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拝啓、プラネット  作者: usa
一章
17/52

3-6

 翌朝。


 いつもより少し早く宮廷魔法局本部第三室へ出勤したユーリスは、扉を開けたところで足を止めた。


 まだ誰も来ていないと思っていた室内に、煙草の匂いが漂っている。


 奥の机に、ラザがいた。


 椅子へ深く腰掛け、眠そうな目で書類を眺めながら煙草をふかしている。髪は普段以上に乱れ、シャツの襟元も僅かに崩れていた。


「……所長」


「んー?」


「泊まったんですか」


「ああ」


「研究で?」


「途中まではな」


 ラザは欠伸を噛み殺しながら、灰皿へ煙草の灰を落とした。


「終わった頃には帰んの面倒になってたから、ラボで寝た」


「…………」


「なんだよ」


「いえ」


 研究のために徹夜したのかと思ったが、後半は単に帰宅を諦めただけらしい。


 ちょうどいい。


 他の者が出勤してくる前に話しておこうと、ユーリスはラザの机の前まで歩いた。


「所長。一つ、許可をいただきたいことがあります」


「休みか?」


「違います」


「じゃあ何だ」


「先日の毒殺未遂事件について、もう一度調べようと思っています」


 ラザが煙を吐く。


「へぇ」


「…………」


 それだけだった。


 ユーリスは少し待ったが、続きはない。


「……それだけですか」


「他になんかあんのか?」


「一度、宮廷魔法局としての調査は終了しています。再調査の必要性が認められたわけでもありません」


「知ってる」


「自分が納得したいだけです」


「それも聞いた」


「通常業務に支障は出しませんが、空いた時間に第三室で資料を調べたり、個人的に照会を出したりすることになると思います」


「おう。好きにしろ」


「…………」


 あまりにも軽い。


 許可を得るつもりで話していたユーリスの方が、本当に大丈夫なのかと不安になってきた。


「所長という立場で、それで大丈夫なんですか?」


「部下に心配される筋合いはねぇなぁ」


 ラザは笑い、短くなった煙草を灰皿へ押しつけた。


「俺は部下の自主性を尊重する主義なんだよ」


「放任では?」


「似たようなもんだろ」


「…………」


「冗談だよ」


 あまり冗談には聞こえない。


「ちまちま他人を管理すんのは性に合わねぇ。それに、やることやって結果出してんなら、仕事に何時間かけたかなんてどうでもいいだろ。空いた時間に何やろうがそいつの自由だ」


「勤務時間中でも?」


「必要な仕事が終わってんならな。それに――」


 ラザがユーリスを見る。


「お前、自分の好奇心のために仕事の手ぇ抜くなんて考えもつかないタイプだろ」


「…………」


 確かに、その発想はなかった。


「なら、俺が横から管理する必要もねぇよ」


「そうですか」


「そういうことだ」


 ラザは新しい煙草を取り出し、当然のように火をつけた。


「ついでに、自分のやりたいことを好きにやる秘訣を教えてやろうか」


「秘訣、ですか」


「意外と簡単だぞ」


 ラザは目を細めて笑う。


「完璧に仕事をこなせ。誰にも文句言わせねぇくらいな」


 ユーリスはラザを見た。


「やるべき仕事を全部、文句のつけようがねぇ形で片付けときゃ、あとは好きにしてても大抵なんも言われねぇよ」


 言われてみれば、目の前の男は勤務中に星の本を読み、突然屋上へ消え、自分の研究を始めることもあるが、所長として本当にやらなければならない仕事を滞らせたことはない。


「なるほど」


「おう。参考になったか?」


「はい」


「そうかそうか」


 ラザは満足そうに頷いた。


「あぁ、やった方がいい仕事まで全部やる必要はねぇぞ。そんなことしてたらキリがねぇからな」


「…………」


 ユーリスは少し離れたところにあるレオニスの机を見た。


 綺麗に整理された机の端には、昨日の時点ですでに新しい書類が何冊か積まれている。


「所長補佐が忙しい理由がわかった気がします」


「あいつは、なんだかんだ忙しい自分が好きなんだよ。次から次に仕事が降ってきて、内心嬉しいだろうさ」


「それを本人に言ったことは?」


「あるぞ」


「なんと?」


「三十分くらい説教された」


「そうでしょうね」


 その光景は容易に想像できた。


 ラザは煙草を咥えたまま立ち上がる。


「まあ、好きにやれ。なんか面白いもん見つけたら教えてくれ」


「興味があるんですか」


「いや、別に」


「…………」


「じゃ、俺ちょっと顔洗ってくるわ。レオニスが来る前にここで寝てた痕跡消しとかねぇと面倒だからな」


「もう遅いのでは?」


「言わなきゃバレねぇよ」


 おそらく、バレるだろう。


 そう思ったが、ユーリスは口にはしなかった。



 ◇ ◇ ◇



 朝に済ませるべき通常業務を一通り片付けた頃には、他の者たちも出勤していた。


 部屋に入るなり、レオニスがあからさまに顔を顰め、「朝から煙草臭すぎる。ラボを宿泊地代わりにするなと何度言えばわかるのだ」と怒っていたのは、予想通りの光景だった。


 風魔術で換気が行われる中、ユーリスは資料棚から、一度処理を終えたはずの事件資料を取り出す。


 被害者の診療記録に、リディアが作成した毒物の分析結果。現場に残されていた魔力痕の調査記録と、騎士団による関係者への聞き取り、そして侍女本人の供述。


「こちらに記入をお願いします」


 資料管理を担当しているリディアから貸出記録を渡され、ユーリスは必要事項を書き込んだ。


「やはり、調べるんですね」


「ああ」


 リディアはそれ以上は聞かず、記入された内容を確認して資料を渡した。


 ユーリスが自分の机へ戻り、それを広げたところで声をかけられる。


「なるほど、結論は出たようだね」


 顔を上げると、レオニスが少し離れたところに立っていた。


「はい」


 レオニスは机の上に広げられた資料へ目を落とした。


「では、君は例の毒殺未遂事件を改めて調べると」


「はい」


「それは仕事としてかね?」


「いいえ。自分が納得するために調べます」


「ふむ。君相手なら聞くまでもないが、当然、所長の許可は取った上での行動なのだろうな」


「はい。通常業務に支障を出さない範囲でと」


「そうか」


 レオニスは特に驚いた様子もなく、だろうなと言いたげな顔で軽く頷くと、そのまま自分の机へ向かおうとする。


「何も言わないんですか」


「何もとは?」


「調べる必要はないと言っていたので」


「無論、今もそう思っているさ」


 レオニスはあっさり答えた。


「私なら調べない。犯行そのものが明らかで、本人も認めている以上、彼女が語ることを拒んだ胸中にまで踏み込む必要はないという考えも変わっていないし、そう判断することが特段間違いだとも思っていない」


「…………」


「だが、君は調べると決めたのだろう?」


「はい」


「ならば調べたまえよ」


 あまりにも当然のように返され、ユーリスは僅かに瞬いた。


 レオニスは眼鏡の位置を直す。


「先日のあれは、あくまで意見交換だ。私の価値観に君を従わせるためのものではない」


「……そうですか」


「そうだとも」


 そこで一度言葉を切ったレオニスは、少しだけ眉間に皺を寄せた。


「そもそも、誇り高きローゼンフェルト家の私に、後輩をいびるような下品な趣味はない」


「…………」


「なんだね、その顔は」


「いえ」


「言いたいことがあるなら言いたまえ」


「所長が言っていたことを気にしていたんですか」


「気にしていない!」


「そうですか」


「まったく気にしていないとも!」


 ならば、そういうことにしておこう。


 ユーリスは資料へ視線を戻した。



 ◇ ◇ ◇



 まず確認したのは、侍女本人についてだった。


 名はエマ・ハーシェル。二十八歳。


 九年前から、被害者であるセレスティア・ハルデン嬢付きの侍女としてハルデン家に仕えている。それ以前に貴族家で働いた経歴はなく、十九歳までは王都郊外の孤児院で暮らしていた。


「十九まで?」


 思わず呟くと、近くで資料の整理をしていたリディアが顔を上げた。


「やはり、そこは気になりますか」


「ああ。通常、孤児院を出るのは十五歳前後だったと思うが」


「原則はそうですね。ただ、事情によっては十八、十九歳頃まで在籍を認められる場合もあるそうです」


「事情?」


「一人で生活するのが難しいと判断された場合などです。社会生活に馴染めなかったり、心身に事情があったり」


 そこまで言ってから、リディアは少し声を落とした。


「……あまり良くない事情で、年長の子供を長く置いていた施設が問題になった例もありますが」


「この孤児院は?」


「そこまでは記録にありません」


「そうか」


 孤児院を出た後は、短期間だけ住み込みの仕事を転々とし、その後ハルデン家に雇われている。


 九年前ということは、当時のセレスティアは四歳ほどだった。


 採用の詳しい経緯までは古い使用人記録に残されていなかったが、少なくとも通常の紹介や奉公口から入った侍女ではないらしい。


 勤務態度について追加で照会を出し、ユーリスは途中になっていた通常業務へ戻った。



 ◇ ◇ ◇



 翌日の昼過ぎ。


 午前中の仕事が一段落したところで、ユーリスは茶会の出席者名簿を手にリディアの机へ向かった。


「エルンスト」


「はい」


「少し頼みたいことがある」


「事件のことですか?」


「ああ」


 リディアが仕事の手を止める。


「個人的な頼みになる。断っても構わない」


「なんでしょう」


 ユーリスは出席者名簿を差し出した。


「この令嬢たちの交友関係について、何か知らないか」


 リディアは名簿を受け取り、そこに並ぶ名前へ目を通していった。


「……申し訳ありません。ほとんど存じ上げません」


「そうか」


「エルンスト家は北部の地方貴族ですし、王都の社交界に広く付き合いのある家でもありません。それに私自身、アカデミーへ入ってからはほとんどこういった場には出ていませんので」


「噂くらいは?」


「それも、あまり」


 リディアはもう一度、名簿へ視線を落とした。


「資料の確認や、正式な記録から調べられることであればお手伝いできますが……令嬢方へ直接お話を伺うとなると、私では難しいかと」


「そうか、わかった」


「お役に立てず、すみません」


「俺が勝手に頼んだだけだ。謝る必要はない」


 ユーリスの認識では、貴族令嬢にとって社交は義務であり、噂や流行にもある程度通じているものだと思っていたが、どうやらそれも家によるらしい。


 さて、どうするべきかと思考を巡らせようとしたとき。


「まったく」


 少し離れたところから、呆れた声が飛んできた。


 二人がそちらを見る。


 書類を読んでいたはずのレオニスが、眼鏡越しにこちらを見ていた。


「君たち……貴族たるもの、情報の間口は広く持っておきたまえよ」


「仕事に必要な情報は収集しています」


「そういう話ではないのだよ」


「では、どういう話ですか」


「もう少し社交というものの重要性を――いや、今はいい」


 レオニスは小さく息を吐くと、ユーリスへ手を差し出した。


「貸したまえ」


「これを?」


「他に何があるのかね」


 ユーリスは出席者名簿を渡した。


 レオニスはそこに並んだ家名へ順番に目を通し、一つの名前で指を止める。


「例えばこの家なら、私の従妹と付き合いがある」


 そのほかにも、これは叔母の友人の娘だな、こちらは母方の祖父が以前世話をした家だ、といくつか当たりをつけていく。


「直接ではないが、このように伝手を辿れば何人かには行き着くだろう」


「繋ぎを頼めますか」


「ふん、私への頼み事は高くつくぞ」


 そう言いながらも、どこか満足げに笑みを浮かべたレオニスは名簿を畳み、ユーリスへ返した。


「まあ、君が直接動くよりは面倒もない上に話が早いだろう。……とまあ、このようにだね、日頃の社交で人間関係を広く持つことは有益なのだよ」


「なるほど」


「リディア君も、少しは見習いたまえ」


「所長補佐ほど広い交友関係は必要としていません」


「まったく、君は――」


 レオニスは何か言いかけたものの、結局それ以上は続けず、自分の机へ戻っていった。


 リディアがその背中を見送る。


「……所長補佐は、随分と貴族間の人間関係について詳しいのですね」


「ローゼンフェルト家は社交界でも顔が広いと聞くからな」


「仕事に必要であれば見習うべきでしょうか」


「適材適所という」


「では、やめておきます」



 ◇ ◇ ◇



 ハルデン家へ出していた照会への回答が届いたのは、その日の夕方だった。


 通常業務を終えてから、ユーリスは届けられた記録を開いた。


 まず、セレスティアの容体は安定している。


 毒による症状はほぼ治まっており、命に別状はないものの、まだ身体に強い倦怠感が残っているため、自室で床に伏しているという。医師からも数日は安静にするよう言われており、本人への詳しい聞き取りは見送られていた。


 代わりに応じたのは、彼女の両親だった。


『残念だよ』


 父親は、エマについて尋ねられるとそう答えた。


『九年も娘のそばに置いていた人間だからね。娘も随分と信頼していたようだし、我々もそれなりに信用していた。それがこのようなことになるとは、本当に残念だ』


『エマがセレスティア様を恨んでいた様子はありませんでしたか』


『さあ。使用人の考えまでは、私にはわからないな』


 娘の体調について尋ねても、医師から命に別状はないと聞いている、と答えるだけだった。


 一方、母親への聞き取りは長引いている。


『あの女を娘に近づけたのが間違いだったのです!』


 記録には、聞き取りを始めて間もなく声を荒らげたとある。


『孤児だったあの女を屋敷へ入れることだって、私は最初から反対していました。それをセレスティアがどうしてもと言うから! あの子は昔からそうなのです。人を疑うことを知らなくて、誰にでもすぐ情をかけて――だから私が見ていなければならないのに!』


 母親は事件後、娘の部屋をほとんど離れていないらしい。


 医師の診察にも同席し、食事から薬、見舞いの品に至るまで自ら確認しており、現在は家族と医師以外がセレスティアに面会することも禁じているという。


『もう二度と、素性の知れない人間をあの子のそばには置きません。使用人もすべて私が選び直します。茶会だって当分必要ありません。あの子はまだ子供なのですから、私の言う通りにしていればいいのです』


 そこで母親への聞き取り記録は、別の質問へ移っていた。


 ユーリスもページを捲った。


 続いていたのは、屋敷の使用人たちへの聞き取りだった。


『恩知らずにもほどがあります』


 そう答えた人物の記録上の名は、マーサ。


 ハルデン家に二十年以上仕え、現在の侍女頭を務める古参侍女だった。


『エマがここへ来た頃なんて、本当に何もできなかったんですよ。礼儀も知らない、まともにお茶も淹れられない、言葉遣いだって酷いものでした』


『あなたが仕事を教えたのですか?』


『ええ。当時は私が侍女たちの教育係でしたから』


 侍女はそこで一度言葉を切っている。


『何度同じことを教えたかわかりません。立ち方から歩き方、お辞儀の仕方、髪の整え方まで、本当に一からです。当然厳しくもしましたよ。あのままでは、使いものになりませんでした』


『それでも九年間、勤め続けた』


『お嬢様がエマを気に入っていらしたのもありますけどね。本人だって、不器用なりによく覚えましたよ』


 その後、侍女は改めてこう続けていた。


『だからこそ、恩知らずにもほどがあると言っているんです。あれだけお嬢様に良くしていただいて、それで最後にすることがこれですか』


 別の使用人も、似たような証言をしている。


『普通なら、とっくに暇を出されていましたよぉ。お嬢様が目をかけてくださったから、あの子はこのお屋敷で働いてこられたんです。それなのに、よりによってお嬢様に毒を盛るなんて……やっぱり育ちの悪い子はダメね』


 一方で、年齢の近い侍女たちからは違う話も出ていた。


『……まだ、信じられません』


 そう答えた侍女は、しばらく迷ってから続けている。


『愛想のある子じゃないんです。何を考えているのかわからないって、昔からよく言われていました。でも、仕事は真面目でした。覚えるのは遅かったですけど、一度覚えたことは絶対に手を抜かない子で』


『お嬢様のことを恨んでいたようには、私には見えませんでした』


 別の侍女も同様だった。


『むしろ、お嬢様のことばかりでしたよ。口にはしませんけど、あの子、お嬢様のことになると細かくて。食事でも服でも予定でも、私たちが少し間違えるとすぐ気づくんです』


『だから……何かの間違いなんじゃないかって、今でも少し思っています』


 ユーリスは証言を分類すると、時計を見た。


 すでに随分と遅い時間になっている。


 残りは明日に回すことにして、資料を閉じた。



 ◇ ◇ ◇



 翌日も、朝から通常の業務が続いた。


 他部署から回された魔道具の不具合を確認し、提出された術式の修正箇所をまとめ、午後には短い会議にも出る。


 その合間にも、前日に出していた照会への返答が少しずつ届いていた。


「ユーリス君」


 昼を過ぎた頃、レオニスが数枚の紙をユーリスの机へ置いた。


「従妹からだ」


「ありがとうございます」


「私は繋いだだけだよ。追加で聞きたいことがあるなら、質問をまとめておきたまえ」


「わかりました」


 レオニスはそれだけ言うと、自分の机へ戻っていった。


 ユーリスは渡された紙へ目を落とした。


『仲が良かったか、と聞かれると……少し違うと思います』


 茶会の参加者と親交のある令嬢は、慎重に言葉を選んでいた。


『セレスティア様は、あまりあの集まりに馴染んでいらっしゃらなかったので』


 理由については、最初の証言だけではよくわからない。


 しかし、一人から別の名前が出て、その相手からまた別の話が出る。


 そうしていくつかの証言を辿るうちに、それまで事件資料にはなかったセレスティアと周囲の令嬢たちとの関係が見えてきた。


 茶会の日程を、一人だけ知らされない。


 皆で揃えることになっていた小物について、彼女にだけ違う色を伝える。


 本人が口をつけた菓子を、その後は誰も取らなくなる。


 会話に入ろうとすると、誰かが話題を変える。


 何かを褒められれば、少し離れたところから笑い声が聞こえる。


 直接罵倒されたという証言はなかった。


『あのくらいの年頃では、珍しいことではありません』


 そう言った者もいた。


『セレスティア様も、何もおっしゃっていませんでしたし』


 別の令嬢は、少し違うことを話した。


『以前、一度だけ、泣いていらっしゃるところを見ました』


 茶会の最中ではなく、帰り際のことだった。


『人のいない廊下で、侍女の方と二人でいらして……私に気づくと、すぐに涙を拭いて、何でもありませんと笑っていらっしゃいました』


「侍女というのは?」


『いつもセレスティア様についている方です。黒髪の……たしか、エマという』


 さらに別の証言もあった。


『あの侍女なら、茶会のたびに一緒でしたよ』


『いつも少し離れたところにいましたけれど、セレスティア様が呼べばすぐに来ていました』


 その令嬢は、少し迷ってから付け加えた。


『そういえば、一度お茶をこぼされたことがありました』


「セレスティア嬢が?」


『はい。でも……あれは』


「何か?」


『隣にいた方が、わざとぶつかったように見えました』


 その日のうちにすべての返答が揃うことはなく、ユーリスは届いたものだけをまとめ、午後の仕事へ戻った。



 ◇ ◇ ◇



 最後の証言が届いたのは、翌日の午後だった。


 その日も第三室では朝から通常の業務が続き、ユーリスがようやく封筒を開けられたのは、昼を随分と過ぎてからだった。


 中に入っていたのは、レオニスの従妹を通じて得た三人分の証言だった。


 これまでに聞いた話と大きく異なるものではない。


 セレスティアは茶会へ参加し続けていた。


 そして、エマも毎回それに付き添っていた。


 ユーリスは最後の一枚まで目を通し、机へ置いた。


「まだやってたのか」


 声に顔を上げると、ガレスが立っていた。


「ああ」


「仕事は?」


「今日の分は終わっている」


「ならいいけどよ」


 ガレスはそう言いながら、机の上に積まれた資料を眺めた。


「なんかわかったのか?」


「いくつか」


「犯人が違った、とかじゃねぇんだろ?」


「ああ。毒を入れたのが彼女だという点は変わらない」


「……やっぱ、そっちじゃねぇんだな」


 ガレスは頭を掻いた。


「なあ」


「なんだ?」


「何か手伝えることはあるか?」


 ユーリスは少し考えた。


「別にない」


「…………」


「必要な聞き取りはほとんど終わっている。それに、これはあくまで個人的なことだ」


「いや、そうなんだけどよ……」


 ガレスは深々と溜息を吐いた。


「本当に可愛げねぇな……もうちょいノエルを見習って、いや、ちょっとじゃなくかなりだな」


「なぜノエルの話になるのかわからないが、何か関係があるのか?」


「はいはい、なんでもねぇよ」


 もう少し言い方というものがあるだろうと思ったが、目の前の魔術師にそれを説いたところで疲れるだけな気がして、ガレスは諦めた。


 やっぱり魔術師とは気が合わない。


「……あの侍女、明後日だぞ」


「ああ」


 処刑は、二日後の朝。


「会うなら、明日が最後になる」


 ユーリスは机の上の資料を見た。


「最終聴取は明日の夕方だったな」


「ああ。本人は不要って話だが、執行前の最終聴取は義務だからな。本来なら騎士団だけで済ませても問題ないが、この分ならお前も同席ってことでいいな?」


「ああ、頼む」


「わかった」


 ガレスが去ったあと、ユーリスは再び資料へ目を落とした。


 十九歳まで暮らしていた孤児院。


 ハルデン家へ来たばかりの頃は、礼儀も仕事も何一つ知らなかったというエマ。


 九年間、彼女をそばに置き続けたセレスティア。


 そのセレスティアが、誰にも何も言わないまま茶会へ通い続け、そのすぐそばにはいつもエマがいた。


 やがて終業を知らせる鐘が鳴る。


 ユーリスは最後の一枚を資料の束へ戻した。


 明日、本人に会えばいい。

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