6-2
「……というわけで、三日ほどこちらに滞在されるそうです」
「おう。よろしくな」
ノエルの紹介を受けて、ラザは気軽に片手を上げた。
その向かいで、オリバーはしばらく無言だった。
「……王宮魔法局、第三室所長?」
「そう」
「ラザ・エルヴェスター殿?」
「おう」
「……なるほどのぉ」
オリバーは一度頷き、ノエルへ視線を向けた。
「ノエル君のところには、いろんな人が集まるもんじゃ」
「あはは……」
ノエルは苦笑する。
ザーレン支部へ赴任して以来、第三室の人間が急に顔を出すのも、なんだか珍しくなくなってしまった。
オリバーも最初の頃こそ驚いていたが、最近では誰が訪ねてきても、とりあえず話を聞くくらいには慣れている。
「それで、所長殿がわざわざこんなところまで視察に?」
「いや、有給」
「……有給?」
「三日間の休暇」
オリバーは、もう一度ノエルを見た。
ノエルは何とも言えない笑顔を返した。
「……こんな田舎にかね?」
「田舎だからいいんじゃねえか。空も広いし、星もよく見えるだろ」
「そりゃあ、星ならいくらでも見えるがの」
「最高じゃねえか」
「……少し、変わった御仁じゃな」
オリバーはなんとも言えない顔をした。少しではなく、かなり変わり者だと思っているらしいことは表情から察せられる。
もっとも、これ以上追及する気はないらしい。
何しろ本人曰く休暇である。
なにか仕事を押しつけてくるわけでもなければ、支部の運営に口を出されるわけでもない。
本人が田舎で休みたいと言うなら、それを止める理由もなかった。
「まあ、お好きになさればよかろう。こちらにお泊まりになりますかな?」
「その辺はあとで考えるわ。天気次第じゃ外で寝る」
「冬ですぞ!?」
「あ、オリバーさん。多分大丈夫です。所長、野営は慣れていらっしゃるというか……環境は大抵魔術でどうにかなさるので、あまり関係なくて」
「……そうかの」
オリバーは深く考えるのをやめた。
なにせ、ノエルの周りには瞬間移動で突然現れる者や、一年も前に見た棚のことを覚えている者が当たり前にいる。
それなら真冬に外で野営しても大丈夫な者くらい、まあいるだろう。それが普通かはわからないが。
「ところでノエル君、戻ったばかりで悪いが、引き継ぎたいことをいくつかまとめとる。昼飯を食ったら少し付き合ってくれるかの?」
「はい、もちろんです」
「所長殿は?」
「俺はもう食ってきた」
「そうか。では、ゆっくりしていってくだされ」
「おう、ありがとな」
ラザは軽く手を振ると、さっそく窓の外へ目を向けた。
「んじゃ、俺はちょっと村を見てくるわ」
「えっ、もう行かれるんですか?」
「おう。せっかく来たんだし」
「でも、まだ何もご案内してませんけど……」
「大丈夫だろ。どうにでもなる」
「まあ……所長なら、本当にどうにでもなりそうですね」
「だろ?」
ノエルが苦笑している間に、ラザはさっさと支部の玄関へ向かっていく。
「じゃ、またあとでな」
「はい。お気をつけて」
「おう」
扉が閉まる。
しばらくして、オリバーがぽつりと呟いた。
「……本当に所長なんじゃな?」
「はい」
「ずいぶん自由な人じゃのぉ」
「ふふ。そうですね」
否定はできなかった。
◇ ◇ ◇
簡単な昼食を済ませ、ノエルはオリバーから支部の業務について報告を受けていた。
留守にしていた数日の間に届いた依頼、村の設備に関する相談、処理を終えた案件と、これから対応する必要があるもの。
どれも特別大きな問題ではなかったが、日々の仕事は案外細かい。
「……と、ひとまずこんなところじゃな」
「ありがとうございます。こちらは明日、僕の方で確認しておきますね」
「うむ、頼む。あと、この前の件じゃが……」
オリバーが別の書類を取り出す。
ノエルは頷きながら、その説明を聞いた。
王宮での二日間は、慌ただしくも刺激的だった。
しかし、こうしていつもの机に向かい、村の人々に関する報告を受けていると、ザーレンへ戻ってきたのだと実感する。
どちらも自分の仕事だと、そう思えるのは幸せなことだと思った。
「……うん。これで大丈夫そうですね」
一通り確認を終え、ノエルは書類を揃えた。
「それじゃあ、僕は村を見て回ってきます」
「うむ。気をつけるんじゃぞ。昨日も雪が降ったからの」
「はい」
外套を羽織り、手袋をはめる。
扉を開けると、冷たい空気が頬を撫でた。
「……寒い」
思わず呟いてから、ノエルは小さく笑った。
王都も本格的に冬が近づいて寒かったが、ザーレンの寒さはまた少し違う。
道の端には雪が積もり、家々の屋根も白く覆われていた。
それでも村の人々はいつも通りに暮らしている。
荷物を運ぶ人。
店先の雪を払う人。
軒下で立ち話をする人。
ノエルはすれ違う人々に挨拶をしながら、いつもの道を歩いていった。
留守の間に変わったことはないか。
困っている人はいないか。
見回りと言っても、何か事件が起きていることを前提にしたものではない。
こうして普段から顔を合わせておくことが、いざという時の助けになる。
「ノエルにいちゃん、お帰り!」
「あ、ただいま。変わったことはなかった?」
「うん! 王都はどうだった?」
「ふふ、いろいろあったよ」
そんなやり取りを交わしながら、ノエルは村の広場へ向かった。
すると。
「だから、おっさん! もう一回やってくれよ!」
「誰がおっさんだ、誰が」
どこか聞き覚えのある声がした。
ノエルは足を止めた。
広場の向こう。
雪が踏み固められた一角に、子供たちが集まっている。
その中心にいたのは、見慣れた長身の男だった。
「……所長?」
ラザだった。
数人の子供に囲まれ、何やら楽しそうに話している。
「おっさん、さっきのもう一回!」
「おっさんって呼ぶ奴には見せねえ」
「じゃあ、お兄さん!」
「おう。いいぞ」
「ちょろっ!」
「聞こえてんぞ、ガキ」
子供たちがどっと笑い、ラザも愉快そうにしている。どうやら、もう打ち解けているらしい。
ノエルは少し離れたところから、その様子を眺めた。
「じゃ、よく見とけよ」
ラザが片手を差し出す。
何もないはずの掌の上に、小さな光が生まれた。
淡い光はふわりと浮かび上がり、ゆっくりと形を変えていく。
丸くなったかと思えば、細長く伸びる。
やがて、いくつもの小さな光に分かれた。
「うわっ!」
「すげえ!」
「待て待て、まだ終わってねえぞ」
ラザが指を鳴らす。
光の粒がくるりと回り、一つに集まった。
次の瞬間、小さな星の形になって、子供たちの頭上をくるくると飛び始める。
「捕まえられたら、お前の勝ちな」
「よっしゃ!」
一人の男の子が勢いよく手を伸ばした。
しかし、星はひょいと逃げる。
「うわ、なんだよ! 動くのはずるいだろ!」
「ずるくねえよ。お前が捕まえるの下手なだけ〜」
「下手じゃねえし!」
「じゃ、捕まえてみろって」
「絶対捕まえる!」
男の子はむきになって星を追いかけ始めた。
ラザは片手をひらひらと動かしながら、実に楽しそうに笑っている。
だが、星の動きは無茶苦茶というわけでもなかった。
男の子が雪の深い方へ踏み出そうとすると、さりげなく広場の内側へ戻ってくる。
勢い余って転びそうになった時には、男の子の足元の雪がふわりと盛り上がり、身体を支えた。
「うわっ、とと……!」
「おいおい、足元見ろよ」
「おっさんが星をこっちに動かすからだろ!」
「だからおっさんじゃねえって」
また笑い声が上がる。
その横から、小さな女の子がラザの袖を引っ張った。
「ねえ、あたしも!」
「おう。じゃあ、お前はこっちな」
ラザがもう片方の手を軽く振ると、女の子の目の前に小さな光が現れた。
「わあ!」
「落とすなよ」
「うん!」
女の子が両手で受け止めようとする。
光はその掌の少し上で止まり、ふわふわと浮かんだ。
「……あれ? 持てないよ?」
「そりゃ光だからな」
「えー!」
「持てると思ったか?」
「思ったよ〜」
「残念だったな」
ラザは悪びれず笑った。
「じゃあ、これならどうだ」
今度は光がくるりと形を変え、小さな花のようになった。
女の子が目を輝かせる。
「かわいい!」
「だろ」
「あたし、もっと大きいのがいい!」
「注文多いな、お前。将来図太い女になりそうだ」
「ならないもん!」
「はいはい」
文句を言いながらも、ラザは光の花を一回り大きくした。
その間も、もう一方の手では男の子から逃げる星を操っている。
「おっさん! こっちも!」
「忙しいんだよ、今」
「逃げんな!」
「逃げてんのは星だろ。俺じゃねえし」
「うがー!」
ノエルは、思わず笑ってしまった。
……相変わらずだなあ。
ラザは昔から、年下の相手が上手かった。
といっても、子供を丁寧にあやしたり、優しい言葉ばかりかけたりするわけではない。
むしろ遠慮なくからかうし、負けず嫌いな子には容赦なく勝負を仕掛ける。
女の子だからと特別扱いすることもない。
けれど、相手が本当に嫌がることはしないし、危ないことになれば、何でもない顔をして手を貸す。
子供たちにしてみれば、少し意地悪で、でも面白い大人なのだろう。
……大人。
ノエルは、ふと昔のことを思い出した。
◇ ◇ ◇
「なあ、ノエル」
「はい?」
「お前、俺にあちこち連れ回されて、嫌じゃねえの?」
そう尋ねられたのは、まだノエルが幼かった頃のことだ。
あの日もラザは、面白いものを見せてやると言って、ノエルを連れ出していた。
どこへ行ったのか、何を見たのか。
細かいところは、もうあまり覚えていない。
ただ、ラザがいつも楽しそうだったことと、自分もその時間を楽しみにしていたことは、よく覚えている。
「いやじゃないですよ」
「そうか?」
「はい。楽しいです」
「だよなぁ!」
ラザは、何故か勝ち誇った顔になった。
「ほら見ろ、ラシル! やっぱ俺、ガキの扱い上手いんだよ!」
その言葉に、傍らにいたラシルが呆れた顔をした。
「精神年齢が近いからだろう」
「あ?」
「むしろ、この子の方が大人なんじゃないか? すまないな、気を遣わせて」
「おい、どういう意味だ」
「言葉通りの意味だが?」
「俺の方が大人に決まってんだろ」
「大人はそんなことで張り合わない」
「張り合ってねえよ」
「そうか。なら、そんなにむきになる必要もないだろう」
「お前なあ……」
二人が言い合いを始める。
ノエルは、その様子を眺めていた。
ラザは本気で怒っているわけではないし、ラシルもそれをわかっていて真顔でからかっている。
いつものことだった。
ノエルがくすくす笑うと、ラザが振り返った。
「ほら、ノエルも笑ってんじゃねえか」
「それはお前を笑っているんだと思うが」
「うるせえ!」
また二人が言い合いを始めた。
ノエルは、ますますおかしくなって笑った。
……やっぱり、楽しいなあ。
まだ立場も肩書きもそれほど気にならなかったあの頃。
大人なのに子どもみたいな二人を見て、そんなことを確かに思っていた。
◇ ◇ ◇
「……ふふ」
思い出し笑いをすると、ちょうどラザがこちらに気づいた。
「お、ノエル」
「所長、楽しそうですね」
「いつからいたんだよ」
「星を出していた辺りからです」
「ノエルおにいちゃん、知り合い?」
女の子がノエルを見上げた。
「うん。王都で一緒に働いてる人だよ」
「このおじさんと?」
「おい」
ラザがすかさず口を挟む。
「さっきまで、俺のことお兄さんって呼んでただろ」
「だって、お兄さんって言わないと魔法やってくれないもん」
「なかなか賢いな。前言撤回だ、お前いい女になるぞ」
「えへへ!」
女の子は嬉しそうに笑った。
ノエルもつられて笑う。
「所長、結構子どもに好かれますよね」
「ガキは素直だからな。見てて面白えんだよ」
ラザは笑いながら答えた。
そして、ふと思い出したようにノエルを見る。
「お前も似たようなもんだったろ」
「そうでしたかねえ」
「そうだよ。何見せても面白がってたじゃねえか」
「ふふ。確かに、楽しかったです」
「だろ?」
ラザは得意げに笑った。
その顔を見て、ノエルはやっぱり変わらないなと思う。
……ラシルさんの言っていたことも、あながち間違いではなかったのかもしれない。
もちろん、そんなことを口にするつもりはない。
「ねえ、ノエルにいちゃんもやる?」
男の子が声をかけてきた。
「え? 僕も?」
「うん! このおっさんの星、全然捕まえられねえんだよ!」
「ノエルにいちゃんなら捕まえられる?」
「うーん、どうだろう」
ノエルは頭上を飛び回る小さな星を見上げた。
ラザの魔法だ。
そう簡単に捕まえさせてくれるとは思えない。
「所長、どうですか?」
「ん?」
「僕にも捕まえられます?」
ラザが、にやりと笑った。
「やってみろよ」
ノエルは小さく笑って、外套の袖を少しまくった。
「じゃあ、一回だけ」
「よっしゃ! ノエルにいちゃん、頑張れ!」
子供たちが一斉に声を上げる。
ラザは楽しそうに指を鳴らした。
小さな星が、雪の上を軽やかに飛び始める。
「それじゃ、行きますよ」
「おう。頑張れよ」
ノエルは星の動きを目で追った。
ゆっくりと右へ流れ、少し下がる。
子供たちが追いかけていた時と同じくらいの速さだ。
これなら、タイミングを合わせれば捕まえられるかもしれない。
ノエルは星が近づいてくるのを待ち、そっと手を伸ばした。
その瞬間。
ひゅんっ。
「……あれ?」
星が視界から消えた。
いや、消えたわけではない。
さっきまで目の前にあったはずの星は、いつの間にか少し離れた場所に浮かんでいた。
「おっと、惜しいな」
ラザが笑う。
「……今、急に速くなりませんでした?」
「気のせいじゃねえの?」
明らかに楽しんでいる顔だった。
ノエルは苦笑しながら、もう一度星へ向き直った。
今度は少し素早く手を伸ばす。
しかし、星はそれよりも速く跳ね上がった。
「あっ」
さらにもう一度。
今度は横へ。
ノエルが動けば、その分だけ星も速くなる。
右へ伸ばせば左へ、上を狙えば下へ。
おまけに、時々わざと捕まえられそうな位置で止まる。
その度にノエルが手を伸ばすと、寸前で逃げていくのだった。
「……所長」
「ん?」
「僕にだけ厳しくないですか?」
「ははっ! そりゃあ、同じガキでも二十代は難易度上げねえとなぁ」
「僕、もうガキじゃないんですけど」
「俺から見りゃ似たようなもんだろ」
ラザはにやにやと笑いながら、指先で星を一回転させた。
「それに、お前が本気で捕まえようとしたら、さっきの速さじゃつまんねえだろ?」
「……そういう問題ですか?」
「そういう問題だ」
何の迷いもなく返された。
ノエルは小さく息を吐く。
……やっぱり、昔から変わらない。
「おっさん! ずるいぞ!」
横で見ていた男の子が声を上げた。
「さっきオレがやった時、そんなに速くなかったじゃん!」
「当たり前だろ。ノエルはお前よりでけえんだから」
「じゃあ、オレも大きくなったら速くなるのか?」
「そりゃそうだ」
「絶対捕まえられねえじゃん!」
「じゃあ今のうちに捕まえとけ」
「くっそー!」
男の子が悔しそうに地団駄を踏む。
その隣で、女の子がノエルの外套を引っ張った。
「ノエルおにいちゃん、がんばって!」
「ふふ、ありがとう」
「おじさんに負けないでね!」
「おい、おじさんじゃねえって」
ラザの抗議は、誰にも聞き入れられなかった。
「じゃあ、もう一回だけお願いします」
「おう、いいぞ」
ラザが指を鳴らす。
星が再びゆっくりと動き始めた。
……さて。
ノエルは少し考えた。
正面から追いかけても捕まえられないのは、もうわかっている。
何しろ、星を動かしているのはラザだ。
こちらがどれだけ素早く動いたところで、簡単に対応されてしまうだろう。
ならば。
「……あ、所長」
「ん?」
「そういえば、さっきオリバーさんが――」
ノエルが声をかけると、ラザが一瞬だけこちらへ視線を向けた。
その隙に。
ぱしっ。
「あ」
星を捕まえようとしたノエルの手が、空を切った。
星はひょいと上へ逃げている。
「……あれ?」
「ははっ! 今、俺の気ぃ逸らそうとしただろ!」
「……気づいてました?」
「そりゃ気づくだろ。お前、そういうことする時だけ妙に真面目な顔すんだよ」
「ええ……」
ノエルは困ったように笑った。
確かに、子供の頃からこういう手は通用しなかった気がする。
「ノエルにいちゃん、負けたー!」
「残念!」
「もう一回!」
子供たちが口々に騒ぎ始める。
「いやいや、もう一回って。僕、見回りの途中なんだけどなあ」
「えー!」
「もうちょっとだけ!」
「おお、ノエル。人気者だな」
「誰のせいだと思ってるんですか……」
ノエルが苦笑すると、ラザはますます愉快そうに笑った。
「しょうがねえな。じゃ、最後は全員で捕まえてみろよ」
「えっ、いいの!?」
「おう。ただし、転ぶなよ」
ラザは指を軽く振った。
すると、星が二つ、三つと分かれ、子供たちの頭上へ散っていく。
「うわ、増えた!」
「こっちにもある!」
「よーし、捕まえるぞ!」
子供たちは歓声を上げ、思い思いの星を追いかけ始めた。
ラザはその様子を眺めながら、指先だけで光を操っている。
子供たちがぶつかりそうになれば、星はそれぞれ別の方向へ逃げる。
足場の悪いところには近づかず、小さな子が追いつけないほど遠くへ行くこともない。
そして、しばらくすると。
「あっ!」
一人の女の子が、両手を合わせた。
その掌の中で、小さな星がぽうっと光っている。
「捕まえた!」
「お、やるじゃねえか」
「やったあ!」
ラザが笑うと、女の子は嬉しそうに星を掲げた。
光はそのままふわりと浮かび上がり、きらきらと小さな粒になって消えていく。
「えー、消えちゃった」
「光だからな。持って帰れねえよ」
「そっかあ」
少し残念そうにしながらも、女の子は満足げに笑った。
男の子たちも、負けじと残った星を追いかけている。
ノエルはその様子を眺めながら、ふと気づいた。
……あれ。
子供たちの手が届くところでは、星が時々わずかに動きを緩めている。
もちろん、簡単に捕まえさせるわけではない。
でも、頑張れば届く。
そう思えるくらいの速さで動いている。
さっきノエルが追いかけていた時とは、随分と違う。
ノエルがラザを見ると、ラザもこちらへ目を向けた。
「ん?」
「……いえ」
ノエルは笑った。
「やっぱり、子供の扱いがお上手ですね」
「だろ?」
ラザは、また得意げな顔をした。
その顔があまりにも昔と同じで、ノエルはつい吹き出してしまった。
「……何笑ってんだよ」
「ふふ。何でもないです」
「なんだよ、気になるだろ」
「いえ、本当に」
ラシルの言葉を思い出したなどと言えば、今でも同じように言い合いが始まりそうだった。
それも少し面白そうではあるけれど。
今は、胸の内にしまっておこう。
◇ ◇ ◇
「じゃあ、僕はそろそろ行くね」
「えー、もう?」
「うん。まだ見回りの途中だから……所長はどうしますか?」
「せっかくだし、見回りとやらについていくかなあ」
ノエルとラザがそう言うと、子供たちは残念そうな顔をした。
「おっさん、また来る?」
「どうだろうな」
「明日も来てよ!」
「気が向いたらな」
「絶対だぞ!」
「勝手に決めんなって。おっさんってのは案外忙しいんだよ」
ラザが笑いながら答える。
その隣で、女の子がノエルへ手を振った。
「ノエルおにいちゃん、またね!」
「うん。またね。みんな、雪で滑らないように気をつけてね」
「はーい!」
元気な返事が返ってくる。
二人が広場を離れると、子供たちはさっそく別の遊びを始めたようだった。
それを微笑ましく思っていると。
「そういや、ノエル」
「はい?」
「お前、さっきの星、結構本気で捕まえるつもりだったろ」
「……そりゃあ、当然ですよ」
「ははっ! そうかそうか」
「そんなにおかしいですか?」
「いや?」
ラザはにやりと笑った。
「いいんじゃねえの。お前はデカくなっても良い子ちゃんだからな。たまにはガキの頃の負けず嫌いも発揮しとけ」
「……そんなに負けず嫌いでしたか?」
「だったよ。普段は大人しいくせに、一回やるって決めたら結構しつこいんだよな」
「えぇ……そんなことあったかなぁ。捏造してませんか?」
「するか。何回も魔法見せろって言ってきたこともあったろ」
「それは、所長の魔法が面白かったからですよ」
「そりゃあ当然」
ラザはあっさりと、そして少し得意げに笑う。
ラザの魔法は、いつだって面白かった。
教科書に載っているような魔法とは少し違う。
何に使うのかわからないものもあれば、ただ綺麗なだけのものもあった。
けれど、どれもノエルにとっては新鮮で、次は何を見せてくれるのだろうと楽しみにしていた。
そしてラザも、ノエルが驚いたり、喜んだりするのを楽しんでいた。
どちらか一方が付き合わされていたわけではない。
……少なくとも、ノエル自身はそう思っている。
「昔、エルヴェスター様に言われてましたよね」
「あ?」
ラザが首を傾げる。
「何を?」
「所長と僕の精神年齢が、っていう」
「……ああ」
ラザは、あからさまに嫌そうな顔をした。
「言ってたな、あいつ」
「ふふ」
「一言、いや二言三言余計なんだよあの石頭は」
「仲良しですよねえ。僕、兄弟がいないから羨ましかったです」
「欲しけりゃもらってくれよ。今度リボン巻いて送りつけてやるから」
ラザの軽口に笑いながら、二人でそのまま雪の積もった村道を歩いていく。
途中でノエルが村人に声をかければ、ラザは隣で気ままに話を聞いていた。
時折、気になったことを尋ねたり、村の様子を眺めたり。
そしてまた、別の何かに興味を引かれたように周囲を見回す。
「好奇心旺盛ですよねえ」
「そうか?」
「はい」
「ま、面白いもんがあるなら見に行くだろ。昔も今も」
ラザは当たり前のことのように言った。
そして、ふと空を見上げる。
「……夜が楽しみだな」
「星ですか?」
「おう。せっかくここまで来たんだし、じっくり見ねえとな」
「今夜は晴れるといいですね」
「そうだな」
冬の空には、まだ薄い雲がかかっている。
けれど、その向こうにはきっと、王都では見られないほどの星が広がっているのだろう。
ラザは楽しそうに笑った。
ノエルもその隣で、少しだけ空を見上げた。
王都から遠く離れた、ザーレンの村。
久しぶりに並んで歩く二人の上に、冷たい冬の風が吹き抜けていく。
そんな、穏やかな冬の午後だった。




