4-6
翌朝。
ノエルはいつも通り、ザーレン支部の一階でその日の書類に目を通していた。
昨夜のうちに大きな雪は降らず、朝から空も比較的明るい。窓の外を見る限り街道の状態も悪くはなさそうで、これならロゼから来る馬車も大きく遅れることはないだろう。
「今日来るんじゃったな」
向かいの机で書類を整理していたオリバーが、ふと思い出したように顔を上げた。
「はい。王都から、移動扉の件で一人来る予定です」
「お前さんとこの魔術師か?」
「第三室の後輩です。リディアさんっていうんですけど」
「ほう。どんな子じゃ?」
ノエルは少し考える。
「真面目で、優秀な人ですよ。仕事もすごく丁寧です」
「ふむ」
オリバーは何やら考えるように顎へ手を当て、それからノエルの顔を見た。
「……もしや、前に言っとったマフラーの子か?」
「ああ」
言われて、ノエルも思い出す。
以前、首元のマフラーについて聞かれた時、後輩からもらったものだと話したことがあった。
「そうですね。その方です」
「おお、そうかそうか」
なぜかオリバーは楽しそうに頷いた。
その様子に、ノエルは首を傾げる。
「なんですか?」
「いやいや、別に何もないぞ」
そう言いながら、まだ少し笑っている。
何が面白いのかはよくわからなかったが、本人が何もないと言うなら、それ以上聞くことでもないだろう。
移動扉の試験運用が正式に決まった時、オリバーにはある程度の説明をしていた。
対応する魔術師が王宮から移動扉でロゼ支部へ渡り、既存の扉の術式と使用状況を確認したあと、馬車でザーレンへ向かう。こちらでは支部にある普通の扉へ術式を組み込み、調整と試験運用まで行う予定だった。
問題なく設置できれば、帰りは馬車を使う必要もない。
さらに試験運用が進めば、オリバーが後任探しのために各地へ出向く際にも継続的に使えるようになる可能性があるため、本人も今回の設置には興味を持っているようだった。
「何時頃じゃ?」
「予定通りなら、そろそろですね。昨日多少遅れていても、昼前後には着くと思います」
「なら、入り口あたりまで迎えに行ってやったらどうじゃ。この辺りは初めてなんじゃろ?」
「そうですね」
午前中の仕事もちょうど一区切りついたところだった。
ノエルは机の上の書類をまとめ、外套を手に取る。
「村の方も少し見てきます」
「うむ。昼には戻ってくるんじゃぞ」
「はい」
濃紺のマフラーを首元へ巻き、支部を出る。
冷たい空気が頬に触れた。
とはいえ、ここ数日は比較的穏やかな天気が続いており、今日もところどころ青空が覗いている。雪も降っておらず、風もそれほど強くない。
これなら街道の方も大丈夫そうだ。
ノエルは空を一度見上げてから、村の中心へ向かった。
◇ ◇ ◇
「ノエル兄ちゃん!」
広場へ着くより先に、聞き慣れた声が飛んできた。
道の向こうから、アッシュを先頭に何人かの子どもたちが駆けてくる。
「おはよう」
「おはよ!」
「今日は仕事ないの?」
「あるよ。今も仕事の途中」
「じゃあなんでいるの?」
「村の見回りも仕事だからね」
「それも仕事なの?」
「そうだよ」
ノエルが笑うと、子どもたちはいまいち納得していない顔をした。
アッシュの足は、もうすっかり元通りのようだった。
あれだけ心配した怪我だっただけに、雪の上を何の遠慮もなく走り回っている姿を見ると安心する。
「今日は何してるの?」
「雪の砦!」
子どもの一人が勢いよく答える。
広場の端を見ると、雪を積み上げて作ったらしい低い壁がいくつも並んでいた。
「砦?」
「こっちがザーレンで、こっちが魔獣!」
「魔獣も砦を作るの?」
「作る!」
「そうなんだ」
この遊びの中ではそういうものらしい。
「ノエル兄ちゃんもやって」
「僕も?」
「こっち守って!」
「今は見回りの途中なんだけどなぁ」
「ちょっとだけ!」
周囲からも期待するような視線が集まる。
リディアの乗った馬車が到着するまでは、まだ少し余裕がありそうだった。
「じゃあ、少しだけね」
「やった!」
歓声が上がり、ノエルはそのまま雪の砦の横へ連れていかれた。
役割まで既に決まっているらしく、どうやらノエルはザーレンを守る側らしい。
「あっちから魔獣が来るから! こっち側、ちゃんと見てて!」
「はい、先生」
「今日は騎士!」
「そうなんだ。忙しいね」
ノエルの脳裏に、宮廷でよく見かけた騎士団の姿が浮かぶ。その中でも特に接点の多かったガレスの立派な体格や、時折目にした訓練の様子を思えば、子どもたちが騎士に憧れるのもわかる気がした。
「ところで、どうやって戦うの?」
「雪玉!」
「なるほど」
それは普段の雪遊びとどう違うのだろうという疑問は残ったが、本人たちが楽しそうなので構わない。
魔獣側から飛んできた雪玉を避け、足元の雪を丸めて軽く投げ返す。
当てないよう少し横へ逸らしたつもりだったが、避けた子どもの後ろにあった雪壁へ直撃し、その一部が崩れた。
「あー!」
「くっそー! ノエル兄ちゃんをねらうぞ!」
魔獣側の子どもたちは声を上げ、雪玉をノエルの方へ集中させてくる。そのうちのいくつかが身体に軽く当たると、今度は騎士側の子どもたちが声を上げた。
「うおー! ノエル兄ちゃんのカタキだー!」
「おにいちゃん、だいじょーぶ?」
「うん、大丈夫だよ」
心配そうに見上げてくる小さな女の子の頭を撫でる。
ひとまずやられたふりをしながらしゃがみ込み、崩れた砦へ雪を戻していると、この村へ来たばかりの頃とは随分変わったものだと思った。
最初は遠巻きにこちらを眺めていた子どもたちも、今では当たり前のように話しかけ、遊びへ誘い、遠慮なく雪玉まで投げてくる。
ノエルとしては、そのくらいの方が嬉しかった。
「ノエル兄ちゃん、次こっち!」
「うん。でも、そろそろ――」
言いかけたところで、街道の方から車輪の音が聞こえてきた。
子どもたちもすぐに気づく。
「あ、馬車!」
ノエルは立ち上がり、外套についた雪を軽く払った。
村へ入ってきたのは、ロゼ方面から来る乗合馬車だった。
「たぶん、あれだね」
「だれ来るの?」
「僕と一緒にお仕事をしている人だよ」
「銀髪の兄ちゃん?」
「うん? ……ああ、ユーリスか。今日は違うね。でも、みんな同じ場所でお仕事をしている仲間なんだ」
「魔術師?」
「そうだよ」
それを聞くと、何人かが興味を示したように街道の方を見る。
ノエルは広場を離れ、村の入口近くにある停車場所へ向かった。
気づけば子どもたちもついてきている。
「みんなも来る?」
「見るだけ!」
「それならいいけど、馬車の近くは危ないから気をつけてね」
「はーい」
元気な返事を聞きながら歩いているうちに、馬車が停まった。
御者が扉を開け、乗客たちが一人ずつ降りてくる。
荷物を抱えた商人らしい男。
厚手の外套を着た夫婦。
その後に、見覚えのある黒い髪が見えた。
「リディアさん」
声をかけると、こちらを探していたらしいリディアが顔を上げる。
王宮で見る時と同じように、服装はきっちりと整っていた。ただし、その上には北部向けの厚手の外套を羽織り、片手に旅行鞄、もう片方には仕事用の鞄を持っている。
「ノエル先輩」
「お疲れさま。長かったでしょう」
「はい。途中で少し遅れましたが、大幅な日程調整にはならず助かりました」
「よかった。ロゼの方も雪は降らなかったみたいだね」
「昨日の夜も降りませんでした。街道の状態も、それほど悪くなかったです」
長い馬車旅の直後ではあるが、顔色を見る限りひどく疲れている様子はない。
「荷物、持とうか?」
「大丈夫です。これくらいなら」
「わかった」
本人がそう言うなら、無理に持つ必要もない。
「支部はここから歩いて十分くらいだよ」
「はい」
リディアが頷いた、その時だった。
背後で雪を踏む小さな音がする。
ノエルが振り返ると、つい先ほどまで好き勝手に動き回っていた子どもたちが、いつの間にか自分の後ろへ集まっていた。
何人かは完全に背中へ隠れ、そこからそっとリディアを見ている。
「……」
その光景に、ノエルは思わず笑った。
「どうしました?」
「いや。僕が初めて来た時も、こんな感じだったなと思って」
ノエルの後ろからアッシュが顔を出す。
リディアと目が合った途端、また半分ほど隠れた。
「……私、怖がられているのでしょうか」
リディアは少し気になったらしく、自分の服装を確かめるように視線を落とした。
「大丈夫。外から来る人に慣れてないだけだから」
「そうですか」
「うん。少ししたら慣れると思う」
そう伝えてから、ノエルは後ろにいる子どもたちへ向き直る。
「この人はリディアさん。さっき話してた、僕と一緒に仕事をしているお姉さんだよ」
「ノエル兄ちゃんとおんなじところ?」
「うん。同じところだよ」
会話が始まると、少しずつノエルの背後から顔が出てきた。
まだ距離はあるものの、怖さより興味の方が勝ってきたらしい。
「魔術師?」
「そうだよ」
「つよい?」
ノエルは少し考えてから、リディアを見る。
「魔術がとても上手な人だよ」
リディア自身が優秀な魔術師なのだから、それだけ伝えれば十分だろう。
「どんな魔術使えるの?」
今度は直接尋ねられ、リディアが少しだけ姿勢を正す。
「自然魔術であれば、一通り扱えます」
「しぜんまじゅつ?」
「火とか、水とか、風とかだよ」
ノエルが補足すると、子どもたちの目が少し輝いた。
「火も出せる?」
「はい」
「すごい!」
そこまでわかれば、もう最初ほど怖くはないらしい。
「この子はアッシュ。この中で一番お兄さんな子だよ」
一番身を乗り出しているアッシュをノエルが紹介すると、リディアは軽く頭を下げた。
「こんにちは」
「……こんにちは」
アッシュも少し照れくさそうにしながら、遅れて返す。
その横から、小さな女の子が顔を出した。
「ノエルおにいちゃんのおともだち?」
「うん。一緒に仕事をするお友達だよ」
「いっしょ……」
女の子はリディアを見る。
それからノエルを見る。
もう一度、リディアを見る。
「あ!」
何かを思いついたように目を見開いた。
「じゃあ、おにいちゃんのかのじょだ!」
「違います」
リディアが即座に答えた。
声にも表情にも迷いがない。
「……」
嬉しそうだった女の子の顔が、一気に曇った。
「ちがうの?」
「はい」
「おにいちゃんのこと、きらいなの?」
「え」
今度は、リディアの方が止まった。
ノエルも話の展開を少し意外に思いながら、ひとまず黙って二人を見る。
「……いえ。嫌いではありません」
「じゃあ、すき?」
「好きか嫌いかで言えば、好きですが」
「じゃあ、かのじょ?」
「違います」
また迷いなく答える。
女の子はますます混乱したようだった。
「……」
それを見ていたリディアの表情がハッとし、ほんの少しだけ曇る。
その様子を見て、ノエルは口を挟んだ。
「お姉さんは、とても親切なんだ。だから、僕はいつも助けてもらってるんだよ」
「だいじょーぶ? って、してもらってるの?」
「うん、そう」
「なかよし?」
「そうだなぁ……お姉さんに聞いてみようか」
そう言って、ノエルはリディアへ軽く目配せをする。
女の子は少し考えるように手遊びをしながら、今度はリディアへ顔を向けた。
「おねえちゃん、なかよし?」
リディアは一瞬だけ答えに詰まり、それから頷いた。
「……はい。仲良しです」
「そっか!」
それだけで、女の子の顔がぱっと明るくなる。
「じゃあいいよ!」
何が「いい」のかまでは、ノエルにもよくわからない。けれど、本人が納得したのならそれでいいのだろう。
その横から、アッシュが尋ねる。
「えー、彼女じゃないの?」
「違います」
「なんでー?」
「なんで、と言われましても……」
リディアが珍しく困った顔をする。
ノエルは少しだけ笑って、子どもたちへ声をかけた。
「はい、それじゃあお話はここまで。リディアさんと僕はこれからお仕事があるから、そろそろ行くね」
「もう?」
「続きはまた時間がある時に」
「あとで来る?」
「仕事が終わって時間があれば顔を出すよ」
「おねえちゃんも?」
突然尋ねられ、リディアが目を瞬く。
「私も、ですか?」
「うん!」
「……時間があれば」
「やった!」
まだ何も決まっていないのに、子どもたちは嬉しそうだ。
「それじゃあ、みんなも気をつけて遊んでね」
「はーい!」
子どもたちは、また雪で作った砦の方へ走って戻っていく。
途中で何度かリディアを振り返っていたが、先ほどまでの警戒した様子はもうほとんどなくなっていた。
その姿が少し遠ざかったところで、ノエルは隣を見る。
リディアはどことなく沈んだ顔をしている。
「……また、やってしまいました」
「さっきのこと?」
「はい」
リディアは少し考えてから、言葉を続けた。
「もっと、伝えるべき言葉を考えるべきでした」
「間違っていたってわけじゃないと思うよ」
「でも……」
リディアは視線を落とす。
もっと優しく言えたはずだ。相手は小さな子どもで、きっと「彼女」という言葉の意味も、大人が使うものよりずっと曖昧だった。
後から考えればわかることなのに、あの場では間違いを正さなければいけないという思いが先に立った。
「私、また自分が正しいと思ったことだけ言ってしまいました」
小さく呟く。
ノエルは少し考えてから、ゆっくり口を開いた。
「正しくあろうとすること自体は、悪いことじゃないと思うよ」
リディアが顔を上げる。
「僕は、そういうところもリディアさんのいいところだと思ってるし」
「……でも、それで相手を困らせていたら意味がありません」
「うん。それもそうだと思う」
否定されると思っていたのか、リディアがわずかに目を瞬いた。
「せっかく正しいことを言っていても、伝えたいことと違う意味で受け取られたら、ちょっともったいないよね」
「……もったいない」
「うん。だから、正しいことを言わないようにするんじゃなくて、ちゃんと伝わるように少し足せたらいいんじゃないかな」
リディアは黙って聞いている。
「さっきだって、『違います』のあとに、もう一言あればよかったのかもしれないし」
「もう一言、ですか」
「例えば……『恋人ではないですけど、仲のいい先輩です』とか」
「……なるほど」
「もちろん、毎回そんなにうまく言えるわけじゃないと思うけどね」
ノエルは少し笑った。
「でも、次に似たようなことがあった時に、一つ言葉を足せたら十分じゃないかな」
リディアはしばらく何も言わなかった。
やがて、一度だけ小さく頷く。
「……はい」
まだ考えている様子ではあったが、先ほどまでより表情は少し和らいでいた。
「すみません。今は切り替えます」
「うん」
ノエルもそれ以上は言わなかった。
「じゃあ、支部へ行こうか。支部長のオリバーさんも待ってるよ」
「はい」
二人は並んで、村の中を歩き始めた。
◇ ◇ ◇
村の道にはまだ雪が残っていたが、人がよく通る場所はすっかり踏み固められている。
リディアは足元を確かめながら歩きつつ、時折周囲にも視線を向けていた。
「思っていたより、人が多いですね」
「今日は天気がいいからかな。雪が強い日は、みんなあんまり外に出ないけど」
「もっと小さな集落を想像していました」
「僕も最初はそうだったよ」
道の向こうから、顔見知りの村人が歩いてくる。
「お、ノエル君」
「こんにちは」
「そっちの人は?」
「王都から来た仕事仲間です。支部の移動扉を見てもらうことになっていて」
「ああ、例の扉の」
「はい」
話はそれなりに広まっているらしい。
村人はリディアへ軽く頭を下げ、リディアも丁寧に会釈を返した。
相手が通り過ぎてからしばらく歩いたところで、ノエルはふと思い出す。
「あ、そうだ」
「はい?」
「マフラー。改めてありがとう」
首元に巻いた濃紺のマフラーへ手を触れる。
「すごく助かってるよ。こっち、本当に寒いから」
リディアの視線がマフラーへ向いた。
「お役に立てているなら、良かったです」
「うん。近頃は、ほとんど毎日使ってるんだ」
「毎日……」
小さく繰り返してから、リディアは少し目を伏せた。
「そうですか」
返ってきた言葉はそれだけだった。
けれど、先ほどまでわずかに強張っていた目元や口元が、少しだけ柔らかくなったように見えた。
ノエルは特に何も言わず、そのままリディアの歩調に合わせる。
「あそこだよ」
道の先に、見慣れた二階建ての建物が見えてきた。
「あれがザーレン支部」
「……普通の民家のようですね」
「うん。実際、あそこで寝泊まりしてるから家でもあるんだ」
「一見すると魔法局には見えませんが……でも、村の規模を考えると、確かにこの形式が適しているのかもしれません」
「僕も実際に働きながら暮らしてみて、今それを実感してるところ」
玄関前まで来ると、ノエルが先に扉を開けた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
中から流れてきた暖かな空気が、冷えた頬に触れる。
「ただいま戻りました」
「おお。戻ったか」
奥からオリバーの声が返る。
少しして、廊下の向こうから本人が姿を見せた。
「おお、その子が王都から来た魔術師かの?」
「はい。リディアさんです」
ノエルが横へ一歩ずれる。
リディアは旅行鞄を足元へ置くと、すぐに姿勢を正した。
「初めまして。宮廷魔法局本部第三室所属、リディア・エルンストと申します。今回は移動扉の設置と試験運用のため伺いました」
「うむ。ザーレン支部長のオリバーじゃ。遠いところ、ご苦労じゃったな」
「ありがとうございます。本日から数日、お世話になります」
「そんなに固くならんでええ。しかし、ノエル君の時も思ったが、やはり宮廷はしっかりした若い人材が豊富じゃな。羨ましいものよ」
オリバーが笑う。
「まあ、まずは荷物を置いて一息つきなさい。仕事の話はそれからでええじゃろ」
「ですが、到着が少し遅れていますので――」
「数十分急いだところで、扉は逃げんよ」
オリバーは愉快そうに笑った。
「長いこと馬車に揺られてきたんじゃ。茶の一杯くらい飲んでからで構わん」
「……わかりました。ありがとうございます」
リディアが頭を下げる。
それから何かを思い出したように旅行鞄を開き、ロゼで買ってきた箱を取り出した。
「こちら、よろしければ。ロゼで買ってきたものです」
「おお、これはありがたい」
オリバーは差し出された箱を受け取ると、包みを眺めながら目を細めた。
「焼き菓子かの?」
「はい。日持ちするものを選びました」
「そうかそうか。いただいた先から悪いが、せっかくじゃ。ありがたく今のお茶請けにさせてもらおうかの」
「はい」
「ノエル君、茶を頼めるか?」
「わかりました」
ノエルが台所へ向かおうとすると、リディアがすぐに顔を上げる。
「私も手伝います」
「今日はお客さんなんだから、座ってて大丈夫だよ」
「ですが――」
「ほれ。ノエル君の言う通りじゃ」
オリバーも笑いながら椅子を示した。
「着いたばかりの客人に茶まで淹れさせたとなれば、わしが王宮の連中に叱られてしまうわい」
「……そういうものですか?」
「そういうものじゃ」
ずいぶん都合のいい理屈のような気もしたが、リディアは少し迷った末に、
「では、お言葉に甘えます」
と椅子へ腰を下ろした。
ノエルはそのやり取りを見ながら、湯を沸かすため台所へ向かう。
移動扉の設置も、試験運用も、話すことはたくさんある。
けれど、その前に少しくらい休んでもいいだろう。
ロゼから運ばれてきた焼き菓子の箱が開けられ、暖かな支部の中に、ほのかな甘い香りが広がった。




