4-10
「エルンスト、少し確認したいことができた」
ユーリスは短く伝えて、手元の茶を置いた。
その隣には、一枚の紙がある。
「私に、ですか?」
「ああ」
リディアがわずかに眉を寄せる。
ノエルも二人の間へ視線を往復させた。
「何の確認でしょうか」
「第三書庫の禁書についてだ」
「禁書?」
聞き返したリディアの表情に、心当たりがある様子はない。
ユーリスは紙へ手を伸ばした。
「話すと少し長い」
そう言ってから、二人を見る。
「今朝のことだ」
◇ ◇ ◇
その日の朝。
ザーレンから遠く離れた王都では、ユーリスが業務に必要な資料を受け取るため、宮廷魔法局の第三書庫を訪れていた。
第三書庫には、一般の資料だけでなく、取り扱いに制限のある魔術書や古い術式資料も多く収められている。
朝の早い時間ということもあり、書庫内に人の姿はまだ少ないが、時折奥の方から本を棚へ戻す音が小さく響いていた。
ユーリスが受付で必要な本の番号を伝えると、書庫管理の男は手元の台帳を確認し、奥の棚へ向かう。
しばらくすると、数冊の本を抱えて戻ってきた。
「こちらですね。ヴァレンベルクさん」
「ありがとうございます」
ユーリスが受け取ろうとしたところで、男は「ああ、そうだ」と思い出したように声を上げた。
「他の第三室の方にも、少しお伝えしておいていただけますか」
差し出された本へ手を伸ばしかけたまま、ユーリスは視線を上げる。
「何をですか」
「エルンストさんのことですよ」
予想していなかった名前に、ユーリスはわずかに目を細めた。
「エルンストがなにか?」
「ええ。禁書を一冊、持ち出したまま返していないんです」
男は困ったものだ、とでも言いたげに肩をすくめる。
ユーリスは何も答えず、続きを待った。
「返却期限も過ぎていますし、こちらとしても管理上困るんですよ。エルンストさんなら、そういうところはきちんとしている方だと思っていたんですがねぇ」
「いつの話ですか」
「二日前です。本人の署名も確認済みですよ」
「そうですか。ちなみに時間帯は?」
「え? どうだったかな……今ちょっと手元に申請書がないので。確か午前中だったと記憶していますが」
「午前中……わかりました」
返事をしながら、ユーリスは少しだけ違和感を覚えた。
二日前といえば、リディアがロゼへ向かった日だ。
移動前に本を借りていったのだろうか。あり得なくはないが、少し不自然な気もする。
リディアがその日に禁書を借りること自体は、まだいい。必要なら当然利用する。だが、返却期限を過ぎると分かっていて借りるようなことはしないだろう。
ユーリスが黙っているのをどう受け取ったのか、男は少し大げさに息を吐いた。
「第三室の方々が大変お忙しいということは理解しますがね、規則は規則ですから」
「そうですね」
「先日も、閲覧制限のある資料の件で貴族の方と揉めたじゃないですか」
ユーリスの視線が、わずかに男へ戻る。
男は気づいていないのか、そのまま話を続けた。
「本人は正しいつもりだったのかもしれませんが、優秀だから何をしてもいいというわけではありませんからね。第三室の方でも、そのあたりの教育はしっかりしていただきませんと」
「……そうですか」
一拍だけ置いて、ユーリスは答えた。
反論してもいい。
だが、先に事実を確認してからの方が得策だろう。無用な諍いは避けるに越したことはない。
リディアがやっていないと思うことと、実際にやっていないことを確かめることは別だ。
ユーリスはそれ以上何も言わず、本を受け取った。
「こちらで確認して、後ほどご連絡します」
「ええ、お願いしますよ」
男は満足したように頷いた。
ユーリスは借りた資料を抱え、そのまま第三書庫を後にした。
◇ ◇ ◇
第三室へ戻ると、レオニスは自席で書類を確認していた。
机の上には、朝から処理しているらしい決議書が何枚か積まれている。
少し離れたところでは、ラザが椅子へ深く腰掛け、何かの資料を片手に煙草を弄んでいた。
「ローゼンフェルト補佐」
「何だね」
レオニスが書類から顔を上げる。
「先ほど第三書庫から、エルンストが禁書を返却していないと報告を受けました」
レオニスの手が止まった。
「……誰が返却をしていないと?」
「エルンストです」
「ああ、すまない。聞き間違いではなかったか」
やや怪訝そうな顔をしながら、レオニスは手にしていた書類を机へ置いた。
「詳しく聞こう」
ユーリスは先ほどの書庫管理とのやり取りを簡潔に説明した。
禁書が未返却であること。
貸出記録には二日前の日付でリディア本人の署名があるということ。
そして、先日の閲覧制限を巡る一件を持ち出され、第三室の教育について言及されたことも正確に。
最後まで聞き終えると、レオニスは静かに眼鏡の位置を直した。
「なるほど、随分とおかしなことを言う者がいたものだね」
声音は穏やかで、口元はわずかに弧を描いている。
だが、笑っていない目を見る限り、少なくとも機嫌がいいようには見えない。
「リディア君がロゼへ出発したのは、二日前の午前だったと記憶しているが?」
「はい。まずは申請書を確認すべきでしょうが……その場ですぐ確認するとなると、少し面倒なことになりそうだったので。一旦持ち帰りました」
「うむ、それは正しい判断だ」
レオニスは短く頷いた。
その場で申請書を確認させろと言うのは、書庫管理の話を信用していないと言うようなものだ。顔を立てる意味でも、一度は確認するとして持ち帰った形を取る方が角は立たない。
分かっているからこそ、あの場で反論もしなかった。それでも、やはり不自然な話だと思わずにはいられない。
「第三書庫の管理っていうと、黒髪の丸眼鏡か?」
不意に、横からラザが口を挟む。
手元の資料から顔を上げ、煙草を持った手を軽く振った。
「ええ、お知り合いですか?」
「知り合いってほどでもないが、そういう絡み方してきそうな奴っていうと、そいつが思い当たる」
ラザは煙草を指先で転がしながら、どこか懐かしそうに天井を見る。
「ニ、三年くらい前に、俺が仕事で書いた月関連の論文について、延々見当違いなこと言われたことがあってなぁ」
「その時はどうしたんですか」
ユーリスが尋ねる。
「そいつが根拠にしてた論文の引用元も、書いたの俺だったから」
ラザは何でもないことのように答えた。
「それ言った」
「……」
「何年前の古い理論を信じてるか知らんが、情報は更新しろ。あと、そもそも論文の解釈がズレてる。みたいな感じで教えたら、それから話しかけてこなくなったな」
ユーリスは一度だけ瞬きをした。
第三書庫の管理担当が第三室に対して妙に当たりが強い理由の一端を知った気がしたが、とりあえず何も言わないでおく。
レオニスはその話を聞きながら、ふむ、と考えるように顎へ指を添えた。
「三年前といえば、月の魔力転用における時間帯最大効率理論に関する論文のことかね」
「あー、そうそう。なんかそんなやつ」
「自分で書いた論文くらい覚えておきたまえよ」
呆れた顔を向けられ、ラザが眉を上げる。
「そもそもなんでお前は覚えてんだよ」
「太陽と月は私の研究領域だ。当然、月に関する論文は網羅しているとも」
レオニスはさも当然という顔で答えた。
「あれは中々悪くない内容だった」
「そりゃあどーも」
ラザは気の抜けた調子で返した。
やや話が脱線しかけたところで、今度はラザ自身がユーリスへ視線を戻す。
「まあ、リディアだからあり得ないなんて庇い方をする気はない。誰だって時と場合によっちゃあミスくらいする」
「はい」
「まずは記録を確認しとけ。話はそれからだ」
そこにはユーリスも異論はなかった。
ひとまず書庫へもう一度赴き、申請書の内容を確認するべきだろう。本人への確認は、それからでも遅くない。
「では、私が確認しに行こう」
そう言ってレオニスが静かに立ち上がった。
ユーリスがそちらを見る。
「わざわざローゼンフェルト補佐が出向くんですか?」
「本当に部下の不注意があったのであれば、私が出向き謝罪をするのが筋というものだ」
レオニスは机の上の書類を端へ寄せた。
そのまま一度言葉を切る。
「ただ、最初から彼女の過失と決めつけた上、第三室の教育にまで口を出した件については、話が別だ。こちらについても、是非話を伺いたいものだ」
口元には、先ほどと同じ薄い笑みが浮かんでいる。
「所長、私が戻るまでにそこの決議書は片付けておいていただきたい」
「しばらく戻ってこなくていいぞ〜」
ラザは資料を見たまま、片手だけひらひらと振った。
レオニスはその返事を完全に無視して部屋を出ていった。
「ありゃ怒ってんな」
閉まった扉を見ながら、ラザがぽつりと言う。
「そうですね」
「書庫の奴、かわいそうに」
まったく同情していない声だった。
「自分で売った喧嘩でしょう」
「まあな」
ラザは楽しそうに肩を揺らした。
「ほんとあいつは面倒見のいい奴だよ。それにプライド高いから、自分の領域を他人に軽く扱われるのも死ぬほど嫌いだし」
その点については、ユーリスにも何となくわかった。
レオニスは第三室の人間に対して遠慮なく小言を言う。
リディアやノエルを叱ることもあるし、ラザとはしょっちゅう言い争っている。同じ上流貴族であるユーリスに対しても、職場にいる時は遠慮なく苦言を述べる。
けれど、その分だけ第三室の人間をよく見ている。
だからこそ外部の人間に第三室を軽く扱われることを、黙って見過ごす人でもない。
「戻ってきた時、機嫌よさそうだったら勝ったってことだな」
そう言って、ラザは笑った。
◇ ◇ ◇
第三書庫へ着いたレオニスは、受付の前に立つと穏やかに微笑んだ。
「少し伺いたいことがあるのだが、よろしいかな」
「あ……ローゼンフェルト補佐」
書庫管理の男は、わずかに姿勢を正した。
先ほどユーリスが訪れた時とは、どことなく声の調子も違っている。
「第三室で未返却の禁書があると伺ったのだが」
「ええ。そうなんですよ。先ほどヴァレンベルクさんにも――」
「貸出記録を見せていただけるかな」
男の言葉を無理に遮るでもなく、それでも続きを許さない調子でレオニスは言った。
「もちろんです」
男はすぐに台帳を取り出すと該当箇所を開き、受付台の上へ置く。
レオニスは示された頁へ視線を落とした。
まず日付を確認する。
二日前。
その横には、午前中の時刻が記されていた。
それから署名へ目を移す。
「なるほど」
「本人の署名もありますでしょう?」
「そうだね。確かに、リディア・エルンストと書かれている」
男はそれを肯定と受け取ったらしい。
少し勢いを取り戻したように続ける。
「ですから、こちらとしても困っているんです。エルヴェスター所長はあの調子ですし、ローゼンフェルト補佐からも、もう少し――」
「ところで」
レオニスは微笑んだまま顔を上げた。
「こちらが本人の署名であるという確認は、どのようになさったのかな」
「……はい?」
男の口が止まる。
「これを書いた人物が、実際にリディア・エルンスト本人であることを、どう確認したのかと聞いている」
「それは……署名がありますので」
「なるほど。名前が書いてあれば本人である、と」
男が少し口籠もる。
「いえ、通常は本人がここへ来て――」
「通常は、だろう?」
声音は少しも変わらない。
レオニスはもう一度署名へ目を落とした。
「筆跡を確認したわけでもなければ、その時間に受付を担当した者から本人だったと証言を取ったわけでもない、と」
「そこまでするようなものでは……」
「それはそうだろうね」
レオニスはあっさり頷いた。
「通常の貸出であれば、誰もそこまで求めんよ」
男が少しだけ安堵したような顔をする。
レオニスは台帳の日付を指した。
「だが、他部署の職員を規則違反者と断定し、その部署の教育にまでご助言くださるのであれば、当然ながら通常以上に確かな確認をなさっているものと思ってね」
再び男の表情が固まった。
「いえ、その……」
「私の思い違いだったかな?」
「……」
「それは失礼した」
言葉だけなら謝っている。声も丁寧で、表情も穏やかだった。
そのまま一呼吸置き、レオニスは話を進める。
「では、もう一点確認しよう」
レオニスの指先が、貸出日時の欄を軽く叩いた。
「この日時で間違いないのだね?」
「はい。それは記録にある通りです」
「そうか」
レオニスはわずかに笑みを深めた。
「実に興味深い」
「……何がでしょう」
「この時間、リディア・エルンストは王宮にいない」
男が瞬きをする。
「宮廷魔法局の正式な許可を受け、移動扉の試験利用でロゼへ移動している。利用記録も残っているから、出発時刻まで確認可能だ」
「……」
男の視線が、ゆっくりと台帳へ落ちる。
「つまりこの記録が正しいのなら、彼女は王宮を離れた後に独断で第三書庫へ戻り、禁書を借り、再び誰にも気づかれずロゼへ戻ったことになる」
レオニスは少し首を傾げた。
「あらゆる可能性を考慮すれば、もちろん不可能とは言わないが……随分と非合理で、器用なことをするものだとは思わないかね?」
「そ、それは……記録の日付が、何かの手違いで」
「なるほど」
すぐに頷く。
「つまり、先ほどまでは個人の規則違反で間違いないという話だったが、今度は第三書庫側の記録と確認に誤りがある可能性が出てきたわけだ」
「……」
男の額に、うっすらと汗が浮かんでいる。
レオニスはそんな相手を前に、なおも穏やかに微笑んでいた。
「いや、責めているわけではないよ」
視線を台帳へ戻す。
「人間である以上、ミスはあるものだ。私も部下には常々、失敗そのものより迅速な立て直しが重要だと言っている」
男は何も答えない。
「考えようによってはむしろ、実にありがたいことだ。正確な記録管理がいかに大切かについて学ぶ良い機会を頂いた」
そこで、ほんのわずかに間を置いた。
「これも教育を重んじる貴殿からのご厚意なのだとしたら、いやはや第三室に席を置く者の一人として礼を伝えなくてはなるまい」
「……この度は、誠に…」
「お気になさらず」
そこで初めて、レオニスは台帳から手を離した。
それまでの薄い笑みも消え、表情が仕事のものへ戻る。
「それより、これは単なる記載ミスでは済まない可能性がある。禁書が実際に所在不明なのだろう?」
「はい……」
「ならば原本はこのまま保全を。以後、許可なく書き加えたり訂正したりしないように」
「承知しました」
「それから、この頁の写しを一部頂けるかな」
「……はい」
「助かるよ」
書庫管理の男が写しを用意する間も、レオニスは急かさず、その場で静かに待った。
受付の奥では、別の職員が気まずそうにこちらを見ないふりをしている。
ほどなくして差し出された紙を受け取り、レオニスは内容を一通り確認した。
記載されている時刻は、やはり見間違いではない。
署名もそのままだ。
「ありがとう」
そう言って一礼する。
「今回の件については正式に調査を入れる。第三室からも、必要があれば改めて確認に来るだろう」
「わかりました」
「今後とも、互いに事実確認を大切に仕事をしようではないか」
最後まで、口調だけは申し分なく丁寧だった。
◇ ◇ ◇
第三室の扉が開き、レオニスが戻ってくる。
ラザの予想通り、妙に機嫌がよさそうだった。
片手には、一枚の紙がある。
「諸君、仕事は順調かな?」
いかにも晴れやかな声だった。
ラザが資料越しに顔を上げる。
「戻りが早ぇよ」
「元より大した時間をかける気はなかったからね」
レオニスは自席まで戻ると、その紙を机の上へ置いた。
「実にわかりやすい話だった」
ユーリスが席を立って近づく。
紙には、第三書庫の貸出記録がそのまま写されていた。
禁書の題名。
貸出日。
返却予定日。
そして利用者の署名。
そこに書かれている名前は、確かにリディア・エルンストだった。
「この時間なら、やはりエルンストは王都にいませんね」
ユーリスが改めて日時を確認する。
「ああ。移動扉の利用記録とも照合した。間違いないよ」
今度は署名へ目を移す。
見慣れた文字を思い浮かべながら、紙面を追った。
「筆跡も違う」
「私もそう見える」
ぱっと見ただけなら、似せようとした形跡はある。
だが、ユーリスが見慣れているリディアの文字とは、細かな癖が違っていた。
「これは写しですか?」
「ああ。原本は保全させた」
その横から、ラザも立ち上がって紙を覗き込んだ。
「禁書の貸出記録を偽造、か」
先ほどまでの軽い笑みが、少しだけ薄れる。
「予想の範囲とはいえ、面倒なのが出てきたな」
「まったくだ」
レオニスも今度は真面目な声音で頷いた。
「既に上へ報告した。単なる未返却ではない。記録の偽造と、禁書の所在不明を含めて正式に調査が入る」
誰かがリディアの名を使った。
そして、その名義で禁書を持ち出したことになっている。
問題は、なぜそんなことをしたのか。
本はどこに行ったのか。
そもそも、この貸出日そのものが事実なのか。
そこから先は、まだ何もわからない。
ラザはしばらく写しを眺めたあと、ふとレオニスへ目を向けた。
「で、書庫管理には何て言ってきた?」
「なに、事実関係を丁寧に説明しただけだよ」
「ご親切にうちの教育を心配いただいた礼もちゃんと言ってきたか?」
「当然だろう」
レオニスは即答した。
「折角ご高説を賜ったのでね。差し出がましいやもしれないが、まず自分の管理する記録に誤りがないか確認してから他部署へ意見すべきではないか、と申し上げたまでだが」
涼しい顔だ。
ラザが何とも言えない顔をしたあと、肩を揺らす。
「はははっ、貴族様ってのは口が達者なもんで恐ろしいねえ」
「一括りにされるのは少し……」
ユーリスが眉を寄せる。
「ユーリス君、心外そうな顔をするんじゃない。私は必要な確認をしただけだ」
あくまで真顔だ。
ラザは椅子の背にもたれ、楽しそうにひとしきり笑ったあと、少し目を細めた。
「まあ、リディアへの疑いが晴れて何よりってこったな。しばらくは書庫の連中から避けられるかもしれないが、変な絡み方はしてこないだろ」
レオニスは特に否定もせず、手にした写しを机へ置いた。
ユーリスもその紙を見る。
「それはまあ。その写しはどうしますか?」
「しばらく額縁に入れて飾っとくか」
ラザがすぐに口を挟む。
「それも悪くはないがね」
珍しくラザの軽口に乗りながら、レオニスは紙を軽く持ち上げた。
証拠保全のために必要なものなのは間違いない。だが、その顔を見る限り、多少は戦利品のように思っている節もありそうだった。
「ユーリス君」
「なんですか」
「今日の夕方、これを持ってザーレンへ行ってくれ」
ユーリスは顔を上げた。
「エルンストに確認を?」
「ああ」
レオニスは写しをユーリスへ差し出した。
「念のため、この記録を本人にも見せた上で、この禁書そのものに心当たりがあるか聞いてきてほしい」
「わかりました」
ユーリスが受け取る。
レオニスは机上の予定表へ目を落としながら続けた。
「夕方までに私の方で、禁書の内容と直近五年の貸出履歴は確認しておく。その内容も踏まえたリディア君の見解を聞いておきたい」
「はい」
「ついでに、設置した移動扉の状態も見てくるといい。ちょうどいいだろう」
ユーリスは写しを折らないように手元へ置いた。
もう一度、その日付と署名を見る。
リディアが書いたものではない。
少なくとも、その日付に彼女がこの場所へいたはずもない。
誰かが彼女の名前を書いた。
禁書が返却されていないように見せるために。
あるいは、別の何かを隠すために。
では、誰が。
そして、何のために。
まだ答えは見えなかった。
◇ ◇ ◇
「――という経緯だ」
ユーリスが話を終える。
ザーレン支部の居間へ意識を戻すように、ノエルは一度瞬きをした。
窓の外では、先ほどまで残っていた夕暮れの光が少しずつ薄くなっている。
「そんなことがあったんだ……」
「ああ」
ユーリスの前には、今朝第三書庫から持ち帰った貸出記録の写しが置かれていた。
その隣には、さらに何枚かの資料が重ねられている。
レオニスが夕方までに確認した、禁書の概要と直近数年分の貸出記録内容をまとめた報告書だった。
リディアはまだ何も言わず、目の前の一枚を見つめている。
「エルンスト」
「……はい」
ユーリスが写しを彼女の方へ滑らせた。
「まず、この記録を見てほしい」
リディアは静かに紙を受け取った。




