5-5
ユーリスと共に会場へ戻ると、先ほどと変わらない賑わいが二人を迎えた。
楽団の演奏に重なるように、あちらこちらから楽しげな話し声が聞こえる。王家の入場まではまだ少し時間があるらしく、招待客たちは思い思いに歓談を続けていた。
二人は人の流れを妨げないよう壁際へ移動し、声が周りの会話にかき消されないよう少し身を寄せた。
「ザーレンの方はあれからどうだ。そろそろオリバー殿も出発だろう?」
「日々の仕事は順調だよ。オリバーさんが後任を探しに出るのがもうすぐだから、今は最後の引き継ぎで少し慌ただしいけどね」
「後任は見つかりそうなのか」
「どうだろう。最初は近場の村から当たるつもりだったみたいだけど、移動扉が出来たから先にロゼを当たってみるって言ってたよ」
「その方が賢明だろうな。あの辺りなら、他の村もザーレンと状況は変わらない」
オリバーもユーリスと同じことを言っていた。近場の村にいる魔術師は高齢の者ばかりで、大抵はその村を専任で守っている。そうなると後任を任せられる余力はない。
しかし大きな町は距離の問題があるため、まずはダメ元で、と考えていたところに移動扉の話があり、それなら最初から大きな町と考えたらしい。
「一応、ロゼや他の大きな町には何人か心当たりはあるみたいなんだ。ただ、やっぱり実際に会ってオリバーさんが納得できる人を選びたいんだと思う」
「四十年以上勤めた人だからな。簡単には決められないだろう」
「そうだね。僕としては、オリバーさんが安心して引退できるといいなと思ってるよ」
ノエルはそう答えてから、ふと思い出して笑った。
「そういえばこっちに戻ってくる時に、お祖父様から水晶に連絡があったんだ。オリバーさん、ものすごく喜んでいてね」
「たしか、アカデミーの後輩だったか」
「うん。ずっと尊敬していたって話は聞いてたんだけど、水晶でお祖父様が名前を覚えていらしたものだから、それはもう大変だったよ」
「そうか」
ユーリスが静かに頷く。
あの光景を思い出すと、ノエルは今でも少しおかしかった。
「あと、ザーレンの子どもたちともすっかり仲良くなったよ」
「お前ならそうだろうな」
「そうかな?」
「ああ」
ユーリスは当然のことのように言った。
そこから話は、村の気候の様子や、地方支部での仕事へと移った。
王都と違って、支部へ持ち込まれる相談には生活に密着したものも多い。古い魔道具の調子が悪いとか、農地で使う術式の効きが弱くなったとか、時にはどこへ相談すればよいのかわからず、とりあえず魔法局を訪ねてくる人もいる。
そんな話をしているうちに、ノエルはふと、リディアや子どもたちと森で見た石造りの祭壇を思い出した。
「そういえば、この前……リディアさんがザーレンに来てた時、子ども達と森に行ったって話したよね」
「……ああ、言っていたな」
ユーリスは一瞬、少しだけ気まずげな顔をしたがすぐに頷いた。
「あの時、祭壇の遺跡みたいなところを見せてもらったんだけど、そこに古い術式の痕跡があったんだ」
「祭壇の術式……」
ユーリスは少し考えるように顎に指を当てた。
「オリバーさんも詳細はわからないらしいんだけど、少なくとも五十年以上前からはあるみたい」
「一般的に考えると、ザーレンで古くに何かしらの儀式をしていた名残りか。あるいは、森の主を鎮めるための供物を用意する祭壇と考えるのが自然だろう。しかし、どのような用途の術式だったかまでは、痕跡だけでは判断しにくいだろうな…」
「リディアさんが見るに、かなり古いものみたい。僕も少し調べてみたけど、それらしいものは出てこなかったんだ」
「なるほど、面白い」
そんな会話を交わしているうちに、ノエルもすっかり夜会の人混みを忘れていた。
ユーリスは元々、自分から長々と話す方ではない。けれど、ノエルの話を聞き流すことはなく、気になったことがあれば尋ね、時には感想を返してくれる。
話していて気負わずに済むのは、しっかり話をするようになった入局当時から変わらなかった。
「アルヴェイン家に戻ったのも一か月半ぶりか」
「みんな元気だったよ。父上は相変わらずお仕事が忙しそうだけど、母上もお祖父様も変わりなくて」
「それは何よりだ」
「あ……変わりないといえば」
ノエルは苦笑しながら、馬車の中での会話を思い出した。
「父上も母上も、僕のことをいまだに小さな子どものようにおっしゃる時があるんだよね」
ユーリスが僅かに首を傾げた。
「小さな子ども?」
「そう。『私の可愛い子』って。もちろん、ありがたいことなんだけど」
「可愛げがあると言われるのは、困ることか?」
思いがけず真面目な顔で尋ねられ、ノエルは瞬きをした。
「うーん……『可愛げ』と『可愛い』って少し意味合いが違う気がするなぁ」
「そうか。あまり縁がない言葉だからわからない」
「そっか。でも、可愛げについては言われたりしない?」
「可愛げがないとは言われるが」
「え? そうかな」
ノエルからすれば、ユーリスがたまにする突飛な言動は可愛げに見える。しかし本人はそんなものはないだろうという目で見るので、そうだろうか?と内心で首を傾げた。
あらためてユーリスを見る。確かに、ユーリスを見て真っ先に「可愛い」と言う人は少ないだろう。顔立ちや雰囲気も関係しているのかもしれない。
だとしたら、自分も見た目から変えてみるのはどうだろう。
「……髭とか、生やしてみるといいのかな?」
「誰が」
「え、僕」
「髭……」
ユーリスが呟いた。
それから、ノエルの顔をまじまじと見つめる。
視線は口元から頬へ、そして顎へと移った。
「……ユーリス?」
「ああいうものは、まめな手入れが必要だと聞く」
「そうなの?」
「ああ。形を整えるにも、それなりに手間がかかるらしい」
「へえ……」
ノエルは自分の顎へ手を当てた。
ラザの無精髭を思い浮かべたものの、あれはあれで本人によく似合っている。だからといって、自分が同じようにして似合うかと問われれば、少し自信がない。
そもそも、ユーリスの反応が妙に慎重だった。
「……ねぇ、似合わないと思ったでしょう」
ノエルがジッと見つめると、ユーリスは一度だけ視線を外した。
それから、目元を僅かに緩める。
「少しな」
「やっぱり」
「今のままでいいと思うが」
「それはそうかもしれないけど、このままじゃあ、本当に三十年経っても『可愛い子』って言われそうな気がする」
「問題があるようには思えない」
「えぇ……」
ノエルが大袈裟に肩を落とすと、ユーリスは少し柔らかく目を細めた。
それは長い付き合いになってきたノエルにとっては、ある程度見慣れた表情だった。
もっとも、周囲の人々にとっては、そうでもなかったらしい。
少し離れたところで歓談していた令嬢が、こちらを見て驚いたように瞬きをした。隣の女性へ何か囁きかけ、二人でそっと視線を逸らす。
別の方向からも何となく視線を感じたが、ユーリスは気にしていないようなので、ノエルも特に反応はしなかった。
そんな他愛もない話を続けていると、会場の入口付近で人の動きが変わり始めた。
王宮の侍従たちが、招待客へ何かを告げながら歩いている。
ほどなくして、楽団の演奏が静かに終わった。
「そろそろだな」
ユーリスが言った。
「うん。陛下がお出ましになるんだね」
ノエルは広間の奥へ目を向けた。
王家の入場が近いのだろう。招待客たちはそれぞれの立ち位置を確かめ、歓談を切り上げ始めていた。
「僕も父上たちのところへ戻らないと」
「ああ。俺も戻る」
「じゃあ、時間があればまた後でね」
「そうだな」
ユーリスは軽く頷き、人々の間へ歩いていった。
ノエルも両親の姿を探し、広間を横切る。
ほどなくして、父と母が並んでいるのが見えた。
「父上、母上。ただいま戻りました」
「おかえり、ノエル。お友達には会えたかい?」
「はい。少し話していました」
「よかったわねえ」
母が嬉しそうに微笑んだ。
父は周囲の様子を確かめてから、ノエルへ視線を戻す。
「間もなく陛下がお出ましになるようだ。こちらにいなさい」
「はい」
ノエルは両親の傍らへ並んだ。
◇ ◇ ◇
やがて、広間に澄んだ鐘の音が響いた。
それまで重なり合っていた話し声が、波の引くように静まっていく。
広間の正面に控えていた儀典官が、一歩前へ進み出た。
「国王陛下、ならびに王妃陛下、王太子殿下、ミリザリア王女殿下のご入場でございます」
その声を合図に、正面の大扉が開かれた。
最初に姿を現したのは、エルディア王国の国王、アレディウス陛下だった。
年齢を重ねた落ち着きと、長く国を治めてきた者ならではの威厳を備えている。
威圧するような振る舞いをする人物ではない。それでも、国王が姿を見せた途端、広間にいる人々の意識が自然とその一点へ集まった。
その隣を歩くのは、王妃セラフィーナ陛下。
優美な礼装に身を包み、穏やかな微笑みを浮かべている。国王と並んで歩く所作には少しの乱れもなく、会場へ向ける眼差しにも柔らかな気品があった。
二人に続くのは、王太子ルシエル殿下。
父王よりも若々しい顔立ちながら、表情は落ち着いている。背筋を伸ばし、堂々と歩く姿には、いずれ王国を背負う者としての自覚が感じられた。
そして、その隣には今夜の主賓であるミリザリア王女殿下がいた。
四年前、隣国バルバロックへ嫁いだ王女。
久しぶりに見るその姿は、以前よりも少し大人びたように感じられた。
華やかな衣装に身を包み、招待客へ優雅に微笑みかけている。
その佇まいは、生まれ育った王国の王女であると同時に、今では他国の王家に連なる人物でもあることを思わせた。
ノエルは両親とともに、恭しく礼を取った。
広間の人々も一斉に頭を下げる。
王家の四人が定められた位置へ進み、国王が招待客へ向き直ったところで、ようやく顔を上げることが許された。
アレディウス王は広間をゆっくりと見渡した。
その表情には、今宵の祝いの席にふさわしい穏やかな笑みが浮かんでいる。
「皆、今宵はよく集まってくれた」
落ち着いた声が、静かな広間によく通った。
「本日は、我が娘ミリザリアの帰国を祝い、この席を設けた。嫁いでより四年。娘が再び故郷の地を踏み、こうして健やかな姿を見せてくれたことを、父として嬉しく思っている」
王は一度、隣に立つ娘へ目を向けた。
ミリザリアが微笑みを返す。
ほんの短い仕草だったが、そこには王と王女という立場だけではない、親子としての親しみが感じられた。
「また、この帰国が叶ったのも、両国の間に築かれてきた友好と、関係する多くの者たちの尽力があってこそだ。王としても、深く感謝している」
声の調子は穏やかなまま、言葉には少しばかり重みが加わった。
今夜の夜会は、単なる家族の再会を祝う場ではない。
他国へ嫁いだ王女が正式に帰国する以上、そこには外交上の意味も伴う。招待客の顔ぶれを見れば、それは誰の目にも明らかだった。
もっとも、国王の言葉に余計な堅苦しさはなかった。
「今宵は、互いに杯を交わし、旧交を温め、新たな親交を結ぶよき機会としてもらいたい。どうか皆、心ゆくまで楽しんでくれ」
そう締めくくると、広間には盛大な拍手が起こった。
ノエルも両親とともに拍手を送る。
その音が落ち着いたところで、ミリザリア王女が一歩前へ進み出た。
「皆様。本日はわたくしのために、このように素晴らしい席を設けていただき、心より感謝申し上げます」
澄んだ声だった。
王女は招待客へゆっくりと視線を巡らせた。
「故郷を離れて四年が経ちました。久しぶりに王都の景色を眺め、懐かしい方々のお顔を拝見して、わたくしもようやく帰ってきたのだと実感しております」
その言葉に、会場のあちらこちらで温かな笑みが浮かぶ。
「嫁ぎ先では、多くの方々に支えていただきながら、日々を過ごしております。異なる土地で暮らすことは、新しく学ぶことの連続でもありますが、その経験を通じて、両国のよさを改めて知ることができました」
ミリザリアはそこで、僅かに表情を和らげた。
「本日は、皆様とお話しできることを楽しみにしておりました。どうぞ、わたくしにも懐かしい故郷の近況をお聞かせくださいませ」
優雅に一礼する。
再び、大きな拍手が広間を満たした。
ノエルも手を叩きながら、王女の姿を眺めた。
以前、王宮の行事で見かけた時のミリザリアは、もっと若く、どこか活発な印象があった。
もちろん、当時も王女としての礼儀は十分に身につけていたが、今はそれに加えて、言葉の選び方や人々へ向ける眼差しにも、一層の落ち着きがあるように思える。
遠い異国での四年間が、王女にとって実りある時間だったのだろう。
そんなことを考えているうちに、国王が再び軽く手を上げた。
広間の拍手が静まる。
「それでは、今宵の祝宴を始めよう」
その言葉とともに、楽団が華やかな演奏を始めた。
先ほどまで静まり返っていた広間に、再び人々の話し声が戻ってくる。
王宮の使用人たちも動き出し、招待客へ飲み物や料理が運ばれ始めた。
「さあ、ノエル」
父が声をかける。
「まずは陛下方へご挨拶に伺おうか」
「はい、父上」
ノエルは頷き、改めて王家の方へ目を向けた。
祝宴の開始とともに招待客たちは再び歓談を始めていたが、王族の周囲だけは少し様子が違っていた。
儀典官の案内に従い、挨拶を許された者たちが順に進み出ている。帰国した王女に直接祝辞を述べたい者も多いのだろう。少し離れた場所にも、順番を待つ人々の姿があった。
父は近くに控えていた王宮の侍従へ声をかけた。
「アルヴェイン家のエドリックです。陛下方へご挨拶を申し上げたく」
「アルヴェイン様。お待ちしておりました」
侍従は丁寧に一礼し、儀典官へ取り次ぐために離れていった。
ほどなくして案内を受け、ノエルたちは王家の前へ進み出た。
「アルヴェイン家当主、エドリック・アルヴェイン様、ならびにご夫人、ご子息にございます」
儀典官の紹介に合わせ、三人は恭しく礼を取った。
「陛下。本日はこのような晴れやかな席にお招きいただき、誠に光栄に存じます」
父が代表して挨拶を述べる。
アレディウス王は穏やかな表情で頷いた。
「エドリック、よく来てくれた。日頃から王国のために尽力してくれていること、感謝している」
「もったいないお言葉でございます」
「そなたの働きには、いつも助けられているからな。今宵は公務の話は抜きにして、楽しんでくれ」
父が僅かに微笑んだ。
「ありがたきお言葉。今夜ばかりは、そのように努めたく存じます」
それを聞いて、国王が小さく笑った。
「努めねばならぬところが、そなたらしいな」
ノエルは思わず父の横顔を見た。
王にまでそんなことを言われるとは。どうやら父の仕事熱心な性分は、宮廷でもよく知られているらしい。
そんなことを考えていると、隣の母へ王妃が声をかけた。
「エレノア夫人も、お久しぶりですね。お変わりありませんか?」
「はい、おかげさまで。王妃陛下もお健やかそうで、何よりでございます」
「ありがとう。今夜はご家族お揃いなのですね」
「ええ。息子が久しぶりに帰ってまいりましたので、私も嬉しくて」
母がにこりと微笑む。
王妃もつられるように表情を和らげた。
「まあ、それはよかったこと。ノエル殿も、こうしてお会いするのは随分お久しぶりですね」
話題が自分へ向いたことに気づき、ノエルは一歩進み出た。
「ご無沙汰しております、王妃陛下。お目にかかれて光栄でございます」
「今は宮廷魔法局にお勤めだと伺いました」
「はい。現在はザーレン地方支部へ出向しております」
「あら、ザーレンへ?」
「はい。王都とはまた異なる仕事も多く、日々勉強させていただいております」
王妃は感心したように頷いた。
「それは素晴らしいことですね。あちらはすっかり冬の寒さでしょう。どうぞ、お身体には気をつけて」
「温かいお言葉、ありがとうございます」
再び礼を取ると、今度は王太子が口を開いた。
「ザーレンといえば、近頃、宮廷魔法局が新しい移動術式の運用を始めたと聞いている。確か、君の所属する第三室が関わっているのだったね」
「はい、ルシエル殿下。現在、試験的な運用を進めております」
「そうか。ああした技術が実用化されれば、地方と王都の行き来も随分変わるだろう」
「私もそう願っております。ただ、まだ改善すべき点も多くございますので、今後も検証を重ねていく必要があるかと存じます」
「そうだろうね。急ぎすぎず、ぜひ確かなものにしてもらいたい」
ルシエルは落ち着いた声でそう言った。
新しい技術を歓迎しながらも、その先にある実用性や安全性まで考えているらしい。
王太子としての立場を思えば当然かもしれないが、魔術に関する話へも関心を向けてくれることが、ノエルには少し嬉しかった。
「ところで、ノエル殿」
今度はミリザリアが声をかけてきた。
「はい、王女殿下」
「アルヴェイン家の方といえば、オズワルド様を思い出します。お祖父様はお元気でいらっしゃいますか?」
「はい。相変わらず大変元気にしております。今朝ほど火急の用としてパーミラの国境へ向かいましたが、後ほど参る予定でございます」
「まあ、そうなのですね!」
王女の表情がぱっと明るくなった。
本来はオズワルドもこの場で挨拶をする予定だったが、今朝、パーミラ国境付近で魔術障壁の調整が必要になり、急遽そちらへ向かった。
すでに事態は沈静化し、夜会の途中には戻れる見込みだと、王宮へ向かう馬車の中で父から聞いていた。
「では、ぜひご挨拶をしなくては。幼い頃には、よく不思議な魔術を見せていただいたものです」
「お祖父様も、殿下にお会いできればさぞお喜びになると思います」
「ふふ。あの頃は、何度も同じものを見せてほしいとお願いしてしまいました」
懐かしそうに笑う王女を見て、ノエルも微笑んだ。
祖父なら、幼い王女の頼みを喜んで聞いたことだろう。むしろ、頼まれていないものまで次々と披露していたのではないだろうか。
「殿下のご帰国を、お祖父様も心待ちにしておりました」
「ありがとうございます。お会いできるのが楽しみですわ」
ミリザリアはそう言って微笑むと、改めて三人へ視線を向けた。
「エドリック様、エレノア夫人、ノエル殿。本日はお越しいただき、ありがとうございます。どうぞ、ゆっくりお過ごしくださいませ」
「ありがたきお言葉にございます。ミリザリア王女殿下のご帰国を、心よりお祝い申し上げます」
父の言葉に続き、ノエルと母も丁寧に礼を取った。
アレディウス王が穏やかに頷き、挨拶はそこで一区切りとなった。
後方では、次の招待客が順番を待っている。
三人は頃合いを見てその場を辞し、王族の前から離れた。
「ふう……」
少し歩いたところで、ノエルは小さく息をついた。
緊張していたつもりはなかったが、やはり王族の方々を前にすると、普段以上に言葉や所作に気を遣う。
「よくできていたよ、ノエル」
父が静かに声をかけてきた。
「ありがとうございます。移動術式の話題が出た時には、少し驚きましたけど」
「ルシエル殿下は、王国で進められている新しい事業にもよく目を通していらっしゃるからね。第三室の仕事にも関心をお持ちなのだろう」
「そうなのですね」
「もっとも、実際に現場を知る者の話を聞きたいというお気持ちもあったのだと思うよ」
父はそう言って微笑んだ。
ノエルは改めて王太子の姿を思い出す。
穏やかな物腰ではあったが、問いかけは具体的だった。父の言う通り、単なる社交辞令で尋ねたわけではなかったのかもしれない。
「それにしても、ミリザリア殿下もお変わりになったわねえ」
母が嬉しそうに言った。
「ええ。以前お会いした時よりも、随分落ち着かれたように思いました」
「でも、オズワルド様のお話をなさっている時は、昔のままの笑顔だったわ」
「そうですね」
ノエルも思わず笑った。
王女の明るい表情を思い出すと、祖父が到着した時のことが少し楽しみになってくる。
もっとも、あの祖父が王女を前にどれほど喜ぶかを考えると、少々心配でもあった。
王女殿下の前では、どうかいつもより少しだけ控えめにしていただきたい。
ノエルは心の中で、そっとそう願った。
広間には華やかな音楽が流れ、あちらこちらで新たな会話が始まっている。
夜会は、まだ始まったばかりだった。




