6-1 流星事件編
「……よし、これで終わりかな」
最後の書類へ署名を入れ、ノエルは小さく息を吐いた。
昨夜の夜会で発生した術式異常について、第三室での対応をまとめた報告書だ。
事件そのものは大事に至らず収束したものの、記録に残しておくべきことは多かった。関係部署からの報告も含めて整理していたため、思っていたより時間がかかってしまった。
とはいえ、予定していた仕事はすべて終わった。
これなら、予定通り午後にはザーレンへ戻れそうだ。
「お疲れさまです、ノエル先輩」
声をかけてきたリディアに、ノエルは笑顔を向けた。
「うん、リディアさんもお疲れさま」
「このあと、ザーレンへお戻りになるんですよね?」
「その予定だよ。移動扉の申請をして、時間があればお昼を食べてから帰ろうかなって」
「そうですか……」
いつも冷静な表情が、心なしか少し寂しげに見える。しかし、すぐに何か気づいたようにハッとした顔をした。
「このあと、申請ですか?」
「うん、そのつもりだけど……」
「特例措置申請の受理は午前までだったはずだが」
「えっ!?」
すぐ隣で書類を整理していたユーリスが、ふと顔を上げて告げた。その言葉に、ノエルが驚きの声を上げると、リディアも小さく頷いた。
「私もそう記憶しています」
「わ、まだ間に合うかな……ギリギリだ。二人とも教えてくれてありがとう! ちょっと先に申請出してこなきゃ」
そう言って立ち上がったタイミングで、しばらく前に部屋を出ていたラザが戻ってきた。
「おう、ノエル。もう帰んのか?」
「あ、所長。帰るは帰るんですけど、特例措置の申請提出が午前までって今知って。ちょっと先に申請しないとって――」
「ああ、それならもう出しといたぞ」
「……え?」
「申請。もう通ってる」
ノエルは瞬きをした。
「ええと……僕の、ですか?」
「他に誰がいんだよ」
「いえ、そうなんですけど……」
どうして所長が?
思わず首を傾げたが、助かったのは事実なので頭を下げた。
「ありがとうございます、助かりました」
「おう。気にすんな」
ラザはひらひらと手を振った。
その表情が、妙に楽しそうに見える。
何かいいことでもあったのだろうか。
しかし、ノエルが尋ねるより早く、ラザは続けた。
「ただ、使える時間もうすぐだぞ。準備は済ませてるか?」
「あ、そうなんですね。荷物はまとめてあるので大丈夫です」
「んじゃ、さっさと行くぞ」
……行く?
ノエルは少し引っかかったものの、深く考えなかった。
所長が見送ってくれるのだろう。
そう思うことにした。
「ごめんね、なんかバタバタさせちゃって」
「いえ、私も途中までお見送りに――」
「エルンスト、このあと騎士団と調整じゃなかったか」
「それはそうですが…」
見送りに行っても間に合わない時間ではない。しかし、準備を万全にしておくことを優先するなら、それほど猶予はない。
仕事中なのだから、当然職務を優先すべきだ。それでも、リディアは少し迷う素振りを見せた。
「ヴァレンベルク先輩はどうされますか?」
「俺はこの資料をまとめる。別に今生の別れでもない」
ユーリスはあっさりしているが、その言葉には会おうと思えばいつでも会える者だからこその余裕があった。
「お前そういうとこあるよな」
「そういう、とは?」
「無自覚マウント」
「……?」
ラザが半笑いで言えば、ユーリスは少し首を傾げた。
「ま、でも正論だ。別に会おうと思えば会える。俺がついて行くから、忙しいんなら別に無理しなくていいだろ」
「所長は忙しくないんですか?」
「忙しそうに見えるか?」
ノエルの問いに、ラザは笑いながら質問を返してくる。
正直、わからない。ラザは忙しくても、そうでなくても大体こんな様子だ。
忙しくないと言い切らないあたり、忙しい中でサボっている可能性はある。それでも、本当に危ない無茶はしない人だと知っているからこそ、ノエルは少し笑うだけに留めた。
「リディアさん、大丈夫だよ。調整の方を優先して。ガレスさんによろしくね」
「……はい、わかりました。今回は職務を優先します。ブランデル様にもお伝えします」
リディアは少し残念そうにしながらも、ぺこりと頭を下げて職務に戻ることにした。
「それじゃあ、リディアさん、ユーリス。また。レオニス先輩にも伝えておいて」
「はい。お気をつけて」
「また連絡する」
二人に手を振り、ノエルは鞄を手に取った。
会議で外しているレオニスの席へ一度視線を送る。できれば直接挨拶したかったけど、仕方ないよね。別に二度と会えないわけでもないし。
そう思いながら、そのままラザと並んで第三室を後にする。
廊下へ出ると、ラザは上機嫌に歩き始めた。
「いやー、楽しみだな」
「……何がですか?」
「ん? こっちの話」
「はあ……」
どうにも要領を得ない。
もっとも、ラザがこういう調子なのは珍しいことではなかった。
何か面白いことを思いついた時や、研究がうまく進みそうな時には、よくこんな顔をしている。
ノエルは気にせず、隣を歩いた。
「そういえば所長、昨夜はあまり休まれていないんじゃないですか?」
「そうでもねえよ。ちゃんと寝た」
「本当ですか?」
「お前までレオニスみてえなこと言うなよ」
「ふふ。だって、心配になりますから」
「大丈夫だって。休みはちゃんと取る主義なんでな」
「……そうでしたっけ?」
「そうだよ」
胸を張って言われた。
ノエルは少しだけ考え、それ以上は追及しないことにした。
確かに、ラザは自分の体調を無視してまで仕事を続けるような人ではない。
ただ、その休み方が周囲にとって望ましいものかどうかは、また別の話だった。
……特に、レオニスにとっては。
「ところで、ノエル」
「はい?」
「ザーレン、最近どうよ」
「どう、ですか?」
「変わったこととかねえの?」
「うーん……特には。村も支部も、いつも通りですよ」
「ふうん」
「星降祭が近いので、村の方でも少しずつ準備が始まっていますけど」
「へえ」
ラザが興味深そうに相槌を打つ。
「村でもやるのか、星降祭」
「王都には簡単に行ける距離じゃないので、村独自にやってるみたいです。皆さんすごく気合いが入ってますよ」
「独自の星降祭ねえ、面白いじゃん」
ラザは何やら満足そうに頷いた。
星降祭の話が気になるのだろうか。
ノエルがもう少し話そうとしたところで、移動扉の管理区画が見えてきた。
王宮内の移動扉は、使用する者の身元と行き先を申請書で管理している。
受付で名前を告げると、担当者はすぐに書類を確認した。
「ノエル・アルヴェイン様ですね。申請は受理されております」
「ありがとうございます」
「ご存じかと思いますが、今回は特例使用となります。次回以降は通常期限での申請となりますのでご注意ください」
「はい」
ノエルが頷くと、担当者は隣のラザにも目を向けた。
「エルヴェスター様も、どうぞ」
「おう」
ラザがあっさり返事をした。
わざわざ扉の前まで見送るつもりらしいラザの律儀さを、ノエルは少し意外に思った。
見送りだけでなく、移動扉の使用申請も代わりに済ませてくれた。
今日は随分と親切だな、と思う。
もっとも、普段から不親切というわけでもないのだが。
そんなことを考えているうちに、管理区画の奥から魔力の流れる音が聞こえてきた。
移動扉の準備が整ったらしい。
「アルヴェイン様、どうぞ」
「あ、はい」
ノエルは鞄を持ち直した。
扉の向こうに見えるのは、見慣れたザーレン支部の光景だ。
数日ぶりだというのに、少し懐かしく感じる。
ノエルは振り返り、ラザへ頭を下げた。
「それでは所長、わざわざお見送りありがとうございました。また王宮で」
「おう。またな」
ラザが笑って片手を上げる。
ノエルも笑顔で手を振り、移動扉をくぐった。
一歩踏み出すと、足元に僅かな浮遊感が生まれる。
次の瞬間には、ザーレン支部の一室へ到着していた。
「よいしょ、と」
鞄を持ち直し、ノエルは周囲を見回した。
無事に帰ってこられたらしい。
まずはオリバーに帰還の報告をして、それから昨夜の出来事を――
「よっ、と」
背後から、聞き慣れた声がした。
「……え?」
ノエルは振り返った。
移動扉から、ラザが出てきた。
片手を軽く上げ、まるで散歩にでも出かけてきたかのような顔をしている。
「ここがザーレン支部か。聞いた通り普通に家だな」
「……所長?」
「ん?」
「……あの」
「おう」
「どうして、こちらに?」
「来たかったから」
何でもないことのように答えられた。
ノエルは瞬きをした。
一度。
二度。
それから、ラザの背後へ視線を向けた。
まだ移動扉は開いている。
今なら、王宮へ戻れるはずだ。
「あの、所長。第三室のお仕事は……」
「大丈夫大丈夫」
「レオニス先輩には……」
「大丈夫だって」
ラザは笑いながら、移動扉へ手を伸ばした。
そして。
ぱたり、と。
扉が閉じた。
「…………」
ノエルは、閉じた扉を見つめた。
それから、ラザを見る。
ラザは実に楽しそうに笑っている。
「……所長?」
「ん?」
「もしかして」
「おう」
「ザーレンに、遊びに来たんですか?」
「正解!」
ラザは満面の笑みを浮かべた。
「三日くらい世話になるわ」
「…………ええ?」
ノエルの声が、静かなザーレン支部の一室に響いた。
◇ ◇ ◇
一方、その頃。
王宮魔法局、第三室。
「…………」
レオニス・ローゼンフェルトは、自分の目を疑っていた。
目の前にあるのは、一枚の紙だ。
ごく普通の紙である。
何の変哲もない、しかし会議に出る前にはなかったはずの書き置き。
そこには、見慣れた筆跡で、たった一文が記されていた。
『三日間の有給をいただきます。あとは頼んだ所長補佐!』
「…………」
レオニスは、紙を持ち上げた。
裏返す。
何もない。
もう一度、表を見る。
やはり、同じことが書いてある。
……なるほど。
有給休暇。
それは、職員に認められた正当な権利だ。
休暇を取得すること自体に、何の問題もない。
もちろん、第三室の所長であっても、それは変わらない。
ただし。
「……なぜ、今」
声が低くなった。
所長が三日間も不在にするのであれば、当然ながら業務の調整が必要になる。
急ぎの仕事はないか。
関係部署への連絡は済んでいるか。
代理で対応すべき案件は何か。
そうしたことを確認するために、所長補佐がいるのではないのか。
それなのに。
何故。
よりによって、本人がいなくなってから、その事実を知ることになるのだ。
「……所長は?」
レオニスは、できるだけ穏やかに尋ねた。
近くにいたリディアが顔を上げる。
「エルヴェスター所長でしたら、先ほどノエル先輩を見送りに……」
「見送り?」
「はい。一緒に出ていかれました」
「…………」
レオニスは、机の上にあるもう一枚の書類へ視線を落とした。
移動扉使用申請書。
利用者の欄には、二つの名前が記されている。
ノエル・アルヴェイン。
ラザ・エルヴェスター。
「……なるほど」
思わず声が漏れた。
行き先は、ザーレン。
使用時間は、つい先ほど。
そして、申請書の隅には特例使用を認める印が押されている。
レオニスは目を細めた。
移動扉の使用には、原則として三日前までの申請が必要となる。
ただし、公務上の緊急性が認められる場合や、遠方に配属されている職員の帰還で移動扉を使用する妥当性が認められる場合には、特例が適用されることがある。
今回のノエルの帰還は、その対象だった。
そして、この申請書は。
「……同行者として、まとめて申請したな」
レオニスの指が、ぴたりと止まった。
ラザは、ノエルの帰還申請に自分の名前を加えていた。
しかも、きちんと許可を得ている。
移動扉の利用自体には、何の不備もない。
申請書に押された承認印も、正規のものだ。
……いや。
それが、かえって腹立たしい。
「……つまり」
レオニスは、ゆっくりと言葉を選んだ。
「所長は、ノエル君の帰還に便乗してザーレンへ向かい、三日間の休暇を取得することを、一切知らせず決行したと」
リディアが瞬きをした。
「……え?」
ユーリスも手を止める。
「……所長が、ザーレンへ?」
レオニスは、申請書を机に置いた。
丁寧に。
実に丁寧に。
そして、深く息を吐いた。
「……あの男」
第三室に、小さな……しかし怨念が沼底から這い出てくるようなドスの効いた声が落ちる。
リディアがびくりと肩を震わせる。
ユーリスは何も言わず、書類へ視線を戻した。
慣れた反応だった。
「……なんっ、なのだ! 三日間も不在にするなら、事前に一言あって然るべきだろう! しかもノエル君の帰還に便乗して特例申請とは! そんなことをしてまでザーレンへ行く必要がどこにある!」
爆発したように声を張ろうが返事はない。
当然だ。
本人は既にザーレンにいる。
「……っ!」
レオニスは、すぐに管理室へ連絡を取ろうとした。
しかし、そこで手が止まる。
今から追いかけようにも、特例使用は既に終了している。
新たな申請をする場合、通常の手続きが必要になる。
つまり、原則三日。
ラザの休暇が終わる頃だ。
「…………」
完璧だった。
腹立たしいほどに、完璧な逃走計画である。
いや、そもそも逃走と呼ぶべきなのか。
本人は有給休暇を取得している。
移動扉の使用も正式に許可されている。
何も違反していない。
何も。
ただ一つ。
所長補佐へ、何の相談もしていないという点を除けば。
「……絶対、私が会議に出ている時間帯を狙ったな。確信犯ではないか……っ」
レオニスは、ぎり、と奥歯を噛みしめた。
その様子を見ていたリディアが、おずおずと口を開く。
「そういえば、ザーレンへ行きたがっていましたね」
「……何?」
「日記を見に行くって……ノエル先輩が夜会に出るように説得なさった時に」
「ああ」
ユーリスが頷いた。
「そういえば、そうだったな」
「……天体観測の日記か」
レオニスは思い出し、天を仰ぐ。
ああ、そうか。ノエル君が書いたと言っていた日記。
確かにラザは、それを見にザーレンへ行こうと言っていた。その時はあっさりノエルに嗜められていたが。
レオニスは、もう一度ラザの机を見た。
いつも通り、必要な資料だけが積まれている。
不思議なことに、散らかってはいない。
それどころか、机の端には処理済みの書類がきれいにまとめられていた。
レオニスは、一番上の書類を手に取った。
承認済み。
次の書類も。
処理済み。
さらに、その下。
確認済み。
「…………」
レオニスは無言で書類をめくった。
昨日まで残っていた案件が、すべて片づいている。
内容にも不備は見当たらない。
必要な署名も承認も、すべて揃っていた。
普段であれば、何度催促しても後回しにするような書類まで。
完璧に。
「……なんで、こういう時だけ……」
レオニスは、震える声で呟いた。
仕事を終わらせてから休む。
それ自体は、正しい。
むしろ、普段からそうしてほしいくらいだ。
だが。
こんな時に限って、隙のない仕事ぶりを見せる必要がどこにある。
「ローゼンフェルト補佐」
ユーリスが声をかけてきた。
「……何だね」
「所長の業務について、何か問題がありましたか?」
「……ない」
「そうですか」
ユーリスは頷いた。
そして、何でもないことのように続けた。
「でしたら、休暇そのものは問題ないのでは?」
「問題はそこではない!」
レオニスは即座に言い返した。
「私は、所長が休暇を取得することを咎めているのではない! 曲がりなりにもこの第三室を束ねる人間であるならば、事前の連絡と相談が必要だと言っているのだ!」
「なるほど」
ユーリスは素直に頷いた。
どうやら、言いたいことは理解してくれたらしい。
ただ、それほど重大な問題だとは思っていないようだった。
この青年は真面目で冷静なのだが、どこか根底の部分でラザと似た思考を持っている。
いずれユーリスも、書き置き一つでふらふらと出かけるようになるのではないか。レオニスがそんな危惧を覚えていると、横からリディアが申請書と書き置きを手に取り、見比べた。
「事前の連絡と相談は規則ではありません。しかし、規則を円滑に遵守するために不可欠な配慮です」
「その通りだとも」
「ノエル先輩の帰還に合わせて特例を申請なさったのも……違反ではありませんが、少し……」
「そういうやり方があるか……」
「ユーリス君、感心しないように。真似しようなどと……いや、君はそもそも移動扉を必要としないだろうが」
瞬間移動を会得しているユーリスには、そもそも移動扉の申請自体、行う機会はない。
レオニスは深くため息を吐いた。
「ともかく、悪知恵を所長から吸収してはいけない。ヴァレンベルク家の名が地に堕ちてしまう」
そう言いながらリディアから申請書を受け取り、整えて机の上へ戻した。
「とはいえ、休暇は休暇。取得した以上、こちらから無理に呼び戻す理由もない。仕事も終わらせているなら、なおのこと」
「はい」
「帰ってきたら、いくらか話し合う必要はあるがね」
レオニスは、きっぱりと言った。
リディアが小さく頷く。
ユーリスも、そこには特に異論はないらしい。
それだけは、せめてもの救いだった。
「……それにしても」
レオニスは、もう一度書き置きを見た。
『三日間の有給をいただきます。あとは頼んだ所長補佐!』
最後の感嘆符が、妙に腹立たしい。
恐らくラザは、今頃ザーレンで悠々と過ごしているのだろう。
日記とやらを読むつもりなのか。
それとも、単に村を散策しているだけなのか。
いずれにせよ、本人が実に楽しそうな顔をしているであろうことだけは、容易に想像できた。
「……ノエル君も、大変だろうね」
思わず、そんな言葉が漏れた。
ラザの突然の訪問に、あの青年がどんな顔をしているのか。
考えると、少々気の毒になってくる。
もっとも。
ノエルなら、結局は笑って受け入れてしまうのだろう。
あの青年は、そういうところがある。
それは手放しで褒められた気質ではないが、美点の一つであることは事実だ。
レオニスは、ため息をついた。
まったく。
所長が所長なら、部下も部下だ。
……いや。
今回に関して、ノエル君に罪はない。罪はその優しさにつけ入る者にある。
気を取り直し、レオニスは自分の席へ戻った。
幸い、仕事は問題なく進められそうだ。
所長本人が、休暇のために必要な処理をすべて済ませているのだから。
腹立たしいことに。
「……三日後が実に楽しみだよ、所長」
誰にともなく呟いた言葉には、静かな怒りが込められていた。
◇ ◇ ◇
「いやぁ、こっちはやっぱ寒さが違うな」
ザーレン支部の部屋を出たラザは、廊下を歩きながら呟いた。
その隣で、ノエルはようやく状況を理解し始めていた。
「……あの、本当に三日間いらっしゃるんですか?」
「おう」
「休暇で?」
「そう」
「……レオニス先輩には?」
「書き置きしといた」
「…………」
ノエルは、何とも言えない顔になった。
書き置き。
あのレオニス先輩に。
三日間の休暇を。
書き置きで。
「……所長」
「ん?」
「先輩、怒りませんか?」
「怒るだろうなあ」
ラザは、実にあっさりと答えた。
「……ですよねえ」
「でも仕事は終わらせてきたぞ」
「そういう問題じゃないと思いますけど……」
「お、言うようになったな」
「……もう」
ノエルは、思わず苦笑した。
しかしノエルの知るラザ・エルヴェスターは、こういう人だ。
思いついたことがあれば、すぐに行動する。
周囲が驚くようなことも、本人にとってはごく自然な選択だったりする。
もちろん、その結果として誰かが多少困ることもあるのだが。
本人は、悪びれる様子もない。
「……それで、所長」
「おう」
「ザーレンには、何をしに?」
「んー?」
ラザは少し考えるように天井を仰いだ。
それから、にやりと笑う。
「そりゃあ、俺がどこかに出歩く理由なんて一つだろ」
「お好きですねえ、星」
「当然。まあ、あとはちょっと面白そうな話も聞いたからな。そっちもある」
「面白そうな話……ザーレンで?」
「おう」
ノエルは首を傾げた。
ラザが星関連以外でそう言う時は、大抵魔術に関係する何かがある時だ。
それも、本人にとって相当興味深いものらしい。
「……何でしょう?」
「まあ、そのうちわかる」
「そうですか」
ノエルは頷いた。
無理に聞き出そうとは思わなかった。
ラザが話したくなれば、きっと自分から教えてくれる。
それまで待てばいい。
「じゃ、とりあえず村でも見て回るか」
「えっ、もうですか?」
「せっかく来たんだし」
「まずオリバーさんにご挨拶しませんか? 支部に三日間いらっしゃるなら、紹介しておきたいですし」
「ああ、そりゃそうだな」
ラザはあっさり頷いた。
「んじゃ、案内頼むわ」
「はい」
ノエルは笑って歩き出した。
突然の来訪には驚いたものの、こうして一緒に歩いていると、どこか懐かしい気がする。
昔も、こんなふうにラザの思いつきに付き合わされたことがあった。
……もっとも。
あの頃は、今よりずっと小さかったけれど。
「ノエル」
「はい?」
「ザーレンの飯、うまい?」
「ふふ。おいしいですよ」
「そりゃ楽しみだ」
ラザが上機嫌に笑う。
その顔を見て、ノエルもつられて笑った。
少なくとも、三日間退屈することはなさそうだ。
……レオニス先輩には、あとでお詫びの連絡をしておこう。
そう心に決めながら、ノエルはラザを連れて支部の奥へ向かった。




