も白く覆われていた。


 それでも村の人々はいつも通りに暮らしている。


 荷物を運ぶ人。


 店先の雪を払う人。


 軒下で立ち話をする人。


 ノエルはすれ違う人々に挨拶をしながら、いつもの道を歩いていった。


 留守の間に変わったことはないか。


 困っている人はいないか。


 見回りと言っても、何か事件が起きていることを前提にしたものではない。


 こうして普段から顔を合わせておくことが、いざという時の助けになる。


「ノエルにいちゃん、お帰り!」


「あ、ただいま。変わったことはなかった?」


「うん! 王都はどうだった?」


「ふふ、いろいろあったよ」


 そんなやり取りを交わしながら、ノエルは村の広場へ向かった。


 すると。


「だから、おっさん! もう一回やってくれよ!」


「誰がおっさんだ、誰が」


 どこか聞き覚えのある声がした。


 ノエルは足を止めた。


 広場の向こう。


 雪が踏み固められた一角に、子供たちが集まっている。


 その中心にいたのは、見慣れた長身の男だった。


「……所長?」


 ラザだった。


 数人の子供に囲まれ、何やら楽しそうに話している。


「おっさん、さっきのもう一回!」


「おっさんって呼ぶ奴には見せねえ」


「じゃあ、お兄さん!」


「おう。いいぞ」


「ちょろっ!」


「聞こえてんぞ、ガキ」


 子供たちがどっと笑い、ラザも愉快そうにしている。どうやら、もう打ち解けているらしい。


 ノエルは少し離れたところから、その様子を眺めた。


「じゃ、よく見とけよ」


 ラザが片手を差し出す。


 何もないはずの掌の上に、小さな光が生まれた。


 淡い光はふわりと浮かび上がり、ゆっくりと形を変えていく。


 丸くなったかと思えば、細長く伸びる。


 やがて、いくつもの小さな光に分かれた。


「うわっ!」


「すげえ!」


「待て待て、まだ終わってねえぞ」


 ラザが指を鳴らす。


 光の粒がくるりと回り、一つに集まった。


 次の瞬間、小さな星の形になって、子供たちの頭上をくるくると飛び始める。


「捕まえられたら、お前の勝ちな」


「よっしゃ!」


 一人の男の子が勢いよく手を伸ばした。


 しかし、星はひょいと逃げる。


「うわ、なんだよ! 動くのはずるいだろ!」


「ずるくねえよ。お前が捕まえるの下手なだけ〜」


「下手じゃねえし!」


「じゃ、捕まえてみろって」


「絶対捕まえる!」


 男の子はむきになって星を追いかけ始めた。


 ラザは片手をひらひらと動かしながら、実に楽しそうに笑っている。


 だが、星の動きは無茶苦茶というわけでもなかった。


 男の子が雪の深い方へ踏み出そうとすると、さりげなく広場の内側へ戻ってくる。


 勢い余って転びそうになった時には、男の子の足元の雪がふわりと盛り上がり、身体を支えた。


「うわっ、とと……!」


「おいおい、足元見ろよ」


「おっさんが星をこっちに動かすからだろ!」


「だからおっさんじゃねえって」


 また笑い声が上がる。


 その横から、小さな女の子がラザの袖を引っ張った。


「ねえ、あたしも!」


「おう。じゃあ、お前はこっちな」


 ラザがもう片方の手を軽く振ると、女の子の目の前に小さな光が現れた。


「わあ!」


「落とすなよ」


「うん!」


 女の子が両手で受け止めようとする。


 光はその掌の少し上で止まり、ふわふわと浮かんだ。


「……あれ? 持てないよ?」


「そりゃ光だからな」


「えー!」


「持てると思ったか?」


「思ったよ〜」


「残念だったな」


 ラザは悪びれず笑った。


「じゃあ、これならどうだ」


 今度は光がくるりと形を変え、小さな花のようになった。


 女の子が目を輝かせる。


「かわいい!」


「だろ」


「あたし、もっと大きいのがいい!」


「注文多いな、お前。将来図太い女になりそうだ」


「ならないもん!」


「はいはい」


 文句を言いながらも、ラザは光の花を一回り大きくした。


 その間も、もう一方の手では男の子から逃げる星を操っている。


「おっさん! こっちも!」


「忙しいんだよ、今」


「逃げんな!」


「逃げてんのは星だろ。俺じゃねえし」


「うがー!」


 ノエルは、思わず笑ってしまった。


 ……相変わらずだなあ。


 ラザは昔から、年下の相手が上手かった。


 といっても、子供を丁寧にあやしたり、優しい言葉ばかりかけたりするわけではない。


 むしろ遠慮なくからかうし、負けず嫌いな子には容赦なく勝負を仕掛ける。


 女の子だからと特別扱いすることもない。


 けれど、相手が本当に嫌がることはしないし、危ないことになれば、何でもない顔をして手を貸す。


 子供たちにしてみれば、少し意地悪で、でも面白い大人なのだろう。


 ……大人。


 ノエルは、ふと昔のことを思い出した。



 ◇ ◇ ◇



「なあ、ノエル」


「はい?」


「お前、俺にあちこち連れ回されて、嫌じゃねえの?」


 そう尋ねられたのは、まだノエルが幼かった頃のことだ。


 あの日もラザは、面白いものを見せてやると言って、ノエルを連れ出していた。


 どこへ行ったのか、何を見たのか。


 細かいところは、もうあまり覚えていない。


 ただ、ラザがいつも楽しそうだったことと、自分もその時間を楽しみにしていたことは、よく覚えている。


「いやじゃないですよ」


「そうか?」


「はい。楽しいです」


「だよなぁ!」


 ラザは、何故か勝ち誇った顔になった。


「ほら見ろ、ラシル! やっぱ俺、ガキの扱い上手いんだよ!」


 その言葉に、傍らにいたラシルが呆れた顔をした。


「精神年齢が近いからだろう」


「あ?」


「むしろ、この子の方が大人なんじゃないか? すまないな、気を遣わせて」


「おい、どういう意味だ」


「言葉通りの意味だが?」


「俺の方が大人に決まってんだろ」


「大人はそんなことで張り合わない」


「張り合ってねえよ」


「そうか。なら、そんなにむきになる必要もないだろう」


「お前なあ……」


 二人が言い合いを始める。


 ノエルは、その様子を眺めていた。


 ラザは本気で怒っているわけではないし、ラシルもそれをわかっていて真顔でからかっている。


 いつものことだった。


 ノエルがくすくす笑うと、ラザが振り返った。


「ほら、ノエルも笑ってんじゃねえか」


「それはお前を笑っているんだと思うが」


「うるせえ!」


 また二人が言い合いを始めた。


 ノエルは、ますますおかしくなって笑った。


 ……やっぱり、楽しいなあ。


 まだ立場も肩書きもそれほど気にならなかったあの頃。


 大人なのに子どもみたいな二人を見て、そんなことを確かに思っていた。



 ◇ ◇ ◇



「……ふふ」


 思い出し笑いをすると、ちょうどラザがこちらに気づいた。


「お、ノエル」


「所長、楽しそうですね」


「いつからいたんだよ」


「星を出していた辺りからです」


「ノエルおにいちゃん、知り合い?」


 女の子がノエルを見上げた。


「うん。王都で一緒に働いてる人だよ」


「このおじさんと?」


「おい」


 ラザがすかさず口を挟む。


「さっきまで、俺のことお兄さんって呼んでただろ」


「だって、お兄さんって言わないと魔法やってくれないもん」


「なかなか賢いな。前言撤回だ、お前いい女になるぞ」


「えへへ!」


 女の子は嬉しそうに笑った。


 ノエルもつられて笑う。


「所長、結構子どもに好かれますよね」


「ガキは素直だからな。見てて面白えんだよ」


 ラザは笑いながら答えた。


 そして、ふと思い出したようにノエルを見る。


「お前も似たようなもんだったろ」


「そうでしたかねえ」


「そうだよ。何見せても面白がってたじゃねえか」


「ふふ。確かに、楽しかったです」


「だろ?」


 ラザは得意げに笑った。


 その顔を見て、ノエルはやっぱり変わらないなと思う。


 ……ラシルさんの言っていたことも、あながち間違いではなかったのかもしれない。


 もちろん、そんなことを口にするつもりはない。


「ねえ、ノエルにいちゃんもやる?」


 男の子が声をかけてきた。


「え? 僕も?」


「うん! このおっさんの星、全然捕まえられねえんだよ!」


「ノエルにいちゃんなら捕まえられる?」


「うーん、どうだろう」


 ノエルは頭上を飛び回る小さな星を見上げた。


 ラザの魔法だ。


 そう簡単に捕まえさせてくれるとは思えない。


「所長、どうですか?」


「ん?」


「僕にも捕まえられます?」


 ラザが、にやりと笑った。


「やってみろよ」


 ノエルは小さく笑って、外套の袖を少しまくった。


「じゃあ、一回だけ」


「よっしゃ! ノエルにいちゃん、頑張れ!」


 子供たちが一斉に声を上げる。


 ラザは楽しそうに指を鳴らした。


 小さな星が、雪の上を軽やかに飛び始める。


「それじゃ、行きますよ」


「おう。頑張れよ」


 ノエルは星の動きを目で追った。


 ゆっくりと右へ流れ、少し下がる。


 子供たちが追いかけていた時と同じくらいの速さだ。


 これなら、タイミングを合わせれば捕まえられるかもしれない。


 ノエルは星が近づいてくるのを待ち、そっと手を伸ばした。


 その瞬間。


 ひゅんっ。


「……あれ?」


 星が視界から消えた。


 いや、消えたわけではない。


 さっきまで目の前にあったはずの星は、いつの間にか少し離れた場所に浮かんでいた。


「おっと、惜しいな」


 ラザが笑う。


「……今、急に速くなりませんでした?」


「気のせいじゃねえの?」


 明らかに楽しんでいる顔だった。


 ノエルは苦笑しながら、もう一度星へ向き直った。


 今度は少し素早く手を伸ばす。


 しかし、星はそれよりも速く跳ね上がった。


「あっ」


 さらにもう一度。


 今度は横へ。


 ノエルが動けば、その分だけ星も速くなる。


 右へ伸ばせば左へ、上を狙えば下へ。


 おまけに、時々わざと捕まえられそうな位置で止まる。


 その度にノエルが手を伸ばすと、寸前で逃げていくのだった。


「……所長」


「ん?」


「僕にだけ厳しくないですか?」


「ははっ! そりゃあ、同じガキでも二十代は難易度上げねえとなぁ」


「僕、もうガキじゃないんですけど」


「俺から見りゃ似たようなもんだろ」


 ラザはにやにやと笑いながら、指先で星を一回転させた。


「それに、お前が本気で捕まえようとしたら、さっきの速さじゃつまんねえだろ?」


「……そういう問題ですか?」


「そういう問題だ」


 何の迷いもなく返された。


 ノエルは小さく息を吐く。


 ……やっぱり、昔から変わらない。


「おっさん! ずるいぞ!」


 横で見ていた男の子が声を上げた。


「さっきオレがやった時、そんなに速くなかったじゃん!」


「当たり前だろ。ノエルはお前よりでけえんだから」


「じゃあ、オレも大きくなったら速くなるのか?」


「そりゃそうだ」


「絶対捕まえられねえじゃん!」


「じゃあ今のうちに捕まえとけ」


「くっそー!」


 男の子が悔しそうに地団駄を踏む。


 その隣で、女の子がノエルの外套を引っ張った。


「ノエルおにいちゃん、がんばって!」


「ふふ、ありがとう」


「おじさんに負けないでね!」


「おい、おじさんじゃねえって」


 ラザの抗議は、誰にも聞き入れられなかった。


「じゃあ、もう一回だけお願いします」


「おう、いいぞ」


 ラザが指を鳴らす。


 星が再びゆっくりと動き始めた。


 ……さて。


 ノエルは少し考えた。


 正面から追いかけても捕まえられないのは、もうわかっている。


 何しろ、星を動かしているのはラザだ。


 こちらがどれだけ素早く動いたところで、簡単に対応されてしまうだろう。


 ならば。


「……あ、所長」


「ん?」


「そういえば、さっきオリバーさんが――」


 ノエルが声をかけると、ラザが一瞬だけこちらへ視線を向けた。


 その隙に。


 ぱしっ。


「あ」


 星を捕まえようとしたノエルの手が、空を切った。


 星はひょいと上へ逃げている。


「……あれ?」


「ははっ! 今、俺の気ぃ逸らそうとしただろ!」


「……気づいてました?」


「そりゃ気づくだろ。お前、そういうことする時だけ妙に真面目な顔すんだよ」


「ええ……」


 ノエルは困ったように笑った。


 確かに、子供の頃からこういう手は通用しなかった気がする。


「ノエルにいちゃん、負けたー!」


「残念!」


「もう一回!」


 子供たちが口々に騒ぎ始める。


「いやいや、もう一回って。僕、見回りの途中なんだけどなあ」


「えー!」


「もうちょっとだけ!」


「おお、ノエル。人気者だな」


「誰のせいだと思ってるんですか……」


 ノエルが苦笑すると、ラザはますます愉快そうに笑った。


「しょうがねえな。じゃ、最後は全員で捕まえてみろよ」


「えっ、いいの!?」


「おう。ただし、転ぶなよ」


 ラザは指を軽く振った。


 すると、星が二つ、三つと分かれ、子供たちの頭上へ散っていく。


「うわ、増えた!」


「こっちにもある!」


「よーし、捕まえるぞ!」


 子供たちは歓声を上げ、思い思いの星を追いかけ始めた。


 ラザはその様子を眺めながら、指先だけで光を操っている。


 子供たちがぶつかりそうになれば、星はそれぞれ別の方向へ逃げる。


 足場の悪いところには近づかず、小さな子が追いつけないほど遠くへ行くこともない。


 そして、しばらくすると。


「あっ!」


 一人の女の子が、両手を合わせた。


 その掌の中で、小さな星がぽうっと光っている。


「捕まえた!」


「お、やるじゃねえか」


「やったあ!」


 ラザが笑うと、女の子は嬉しそうに星を掲げた。


 光はそのままふわりと浮かび上がり、きらきらと小さな粒になって消えていく。


「えー、消えちゃった」


「光だからな。持って帰れねえよ」


「そっかあ」


 少し残念そうにしながらも、女の子は満足げに笑った。


 男の子たちも、負けじと残った星を追いかけている。


 ノエルはその様子を眺めながら、ふと気づいた。


 ……あれ。


 子供たちの手が届くところでは、星が時々わずかに動きを緩めている。


 もちろん、簡単に捕まえさせるわけではない。


 でも、頑張れば届く。


 そう思えるくらいの速さで動いている。


 さっきノエルが追いかけていた時とは、随分と違う。


 ノエルがラザを見ると、ラザもこちらへ目を向けた。


「ん?」


「……いえ」


 ノエルは笑った。


「やっぱり、子供の扱いがお上手ですね」


「だろ?」


 ラザは、また得意げな顔をした。


 その顔があまりにも昔と同じで、ノエルはつい吹き出してしまった。


「……何笑ってんだよ」


「ふふ。何でもないです」


「なんだよ、気になるだろ」


「いえ、本当に」


 ラシルの言葉を思い出したなどと言えば、今でも同じように言い合いが始まりそうだった。


 それも少し面白そうではあるけれど。


 今は、胸の内にしまっておこう。



 ◇ ◇ ◇



「じゃあ、僕はそろそろ行くね」


「えー、もう?」


「うん。まだ見回りの途中だから……所長はどうしますか?」


「せっかくだし、見回りとやらについていくかなあ」


 ノエルとラザがそう言うと、子供たちは残念そうな顔をした。


「おっさん、また来る?」


「どうだろうな」


「明日も来てよ!」


「気が向いたらな」


「絶対だぞ!」


「勝手に決めんなって。おっさんってのは案外忙しいんだよ」


 ラザが笑いながら答える。


 その隣で、女の子がノエルへ手を振った。


「ノエルおにいちゃん、またね!」


「うん。またね。みんな、雪で滑らないように気をつけてね」


「はーい!」


 元気な返事が返ってくる。


 二人が広場を離れると、子供たちはさっそく別の遊びを始めたようだった。


 それを微笑ましく思っていると。


「そういや、ノエル」


「はい?」


「お前、さっきの星、結構本気で捕まえるつもりだったろ」


「……そりゃあ、当然ですよ」


「ははっ! そうかそうか」


「そんなにおかしいですか?」


「いや?」


 ラザはにやりと笑った。


「いいんじゃねえの。お前はデカくなっても良い子ちゃんだからな。たまにはガキの頃の負けず嫌いも発揮しとけ」


「……そんなに負けず嫌いでしたか?」


「だったよ。普段は大人しいくせに、一回やるって決めたら結構しつこいんだよな」


「えぇ……そんなことあったかなぁ。捏造してませんか?」


「するか。何回も魔法見せろって言ってきたこともあったろ」


「それは、所長の魔法が面白かったからですよ」


「そりゃあ当然」


 ラザはあっさりと、そして少し得意げに笑う。


 ラザの魔法は、いつだって面白かった。


 教科書に載っているような魔法とは少し違う。


 何に使うのかわからないものもあれば、ただ綺麗なだけのものもあった。


 けれど、どれもノエルにとっては新鮮で、次は何を見せてくれるのだろうと楽しみにしていた。


 そしてラザも、ノエルが驚いたり、喜んだりするのを楽しんでいた。


 どちらか一方が付き合わされていたわけではない。


 ……少なくとも、ノエル自身はそう思っている。


「昔、エルヴェスター様に言われてましたよね」


「あ?」


 ラザが首を傾げる。


「何を?」


「所長と僕の精神年齢が、っていう」


「……ああ」


 ラザは、あからさまに嫌そうな顔をした。


「言ってたな、あいつ」


「ふふ」


「一言、いや二言三言余計なんだよあの石頭は」


「仲良しですよねえ。僕、兄弟がいないから羨ましかったです」


「欲しけりゃもらってくれよ。今度リボン巻いて送りつけてやるから」


 ラザの軽口に笑いながら、二人でそのまま雪の積もった村道を歩いていく。


 途中でノエルが村人に声をかければ、ラザは隣で気ままに話を聞いていた。


 時折、気になったことを尋ねたり、村の様子を眺めたり。


 そしてまた、別の何かに興味を引かれたように周囲を見回す。


「好奇心旺盛ですよねえ」


「そうか?」


「はい」


「ま、面白いもんがあるなら見に行くだろ。昔も今も」


 ラザは当たり前のことのように言った。


 そして、ふと空を見上げる。


「……夜が楽しみだな」


「星ですか?」


「おう。せっかくここまで来たんだし、じっくり見ねえとな」


「今夜は晴れるといいですね」


「そうだな」


 冬の空には、まだ薄い雲がかかっている。


 けれど、その向こうにはきっと、王都では見られないほどの星が広がっているのだろう。


 ラザは楽しそうに笑った。


 ノエルもその隣で、少しだけ空を見上げた。


 王都から遠く離れた、ザーレンの村。


 久しぶりに並んで歩く二人の上に、冷たい冬の風が吹き抜けていく。


 そんな、穏やかな冬の午後だった。

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